呼ばれる街
今の街に引っ越してきて、ちょうど1年になりました。
前の家はかれこれ5年くらい暮らしていて、けっこう気に入っていたのですが異動先の通勤に不便になり、更新をきっかけに引っ越しを決意しました。今の仕事に就いてから一人暮らしを始めたので、人生で二度目の引っ越しです。
実は、一回目の引っ越しはかなり変わった事情がありました。
引っ越した、というより、引っ越さざるを得なくなったというのが事実です。警察から「もうこの家に住んではダメ」と言われてしまったので、宿泊学習の引率と教員採用試験と警察への捜査協力と並行して家探しと引っ越しをしました。忙しすぎてあんまり覚えていません。
なんで警察に引っ越しを薦められたかというと、わたしの部屋が空き巣に遭い、なんとわたし自身がその犯人と玄関先で鉢合わせしてしまったからです。
あんまり思い出したくないので細かいことは省きますが……知らない男の人が自分の部屋から出て来た時の恐怖。忘れられません。
それに比べて、二回目の引っ越しの動機は穏やかなものでした。通勤が不便というのが一番の理由ではありましたが、なんだかもう、この部屋とは別れを告げなければならないという思いが強くなったのです。五年暮らして飽きたというのもあるでしょうが、もうここで為すべきことは終わったとでもいうのでしょうか。
アホなわたしは新しい部屋が見つかる前に契約解除の約束をしてしまったので、それからは仕事をしながら死に物狂いで部屋探しを始めました。
なんで先走って契約を解除してしまったかというと、前述のとおり、もうこの部屋に住む理由がなくなったからです。この部屋に住むべきではないと思ったからです。
通勤先の沿線の部屋をあれこれ探していた時、知らない番号から電話がかかってきました。引っ越し関連であちこちの業者とやりとりしていたので、わたしは躊躇いなく電話を取りました。
「はい、もしもしー」
「あ、○○様ですか。△△不動産の者です。先日は××の物件への内見のお申込みありがとうございました」
……へ?
内見の申し込み?そんなんしたっけ……。そういえば、昨日の寝しなに一つの物件をぽちっとイイネしたような。
「ああ~!はいはい」
さも待ってました的な雰囲気を出してわたしは電話先の男性に愛想のよい声を返しました。
「お問い合わせいただいた物件なんですが、残念ながらもう埋まってしまったんですよ」
「あ、そうなんですか」
「それで代わりといってはなんですが、他の物件のご紹介したいですし、ぜひご来店いただけないかと」
「はい、ぜひ」
部屋探しに若干行き詰まりを感じていたわたしは、すぐに承諾しました。そしてその日のうちに来店し、2.3件部屋を内見させてもらい、一週間後にはそのうちの一つのマンションに契約のハンコを押していたのです。
引っ越しの数日前、一応知らせておくかと思い父に電話をしました。
「あ、お父さん?あたし××に引っ越すから」
「××?懐かしいな」
懐かしい?という単語が引っ掛かりましたがわたしはすぐに思い出しました。わたしがこれから引っ越す街は、父が大学生活を送った街なのです。
そういえば結婚前の母とよくデートをしたのもこの街だったような……。
それから父は「〇〇亭のラーメンがうまい」とか「〇〇堂っていう文房具屋によく通った」など様々な思い出話をぶつけてきました。
母にも「××に引っ越す」と伝えると、
「お父さんとよくデートしたわぁ。映画は寅さんでランチは○○亭のラーメンだったけどね……」と父の証言の裏がとれました。
「なんでそんなところでデートしてたの?」
「お母さんもその××のすぐ近くに住んでたのよ。それで、××の職場でお父さんに会って結婚したの」
そういえばそんな話を聞いたことがあるようなないような。
「××に縁があるんだね、お母さんたち」
「他人事みたいに言ってるけどあんたが仕事を始めたのも××じゃないの。しかも今度はそこに住むんでしょ。縁があるのはあんたよ」
「たしかに……」
もう我が家は××から離れられない運命なのかもしれません。
引っ越しから1年経ち、わたしはお気に入りのカフェやスーパー銭湯を見つけて、仕事もそこそこ頑張っています。父と母と、同じ仕事を。
不思議に縁がある土地って、絶対ある。
みなさんにはありませんか。
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