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チェコ買い付け日記2024⑦「すすめられた本とレストラン」

プルゼニで3軒の古本屋を周り、背中にリュックサック、両肩にバッグを1つずつ。あまりの重さと暑さにフラフラしながら歩いています。
買った本をそのままプルゼニの郵便局から日本へ送ってしまおうと思っていたのに、梱包の道具を何一つ持ってこなかった私。郵便局はとても混み合っていて、そこで道具を忘れたことに気がつきました。
多分順番が回ってくるまで30分以上はかかりそう。それから段ボールと一緒にテープやプチプチを買ってハサミを借りて…と考えたところで、もういいや、ご飯を食べてこのまま持って帰ろう、となりました。
そうして郵便局からレストランまで3つの重いバッグを持って歩いているのです。

3軒目の古本屋の店主は、店に入ったときには挨拶も返ってこないほど愛想が悪かったのに、私が買う本を積み上げていくにつれてどんどん親切になり、こんな本もあるよと奥から本を持ってきたり、お会計の後には美味しいレストランを教えてもらえるほどになっていました。

その古本屋ではOlga Scheinpflugová (オルガ・シャインプフルゴヴァー)がお話を書いた『Pohádky z tohoto světa(この世のおとぎ話)』を買いました。出版は1930年。挿絵はEmanuel Frinta(エマヌエル・フリンタ) と書いてあります。店主が奥から出してきたもののうちの1冊でした。
オルガ・シャインプフルゴヴァーは女優で、カレル・チャペックの妻だと店主が教えてくれました。

中をめくってみると、ペンや色鉛筆で色が塗ってあるページもいくつかあり、あまり状態が良いとは言えません。
うーん、これは買わないなと思いながら、それでも絵を丹念に見ると、車に現代のアニメや漫画っぽい大きな目がついていたり、かと思えばモミの木の上に人の顔がついていて(!)、そちらはクラシカルなテイスト。怒っている表情や蝶と戯れて楽しそうなものなど、なんだか不思議な絵です。そもそも表紙の白馬に乗った騎士も、すこし困ったような不安そうな表情で、おとぎ話の表紙にしてはコミカルです。

カラーのページは後で差し込んで糊で貼ってあります。その着色の仕方も、べったりと均一に色がついている箇所や水彩絵具のような雰囲気、色鉛筆のような塗り方のところもあります。
全てにおいていろいろ試しているような、まだ定まっていないような。
一度は買わないでおこうと思ったものの、なんだか気になる。この時代にこんなポップな絵を、しかもおとぎ話という古典の挿絵に採用したセンスと、カレル・チャペックの妻というミーハーな気持ちが後押しして、買うことにしました。

後で調べてみるとカレル・チャペックとオルガが結婚したのはこの本の出版の5年ほど後のこと。結婚生活は、チャペックが肺炎で亡くなってしまったため、わずか3年ほどしかなかったようです。

教えてもらったレストランは古本屋や郵便局のあたりから500mほどの場所でした。何もなければ近いのですが、なにしろ私はカバン3つ分の本を持っているのです。遠い…。しかも暑い…。日本の蒸し暑さとは違って日差しが刺すように痛い。
途中にレストランはたくさんあり、もういっそのこと目の前の店に入ってしまおうかと何度も思いましたが、せっかく教えてもらったし、ここまで頑張ったのだから美味しい昼ごはんが食べたい。
歩きながら「なんでこんなにいっぱい買ったんだ、本当にこんなに買う必要があったのか」と、なんだか謎のネガティブ思考です。

庶民的な店を想像していたのですが、レストランはやや敷居の高そうな、お薦めされていなければ、汗だくで大荷物の一人客は選ばないような店でした。入り口で後戻りしかけますが、ここから他の店を探す気力もありません。遠慮がちに入ります。
すでに午後2時近くのため広い店内に客はほとんどいません。席について荷物を下ろすと自然とため息が出ました。
入る時は躊躇しましたが、数少ない他の客を見るとTシャツの男性や気取らない涼しげなワンピースの女性。汗だく以外は気にすることはなさそうです。
高い天井、ゆったりと配置されたテーブルやソファー席、植物モチーフの装飾。こんなにすてきな店に、かしこまらずに普段着で気楽にランチを食べに来られるなんて。なんて贅沢なんだと羨ましく思います。

プルゼニなのでもちろんピルスナーウルケルを注文すると上品なサイズの瓶ビールが出てきました。ピルスナーウルケルを頼むとどの店でも大きなジョッキの生ビール。レストランで瓶ビールは初めてですが、ジョッキでも瓶でもありがたくいただき、ここに来て二度目のため息が出ます。
ご飯はランチメニューにあった、きのこが入ったデミグラスソースと豚の塊肉、ジャガイモのショートパスタ。美味しい!この店を薦めてくれた古本屋の店主に感謝です。
この後、この重い荷物を抱えてプラハまで戻ることはとりあえず忘れましょう。


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