現役ボカロP(syudou)が選ぶ程よく隠れた名ボカロ曲10選
筆者はsyudouという名前で音楽活動をしている。楽曲提供などいろいろと活動しているが現在の主な活動はボーカロイドを用いた楽曲制作、所謂ボカロP(勿論ド隠キャ、もれなくオタク)である。今年の頭に勤めていた会社も辞めたため、いわば初音ミクに飯を食わせてもらっている身である。クリプトン本社がある北海道には足を向けて寝れない。そんな初音ミクに人生を(良くも悪くも)狂わされた者として、2007年から現在に渡るまでのボカロ楽曲より10曲を選ばせて頂く。最近ボカロというジャンルを知った人により理解を深めて欲しいからである。
しかし、そこは流石現場を見てきた生粋のオタク、既に誰かがまとめている様な分かりやすい有名曲(それが悪い訳じゃないけど)を取り扱う気はない。かといって知識をひけらかす様なマニアックな選曲をするのも癪である。そのため、程良く有名ではあるが新規のリスナーが逃しがちな楽曲を選んだ。これをチェックすればボカロの歴史が丸分かりまでとは言えずとも、筆者と年齢の近いボカロリスナーのツボを心得る事が出来るだろう。尚、筆者がボカロを特に聴き漁っていた2010年前後に楽曲が集中している事と初音ミク楽曲ばかりなのは許して頂きたい。ってか長々と前書きを書いたがぶっちゃけ深夜にふと昔のボカロ曲を聞きエモくなっため落ち着くためにこの記事を書いている。自宅にいる時間が長い今日この頃、暇潰しがてらチェックしてみてはどうだろうか。時系列順だぜ。以下本文。
1.「*ハロー、プラネット。」- ささくれP(sasakure.UK) / 2009.5
チップチューンの音作りがかわいい。真っ直ぐで普遍的なメロディーで今聞いても古びない良さがある。作品に寄り添ったファミコン的なMVは後半で泣かせにくる、憎いぜ三菱。中学時代、吹奏楽部の行き帰りに姉のお下がりのアイポットで聴いていた。今となっては耳馴染みのあるチップチューンであるが、この時期にここまでポップな楽曲に仕上げていたものは少ないのではないだろうか。そういう意味でも先を行っている。
この頃までの楽曲は「初音ミク」というキャラクターと楽曲の親和性が高い作品が人気を博していたと記憶している(supercell、kz作品なども初音ミクにフィーチャーした楽曲が目立っていた)。この作品はその中でも最高峰なのではないだろうか。とにかくかわいい、それに尽きる。
2.「1925」- 冨田悠斗(とみー/T-POCKET)) / 2009.10
アコギの弾き語りも似合いそうな渋いメロディーラインと詩的な歌詞が魅力のこの曲。思えばここら辺から「初音ミク」というキャラから楽曲が分離しアーティスティックな曲が増えた気もする。ゴムさん(現Honey works所属)の歌ってみたが福山雅治ぽかった記憶があり確認したところ思ってた以上にあんちゃ〜んだった。
またこのころからドワンゴ主体でニコニコ大会議(現:超会議)というイベントが始まる。そのイベントでゴム&[MINT]というバンドが本楽曲を演奏している。ボカロ楽曲のライブ、現在のオタクカルチャーの船出をも感じさせられる出来事である。今もyoutubeでその様子が確認できるが、観客、服装と、とにかくオタク臭が強い。しかし、それが良い。余談だが「残飯のパラダイス」と検索し出てくるライブ映像は当時のネットカルチャーの激臭を楽しむ事が出来る、良くも悪くもオススメだ。
3.「clock lock works」- ハチ/ 2009.11
説明不要の米津玄師のハチ時代の楽曲。当時筆者は「結ンデ開イテ~」などで既にハチを認知していたが、本楽曲で沼に落ちるかの様にハマった。かわいらしい打楽器、かわいらしいメロディ、かわいらしい初音ミクの歌声によるかわいいのジェットストリームアタック。「優しいノックの音で泣いてしまう」という最後のライン、なんと美しいのだろうか。ベースをピック弾きするアニメーションも素晴らしい。
