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恋のせいにして、君とどこまででも行こうか

 この先どうなったとしても、決して忘れないだろうなと思う人が君だ。例え違う誰かと結婚したとしても「若い頃全てを捨てて、一緒になろうとした人がいた」という思い出を抱えながら暮らしているだろう。もし一生独身の人生だったとしても、過去に私の全てを肯定してくれる人が一人いたという真実をたまに思い返したりしてあの頃の思い出を糧にしながら死ぬまで君を想っているんだと思う。若しくは、恋のせいにして、寂しがり屋の君と二人でずっと身体のどこかを触れ合わせながら私たちだけの世界で生きていたりするのかも。どうせ君の事だからそうした選択を私が後悔したなんて一ミリたりとも思わせてくれないくらい必死に私と私との人生を最高なものにしてしまうんだろうね。


ーだから20代の私はその重大な選択に戸惑ってるんだよ。


 1976年8月2日に産声をあげた君と、1996年6月12日に生まれ落ちた私が一体いつ誰が恋をするなんて想像しただろうか。だから、人の縁って大切にしてしまう。”私が、この会社を選んでなければ””君が、転職をしていなければ””私が君から指導をうける立場でなければ”・・・。いろんな"if"でこの偶然を確かめてしまうくらいに私も君もお互いに恋をしてしまっているから厄介だ。「厄介」なんて言葉を私たちの関係に使うときっと君はまたふてくされるのだろうけど。
 君は、私が今まで出会った人の中でもダントツ一位でヤキモチ屋で自分に素直で口が悪くてユーモアがあって私のことをすごく好きで大切にしてくれる。そんな君の言葉に何一つ嘘はないのは分かっている。君は、「自分の好きなものを否定されるのが嫌いだ」と言って「俺が好きなお前をお前自身が卑下する事が嫌い」だと全力で私を肯定してくれる。そんな君には少し重い”家族”という荷物があって、人にはその人しか分からない思いがあるように「あと5年で離婚する予定」らしい。不倫関係における既婚側が使い古した常套文句だ、とても。そんなありふれた言葉を一瞬でも信じてしまった愚かな私は、10月から君の異動先の島国へ私も何もかも捨てて一緒に行こうかなんて考えてしまった。夏のせいにして、恋のせいにして。

 運命の人なんて、いるのだろうか。その人と出会ったら、本能でビビッと身体中に電流は走るのだろうか。そんなロマンチックな事を未だに信じている。そんなことはないと分かっているのに、心の心底では運命とはそういうものだと信じている。子供の頃、周りの友達がサンタクロースなんて両親なんだよと気付き始めた中で私はずっと心の中ではそんなの信じてなかったように。サンタクロースは日本よりずっとずっと北の国に住んでいて、イヴの夜に世界中の子供たちにプレゼントを配っているのだと本当に信じていた。ある親戚の集まりの夜、母親が酔っ払ってサンタクロースはお母さんだと暴露し、今まで信じてきたものが実は無かったものなんだと知ってしまった13歳冬。人よりも何かを習得するのに時間がかかってしまうから、一体いつ私は「本当の運命の人」の定義をほんとうの意味で知る事ができるのだろう。南半球のサンタクロースは波に乗ってやってくるらしいと知っても、それでもまだその存在がまやかしだと思えなかったくらい私は頑固だ。そんな私が運命の人とは、突然目の前に現れるものでなく、互いに運命の人に成っていくものだと分かる日はいつだろう。そう思わせてくれる人は誰なんだろう。君だといいな。本望だ。

 「デートして、家に帰って一緒に夕ご飯作ってダラダラ食べるだけで楽しいってなかなかそんな人には出会わないよね」君はいつも、私たちは運命の人になれるかのような錯覚をさせるのが上手だ。過去にいくら遊んでてても私が性病になった事があったとしても君はいつも少しだけ嫌な表情をしながらも私の全てが好きだから全てを受け止める勢いで受容してくれていたよね。私が、バイクに乗ってみたいと言うと次に会う時にバイクできてくれてわざわざ少し遠いスーパーまで買い物に連れて行ってくれたよね。ありがとうね。あの、赤い橋をバイクで渡った感覚は一生覚えていると思うんだ。最高に気持ちよくて少し怖くて何度も車で通っているはずなのに初めてのあの不思議な感覚。大人になる毎に物事の新鮮さってなくなっていくけれど君は少しでもその隙間を埋めるようにピンポイントで私の初体験を一緒に経験しようとしてくれる。ドクターフィッシュでなかなか足をつけれない私の横で楽しそうな君をみて一生こんな風に笑っていられれば良いのになんて思ってしまったよ。君もそんな風にあの時間を過ごしていてくれていたなら素敵だ。
 デートして、初めてバイクの後ろに乗って移動したせいか、君との三日間にサヨナラして部屋に戻ると、急に睡魔が襲ってきた。楽しさで気づかなかったけれど常に振り落とされないように君とバイクにしがみついていたんだろう。君には慣れたけれど、今度はまだバイクに慣れてないみたいだ。今朝しっかり寝たのに、昼寝をしてしまう。まだ、連休は一日半残っている。君がいないこの部屋が寂しいと言っているから、君の部屋着を洗濯して干そう。4連休なんて一瞬だろうなと思ってはいたけれど、やっぱり早い。 

 バイクに慣れるのと、私と君の関係が動き出すのはどっちが先だろうね。分からないね、だから人生って楽しいんだろうね。恋のせいにして、君とずっと夏のまま過ごせればいいのにね。

 で、いったいいつまたひとつ季節が次にまたぐの?君のせいにして私たち、この季節に取り残されて置いていかれてみようか。

 なんて思ってみた、ある夏の日。





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