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トランプ氏の政策とインフレの可能性、資源価格への影響と商社株の行方
ピーターソン国際経済研究所(PIIE)が、「24-20 The International Economic Implications of a Second Trump Presidency」と題したワーキングペーパーを2024年9月に発行しています。
このワーキングペーパーの解析目的は、ドナルド・トランプ氏が大統領選で掲げている経済政策が、米国経済、そして世界経済にどのような影響を与えるかを分析することです。
具体的には、移民政策、貿易政策、FRBの独立性侵害という3つの政策領域に焦点を当て、G-Cubedモデルを用いて経済への影響を定量的に評価しています。
トランプ政権、個別政策の影響
トランプ氏の提唱する政策が米国経済、そして世界経済にどのような影響をもたらすかについて、政策ごとに要約します。
1. 不法移民労働者の国外追放
この政策は、米国経済における労働供給を直接的に減少させるため、様々な負の影響が予測されます。
GDPと雇用の減少: 130万人国外追放シナリオでは、米国のGDPは2028年までにベースラインから1.2%減少し、雇用は1.1%減少します。830万人国外追放シナリオでは、その影響はさらに深刻で、GDPは7.4%減少し、雇用は9%近く減少します。これは、労働力不足が各セクターの生産能力を低下させ、投資意欲を減退させるためです。
インフレ率の上昇: 労働供給の減少は、典型的な供給ショックを引き起こし、物価上昇と生産減少を招きます。130万人国外追放シナリオでは、インフレ率は2025年に0.35%ポイント、2026年に0.54%ポイント上昇します。830万人国外追放シナリオでは、インフレ率は2026年までに3.5%ポイント上昇し、2028年までに物価水準は9.6%上昇します。
セクターへの影響: 影響が最も大きいのは、不法移民労働者の比率が高い農業、鉱業、製造業です。農業部門では、労働力不足により賃金と農産物価格が上昇します。製造業、特に耐久財製造業は、投資の落ち込みによる需要減と輸入コストの上昇という二重苦に直面します。
貿易収支への影響: 投資収益率の低下により、資本は海外へ流出し、ドル安と輸出増加、輸入減少につながります。結果として、米国の貿易赤字は縮小します。
2. すべての貿易相手国に対する追加関税
この政策は、輸入品価格の上昇を通じて、国内産業の保護と貿易赤字の削減を目指していますが、実際には様々な負の影響をもたらす可能性があります。
GDPの減少: すべての輸入品に一律10%の追加関税を課した場合、米国のGDPは2026年までに0.36%減少します。メキシコとカナダは米国市場への依存度が高いため、GDPはさらに大幅に減少します。
雇用の減少: 雇用も減少し、失業者は最終的にはサービス部門に吸収されますが、実質賃金は低下します。
インフレ率の上昇: 関税による輸入価格の上昇は、インフレ圧力となります。インフレ率は2025年に0.6%ポイント上昇します。ドル高による輸入価格の抑制効果はあるものの、完全に相殺することはできません。
貿易収支への影響: 輸入は減少するものの、ドル高によって輸出も減少し、貿易赤字の縮小効果は限定的です。むしろ、2029年以降は、メキシコやカナダからの資本流入によって米国の貿易赤字は拡大します。
セクターへの影響: 農業と耐久財製造業への影響が特に大きくなります。農業は貿易へのエクスポージャーが最も高く、ドル高によって輸出が減少します。耐久財製造業は、投資の落ち込みによる需要減と、中国、メキシコ、カナダからの輸入コストの上昇の影響を受けます。
3. 中国からの輸入品に対する追加関税
この政策は、中国からの輸入を抑制することで、国内産業を保護し、対中貿易赤字を削減することを目指しています。しかし、世界経済における中国の役割が大きくなっている現在、この政策は米国経済にも大きな影響を与える可能性があります。
中国経済への影響: 中国からの輸入品に60%の追加関税を課した場合、中国のGDPは2026年までに0.9%減少します。米国の需要は減少するものの、人民元安によって他の市場での競争力が向上し、その影響を一部相殺します。
米国経済への影響: 米国の雇用は2027年までに0.23%減少します。インフレ率は2025年に0.4%ポイント上昇します。ドル高によって輸入価格の抑制効果はあるものの、完全に相殺することはできません。
貿易収支への影響: 米国と中国間の貿易赤字は縮小するものの、中国からの資本流出は、カナダやメキシコなどの国への資本流入と輸出増加につながります。結果として、米国の全体的な貿易赤字は拡大します。
セクターへの影響: 米国では、全体的な生産は増加するものの、セクターによる影響は異なります。農業、エネルギー、鉱業は、ドル高によって輸出が減少します。耐久財製造業は、投資の落ち込みと中国からの輸入コスト上昇の影響を受けます。
