絡まりあう生命(by奥野克己)
序章 平地における完全なる敗者
1 マレーシア、現代世界の片隅で
東南アジアの先住民族「プナン」。その家族と都市に買い物に出かけホテルに宿泊し、買い物に行こうとした時のこと。プナンの民は位置を把握するために、「川の流れがどうなっているか?」を確認するために、みんなで川まで歩いて行って確認したとのこと。なるほど。筆者は紙に道を書いて教えようとしたけど、それではプナンの民は理解ができなかったことに、驚いていた。
自分はどうか?
中国山地のど真ん中、島根県の山中(広島県まで2キロほど)の位置で生まれ育った私が、東京は武蔵野の大地に暮らした時のこと。
まず、山が見えないことに、”ひとかたならぬ”不安を覚えた。特に車を運転したりすると、小さな気泡のように嫌な気分がプクプクと湧きあがっていたのを思い出す。同時に武蔵野の大地は、多摩川以外に川らしい川がなく(残堀川は個人的には好きですが)、真っ平なのも影響しているのかもしれない。
遡って私が生まれ育った島根は、山に囲まれて小さな平地があるだけ、そして川が南から北の日本海へ流れている。両親から何か農作業の指示されるときは、「上(かみ)へ行け」「下(しも)へ回れ」と、言われていた。つまり両親からの指示は、自分の位置からみて上流側、下流側で何か仕事をしろというもので、上流側下流側という感覚を無意識に基準としている感じだ。その基準が武蔵野では通用しなかったため、小さな気泡のような不安の遠因だと思えた。
また、父親は、おとなりの広島県に行くと「上か下かわからんけー迷う」と言っていました。確かに峠一つ越えた広島県は、大部分が台地状になっていて、「上下(かみしも)」がわかりにくい地形だ。
私は一つのサンプリにすぎないが、近代日本にも、プナンに通じる方向感覚を持っている人間が多少は現存しているということ。
補足すると、私は感覚を頼りにするので、あまり地図を読めない。友達と旅をした時など、はなから読む気がなく感覚でものを言って「叱られた」こと数知れず。
さらに、冬になると武蔵野からでも富士山をはじめ山々が見えるようになる。その美しさに感動するとともに、山をみて安心している私もいたっけ。
2平地における完全なる敗者
今を生きているプナンの民は、あるもので生きている。
未来を考えない生き方ともある。それは、その日暮らしで、現状から抜け出せない。
現状をどうとらえるか?そこに違いがあるのかもしれない。もっと裕福になろうという思考があるかないのか?だろうか。というか日本人は、もっと楽をしたいと考えているようで、少々怖い時がある。もっと楽に楽にと、楽な方へ向かっている。道という観点からすると、非常に危険な方向へ向かっているようにも見える。
ただし、現状だけを資本主義の思想のもとに切り取れば、プナンは敗者となる。
プナンの民にとっては、「そんなことはしったことではねぇ」んだろうが。
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