この曲によるハチ及び米津玄師との出会いが筆者の人生を方向付けたと言っても過言ではないだろう。そしてそれから何年にも渡る長い歴史の始まりの一ページなのかもしれない(そうじゃないかもしれない)。尚、筆者のハチ及び米津玄師への話は長くなるので割愛する、その内まとめて記事にしたい。
4.「え?あぁ、そう。」- 蝶々P/ 2010.3
エロい。音が程よくチープなところもツボ。結局ボカロの声にはチープな音源が合うっていう筆者の通説を作った曲でもある。そしてその通説は、打ち込みギターやペロペロなシンセ等を使用しあえてチープな音作りで独自の世界観を獲得したナユタン星人氏やOrangestar氏とも通じるところがあるのではなかろうか、決して悪口ではないぜ、big upしてる。
また、この頃はセクシーボイス路線の歌い手が多くいてその人たちのカバーも時代を感じるいい仕上がりだったと記憶している。二番で「ピーッ」となる感じ、いいよね、ゾクゾクしちゃう。ここらへんでネットカルチャーにどハマりし、現在も新卒で入社した会社の給料を歌い手グループへのオタ活に散財している至極真っ当で誇り高きネオ腐女子の読者も多いのではなかろうか。世間の揶揄に負けず強く生きて欲しい。
5.「弱虫モンブラン」- DECO*27/ 2010.4
「モザイクロール」「乙女解剖」「ゴーストルール」等、ヒット曲の枚挙に遑がないDECO*27氏。そんな彼の初期の名曲がこれ。甘いお菓子のモチーフと少女の心情をマッチさせた曲調が絶妙で当時の彼の作風を代表している。この作風が悠木碧、柴咲コウなどのアーティストへの楽曲提供で世間へと広がりを見せていくのを、筆者は実家のボロパソコンから見守っていた。
DECO*27さんは偉大だ。数々のボカロPが他ジャンルへ流れ活動の幅を広げる中、このジャンルを長きにわたって守り拡大させ続けている。他ジャンルへの才能の流出が悪ではないし寧ろ賞賛に値するが、決してブレることのない彼の姿勢は並並ならぬ逞しさと尊さがある。また、以前筆者は自身のリスナーに「DECO*27さんの代表曲は何?」とアンケートを取ったがその答えはモザイクロール(2010)から乙女解剖(2019)までと非常に年代に幅があったのが印象的だ。彼の作品が長きにわたり評価され、そして現在もその現役感を失っていない事が伺える。
6.「サクラノ前夜」- ナノウ(ほえほえP)/ 2010.4
「ティーンが抱える青さゆえのモヤモヤ」それを切り取るのが音楽の役割の一つであると筆者は考える。その観点から考えると本楽曲は同時代の楽曲の中で群を抜いた良さを持っている。青年期から大人の階段を上る少女の心情を見事に切り取った歌詞、オルゴール調のイントロから疾走感のあるパートへと移る展開、そしてサビで爆発するバンドサウンド、圧巻の一言。あえて可愛らしくあどけないミクの声を使用しているのも爆アド(オタク用語、意味は調べて)である。
この作曲者であるナノウ氏は「CIVILIAN(旧: Lyu:Lyu)」というバンドのギターボーカルも担当しており、当楽曲を始めナノウ氏の代表曲「ハロ/ハワユ」「文学少年の憂鬱」もカバーしている。必聴である。このバンドが素晴らしく、また別の機会で取り上げたい程である。素晴らしいバンドを組む人は昔から素晴らしい曲を作っているという事なのじゃ。
7.「フラッシュバックサウンド」- クワガタP/ 2010.5
「パズル」「君の体温」などを代表曲に持つクワガタP、大胆なギターロックバンドサウンドをボカロシーンに持ち込んだ立役者でもある。それまであった「初音ミクの声はバンドサウンドに合わない」という偏見を軽々と更新した存在だと筆者は考える。本楽曲はそんな彼の強みであるギターサウンドを前面に押し出した一曲だ。