4. FRBの独立性侵害
この政策は、大統領がFRBの金融政策に影響を与えることで、景気刺激を図ることを目指しています。しかし、金融政策の不安定化は、市場の信頼を失墜させ、米国経済に深刻なダメージを与える可能性があります。
GDPと雇用の変動: 短期的にGDPは増加し、雇用も増加しますが、それは持続的なものではありません。長期的に見ると、GDPは減少に転じ、雇用も減少します。
インフレ率の急上昇: 生産性向上を伴わない需要拡大は、高インフレを招きます。インフレ率は2025年に2.8%ポイント、2026年に3.2%ポイント上昇し、その後もベースラインより2%ポイント高い状態が続きます。
資本流出とドル安: 投資リスクの上昇により、資本は米国から他の国へ流出します。ドルは大きく下落し、貿易収支は一時的に改善するものの、それは米国経済の減速と輸入減少によるものです。
セクターへの影響: 耐久財製造業への影響が最も大きく、2026年に3%、2027年に4%の生産減少となります。これは、投資リスクの上昇による資本コストの上昇が原因です。農業や鉱業は、ドル安によって輸出競争力が向上し、恩恵を受けます。
結論
上記の解説から明らかなように、トランプ氏の提唱する政策は、短期的には一部のセクターにプラスの影響を与える可能性もありますが、長期的には米国経済全体に悪影響を及ぼす可能性が高いと言えます. 特に、GDPの減少、インフレの加速、雇用の減少、貿易赤字の拡大といった問題が深刻化することが懸念されます。
トランプ政権による政策とマーケットへの影響、日本の商社株は買えるか?
以下では、トランプ政権による政策が実現した場合のマーケットへの影響や、日本の商社の業績に与える影響を考察します。
1. 日本株、米国株、為替、資源価格への影響
米国株: トランプ政権下でインフレ圧力が高まり、FRBが利上げに踏み切る場合、金利上昇は株式市場に対して抑制的に働きます。特に、製造業などのコストが上昇するセクターや、将来の収益に依存するグロース株はネガティブな影響を受けると予測されます。
日本株: 円安が進むことで、輸出企業にとっては競争力が高まりやすくなりますが、トランプ政権下での貿易政策による世界経済の減速リスクがあるため、日本株全体の見通しは不透明です。また、米国との貿易制限が強化されれば、自動車などの日本の主要輸出産業が影響を受け、日本株に対する下押し圧力がかかる可能性があります。
為替(ドル高円安): FRBの利上げによってドルが高くなると、資本が米国に流入しやすくなり、ドル高円安が進むと予測されます。トランプ政権下でFRBの独立性が制約される場合でも、短期的にはインフレ圧力による金利上昇がドル高の要因となる可能性があります。
資源価格: トランプ政権下で関税が引き上げられると、農業やエネルギーの生産コストが上昇し、資源価格に上昇圧力がかかる可能性があります。一方で、世界経済の鈍化により需要が低下し、価格が下落する要因もあるため、資源価格は不安定になる可能性が高いです。
2. 日本の商社株の見通し関する考察
商社株の見通しについては、以下の要素を考慮する必要があります。
ポジティブな要素: ドル高円安が進行する場合、資源のドル建て購入コストが相対的に低く抑えられるため、商社の利益率向上に寄与する可能性があります。また、資源輸出先の多様化を進めている商社にとっては、米国以外の市場への販売を通じて収益を確保することが可能です。
ネガティブな要素: トランプ政権下で米国が保護主義的な政策を強化することで、グローバルな貿易摩擦が悪化し、特に中国経済の成長鈍化が商社に悪影響を及ぼす可能性があります。また、米国経済における高金利が景気の減速を引き起こすリスクもあるため、商社が扱う資源の需要が低迷する可能性があります。
3.資源高と商社の業績へのプラス影響
収益構造の特性: 日本の商社はエネルギーや金属資源といったコモディティ(商品)を扱っており、価格が上昇すると売上も増加しやすくなります。資源価格の上昇によって販売額が増えるため、特にインフレ時に利益率の改善が期待されます。
在庫利益: 資源価格が上昇局面にある場合、商社が保有する在庫価値が高まり、販売時により大きな利益を確保できます。資源が上昇トレンドであるほど、在庫調整や販売タイミングによって利益を増加させる戦略が可能になります。
ドル高円安効果: インフレによって米国が金利を引き上げ、ドル高が進行することで、資源価格がドル建てで高止まりしやすくなります。商社が日本円で決済する場合、円安効果で売上が増大し、日本国内での収益がより上がりやすくなります。
日本の商社株に関しては、ドル高円安が進行することによる資源コストの安定化は一部で利益に寄与するものの、世界経済や米国の成長鈍化による需要低迷リスクが依然として存在します。
トランプ政権の保護主義政策や、特に中国との貿易摩擦の激化によって、商社が扱う資源の国際需要が減少するリスクもあります。たとえば、関税措置が強化されると資源の需要が抑制され、一時的な在庫調整や、輸出先の再調整が必要になることも考えられます。