ボクは、なくことができない
*第十五回南のシナリオ大賞最終選考作品
○ ジャンル
ファンタジー
○ 想定尺
15分(ラジオドラマ)
○ あらすじ
八月。蝉の大合唱。この時期、オス蝉はメス蝉に気に入ってもらう為にひたすら鳴く。ボクが気に入ってもらいたいのはメス蝉ではない。向かいの団地に住む花梨だ。センパイは、人間なんてやめとけと言うけど、ボクは花梨から目が離せない。だが、人間は蝉を嫌う。だから、花梨が近所の正樹に意地悪されている現場を目撃しても、ボクは嫌われることを恐れて鳴き声を上げれず助けることができないでいた――。
○ 登場人物
ボク
センパイ
花梨(6)
お父さん(39)
正樹(6)
オス①~③
女
○ シナリオ全文
朝の騒めき
耳障りな程の蝉の大合唱
ボクMO「八月。この時期は、オス蝉がメス蝉に気に入ってもらう為だけにひたすら鳴く。この時期を逃すと、もう後が無いからオス蝉達はとにかく必死だ」
蝉の鳴き声
オス①「ねえ。そこの可愛い触覚の彼女!」
オス②「君のような美しい羽根を持った女性 は他に見たことがない!」
オス③「なんてセクシーな樹液の吸い方だ!」
ボクMO「とまあ、オス蝉達は色んな口説き文句でメス蝉達を落とそうと必死に鳴いている」
蝉の鳴き声
ボクMO「だけど、僕は、皆と同じように鳴くことができない。なぜなら……」
ヒール音近付いてくる
一匹の蝉が騒ぐ音
女「ぎゃあ。蝉! 無理! キモい!」
駆け出していく女のヒール音
ボクMO「なぜなら、人間に嫌われたくないから」
蝉の鳴き声
センパイ「おいそこの新入り!」
ボク「え? 僕のこと?」
センパイ「そうだよ。他に誰がいるんだ?」
ボク「え、なぜ僕を? そしてあなたは? 先輩?」
センパイ「おおそうだ! 俺は土から出て来て今日で七日目。辺り見渡してると、鳴いてないのお前だけじゃん。土から出てきたばっかで不安なんだろ?」
ボク「いや、そう言うわけじゃ……」
センパイ「何日目だ?」
ボク「え?」
センパイ「土から出て来て何日目だって聞い てんだよ」
ボク「あ、えっと……五日目です」
センパイ「五日目⁈ おいおいおい、そんな に経つのにまだ鳴いてないのか⁈」
ボク「はい……」
センパイ「俺なんて鳴き過ぎてもう軽く十人 は抱いちまったよ」
ボク「え⁈ 十人も⁈」
センパイ「おう。どのメスも皆可愛かったな」
ボク「そうですか……」
センパイ「何? 新入りは好みのメスいない のかよ?」
ボク「え、いや、僕は……その……」
ボクMO「僕は……メスじゃなくて……向かいの団地にいる……」
(OFF)ベランダの扉を開ける音
(OFF)サンダルで歩く音
(OFF)ジョーロで水やりする音
花梨(OFF)「わあ! お父さん見てーまた朝顔さん咲いてるよ! 凄いね!」
お父さん(OFF)「おお! 凄いなあ? この前まであんなに枯れてたのになあ? 花梨が助けてあげようって毎日一生懸命水やりしたからだぞ? 偉いなあ」
花梨(OFF)「えへへ」
ボクMO「あの子がいい。あの子は毎朝、あのベランダで一生懸命花に水やりをしている。前の住人が置いて行った花とか言ってたっけな……とにかく、あの子の一生懸命な姿に僕は……僕は……」
センパイ「おーい新入り? 何見てんだ? おい、聞いてんのか? 新入り? おい!」
ボク「(はっとして)は! え? な、何?」
センパイ「好みのメスはいないのか? って」
ボク「ああ。えっと……そうです……ね」
センパイ「なんだよ……じゃああれだ? 色白で小柄なメスがタイプってことだ?」
ボク「んー? いや、まあ……」
センパイ「この辺のメスは皆色黒で肉付きが良いからなあ。色白で小柄ってなると……南の方だな」
ボク「南の方?」
センパイ「そう。南の方にある……確か……石垣島!」
ボク「石垣島……」
センパイ「石垣島に行けば新入りの好みの色白で小柄なメス達がいっぱいいるぞお?」
ボク「はあ……」
カラスの鳴き声
