チェコ買い付け日記2024⑩「フルシツェのミケシュ」
フルシツェの中心にある2軒のホスポダは賑わっていました。
普段は静かなヨゼフ・ラダの生まれた小さな村ですが、週末、しかもラダの代表作『黒ねこミケシュのぼうけん』の主人公ミケシュの90歳を祝うイベントが開かれていたので、多くの人が村を訪れています。
一昨年ここに来たときにもお昼を食べた店に入り窓際の席に座ります。
野菜のグリルと鴨のコンフィを友人とシェアしたのですが、どちらもとても美味しい。
前回はスタッフの女の子におすすめを聞き、初めてスヴィーチュコヴァーを食べました。それがとても美味しかったのでスヴィーチュコヴァーが大好きになったのです。今回もその期待を裏切らない美味しさです。
店内には大型のテレビがアイスホッケーの試合を映し、老若男女がその前に陣取っていました。
今回の買い付け期間中、ちょうどアイスホッケーの世界選手権がチェコで開催されていました。プラハの街では各国のユニフォームを着た人々が連なって歩き、レストランのテラス席ではお酒を飲んだり楽しそうに話したりする光景が至るところで見られました。
開催国チェコは順調に勝ち進み、この日はスウェーデンとの準決勝。応援にも力が入ります。
テレビ画面と一緒にそれに見入る人たちをも眺めながらの昼食を終え、私たちはフルシツェ散策に出かけました。
ホスポダから村の奥へ下っていくとラダの生家があった場所を通りかかります。ラダの生家はすでに建て替えられて新しい住人がいるのですが、案内の看板があり、向かいの家には「ミケシュがミルクをもらうために通った穴」(もちろんお話の中のことです。)というイラスト入りの手作り看板がかけてあったり、村人みんなでラダの世界に浸りにきた観光客をもてなしてくれています。
生家の横に立つ案内看板の写真を撮っていると、生家の裏手から黒猫が歩いてきました。
フルシツェで黒猫!!!
今日の主役ミケシュは人の言葉を話す黒猫です。真っ黒なミケシュとは違って胸と足の先が白いのですが、それがまたかわいい。この猫はミケシュと名付けられているに違いない、と勝手に彼または彼女の名前を決定します。
ゆったりと歩いてきたミケシュはどんどんこちらへ近づいてきました。焦る私。猫と親しいわけではないので、猫は人間から逃げるものだと思っていたのに自分から近づいてくるなんて。
ミケシュは一度座ってしっかりと私に写真を撮らせ、私が動画に切り替えると、分かっていると言わんばかりに再び歩き出しました。友人に近づいて一回りし、私の方へ戻ってきて足に擦り寄り、友人に撫でられてからゴロンとして…。慣れている!これは普段相当人間に可愛がられているに違いありません。
ところが、ふと起き上がったミケシュは一目散にラダの生家敷地へ逃げて行ってしまいました。振り返ると小さな子どもを連れた男性がこちらにやってきます。どうやら現代のミケシュは子どもか男性が苦手なよう。ミケシュに逃げられたかわいそうな親子でしたが、男性は気にするふうでもなく、フルシツェでしかもミケシュの誕生日に黒猫を見られたことを喜んでいました。
私も含めてわざわざイベントのためにフルシツェまで来るような人たち。多分子どもよりも大人の方が興奮していたはずです。
ラダのおかげでフルシツェには多くの観光客がやって来ます。2年前に来た時には遠足の児童たちにも遭遇しました。みんながラダの絵やお話を愛してここに来るし、村がそれをできるだけ残そう、私たちを楽しませようとしてくれているように感じます。
旅行では大きな街に行くことはあるけれど、知り合いでもいなければ小さな村を訪れることはなかなかないし、小さな村に急に外国人が行くと間違いなく不審者です。その点フルシツェは「ヨゼフ・ラダ」という観光の目的があるので、気兼ねなく村を散策できます。
観光客についてフルシツェの村の人たち全員が歓迎しているかはわかりませんが、少なくとも村を潤してくれる人々ではあります。
だからこそ、この村で黒猫は宝物のように可愛がられる存在でしょう。
そういえば、チェコでは外であまり猫を見かけません。家の中にいるのを窓越しに見ることはありますが、猫も犬と同じようにきちんと登録され、野良はいないと聞きました。外を自由に散歩する家猫も少ないのかもしれません。
だとしたら、現代のミケシュが優雅に村を散歩していたのは、ミケシュだからこそなんだろうか?と考えたりもします。
帰りも歩いて駅へ向かいます。駅に着くと黒雲が押し寄せていて、かなり不穏な空の色でした。おとぎ話なら不吉なことが起こる前兆。プラハへ戻る列車の車窓に雨粒が線を描き、プラハ中央駅では土砂降りになって、しばらく雨宿りをしました。
今回の旅では毎日どこかしらで雨に遭っています。でも蚤の市やこの日のような外でのイベントでは降られていない。どうやら今回は運のいい雨女のようです。
結局アイスホッケーでチェコはスウェーデンに勝ち、スイスとの決勝に駒を進めました。決勝は翌日、日本へ帰る前日の夜です。