わたしが好きだった宝塚②
※①からの続きです
その事件というのが、96期いじめ裁判事件である。
簡単に説明すると、96期生がよってたかって一人の同期生に暴言、軟禁、はては万引きの冤罪までなすりつけたというにわかには信じられない出来事だった。
被害者のSさんは、寮の一室に閉じ込められ、母親に現状を携帯電話で伝えていたという。その部屋の見張りも同期が暴言を浴びせながらやっていたというのだから驚きを超えて震えがくる。
この事件が明るみに出た時、わたしは心の中で「宝塚」という美しくてきらびやかなものが音を立てて崩れていくのが分かった。
宝塚ファンを惹きつけてやまないのは素晴らしい舞台の裏側にあるタカラジェンヌどうしの強い絆だ。特に同期の繋がりは強く、血を分けた家族のそれよりも強い。どんな苦境に立たされても、同期どうしで励ましたり慰めたりしながら、それこそ生きるか死ぬかの毎日を乗り越えてきたのだ。そんな「同期愛」に支えられてこその、宝塚の舞台だ。
しかし、そんなものは嘘っぱちだった。
同期愛?そんなものなんてなかった。
将来を嘱望された同期を嫉妬心からよってたかっていじめて、退学に追い込んだ。
悪いのは96期生だけじゃない。宝塚音楽学校を監督していた大人たちにも大いに責任がある。
いじめの訴えがあった場合、まずやらなくてはいけないは被害者の保護であるのにそれを怠り、加害者を庇った。そして、Sさんやその保護者の話をろくに聞かずに登校することを拒んだ。こんなところ恥ずかしくて「学校」なんて名乗らないで欲しい。
96期の事件以来、明らかにわたしの宝塚の観劇回数は減った。
タカラジェンヌ同士の微笑ましいエピソードを聞いても「どうせ嘘なんだろうなぁ」という冷ややかな気持ちが先に来る。それに、政治的な判断なのかやたらとら96期生を起用するのもわたしを宝塚観劇から遠ざけた。応援するなんてもってのほか、入団だってしてほしくなかった。音月桂さんのお披露目公演になぜか96期生の娘役が抜擢されて、心の底から「ハァ?」と思った。Sさんだって、キラキラした芸名をつけて、あの舞台に立ちたかっただろうに。なぜ加害者は何事もなかったかのようにスポットライトを浴びてるのだろう。
何の謝罪も反省もなくしゃあしゃあと初舞台を踏む彼女たちを見て「もう宝塚はいいや」という気持ちになった。
少し話は逸れるが、91期生に東小雪さんという方がいる。現在はLGBTの活動家で日本初ディズニーリゾートで同性婚を挙げた宝塚OGだ。また、実父からの性虐待を受けた経験を待つ、波瀾万丈な人生を送っている方でもある。
5年くらい前だろうか。ふとしたきっかけで彼女の著書を手に取った。
96期いじめ事件にも触れてあるかなと思い読み始めたが、内容はそれ以上に壮絶だった。
宝塚音楽学校、宝塚歌劇団で繰り返される人権侵害と暴言・暴力の数々。いじめなんて生優しいものではない、れっきとした犯罪でありハラスメントの数々。それを「指導」「伝統」で片付ける浅ましさと幼さ。そして大人たちの軽薄さ。
よく読み込むと「これはあの人のことだな」と特定できる方もいるので、東さんと同じく宝塚歌劇団の中の異常さを訴えたい人も少なからずいたのだろう。東さんの著書を読んだことがあったからこそ、わたしは今回の事件を「充分に起こりうる」と拒否感なく受け入れられたのだと思う。
そんな東さんの凄いところは「自分も加害者であった」と自分の加害性に向き合っていることである。詳しくは著者を読んで貰いたい。
自分自身が被害者であったのに……いや、被害者であったからこそ、加害者に寝返った。わたしはそんな風に読み取った。いずれにしろ、宝塚歌劇団内部の異常性と自らの被害と加害を訴えた東さんには敬意を示したい。中には東さんに対して「1年しか在団してないくせに、偉そうに」という意味のないバッシングがあるようだが、くだらないの一言に尽きるのでぜひ声を上げ続けて欲しい。
この記事を寝かせている間も、宝塚をとりまく状況は目まぐるしく変わっていた。
内部告発が相次いだり、宝塚側の人間がいらんことを発言したり。ついには労基のメスが入ることになった。
週刊誌報道を鵜呑みにするのは危険だけど、宝塚歌劇団生徒の有志たちが、経営陣に物申したという記事も読んだ。事実ならば嬉しいし、やはりわたしが初めて目にした宝塚そのものの姿であると感じる。
わたしはもう、宝塚にお金を使わない。
命を賭けた有愛きいちゃんとそのご遺族が納得する歌劇団に変わらない限り。
あの日、身も心もボロボロだったわたしを救ってくれた宝塚。
尊い命が失われても、わたしはまだ信じたい。
タカラジェンヌ自身の心の美しさを。人間が本来持つ正義感と勇気を。
「宝塚はいいよな、綺麗なものしかないもんなぁ」
23歳のわたしが呟いた、あの言葉がもう一度自分の中に生まれますように。
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