見出し画像

会社を辞めるということ

「ー自転車がドミノのように倒れていく様(さま)」
まるで、この言葉がぴったりだと思った。

実際、心身ともにすり減らしてやっと着いた最寄駅の駐輪場で自分の自転車を取ろうとしたら一斉に右から倒れていった。世間は「言語化」ブームだが、これは何だろう。言語が先行して、現象があとでやってくる、これ。

ー具現化?リアル化?

一瞬、このまま自分のだけを取ってその他は気づかなかった事にしておこうかな、とよぎったけれど、やめた。なんだかもっと悪いことが身に降りかかって来そうで・・・。車通りが比較的少ないので飛ばしがちな道を信号無視した瞬間に「あっ私このまま死んでもそれはそれでいいかも」って思って無意識に涙がこみ上げてくるあれ、何だろう。みんな経験したことあるのかな。

そんな事をふわふわ考えながら帰っていたら、家に着く。

最近の夜ご飯はコンビニで買って来たご飯をチン。
今日はセブン、昨日はファミマ♫
楽をしようとして2個一緒にチンしたら片方がまだ冷たかった。何事も丁寧がいいのね。こんな限界にきても人生って学びしか無い。

ご飯を食べながら、働くってなんだろう・・・と思う。理不尽な物事に対して耐えて、つまらない時間の代償に生きる為のお金をもらう手段が「働く」という事なのか。少なくとも、今の私がそうだ。労基が入ったのにパソコンのログを消しにくる人事。それもコロナ禍で世の中が混沌としていた時期に約600Km先から遥々と。そして、それのグルである上司。完璧に腐っている。2年働いてやっと気付いた。ある意味2年で気付いて良かったのかもしれない。

石の上にも3年と言うが、正直世の中って大体が最低2年で習得できるもので溢れてるよなと思って勢いで辞表を出した。当たり前のように引き止めにあい、あと1年頑張ってみることにした。だからその1年は本当に頑張った。新しい案件を沢山作り、利益率の高い商材の商流を作った。褒められるかと思ったら現場の人間から心の無い言葉を浴びせられ、営業車の中で1人泣いた。

もう無理だった。現場の人もこんな年下にそんな言葉を言ってしまうほどみんな限界なんだと思った。そして、私はあと1年頑張った結果、その会社を辞めた。

まぁそもそも学生時代に出会った当時の彼が当時ヘッドハンティングされた会社に興味本位で受けたら受かっちゃった会社だし。何の愛着もない。しかも彼には妻子がいて不倫関係だし。何となく業界ではトップ企業だったから入ったもののいつかは辞めるつもりだったし。といいつつも、やっぱり3年お世話になった会社はどんな事があったとしても離れる時はちょっと寂しかった。出勤最終日は恐らくこの先一生来ないであろう工業地帯を離れられる事の清々しさと、少しの寂しさでうまく笑えなかった。

Fin.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?