深読者Vol.6

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Ⅺ.「壊れていくこの世界で」たどりつく場所は

 PIERROTが何度も提示し続けた「世界」の価値観。それはデビュー1stシングルの「クリア・スカイ」から始まり、幾度も歌詞で繰り返され続けてきた。

壊れていくこの世界で 迷わず待っていて
あの日決めた 約束のあの丘で
降り注ぐ灰の雨に打たれて抱き合って
そう 濡れたまま寄り添いながら眠ろう
(1stシングル「クリア・スカイ」作詞:キリト)
どこまでも広がる
可能性だけをイメージして
少しだけでいいから
そこにあるラインを踏みだして
世界が壊れていくことなんて君は恐れないで
何もかも新しい景色はもうそこまで
来てしまっているから
(6thシングルc/w「PURPLE SKY」作詞:キリト)

 はっきりと「世界」という単語と「壊れる(壊れていく)」という単語が同居している楽曲はこの二曲だが、「MAD SKY~」では自らが世界を壊す立場となり、「Newborn Baby」では世界(ステージ)を塗り替えると宣言し、掘り尽くせないだけの<約束>を彼らはしてきた。

 PIERROTとピエラーにとって「世界が壊れる、壊れていく」というフレーズは特別なものであり、その瞬間がきた時こそが、私たちが約束の場所へ行けるのだと──それは“あの丘”であり“廃墟”であり、《僕》と《君》が寄り添える場所であると──信じさせられていた。事実神話上でも、《僕》と《君》は常に二人でいられる場所を探し続けている。

 その、「約束された」場所。誰もが幸せでいられるであろう理想郷。世界の崩壊という概念とセットになった、まだ誰も到達していない場所。
 PIERROTはついに、その概念を冠したシングルをリリースしたのであった。

Seen1 壊れていくこの世界で

 かなり掟破りの引用になってしまうが、この楽曲だけはすべてのメロの歌詞を引用させて欲しい。「壊れていくこの世界で」は、PIERROTの描いてきた神話、そして積み上げてきた歴史の中でかなり重要な役割を果たすためだ。

透き通る声 遠い空は 祈りの歌を 掻き消して
誤ちをくり返し 迷いながら
少しずつ終わりへと近づいていく

 1Aメロである。“透き通る”、“遠い空”、“少しずつ終わりへと近づいていく”。これらの単語はすべて、1stシングル「クリア・スカイ」を踏まえたものである。“誤ちをくり返し 迷いながら”は『FINALE』で描かれた《僕A》の舞台を振り返ったものと言ってもいいだろう。

枯れた花は朽ち果て 願いだけ 夜に漂い
今も君を探してる

 1Bメロは9thシングル『COCOON』の三曲の振り返りである。これは神話での現在進行形の《僕》の立ち位置の把握だ。

泣き叫ぶ声 焼けた空は
遥か彼方の君に見えること無く…

 2Aメロは2ndシングル「MAD SKY〜鋼鉄の救世主〜」を踏まえたものであり、《僕B》の潜り抜けてきた『PRIVATE ENEMY』の舞台の振り返りでもある。
 この三ヶ所を読むとお分かりかと思うが、「壊れていくこの世界で」には満遍なく《僕A》と《僕B》、《僕C》の視点が含まれている。

 この《僕》という概念が目指す場所がサビで歌われるが、

どうかせめて 同じ蒼ざめた月の下で 笑っていて
触れることも出来ないから
春が過ぎて 同じ景色にたどり着けたら その時には
手をつないで この世の終わりを見よう 二人きりで

 と、「壊れていくこの世界の向こう側には、《僕》と《君》が手をつないで過ごせる場所があるかもしれない」という、非常に曖昧な着地をする。

 この楽曲では《僕》は無力な存在として描かれ、“何も出来ないから”、“戻ることは出来ないから”、“触れることも出来ないから”というフレーズが登場する。神話で描かれた《僕》としては、かなり《僕A》のスタンスに近いことがおわかりかと思う。

 同じメロディで歌われるのは

何一つも まだ諦めてはいないから
(以上すべて「壊れていくこの世界で」作詞:キリト)

