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チェコ買い付け日記2024⑨「おとぎ話ルート」

旅の途中、SNSをチェックしていると、次の土曜日のイベントがお知らせされていました。どうやら黒ねこミケシュの90歳の誕生日を祝って、フルシツェにあるヨゼフ・ラダの記念館でイベントが開催されるようです。(黒ねこミケシュはヨゼフ・ラダの代表作『黒ねこミケシュのぼうけん』の主人公の黒猫です。)
普段なら何かイベントがあるんだな、と遠い国の「何か」でお終いですが、今、私はチェコにいて、その何かは今私がいるところから1時間ほどの場所で行われる。しかもヨゼフ・ラダ関連のイベント。なんて幸運なのでしょう。
月に一度だけ開かれる蚤の市はどうしても外せないので、朝一番に急いで回ってから、プラハ中央駅へ向かい、国鉄に乗り込みます。

プラハ中央駅電車の掃除をする人と可愛すぎる乗り物でホームを移動する人。
しばらく言葉を交わしてから乗り物は行ってしまいました。

フルシツェへは2年ぶり、3回目。今回は友人も一緒です。
フルシツェに行くにはプラハからチェコ国鉄で40分ほど。駅からバスで行くルートと歩いて行くルートがあり、それぞれ違う駅で降ります。
歩く道はかなりのアップダウン。そのため遠くにかわいい家が点在する丘を眺めながら小麦畑の道を揺られ、フルシツェの中心部まで連れて行ってくれるバスのルートも捨てがたいのですが、多少の距離は歩く、歩くの大好き!という方には徒歩のルートを強くお勧めします。

歩くルートの場合は小さな無人駅Mirošovice u Prahy駅でチェコ国鉄を降ります。私たちの他には2〜3組しか降りる人がいません。
駅のすぐそばの民家から、もうすでにパチリパチリと写真を撮りながら歩くので、Googleマップの到着予想時刻はまったく参考になりません。

道路を横断し(わりと車通りがあるので気をつけて渡りましょう)、高速道路の下をくぐると、この「おとぎ話ルート」(今名付けました)の幕が開きます。
道路脇に咲く小さな花を見ながら小川を越え、白樺の生える小さな森を抜け、急な丘を上ります。登り終えたところには畑が広がり、その向こうにつながる丘や赤い屋根の家々に見惚れ、写真のような風景の写真を撮りながら歩いていると、向こうのほうに「Hrusice(フルシツェ)」と書かれた看板が見えてきます。
初めて来た友人は、もうすでにこのあたりで「岩波少年文庫の世界みたい」と、最上級の褒め言葉を言ってくれました。
私の村ではないけれど、「そうでしょう」と、なんだか得意な気持ちです。

村に入ってもおはなしの世界は続きます。
どの家にも庭があって、低い生垣やフェンスの向こうには鶏やひよこ、アヒルたちが歩き回っていたり、養蜂の巣箱があったり、物干しロープに洗濯物が干してあったり。夏前ですがすでに薪が積んであり、薪割りの途中の家もあります。一つ一つの家は違うのですが、きちんと調和が取れて、生活感があるのにファンタジーのよう。私が読んで憧れていた本には、本当にある暮らしが描かれていたんだな、と実感します。
ラダの記念館を訪れる人のためか、ミケシュたちの絵をフェンスに括り付けたり、看板を出している家もあります。村の中を歩いているだけで、ヨゼフ・ラダのおはなしの世界を歩いているようです。

ラダの絵によく描かれる形の教会、広い芝生広場の奥に控えめに建つ小さな赤い屋根の村役場、2軒のホスポダや小さなアイスクリーム屋がある村の繁華街を抜けてしばらく歩くと、ラダの記念館に到着しました。

フルシツェの村役場
アイスクリーム屋
カウンター横には本棚があります。

記念館はラダの生家ではなく、大人になったラダがプラハに住みながら別荘として建てた家です。
敷地に入って目に飛び込んできたのは、昔の衣装を着た子どもたちが木漏れ日の中を走り回る姿でした。歩いてきた風景と相まって、これが普段着だと錯覚するほどの馴染み具合。
歩いてきたおとぎ話ルートの締めくくりにぴったりの、出来すぎた世界にしばし呆然とします。

どうやらミケシュの90歳の誕生日をその時代の服を着てお祝いしていたよう。ミケシュの着ぐるみも歩いていましたが、後で写真を撮ろうと思っている間にイベントが終了し、巨大なミケシュはいつの間にかどこかへ消えていました。

巨大なミケシュの小さな後ろ姿だけは捉えていました。

この日は記念館の入場は無料。その代わりに入り口に寄付を募る箱が置いてあり、この日だけの特別なポストカードも販売されています。
以前来たときは、しんとして鳥の声と木の床を歩く自分の足音だけが聞こえるような、「記念館」という雰囲気だった場所。そのときは展示物に集中してじっくり見ましたが、今日はたくさんの来場者が部屋を行き来し、賑やかで、ホームパーティーのよう。記念館ではなくラダの家に招かれたような気持ちになり、その空間を楽しみました。

ラダの曾孫MartinさんとViktorさんに挨拶もして、お腹が空いたので昼食のためにホスポダへ向かいます。

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