筆者はボカロを聴く以前からアジカンやバンプと言ったバンドを多く聴いていた。そのため耳がバンドサウンドで育っており、打ち込みの音に対して多少の抵抗があった。そんな中この楽曲は当時の浅学な筆者の心をさわやかなギターサウンドで射抜いてくれたのだ。覚えたてのパワーコードで耳コピしていたのが懐かしい。余談だがクワガタ氏のツイッターを以前見たら、就職し大変な思いをなさったそうだ。しかしどんな事があろうとあなたの作った楽曲はリスナーの耳に確かに残り、今も勇気づけているという事実を伝えたい。そして筆者もその一人である。
8.「トリノコシティ」- 40mP/ 2010.7
前述した「サクラノ前夜」の文章で「ティーンが抱える青さゆえのモヤモヤ」を切り取るのが音楽の役割の一つであると書いた。本楽曲もその点において見事である。周りに馴染めないというティーン特有の疎外感を緻密に描いた歌詞、洗礼されて無駄のないアレンジとそこに混じる伸びやかなミクの声。シンプルかつ無駄な動きの一切ない映像も楽曲の魅力をより引き立たせている。
完全に話は逸れるが、当時筆者は中学三年生で部長を務めていた吹奏楽部を引退する時期だった。そして引退にあたっての送別会にて、突如予定に無かったスピーチを求められたのだ。その際筆者はとっさに当時聴き狂っていた本楽曲の歌詞を引用して「吹奏楽は一人で出来ないし二人でもできないし〜」とかなんとかほざいたけっか、女子部員全員の涙腺をダイレクトアタックし、拍手喝采を浴びた経験を持つ。いつか作曲者様ご本人にお会いした際は直接感謝を述べたい。
9.「十字塔の丘」- トーマ/ 2010.12
「オレンジ」「ヤンキーガール・ヤンキーボーイ」「エンヴィキャットウォーク」などのヒット曲を持ち、カルト的な人気を誇るトーマ氏。ハチ、wowakaなどが作り上げたボカロ楽曲のフォーマットをより煮詰め独特の世界観と多くのフォロアーを生んだ。筆者も例に漏れずその一人である。めまぐるしい曲展開とギターの高速カッティング、オカルティックな単語を詰め込んだ高密度の歌詞、もうたまらんぜ。トーマさんは凄いんだぞ。
そんな彼のマイナー曲を選曲した。ハチの初期楽曲を彷彿とさせる昔話の様な世界観を持った本楽曲。魅力的である。前述したハチ、wowakaに比べ語られる事が少ないトーマ氏だがその影響力は確かなもので、現在のボカロっぽさを作り上げた人物の一人であると筆者は考える。また、近年のネット音楽シーンやアニソンシーンにもその影響は色濃く伺える。まぁ何が言いたいかと言うと、後から取り上げられる事が周りに比べ少々少ないがめちゃくちゃ凄い曲を一杯持ってる人なので、新規ボカロリスナーはマストでチェックである。ボカロシーンの礎がここに。
10.「アストロノーツ」- 椎名もた(ぽわぽわP) / 2011.6
ボカロ楽曲には珍しくローテンポな本曲、しかしそれでも最後までしっかり聞かせる耐久力を持っている。構成も音作りも比較的シンプルだが、それ故に10年近く経った今でも聴き続けられる。「もしも僕が虐められたって 殴り返せるような人だったらな。」という歌詞、エグいぜ。こういう只々良い曲っていうのが近年のボカロシーンでは評価され辛い傾向にあると筆者は考える。それは、歴史の積み重ねによりトリックの多い楽曲がフォーマット化された事、膨大な楽曲量の中では瞬間的に頭に残る曲が重宝される事など様々な理由があると思う。しかしこういう曲にはこういう曲の良さがある、少々長めの曲ではあるが是非一度全部聞いてもらいたい。
本楽曲の作者椎名もた氏は2015年惜しくも亡くなっている。その際は多くの著名人が追悼の意を示していたが、その中には米津玄師(2015年のブログを参照)もいた。また筆者は椎名氏とほぼ同世代であるため筆舌に尽くしがたい想いがあった。しかしそれでも作品は残る。どうか新規のボカロリスナーもチェックして頂きたい。普遍的な良さがそこにはある。
以上である。長々と書いたが結局は筆者の思い出話をつらつらと羅列した駄文になってしまった。しかし挙げた10曲がどれも名曲であるのは間違いない。時が経っても聞き続かれる名曲達、筆者の作る曲もいつかそんな曲に加わる事が出来たら身に余る思いである。先人達の礎に恥じぬ様、今後も精進します。