というフレーズであり、このスタンスもかなり『FINALE』収録の「CHILD」に近い。

 この前のブロックまでは「現在の神話の主人公は《僕C》である」という定義によってこの論を進めていた。しかし、ここで存在感を増す《僕A》の存在が、「果たして3rdアルバムの主人公は誰なのか?」という疑問につながってくる。このことについては、『HEAVEN〜THE CUSTOMIZED LANDSCAPE〜』の総括で述べる。

 さて、この「壊れていくこの世界で」から読み取れる情報だが、「この神話が終わりに近づいている」こと、「そこから先の世界はPIERROT=《CREATIVE MASTER》にも保証ができるものではない」というメタ視点、そして「この神話ではあくまで、《僕》に力をくれるのは《君》の存在である」という三点になる。

 神話の完結である『HEAVEN〜THE CUSTOMIZED LANDSCAPE〜』を直前に、世界(PIERROTが演出し続けてきた世界観と言い換えてもいい)はまさに崩壊する直前であり、その最期の予感に満ち溢れながら、且つ「約束の場所を目指す」という、PIERROTとピエラー──そして《僕》と《君》──の誓いを思い起こさせる楽曲でもあった。

Seen2 REBIRTH DAY

 カップリングとして収録されたこの楽曲もまた、神話の上で重要な役目を果たす楽曲である。
 シングルの時点ではあまり強い効力を発揮しない曲でもあるのだが、今後『HEAVEN〜THE CUSTOMIZED LANDSCAPE〜』の世界へ入っていく際に重要になるキーワードを書き出していく。

見あげてみた空は いまだに灰色で
君がいない日々にも 慣れ始めていて
世界の向こう側の どんな惨劇も
モニター越しの悲劇 そんなこの世の終わり

それでも 両手を広げて
太陽はまだそこにあるから
いつしか 報いの日射しに
包まれる中 再会の日は…
それでも 足を止めないで
行き先はまだ見えているから
いつしか 報いの日射しに
包まれる中 再会の日はやがて来る
(「REBIRTH DAY」作詞:キリト)

 “灰色の空”は「クリア・スカイ」で歌われたものと同一であり、“モニター越しの悲劇”はリアルなこの世界のニュースと、「MAGNET HOLIC」での再会シーンの両方の意味をもたされている。

 「REBIRTH DAY」=もう一度産まれる日。

 輪廻を繰り返す主人公を描き続けてきたPIERROTにとって意味のあるタイトルである。
 また、この楽曲が日の目に触れた時に、昔からPIERROTを知っている者はとある楽曲を思い起こした。当時は入手不可能で、音源にもならなかった知られざる名曲「再生の朝」である。(なお、この楽曲は2005年にリリースされたキリトのソロ・デビューシングルに収録された)
 その歌詞を少しだけ引用する。

必然のようにヒビ割れた大地は全てを清算する
予定調和をくずした太陽は姿を消していた
こんな夜には終わりを告げよう 寒い朝になるけど

もうこのまま失った感覚は戻らなければいい
失意の夜 見放された子供は
次の朝を待つから
(「再生の朝」作詞:キリト)

 「夜を終わらせる」、つまり次のステージに行くための犠牲や覚悟を認識して、今まで積み上げたものを捨てる。
 この意識が一貫してPIERROTの中に存在していたことがわかる。

Ⅻ.自らで変えていく風景〜『HEAVEN〜THE CUSTOMIZED LANDSCAPE〜』

 2002/04/24、ユニバーサルミュージックよりリリースされた3rdフル・アルバム『HEAVEN〜THE CUSTOMIZED LANDSCAPE〜』。ついにPIERROTの綴ってきた神話の、完結の時がやってきた。
 ここで今まで敷いてきた仮説や疑問をひとつずつ振り返っておく。

