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引き篭りの浴衣、花火の呪縛、生ぬるいハイボール

私にとって、花火大会は呪縛だ。

きっと花火大会って、家の涼しいクーラーにさよならを言ってでも、お気に入りの夜のバラエティ番組のリアルタイムを諦めてでも行きたい、「最高の夏のイベント」。

だってこれを機会に好きな人をデートに誘えちゃったり、気になるあの子の浴衣姿を見てキュン♡なんてこともできちゃったりするんだから。

通りには美味しい屋台が立ち並んで、普段なら鬱陶しい人混みだって「風物詩」の一言に変化する。

日本の湿っぽい暑さに対して100%の愛を送る人なんていつもなら皆無に近い中、花火大会のその日だけはみんなが好き好んで暑苦しい浴衣姿に身を包み、灼熱の人混みの中、身を寄せ合う。


花火大会は最高だ。

暑いのが嫌いな私だって、毎年毎年花火大会のスケジュールをチェックしては「今年はこれとこれとこれに行こう!」なんて言いながら、手帳に可愛らしいマークをつけていた。

お気に入りの浴衣に袖を通し、「暑い」と文句を言いながらも、改札を抜けた先にあるホクホクのカステラとやたら高いのに生ぬるいハイボールを手に子供のようにはしゃいだものだ。

花火大会は最高だ。それでも、私にとって花火大会は呪縛でもある。



過去の恋愛の話をするのが好きだ。

だって、たとえそれがどんな終わり方をしたとしても、または抜けた炭酸のように不完全な終わり方をしたとしても、そこに2人の人間の強い感情が残っていたのは間違いないから。

せっかくの自分の感情をそのまま頭の中に残していても、きっと忘れっぽい私はすぐに他の恋愛で上書き保存してしまう。だから私は、話す。そして書く。

好きだった相手との距離が、一定のラインを保っていた場合は、特に。

そしてそのラインが眼鏡を取った後のように曇ってしまっている関係性で、もう2度と会うことがないと確証を持てる場合も、話す。そして書く。


それでも、本当に大切にしていた関係性は、文字にした瞬間になんとなく他人行儀になってしまう。書き進めれば書き進めるごとになんだか画面上に踊る偽りの物語のように思えてしまったりして、急に現実味をなくしてしまう。

そう思っていたけれど、よくよく考えてみると、ひとつの恋愛は、「さよなら」を言った時点でもう終了なのだ。

終わりのゴング。ご馳走様の後の両手。ログアウトの静かな音。やかんが鳴って、そして止まる。

他人行儀に思えてしまうことに、何も罪悪感なんて感じる必要はない。

だから私は、今日ここで他人行儀な私になって、鳴りやまなかったやかんを止めに行く。



私の一番長かった恋愛は、花火大会で始まって花火大会で終わった。

高校1年生の初夏、花火大会でそっと想いを伝えて始まった私の人生で初めてのちゃんとした彼氏との甘酸っぱい関係性は、5年後の夏、「気になる女の子と花火大会に行った」という言葉で終わった。きっと前から好きだったんだろう。

別れてからも会っていた数ヶ月があったけれど、勇気を出してもう一度誘った花火大会に対して「君とは花火大会には行けないよ」と言われた言葉でひどく傷ついたのを覚えている。

それを最後に、一度も顔を合わすことはなかった。

正直、ただの浮気をされたとしても私の感情はここまで動かなかっただろう。

他の女とセックスをされたところで、私は気にしない。怒りを覚えたとしても、たとえ別れに至ったとしても、何年経っても引きずるようなことはないだろう。


「じゃあお前は他の人を好きにならかったんか?」という質問に対しては、こっぴどく怒られることがあったとしても「ごめんなさい、なったこと、ありますわ」というしかないけれど。

私は昔、とっても彼が好きだった。それでも、そこらじゅうに転がっているかもしれない本当の運命の人を見逃すなんて考えは私にはなかったから。

彼は気移りをしたし、私も気移りをした。それはどうしようもない事実で、どうでもいい事実。高校生から始まった恋愛なんて、ほとんどはこのような結果に終わるのだろう。



私の心にいつまで経っても残るのは、「花火大会」というふたりにとっての大切なものだったはずのイベントが、もしかして大切ではなかったのかもという事実。

「花火を観る相手」から惨めにずるずると引きずり下ろされて、他の人がそのポジションを埋めていくのがとてつもなく嫌だった。不快だった。


自分が大切だと思ってきたものって一体なんだったんだろう。毎夏食い入るように花火のスケジュールを見つめて、それに合わせるようにバイトのシフトを組んだ。友人たちからの花火の誘いを断って、彼と花火に行きたかった。そう思っていた。

