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あっちむいてほい。

「緊張するね…」
「…うん」
中学生の女の子が二人、大きな掲示板の前で緊張していた。その掲示板には、三桁の数字がいくつも並んでいる。
その日は、公立高校の合格発表の日だった。二人は学校は違うが、同じ塾で共にこの高校に入るために勉強を頑張った仲だった。
「あぁ~、どうしよう、怖くて見れない」
晴香という名前の、少しキツ目だがキレイな顔立ちの女の子が目をつぶった。
「私も怖いよぉ」
晴香と向き合い、同様に目を閉じる丸顔で可愛らしい顔顔の女の子も、そう返事をした。
「美緒!」
晴香が目を開けて言う。「え?」と戸惑う。

「さいしょはグー!」

晴香が大きな声で言い、グーを出した。美緒も、戸惑いながらグーを出す。

「じゃん、けん、ぽん!」

晴香の声で、二人が手を出す。晴香はグー、美緒はチョキを出していた。

「あっちむいて~」

晴香が人差し指を向ける。「え?え?」とまた戸惑う。

「ほい!」

晴香が指を動かす。思わず、美緒がその方向に顔を向ける。美緒の目に、無数の三桁の数字が映る。
「あ!」
思わず掲示板を見てしまい、美緒が慌てる。しかし。
「…あ、あった!」
美緒が叫ぶ。晴香が「え?」と笑顔を向ける。
「あった、あったよ!私!」
「ほんと!」
「うん!晴香も見てみなって!」
友達が合格したことで、なんとなく安心し、晴香も掲示板を見た。自分の番号を探す晴香の横顔を、美緒が祈りながら見つめていた。
「…あ、あった!」
晴香も同様に喜ぶ。
「え、ほんと?」
「ほら」と指をさす。晴香の番号がそこにあった。
「わ、やった、やった」
二人が、笑顔でハイタッチを繰り返した。
「よかったね~」
「ね~」
そう、今度は落ち着いて喜びあった。
「…あ、じゃあ、手続きしないと」
「そうだね」
「えっと…」
美緒が辺りをキョロキョロと見回す。たくさんの人が喜んだり落ち込んだり、嬉し泣きしたり悔し泣きしたりしている。周りがごったがえしていて、受付がどこだかわからなかった。
「何も見えないね」
「だね」
二人が背伸びをして辺りを見回すが、どこに何があるのかすらわからなかった。

「受付なら、あっちですよ」

二人に、背の高い端正な顔立ちの男子生徒が声をかけた。人差し指で受付の方向を指し示している。
「え、あ、ありがとうございます」
美緒がお礼を言う。
「並んでる人もいるので、行けばすぐ分かると思います」
男子生徒は笑顔で頭を下げ、その場を立ち去った。
「あの人も受かったのかな?」
「だろうね。受付知ってたってことは」
「だよね、きっと」
「すごいね、よくわかったね」
晴香が言う。
「ん?」
「私たちが受付探してるって」
「そうだね」と言う美緒は、その男子生徒の背中を見つめていた。
「それに、かっこいいしね」
晴香がからかう。
「ちょっと、そんなんじゃないよ!」と慌てて否定した。
「もう、早く受付行こうよ」
「せっかく教えてもらったしね」
また晴香がからかい、美緒が「もう!」と怒った。

 二人が受付の列に並ぶ。
「そういえば、晴香の学校の同級生も受けたって言ってたよね?その人はどうなったの?」
「…どうだったんだろ。自己採点だとギリギリだったからなぁ」
「ギリギリセーフ?」
「どっちかっていうと、ギリギリアウト」
「あらら。ちょっと心配だね」
「うん…、まぁね」
そこで、受付窓口の一つが空いた。「晴香、先いいよ」と美緒が譲る。
「ありがと」
晴香が先に手続きを始めた。

