魔女の愛した永遠。【第一話】
あぁ、私の手には今日も、何も残らないのね。
黒く煤けた自分の手を見つめ、悲しみさえ枯れてしまったような空虚な気持ちが湧いてくる。
明かりの消えた暗い部屋で私はうずくまっている。足元には先ほどまで見知らぬ男として立っていたものが、灰になって山となっていた。
「なぜ、皆死んでしまうのかしら。」
私が呟くと、月と星々に照らされ、夜風にはためくカーテンの先で見知らぬ女の声が聞こえた。なんと言ったかは聞こえないが、薄く透ける布の向こうに人影が立っていた。
「誰?」
私は突然の訪問者に問いかける。
「魔女さ。貴女と同じね。」
「私は魔女なんかじゃないわ。」
私はすぐに否定した。
「じゃあ、化け物と言った方がいいかい?」
そう言って魔女と名乗った女は部屋に入ってきた。とても長身で、中背の男が並んでもまだ彼女の方が背が高いのではないかと思われた。しなやかに凹凸のある肢体は美術品のように完璧で、複雑に編み込まれた髪と暗がりにうっすらと見える顔立ちもその身体に釣り合うほど美しかった。
私は叫ぶように言った。
「その呼び方はやめて!」
「だったら、魔女で十分だろう。お嬢ちゃん。」
否定はしなかった。ただ、これ以上私を不愉快にさせるのなら、先ほどの男と同じように消し炭にしてしまおうと決めた。どうせ、少し片付けが増えるだけなのだから。
私の感情を読み取ったかのように女が微笑む。
「藤色の瞳…か。随分と業の深い時間を過ごしたようじゃないか。」
「私は何もしていないわ。」
「何もしていないなら、その大量の煤はなんなんだい?」
右手を差し出すように示したものについて私は説明する。
「永遠に愛すると言ったから、本当に永遠に愛せるのか試しただけよ。」
「なるほど。それでその瞳。」
意味深な顔付きで頷く彼女に段々と怒りが芽生えてくる。私は中腰になり、自分の前に炎を浮かべ威嚇する。
「燃やされたいの?言っておくけれど、骨も残らないわよ。」
「先ほど言ったはずだけれど、私は魔女よ。時間の無駄だわ。」
言い終わるか言い終わらないかのうちに私は彼女に業火を浴びせた。揺らめくオレンジが青に変わり、魔女と名乗る女の体を飲み込んでいく。断末魔の叫びなどあげる暇もないほど、熱く、燃え上がらせた。
しかし、数秒後、私が悲鳴をあげた。
「なんで、なんで生きてるの?」
「魔女だから。」
「そんな。嘘よ。」
私と同じ道を歩む人がいる。それを知った安心感と、自分が何者なのかを知らされる恐怖で、大粒の涙が頰を伝う。そんな私に近づいて、彼女は言った。
「なぜ、彼を燃やしたの?」
一部始終を見られていた。いつから私を見ていたのだろう。そんな疑問が胸をよぎるが、そんなことはどうでもよかった。
「愛されたい。私の全てを受け止めて、それでも朽ちない愛を、この身に感じて死にたいの。」
「愛されて永遠に生きるのではなく、永遠の愛を手に入れた後、死にたいの?」
「ええ、そしたら安らかに眠れるわ。」
「そう。それなら、私が叶えてあげる。」
片膝をつき、魔女が私の頰に触れる。私は、その手を静かにどかし、首を振った。
「死なないのよ。何をしても。」
「私なら、貴女を殺してあげられる。」
「どうやって?」
「呪いをかけるの。貴女が真実に愛した者が死ぬ時、貴女も共に死んでいく。お互いに悲しむこともなく、お互いに幸せなまま死んでいく。そういう、呪いをかけるの。」
「かけて。今すぐに。お願い。」
「分かったわ。かわいそうな子。願いを聞いてあげる。」
そう言うと、魔女は私の唇を奪った。魔女の口から液体でも気体でもないが、確かに実態のあるふわりとした何かが胸の奥に流し込まれていくのを感じる。
その何かは明るく光り輝き、やがて輝きは失われた。自分の身に起こった出来事を確かめるように胸や喉元、触れ合った唇を交互に指でなぞった。
魔女は背中を向け、また外に広がる闇の中に溶け込もうと歩き出していた。
「待って。」
呼び止めるけれど、彼女が立ち止まる様子はなかった。
「ありがとう。また、会いに来て。」
私はその背中に嘆願した。また、数千年という時を一人で過ごすのは恐怖でしかなかった。
「ええ。私も一人で退屈だから、また会いにくるわ。」
歩きながら振り返り微笑んだ姿はまるで女神のようだと思った。
こうして私には二つの夢が生まれたのだ。永遠に愛してくれる誰かを見つけること。そして、その人とこの無限の命に終止符を打つこと。たとえそれが嘘だったとしても、その夢を糧に私は生きようと思った。