別れた夏、何年かぶりに新しい浴衣を買っていた。

「早く見せるのが楽しみだな」そう思いながら大阪に帰省した何日間かの合間に、彼は他の女の子と花火に行っていた。


責めるつもりは毛頭ない。人生で一番影響を受けやすい時期にその時世界でいちばんいい男だと自信を持ってみんなに自慢できる人だったし、底抜けの優しさとユーモアをとっても尊敬していた。

ただお互いがお互いの「良い人」ではなかった、それだけ。


今となっては感情なんて1ミリも残っていないけれど、それでも「花火大会」は私の呪縛になった。


2018年の夏、別れた後にも花火大会はたくさんあったはずなのに、私はどこにも行きたくなかった。

クローゼットの中で眠る新品の浴衣だけが自分の出番に対してワクワクしていて、扉を開けるたびに「ごめんね」と思いながら、用を終えてはすぐに閉じた。

結局その浴衣は着られることなく、そして着たいと思われることもなく、どんどんと服の間に埋もれていって、ついに箪笥の奥の奥へ、シワシワになるまで詰められてしまった。


2019年の夏、私はアメリカに住んでいた。「アメリカには花火がなくて良かった」なんて思っていたけれど、アメリカはアメリカで日本とは違う花火の使い方をしていることを知った。

7月4日、アメリカ独立記念日。国民の多くが花火を買って自分の庭から打ち上げて独立を祝う。ビーチでは大規模な花火大会が開催されるし、街中がお祭り騒ぎだ。

当時仲の良かった語学学校のクラスメイトと独立記念日をお祝いしようということになり、私は迷わず「もちろん」と言った。

さすがに1年が経ったら、花火なんてもうどうでも良いだろうと。何千キロも離れた土地に1人で飛び立った私には、もっともっと気にするべきことがあるだろう、と。

そう思っていたけれど、きっと本心は違った。私はビーチの花火を観に行く前に自分のアパートメントでガチガチにテキーラのショットをキメていったし、なんならマリファナ合法のカリフォルニア州の恩恵を受けて、バチバチにキマった状態で花火を観にいった。

お酒とマリファナのフィルターを通して観る、独立記念日の花火はとても綺麗だった。

光の一粒一粒が涙のように輝いていて、自分が泣いているかのように錯覚した。まるで花火が自分に降ってきてそのまま鮮やかな世界に飲み込まれるかのように感じて怖くなったし、ワクワクもした。昨日の自分に観せてあげたいと思ったし、明日の自分もまた観たいに違いないと思った。

花火ひとつでこんなに感情が揺さぶられるのか、と驚いた。


もしかしたらそれは全部フィルターがかかっていたからで、シラフで観る花火は本当はショボショボのショボだったのかもしれないけれど、それでも良い。

私は花火を観に無理やり外に出る必要があったし、それを可能にするためにはお酒とマリファナの助けが必要だった。異国の地で、日本とは違って浴衣を着る人なんていないここロサンゼルスで、鮮やかな赤と青が混ざり合うド派手な花火を観る必要があった。

私は何年も何年も大好きだった花火を、もう一度大好きになる理由が必要だった。



私にとって、花火は呪縛だ。

好きな人の好きな人になれた場所で、好きな人に好きな人ができた場所だったから。

それでも、花火に罪はない。

打ちあがる花火ひとつひとつに込められた思いなんてないかもしれないし、あるかもしれない。

2019年の7月4日、打ちあがるたびに小さな歓声をあげて、「この街に来て良かった」と心の中で思ったあの瞬間は、きっとお酒とマリファナでかかったキラキラフィルターだけなんかじゃない。

私は一度ダメになった思い出をもう一度いいものにする必要があったし、だから呪縛を思いっきりサイドキックする助けが必要だった。


2020年の7月4日、私はまだアメリカにいた。2019年の夏で終わらせようとしていた留学を、2年伸ばすことに決めたから。

今年の独立記念日は、花火を観ることはできなかった。コロナウイルスの影響で、ビーチが閉鎖されていたからだ。

それでも独立記念日当日のロサンゼルスでは、家庭の庭で打ち上げられる花火の音がコンスタントに響いていた。

その音を聴いて、「夏だ」と思った。

1年中夏のこの街で、日本人の私の心のどこかが決定的に夏の訪れを感じた。

もう花火の音を聴いても、あの夏着てあげられなかった浴衣に申し訳なくなることはない。

きっと来年の夏は、日本に帰るだろう。

帰った暁には、3年間じっと私に腕を通されることを待っていた愛おしい浴衣に袖を通して、ホクホクのカステラとぬるいハイボールを飲みに行きたい。


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