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しめりぬぺコミュニケーション

小雨の降る午後、山道入り口の短いトンネルにて、おじさんは白くて小さな人型の生き物をみた。

「ハアッ‼︎人っ……‼︎ぶたないで私を……。」
白くて小さな生き物は、おじさんをみるやいなや、体を丸めて震え出した。
おじさんは首を振った。おじさんは無力な生き物に手をあげない、一般的紳士だ。

代わりにおじさんは、自分の胸元に片手を添えて15度のエレガントな会釈をした。
最初は怯えていた生き物も、おじさんの並々ならぬジェントルオーラに、「ほぅ…」と感嘆をもらしながらゆっくりと立ち上がった。

「人……。私はしめりぬぺ……。ひんやりとした梅雨のぬっぺふほふ。」
おじさんもおじさんの名を名乗る。
おじさん、ホットな心を持ったナイスガイ。それだけでおじさんの全てを表していた。

「おじさん……。ありがとう。」
「対等に扱われるのは久しぶり。高い知能を持つしめりぬぺの喜び。」
しめりぬぺは、じーんと喜びに身を震わすと、その場で小躍りをし始めた。しめりぬぺの足音に合わせて、雫が跳ねた。
これがしめりぬぺのコミュニケーションか、そう読み取ったおじさんも、両手をあげて横に揺れた。
しかし、しめりぬぺには、おじさんが何をしたいのかよくわからなかった。しめりぬぺは、踊りながら静かに困惑していた。

しめりぬぺが踊りを止めると、一拍遅れておじさんも横揺れをやめる。
おじさんと、しめりぬぺは息を切らしながら見つめあった。しばしの沈黙。

え…?もしかして、これ、次は私から……?おじさんが踊り出そうとしたその時、しめりぬぺが顔をあげる。

「ほら、ご覧なさい……。」
しめりぬぺの指さす先、トンネルの外には、いつの間にか晴天が訪れていた。
おじさんとしめりぬぺは、並んで空を見上げる。

「これはしめりぬぺの力。晴天の舞」
そういうことね。おじさんは思った。

「人……おじさん。さようなら。ありがとう。」
しめりぬぺは会釈をすると、草むらの中へと消えていく。おじさんは草の擦れる音が消えるまで、そちらを見つめていた。この不思議な生き物との出会いは、おじさんだけの秘密にすることにした。

おじさんはその晩、スーパーではんぺんを購入した。
次の日の朝、香ばしい磯部焼きにしていただいた。
窓の外には、大きな虹が架かっていた───。

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