「《僕》と《君》と《CREATIVE MASTER》の視点がこの世界には存在する」
「『FINALE』の世界の主人公を《僕A》、『PRIVATE ENEMY』の世界の主人公を《僕B》と定義する。《A》と《B》は反対の性質をもっている」
「《僕A》は性善説の体現者であり、《僕B》は性悪説の体現者である」
「《僕》と《君》が出会いと別れを繰り返すのは、《CREATIVE MASTER》によって仕組まれたプログラムである」
「《CREATIVE MASTER》は《僕》と《君》の歩むシナリオを用意しているが、予想もできない裏切りを期待している」
「《僕B》は《君》=《MOTHER》から産まれた「闇」の象徴である」
「《Newborn Baby》=《CREATURE》であり、これらは《君》の中の本性でもある」
「自らに下す審判は、自らの意志のみによって成り立っているのではないのかもしれない(「PARADOX」)」
「《B》は《A》の記憶があり、《C》は《B》の記憶も《A》の記憶も保持している」
「《B》の舞台へ移る前に《A》はその宣言をし、《B》は《B》の舞台へやってきたことを宣言する」
「《僕》が生まれる時に、それは必ず《A》や《B》の性質が付与されている。また、それは省略されているだけで何度もこの神話上で繰り返されてきた歴史である」
「《僕C》はまさにこの病んでいる現代の私たち(《君》)から産まれたが、果たして《僕C》の歩む舞台はどのような場所なのか」
「《僕》とは一体誰のことなのか」
「壊れていく世界の向こう側には、一体どんな景色が広がっているのか」

 これだけ多数の仮説と疑問を提示して、たどり着いた場所は『HEAVEN』=『天国』であった。
 また一筋縄でいかないのが、副題の『〜THE CUSTOMIZED LANDSCAPE〜』である。これは直訳すると「利用者の目的に合わせて設定しなおされた景色」ということになり、私たちが連れて行かれたのがただの「天国」ではないことが明白だ。
 このタイトルについてはまたのちに触れることにして、楽曲ごとのシーンに触れていく。

Seen1 「HEAVEN」、「新月」

 前述した10thシングル「壊れていくこの世界で」。そのカップリング曲「REBIRTH DAY」によって生を受け直した《僕》。ここではまだ《僕C》と呼称する。
 この《僕C》が自らの舞台としてやってきた場所が、アルバム『HEAVEN〜THE CUSTOMIZED LANDSCAPE〜』である。この楽曲は『FINALE』や『PRIVATE ENEMY』での一曲目と同じ役回りであり、ここから輪廻を繰り返した《僕》のストーリーがまた始まる。

解き放たれた身体を ただ 横たわらせた
翼はすでに捨てていた

縛り付けるものも 足下すくう闇さえも
この手が作る影だった

Ah なのに こんなにもまだ 満たされていない
この先 僕は何を 守ればいい?
(「HEAVEN」作詞:キリト)

 転生した《僕》は性善説の体現者であった《僕A》、性悪説の体現者であった《僕B》の呪縛から解き放たれ、何もない「現在」へと放り出される。
 ここで《僕》が何をなすべきか悩んでいる様子は、「壊れていくこの世界で」から続く世界線である。

 2曲目の「新月」では、このような歌い出しから始まる。

それでも冷たく刻まれる未来に
君は今も希望を描き続けるの?
ドラマを彩る 恐怖と絶望に踊らされて
揺れ動いて

あのあざ笑う月光はなにも
映してはくれないけれど
(「新月」作詞:キリト)

 《僕》が自らの運命を──過去《僕A》や《僕B》が歩んだ歴史を──知りながら、それでも《君》だけが希望を抱き続けていると示唆する場面である。
 過去に《僕》と《君》の関係が動く時、そこには必ず《僕》のアクションが存在した。それは《僕》が《君》との幸せな結末を信じているからこそのアクションであり、性善説の体現者であろうと性悪説の体現者であろうと、その信念に揺らぎというものはまったく垣間見えなかった。
 しかしこの「新月」では、ふたりの約束された未来──同じ景色を見られる、幸せな“世界の終わる瞬間”──を信じているのはまるで《君》だけのような描かれ方をしている。
 また、この“あざ笑う月光”は幾度も引用したインディーズ時代の楽曲「満月に照らされた最後の言葉」の歌詞に含まれた、

