![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/47901176/rectangle_large_type_2_ec659663da58fc371933a767725ec7b6.png?width=1200)
20210316_一日一問/「必要な鈍さ」について。
こんばんは。
菅野秀平です。
火曜日終了!
当たり前の基準をあげておくことって大事だなと。
強要しなくていいんですよ。でも、自分との戦いですから。
人と争うことってそんなに好きではありませんが、
自分と戦うのは好きなんですよね。
人に抜かされようが、何されようが、
自分に負けることだけは許せないんです。
だから自分と常に戦い続けていきます。
*
今日もニーチェの言葉に触れていきます。
必要な鈍さ
いつも敏感で鋭くある必要はない。特に人との交わりにおいては、相手の何らかの行為や考えの動機を見抜いても知らぬふうでいるような、一種の偽りの鈍さが必要だ。
また、言葉をできるだけ好意的に解釈することだ。
そして、相手を大切な人として扱う。しかし、こちらが気を遣っているふうには決して見せない。相手よりも鈍い感じでいる。
これらは社交のコツでもあるし、人へのいたわりともなる。
人間的な、あまりに人間的な
計算された馬鹿
分かっていないようで、本当は裏まで分かっている。相手を手に取るように、察する力を持った人がいる。
何も分かっていないように振る舞うけれど、その振る舞いは全て計算され尽くしている。
感情的になってしまう人は、計算された馬鹿の手中に陥りやすい。
言わんとする言葉をキャッチアップする力が必要だ。
――――――――
◆まとめ
――――――――