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ズレた間のワルさも


「知らないほうがいいってことも、あるじゃないですか。」
彼は壁にもたれかかって言った。
「知って楽になる、ということもあるかもしれませんけど。
でも、知らないほうがしあわせってことも……ありますよね。」

わたしは、知って楽になった側だった。
自分がアスペである、ということ。自分が周りとうまくいかないことに、理由を求めていた。だから、それを知ったとき、ものすごく心が楽になったのだ。
「なにも問題はありません。周りとうまくいかないのは、あなたの人格・性格の問題です」なんて言われたら、そっちのほうがきっと、よっぽどつらかっただろう。わたしはわるくない。この症状のせいだから仕方がないのだ、と。責任を押し付ける相手ができたのだ。

彼は続けた。
「なんでもかんでも、最近はADHDだ、アスペルガーだ、なんて言うじゃないですか。理由をつけたがるじゃないですか。でも、知らなければ『普通』でいられるってこともあるんですよね。たとえば、空気を読めないひとって、昔から一定数いたはずなんです。でも、いまは少しそういう部分があると、ぜんぶ『病気』にされてしまう。そういうところってありませんか?」


その話を聞きながら、以前付き合っていた女性のことを思い出した。
とてもやさしくて、穏やかで、わたしにはもったいないような、すてきな女性だった。ただ、家庭環境に起因するとおもわれる精神的な不安定さがあり、ショックを受けたり、目の前で暴力沙汰などの行為があったときに、動揺などという言葉では片付かないほど、感情が爆発して、パニックになってしまうことが度々あった。生活に支障をきたすほどの頻度ではなかったが、今後、彼女の心の弱さはきわめて心配になるものだった。

「精神科に行こう」
ある日、わたしは提案した。付き合って3年が経ち、このひとと夫婦になるということを、はじめて意識した日であったようにおもう。
わたしも昔、精神科に通っていたことがある。偏見や好奇の目に晒されることもあったが、通院してよかったとおもっている。
わたしがいま、こうしてなんとかいちおうは社会の一員として暮らせているのもきっと、そのおかげだ。

あまり気が進まないという彼女を説き伏せ、予約を取り付けた。病院には一緒に行くことにしていた。一人では心細いだろうから、二人で受け止めたい。そういう気持ちだった。ただ、いざ病院に行く日の朝になって、彼女は大泣きしたのだった。

「わたし、病気じゃないもん!おかしくなんかないもん!!」

ものすごいパニックになっていた。なんで、どうしてだ。わたしには理解ができなかった。でも、いまならわかる。彼女は、普通でいたかったのだ。知らなければ、傷つくことはない。現実を見ないことによるしあわせは、たしかにある。
自分が知って楽になった側のひとだったから、そんなことに気付かなかったのだ。やさしさのつもりで、知らないうちに彼女を追い詰めていた。ほんとうにわるいことをしてしまったな、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだ。この懺悔はざんねんながら、もう届くことはないけれど。


ズレた間のワルさも それも君の”タイミング”


ブラック・ビスケッツ最大のヒット曲「タイミング-Timing-」。わたしが子どものころ、めちゃめちゃはやった曲だ。

ADHDとか、アルペルガーとか。病気とか、健常とか。そういうのじゃなくて。もしかしたらみんな、ただ自分のタイミングで、自分のペースで生きているだけなのかもしれない。知ることもだいじかもしれないけど、時にはそれを忘れる時間があってもいい。知らない、という手段があったっていい。

「……友達がカミングアウトをしてきたんですけど、ちょっと間がわるいとか、空気が読めないとか、そんなの知ってるよ。おまえってだって、昔からそういうやつだったじゃん、って。知ってて仲良くなったんじゃん、って。ぼくはそう思うんですよね。」

そう話す彼の横顔を、わたしはただ、ずっと見ていた。

#エッセイ #日記 #人間関係 #発達障害 #アスペルガー #ADHD #コミュニケーション

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少年B
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