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僕のいじめ克服エピソード

これまで、僕自身が体験したいじめについて書いたことが無かったので、初めて書いてみたいと思います。

いじめって、子供から大人まで未だ根強く存在する困った問題ですよね。

ネットでの誹謗中傷も、1人に対して多人数がよってたかって言葉の暴言を浴びせる、という意味では、広い意味でいじめといえるかも知れません。

僕は、小学校2年~高校2年まで、いじめがずっと続いていました。

内容は、数え切れないですが、今覚えているだけで


物に落書きされる(キリスト教学校だったのですが聖書に大きな文字でイタズラ書きされたのはきつかった・・・)

授業中ずっと、パチンコで消しゴムをぶつけられる

背中にガムをくっつけられる

給食の時間、一緒に食べたくないと言われハブられる(ずっと孤食でした)

体育の時間にズボンを下ろされ皆の前で性器を露出される(高校生の思春期に女子に見られたのは屈辱でした・・・)


小学校から高校まで、約10年近くそんなことが続いたのですが、大人になって潜在意識やトラウマを書き換えるため、様々なことを勉強するにつれて思ったのは

「なぜ、僕は当時あんな目にあったのか?」

ということでした。

20代までは、僕はいじめという悲惨な過去の犠牲者で、視点が自分にしか向いていませんでした。

無実で清廉潔白な自分が、いじめっ子という、完全な悪から攻撃を受けていた、という認識しかなかったのですが

何度も何度も繰り返し、過去の癒やしや統合を進めていくにつれて、当時の状況を冷静に、客観的に観れるようになっていったのです。

よく考えれば、学校が変わったり、クラスも何度も変わっていたにもかかわらず、自分がずっといじめを受けたのは、自分にも根本的なズレがあったのではないか、と思うようになったのです。

どこにいってもいじめられる、という負のサイクルから抜けるには、起きたことを冷静に見つめ、自分のどこを改善すればいいのか、改善できるものなら実際にしていきました。

いじめっ子のように、他者に対して攻撃こそしてないものの、当時の自分の心の中は、彼らと同じく攻撃的で、悪口、文句、責任転嫁といったネガティブな氣がたくさんあり、知らないうちに人の地雷を爆破してしまうような、空気が読めない行動をたくさんしていたことを思い出したのでした。

だからといって、僕自身、いじめを受けて当然とは思っていませんが、そうして、自分の改めるところを時間をかけて改善していくことで、不思議と、今の人間関係が一気に変わっていきました。

私達は立派な行動や発言で、人間関係がつながっていると思いがちですが、本質的には、自分が出している氣によって、つながっています。

それまでは、周りに攻撃的で、悪口が好きな人ばかりと出会っていたのですが

「ありがとう」「嬉しい」「楽しい」「あなたなら、きっと大丈夫だよ」

といった、自分がポジティブな言葉を普段から口にするよう心がけることで、自分自身の氣が入れ替わり、自然と自分が望む、面白くて、ポジティブな人たちに囲まれる人間関係に変わっていったのです。

同じ言葉を使い、同じ行動をとっても、まったくいじめを受けない人がいます。

一方で、僕のように何をしてもいじめを受けやすい人がいるのですが、その差は、自分が普段から出している氣にありました。

氣は、表面的な行動だけではなく、潜在意識からの影響を強く受けます。

もし、あなたが本当の意味で、理想とする人間関係を築きたいのであれば、自分が今、どんな簡単なことでも楽しいことをして、自分を満たし、氣の流れを良くしていき、そのエネルギーを使って、自分の改めるところを見出し、変えていくことが大切なようです。

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