「…随分、時間かかってるな」
二つの窓口の片方で、一人の男子生徒が手続きに手こずっているようだった。不備があったわけではなく、何か特殊な事情がありそうだった。
「美緒、終わったよ」
「あ、うん」
「私、その辺で待ってるね」と晴香がその場を離れ、美緒が手続きを始める。
「よろしくお願いします」
窓口に書類を提出する。受付の職員さんが書類を確認してくれる。盗み聞きするつもりはなかったが、隣の声が聞こえてくる。
「オヤジが、仕事中に事故に合ったんです。それで今、休職中で…」
小柄な男子生徒がそう伝えていた。
「なんだか、大変そうだなぁ」そう思っていた。

 「はい、確認終わりました」
職員さんが書類を返す。「ありがとうございます」と受け取った。すると、この学校に通えるんだという実感が沸き、嬉しくなった。書類をカバンに仕舞い、晴香を探す。
「…あ、いた」
晴香を見つけると、彼女に話しかける一人の男の子がいた。美緒が晴香に近寄る。
「俺、受かってたよ!」
その男の子は、晴香にそう報告していた。
「そっか、よかったね」
晴香が微笑む。
「晴香」
美緒が話しかける。「あぁ、終わった?」と微笑んだ。
「…友達?」
男の子が美緒を見る。「うん、塾が同じだったの」と晴香が答える。
「そうなんだ。加賀宗悟です。よろしくね」
「あ、うん、よろしく」
「…手続きってどこ?」と宗悟が聞く。
「あぁ、あっち」と晴香が指差す。「ありがとー!」と宗悟は受付に向かった。あの小柄な男子生徒は、まだ手続きを続けていた。
「良かったね」
美緒が、晴香の友達の合格を祝う。
「まぁね」と晴香が微笑んだ。

 「私、おかあさんに電話していい?」
「あ、私も報告しなきゃ」
二人がスマホを取り出し、家に電話をかける。二人の両親は、我が子の合格を心から喜んでくれた。
「…うん、今から帰るから。うん、ありがとー」
美緒が電話を切る。先に電話を終えていた晴香と目が合い、なんとなく微笑みあう。
「じゃあ、後は帰るだけかな」
「そうだね」

 二人が、帰ろうとその場を離れる。その時、壁に寄りかかり電話をかける小柄のな男子生徒がいた。さっき、手続きに手こずっていた男子だった。
「…うん、とりあえず、大丈夫だったから」
そう話していた。
「…うん、そっちの方も、受付してもらえたから。安心だと思うよ」
そう話して、その男子は電話を切り、スマホをポケットに仕舞った。
「…はぁ」
そう、息を吐いて、壁に手をつき寄りかかった。
「…受かったにしては、あんまり嬉しそうじゃないね」
「それより、なんか安心してるって感じだったね」
二人でそう話しながら、正門に向かう。

 「美緒」と晴香が美緒の顔を指差す。
「ん?」
「あっちむいてほい」
つい、晴香の指が向いた方を見てしまう。あの背の高い男子生徒がいた。
「ちょっと、やめてよ!」
「私は何も言ってないよ?」と晴香がからかう。
「高校も楽しくなりそうだわ」
いたずらにまんまと引っかかってくれる美緒に晴香がそう言う。
「それは、私もそうだけど」
「ふふふ」と二人が笑い合う。
「同じクラスになれるといいね」
美緒がそう言う。
「それは、私と?それともあのかっこいい人と?」
また晴香がからかう。
「もう、やめてってば!」と顔を真っ赤にした。
「みんな!みんな一緒がいいねってこと!」

 正門の隣。レンガ造りの花壇に、背が高く、大きな背中の男子と、背の小さなやわらかい笑顔の女の子が並んで腰かけていた。二人は、白いカップの飲み物を仲良さそうに飲んでいる。

「いいね、ああいうの」
「だね」

「あの背の高い人と付き合ったら、あんな感じかもね」
晴香が走って学校を出る。
「だから、やめてってば~!」
美緒も、走って追いかけた。レンガ造りの花壇の中では、たくさんのラナンキュラスが可愛く咲いていた。


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