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宗悟の夏休み。

 夏休みの、学校のグラウンド。夏の大きな太陽が容赦なく照りつけていた。
 空手部の朝練が終わった。宗悟の額を、大量の汗が流れる。水場で顔を洗い、汗でへばりついた服の気持ち悪さに耐えきれずにTシャツを脱いだ。露わになった宗悟の上半身を、突然、冷たい水が襲う。
「うわぁ!」
思わず、大きな声をあげた。
「わははははは!」
声のした方を見ると、空手部の部長が水の出ているホースを握りしめて笑っていた。
「ちょ、なにすんすか!」
「気持ちいいだろ?」
「つめてーっすよ!」
「わはははは!」
そう、はしゃぐ二人の周りでは、他の部員たちが立ち上がることが出来ず、座り込んだり寝転がったりしてへばっている。立ち上がるものは一人もいなかった。

 「勉強は順調ですか?」
空手部の部室。着替えながら宗悟が部長に聞く。
「まぁ、ぼちぼちかな」
「そうですか」
「お前も、夏期講習だろ?」
「はい。今日もこれから塾行きます」
「お前、ほんと努力家だなぁ」
「いえ、そんな」と照れた。
「まぁ、お互い頑張ろうや」
「はい」
部長からの「お互い」という言葉が嬉しかった。

 「でも、今日はほどほどにしとけよ」
「…なんでですか?」
「お前、祭り行かねぇの?」
「あ、そうか…」
その日は、近所の公園で夏祭りがある日だった。毎日の忙しさで、すっかり忘れていた。
 「部長は、彼女さんとですか?」
「おう」
「いいですねぇ」
「浴衣着てきてくれるんだってよ」
「いいですねぇ」
部長の彼女は、美人と評判だった。その人の浴衣姿を想像すると、顔がにやける。宗悟も部長も、同じ顔をしていた。
「お前も誰か誘って行って来いよ」
「そんな、誘えるような相手いないですもん」
「ほんとか?」と部長がからかう。宗悟は「ほんとっすよ!」と笑った。
「ま、たまには息抜きしろよ。じゃないと続かないぞ」
そう言って立ち去る部長の背中を、「はい」と見送った。
「…浴衣かぁ」
晴香の浴衣姿を想像する。あのキレイな顔には、さぞ似合うだろうなと思う。しかし、誘える理由もその勇気もなく、少し寂しい気持ちになった。

 「…ふぅ」
赤信号に、宗悟が立ち止まる。日課の夜のランニング。夜でも気温は暑く、走ると汗だくになった。
「…お祭りかぁ」
信号待ちの、横断歩道の向こう。公園のお祭りの賑わいが見えた。
「部長はもういるのかな」
そう思うが、人の多さに見つけるのは困難だろうなと思った。
 信号が、青に変わる。宗悟が走り出した。せっかくだし、雰囲気だけでも味わおうと公園の近くの道を走る。
「おぉっと」
宗悟が足を止める。目の前を、浴衣姿の小さな男の子と女の子が横切った。女の子の手には赤い風船が握られていた。
「ごめんね」
ぶつかりそうになり、そう謝る。「いえ、すいません」と男の子が頭を下げ、二人はまた走りだした。
「いい子だな」
そうつぶやいて、また走り出そうとした。

 「…宗悟?」

背中から名前を呼ばれ、振り返る。晴香がいた。ひとりで、私服姿だった。
「うぉ!」
驚いたのと嬉しいので、大きな声が出る。「なに、今の声」と晴香が笑う。その笑顔にまた嬉しくなった。
「…ランニング?」
そう聞かれる「うん」と頷くと、「この暑いのによくやるね」と晴香が笑った。

 「…ひとり?」
勇気を出して、そう聞く。「うん」と小さく頷いた。
「美緒は、ほら」
そう言われたので、「あぁ、そっか」と納得する。
「…かき氷でも食べない?ごちそうするよ」
また、勇気を出す。
「ランニングはいいの?」
「うん。喉乾いたし」
「じゃあ、ごちそうさま」
「うん!」
二人で、かき氷の屋台の列に向かう。

 「いちご?」
「レモンがいいな」
「じゃあ、俺いちご」
それぞれ頼む。宗悟が、ポケットから千円札を取り出した。
「びしょびしょじゃん」
晴香が笑う。宗悟の千円札は、汗で濡れてしまっていた。
「すいません」と屋台のおにいさんに謝る。
「緊張してんのかい?」
そう聞かれ、「いやいや」と照れて笑った。

 かき氷を買って人だかりから離れ、公園の端っこのベンチに座る。
「いただきます」
晴香が、スプーンで氷を崩す。キレイなレモン色が白い氷に馴染んでいく。そして、口に運んだ。
「つめたい」
そうつぶやいた。その一連の仕草に、思わず見とれてしまう。
「…溶けるよ?」
そう言われ、慌てていちごのかき氷をかきこんだ。宗悟の頭を、強烈な痛みが襲う。
「うおぉ…」
そう苦しむ宗悟を見て、「何やってんの」と晴香が笑った。

 「…浴衣じゃないんだ」
「夏祭りで、一人で浴衣着てたらバカみたいでしょ」
「そんな事言ったら、夏祭りでランニングウェア着てる俺はどうなんのよ」
「確かに」と晴香が笑う。今日は、晴香の笑顔をたくさん見れてるなと思った。
「夏休み、終わんなきゃいいのになぁ」
思わず、そうつぶやいた。
「あんた、すごいね」
「え?」
「朝は朝練あるんでしょ?で、昼は夏期講習で、夜も走ってんでしょ?」
「うん」
「そんなハードな毎日生きてて、よくそんな事言えるね、すごいね。ほんと、努力家だね」
「…そんなことないよ」
なんだか嬉しくて、そうごまかした。
「わたしも、頑張らなきゃなぁ」
晴香がそうつぶやく。嬉しい一言だった。

 「晴香」
かき氷を食べ終わる頃、二人の後ろから、声をかけられた。
「あ、おとうさん」
晴香が返事をする。宗悟が慌てて立ち上がり、頭を下げた。
「宗悟君も、久しぶりだね」
「お久しぶりです!」と、また深く頭を下げる。
「そうか、お祭りか」
「うん、今帰り?」
「あぁ」
「じゃあ、私も…」と言いかけたところで、宗悟を気にした。
「その方がいいね。夜道は危ないから」
そう、笑顔で言う。
「うん、ありがとう」
「うん」
「かき氷もごちそうさま」
「…あぁ、捨てとくよ」
宗悟が手を出す。
「ごめんね、ありがとう」
晴香が空の容器を宗悟に渡す。
「それじゃあ、またね」
晴香が父親の隣を歩きながら手を振った。それに、宗悟も手を振って答えた。
 晴香から受けとった空の容器を見る。なんだか、楽しい時間だった。

「夏休み、終わんなきゃいいのになぁ」

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