道化師が指差した方角を歩いている
行先きは彼のみぞ知る
抱く程駄目になる事まで解っていた
満月が照らす

もう少し演じていれば
君の願いも上辺だけなら叶えてあげられた
濡れた瞳と震える肩を
感情も持たずただ眺めていた

もう少し演じていれば
君の願いも上辺だけなら叶えてあげられた
ヒドクぼやけた後ろ姿を
感情も持たずただ眺めていた
(「満月に照らされた最後の言葉」作詞:キリト)

を彷彿とさせるものであり、この物語の主人公、そしてストリーテラーでさえも神話を築いていくことに対してのためらいを感じていることが読み取れる。しかし

楽園の片隅で たちつくしている 貴方に出会えたら 気付くはずだから
はばたくことでさえ 思い出せない この腕に今以上 何が出来るのかを
(「HEAVEN」作詞:キリト)

というフレーズや、

あのあざ笑う月光はなにも
答えてはくれないけれど

静寂に耐えられない夜は
そっと耳鳴りに身体をあずけて
確かめるように瞼を閉じて
きっと探していたヒントが見つかるから
(「新月」作詞:キリト)

というフレーズから分かる通り、《僕》は全身全霊を使い、今自分に何が為せるのか、何を為すべきなのかを考える。そこには最初から忌み子として産み落とされた「THE FIRST CRY IN HADES(GUILTY)」のような悲惨さや、「FINALE」の時のような作為的すぎる介入は感じられない。

Seen2 「DRAMATIC NEO ANNIVERSARY」、「HOME SICK」、「LOVE&PEACE」

 「HEAVEN」「新月」と為すべきことを探していた《僕C》が、“反旗を高らかに翻し”たのがこの「DRAMATIC NEO ANNIVERSARY」である。
 シングルの際にかなり詳細に解説したが、アルバムの三曲目に置かれることにより、この楽曲は「《僕C》が自らの生での意味を手にした瞬間」へと変貌する。

加速は限界を超えて
溢れ出したアドレナリンの海
歴史が今から始まろうとしている

期限が切れる太陽の下で
息が止まるまで踊り明かそうか

ダイナミックな奇跡を君に見せてあげよう
歓喜の日射しを身にまとって新しい時代(ステージ)へと
(「DRAMATIC NEO ANNIVERSARY」作詞:キリト)

 シングル時点では「《C》もまた《B》の舞台を塗り替えていくという宣言をする」という、神話の補強に過ぎなかった部分である。
 アルバムではこの部分が、「《僕C》が手にした生の意味であり、喜びである」という意味にすり替わる。

 4曲目の「HOME SICK」では

何もかも剥がれ落ちて
産まれたばかりの夢を見た
帰る場所がきっとそこにあるはずで
(「HOME SICK」作詞:キリト)

というフレーズが歌われる。ここで剥がれ落ちたのは《僕A》や《僕B》として積み重ねてきたカルマであり、「DRAMATIC NEO ANNIVERSARY」で描かれた“化学変化をくり返してかなり歪んだ僕の道徳”である。
 《僕C》が目指す場所は、すべてのしがらみやトラウマ、そして因縁から解き放たれた場所であることが示された。これが《君》との再会を望むだけだった《僕A》や、《CREATIVE MASTER》に反逆しながらも結局は彼の望むようにしか動くことができなかった《僕B》との違いである。

 「LOVE&PEACE」では

限界寸前の 君を救いたい
まだ 行かないで ボーダーラインを越えないで
(「LOVE&PEACE」作詞:キリト)

と歌い、《僕C》は《君》と出会うだけではなく、《君》を救うことまでもが目的であると明かされる。さらにこの世界にはある一定の基準を満たした時に、善か悪かどちらかの世界線に突入する「ボーダーライン」が存在することまでもが判明した。
 そして、《僕C》は今までの《僕》たちとは違う行動をする。それが、次の「COCOON」──赤い花を深層意識に植え付ける楽曲たち──へと反映される。

Vol.7へ続く→

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