魔女の愛した永遠【第十二話】
翌日、彼は約束通り私の元へ訪れた。私は彼を連れて屋敷の奥にある庭園へ向かった。
私は自分の目と同じ藤色のドレスを着ていた。いつも着ているような派手で露出の多いものではなく、手首まで袖があり、足元も少しくるぶしが出る程度の控えめなものを選んだ。
「そのようなドレスも大変お似合いですね。」
「ありがとう。今日は貴方に見せておきたいものがあるの。」
庭園の中は下を見ているとそこここに小道のような跡があるが、誰も手入れしていないために草木が伸び放題だった。土人形に清掃を命じなかったのは失敗だったかもしれない。でも私たちなら煩わしい以上の感情は湧かないだろう。
「ここも貴女が管理する場所なのですか?」
問われて、私は答える。
「ええ。でも何百年も前に立ち入らなくなってしまったの。」
「それはどうして?」
今度は答えずにただ黙々と進んだ。しばらくすると少し開けた広場に出た。中央は小さな丘になっており、その上に墓が2つ立てられていた。
それはツタが絡まり、墓石も色褪せ、刻まれた名前は掠れて見えなくなっている。
二人は立ち尽くしてそれらを見つめた。私はじっと目の前の光景を見つめ続け、彼は動こうとしない私の後ろに立ち、様子を伺っていた。
数分が経っただろうか。私から話を切り出した。
「両親の墓なの。きっともう骨も残らないぐらい昔のことだけれど、この土地で私と私の両親が農業をして生活をしていたの。決して裕福ではなかったけれど、とても幸せな日々だった。」
「素敵な人たちだったんですね。」
「ええ。素敵な人たちだったわ。いつか両親の役に立ちたくてたくさん勉強して仕事の手伝いだってしてたの。」
私は墓に近づいて、袖口から手拭きを取り出した。魔法は使いたくない。手作業で汚れを取ってあげたかった。
「私が魔法を使えることが分かったのは偶然だった。近くの森に迷い込んだ私は熊に襲われてしまったの。命からがら逃げようとしたけれど、転んでしまって、今まさに喉笛を噛みちぎられると思ったその時、私の全身から炎が上がって熊を焼き殺してしまったわ。」
片方が終わり、もう片方の清掃を始める。
「叫び声を聞いた両親が駆けつけてきた時、焼き殺された熊と目が藤色になった私を見つけたの。もともとの私は漆黒のような目をしていたのよ。」
振り返って愛しい人に笑いかける。
「きっとその時の貴女の目も美しかったのでしょうね。」
「そうね。父も母もよくその目を褒めてくれたわ。」
思い出と苦々しさがまだそこから覗き見られる気がして、墓の方に振り向いた。
「その日から私は思い浮かべたことのほとんどを実現できるようになった。だから、約束をしたの。絶対に誰にも言わないって。でも私は幼かったから、家族のいない森や人気のない場所で自分の力を使って遊んでいたの。」
私はむき出しになった地面を掴み、同じ地面の上に砂をさらさらとこぼした。
「あの土人形たちや壁で眠る動物たちはみんなその頃の友達なのよ。街から少し離れていたから、なかなか遊びに行けなくて、私の意のままに動くあの子たちとばかり遊んでた。それで、見られてしまったの。」
愛しい人は静かに近付いてきて私の隣に座り、そっと私の肩を抱いた。
「お辛いことがあったのですね。もうこれ以上は話さなくてもいいのですよ。」
「いいえ。私も昨日まで忘れていたことなの。貴方にだから聞いてほしい。」
私の声が少し滲んでいることがおかしくてたまらない。絞り出すように私は言葉を続けた。
「私は見られたことに気付かなかった。魔法に対して悪意のある人がいるなんて思いもしなかったの。数日後、街の人々が刃物や鍬、棍棒などを持って家族の家を襲撃したわ。“なぜ魔女の子を匿うのか。子供を差し出せばそれで済むんだ”と男たちは口々に叫んだわ。でも、両親は私を家の二階に隠して絶対に彼らに差し出すような真似はしなかった。“あの子を愛している。私たちの子だ。危害は加えない”って何度も言ってたの。」
最初はゆっくり、だんだんと激しくなる私の呼吸音を聞いて、暖かい手が私の背中をさする。
「もしあの時、魔法で下の様子を盗み見しなかったのか、彼らが両親を殺す前に私が殺してやらなかったのか。恐怖に抗う力があったのに、私は何もできなかった。」
もう二度と会うことのない人の名前を指でなぞった。
「ずっと探していたの。何があっても側にいてくれる人を、どれだけの愛を注いでも絶対に壊れない確かな愛を。」
「私が、側にいます。」
厳かに、固い決意を含んだ声が響く。
「私と永遠に、一緒に頂けませんか?」
彼の手に私の手をそっと乗せて聞いた。彼はただ“はい”と答えた。私は今、確かな愛をこの手に掴んだのだ。
「愛しい人、今宵は朝まで側にいてください。」
「良いのですか?今日も私に試練を課してくれるものと思っていました。」
彼が悪戯っぽい笑みを浮かべて私を見ている。
「そうしたら、貴方は何ヶ月もどこかに出かけてしまうわ。」
私は微笑み返した。