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第39回 冒頭の作成・仮説
「物語の冒頭はどうしようかしら?」
香子はふと昔読んだ『伊勢集』を手に取りました。あの恋多き女官伊勢の歌集です。香子は雷に打たれた様になりました。
「寛平(かんぴょう)みかどの御時、大御息所と聞こえける御局に、大和に親ある人さぶらひけり・・・」
「寛平みかどの御時・・・そうはっきりと特定しない方がいいわね。いづれの御時にか・・これでいきましょう」
それに続く文章を香子は考えました。
「お祖母様のお従兄の醍醐の帝は女御や更衣が三十人以上もいたというわ。源高明様の母君も更衣であったようだし、光源氏の母はもちろん更衣にしましょう」
香子は続けました。
「光源氏の母の更衣は身分以上の寵愛を受けてみんなから妬まれる。ひどい苛めを受ける事にしましょう。宮中ではひどい事があると、父上や伯父上も言っていたから」
冒頭の文章がやっとできあがりました。
「いづれの御時にか、女御更衣あまらさぶらひたまひける中に、いとやんごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めき給ふありけり・・・」
香子は、燈火の中でひたすら取り憑かれたかの様に書き続けるのでした。(続く)