「ぬるり、」

一昨年の冬の話。

年末大掃除の頃、父(零感)が体調を崩した。
「身体が重い…だるい…年末に風邪かぁ、やだなー」とぐったりしていたそうだ。

父の勤めている会社には、社員の皆が共通して嫌な感じを受けるところがあるらしい。
奥の方に薄暗い書庫があり、そこは基本的に過去の書類がポイポイ置かれるだけで基本的には人が立ち入らないらしい。
「なんか寒い」「空気が重い」「かび臭い」「埃っぽい、咳が出る」「用事がなければ入りたくない」と人々が口をそろえて言うのだそうだ。
そんな場所だからか、書類のファイルや資料がごちゃごちゃしていて、非常に散らかった場所だった。
そこで父はそのごちゃごちゃ加減にうんざりして、ひとりで年末の社内清掃の時に片付けたらしい。
「ホントに汚かった。これいつの?とかこれいつ使うのよっていう資料が乱雑にファイルされててさ、普通多少は片付けるでしょ?今まで居た支社ではあんなことしたら凄く怒られるんだけど、やっぱり地域によって違うのかねー」と言っていた。
幽霊なんて見たことないし、感じたことがないね!と胸を張って言う父ですら、例の書庫はなんとなく嫌な空気を感じたそうだ。
父はそれは書庫がごちゃごちゃ過ぎて、埃やカビや湿気が溜まっているせいだと思ったらしいのだけど。

父は掃除したあとにスッキリした書庫を見て、やっぱり散らかってたせいで変な感じがしたんだろうと思い、そのまま帰った。
そしてその夜から体調が悪くなったという。

ここからは母から聞いた話だ。

父がその日の夜帰って来て、早めに床についた。
片付けを頑張りすぎて疲れたのかなー、と思い自分も早めに寝たらしい。

その夜、ふと目が覚めた。
体が動かない、金縛り。
目線だけ動かすと、隣に寝ている父の足元に人影が見えた。
大人の女性か女の子かわからないが、女の人の霊。
何故だかわからないけど、多分女の子だろうと感じたそうだ。
ぼんやり見ていると、こちらを向いた。顔は見えない。曖昧な印象だったそうだ。

そして彼女が近づいて来て、母の体に触れた。
触れられたところからぬるり、と皮膚を越えて入ってこられる感覚がした。
母は「こいつはヤバイ!」と思ったらしい。
昔見た黒い人 よりも着物の人 よりもずっと危ない存在だと感じたそうだ。
油断したら身体を乗っ取られて、魂が入れ替えられる。そんな気がしたそうだ。

身体は金縛りで動かないが、(やめろ、やめろ、出て行け)と気力を振り絞って抵抗をした。
しばらく膠着状態が続いた後、またぬるっと体の中から出て行った感覚がした。
それと同時に身体が動くようになり、がばりと身体を起こして周りを見回したが、もう彼女の気配はしなかった。
その後、母は疲れ切って眠ってしまったらしい。

次の日。
父は昨日に引き続き、身体がだるいと言っていたそうだがその日のうちに元気になった。
やっぱり、あの女の子を連れて来てしまったせいで体調を崩したんだろうと母は思ったのだそうだ。

「あの霊的なものに反応しないはずのお父さんが具合悪くなるって、すごいよね」と母は言った。
「でも、なんで女の子だと思ったんだろう。存在が曖昧な感じでもやもやしていたのに。しかも書庫から来たんだったら会社だしね…なんで子ども?」

「しかし、ホントこっちに引っ越してきてから色々見てるねー。相性良くないのかね?」と訊くと、
「だから、このブレスレットを外せないんだよね…コレ魔除けに効く石なんだって」と父お手製のパワーストーンのブレスレットを撫で、ため息をついた。

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