センパイ「あ、ほらあの黒い鳥なんかに乗っかって行きゃすぐ辿り着けるだろ。(大声) おーい! そこの黒い鳥さんよ! ちょっとここにいる新入りを乗せてくれねえか?」
ボク「(慌てて)ちょちょちょっとやめてくださいよ先輩!」
センパイ「ああ? 何でだよ」
ボク「いいんです。僕はずっとここにいます」
センパイ「ずっとお? 死ぬまで鳴かずにここにいるってのか?」
ボク「……はい」
センパイ「好みのメスも見つけねえで?」
ボク「……はい」
センパイ「一生に一度しかねえってのに! ……わかった。もうこうなったら好みのメスなんてどうだっていい。とにかく鳴け!」
ボク「え……嫌です」
センパイ「いいから鳴け!」
ボク「嫌です!」
センパイ「いいから鳴けったら鳴け!」
ボク「嫌ったら嫌です!」
センパイ「何でそんなに頑固なんだよ!」
ボク「だってあの子に嫌われたくない!」
(OFF)蝉が騒ぐ音
花梨(OFF)「きゃあ!」
(OFF)花梨の尻餅をつく音
花梨(OFF)「お父さん! 葉っぱに蝉さんがいる! 怖い! 花梨、蝉さん苦手」
ボクMO「……ほらね。やっぱり。あの子も 蝉が苦手なんだ。そんなの、そんなの僕が鳴いたら嫌われるに決まってるじゃないか」
センパイ「嫌われたくない? どう言う意味だ? おい。新入り? おーい! ……何だよ。またどっか見てやがる……ん? え? 人間? まさか、人間が好きなのか⁈」
ボク「え⁈ あ、や、その……」
センパイ「馬鹿かお前。人間なんてやめとけ」
ボク「え……」
センパイ「人間なんて、俺ら蝉のこと、キモ いだのうるさいだの怖いだの言っていっつ も馬鹿にしてきやがる! 俺ら何も人間に 被害与えるようなことはしてねえってのに」
ボク「それは……そうだけど……」
センパイ「おまけに最後は俺達のこと踏み潰 そうとしてきやがる! そんな人間」
ボク「(遮って)あの子はそんなことしない よ! 踏み潰したりなんかしない!」
センパイ「でも苦手なんだろ蝉のこと。今も 言ってたじゃねえか」
ボク「……それは……」
センパイ「とにかくやめとけ。あんな人間の ことを思って鳴けないでいるなんて、一生 の損だ! もう忘れろ!」
ボク「そんな……」
センパイ「(溜息)ったく何だよ。俺は可愛 いメス達ともうひと遊びしてくるからよお。 次会うまでに鳴いとけよ? じゃあな!」
蝉の飛ぶ音
ボクMO「そう言って先輩は隣の木の方に飛んで行った。先輩と次会う時までに鳴くなんて……やっぱり僕にはできなかった」
蝉の大合唱
(OFF)花梨の靴音
花梨(OFF)「あ、こんなとこに蝶々さん」
ボクMO「僕は相変わらずあの子を目で追っ ている。今日は、どうやらおでかけしてい たらしい。団地の下の道を歩いている」
蝉の鳴き声
センパイ「まーだあの人間に未練あんのか」
ボク「わ! 先輩! いつのまに横に!」
センパイ「どうせまだ鳴いてねえんだろ?」
ボク「……はい」
センパイ「んなこったろうと思ったよ」
(OFF)花梨の靴音
花梨(OFF)「あ、蝶々さん待って! ……飛んで行っちゃった」
ボク「いいなあ蝶々は。怖がられたりしないで……僕も生まれ変わったら蝶々に……いや、やっぱ人間になりたいな」
センパイ「俺は人間なんて絶対やだね」
(OFF)正樹の走る靴音近付く
正樹(OFF)「おい花梨、これでもくらえ」
花梨(OFF)「え? きゃあ! 毛虫! 正樹君やめて!」
ボク「あ、またあいつあの子に嫌なことを!」
センパイ「なんだ? 新入りの好きな人間、いじめられてんのか?」
ボク「……はい。あいつ、いつもあの子の嫌がることして……助けてあげたいんだけど」
センパイ「嫌われるのが怖くて鳴けねえのか」
ボク「……はい」
センパイ「かあ、だらしねえ奴だなあ。好きな子も助けられねえのかよ」ボク「だって……鳴いたからってあいつからあの子を守ってあげれるとは限らないし」
センパイ「そんなんじゃなあ、人間に生まれ変われたとしても一緒だ」
ボク「え?」
センパイ「本当に好きなら、嫌われるの覚悟で助けてやるのがオスってもんだろ? そんな覚悟もねえなら、やっぱり人間なんてやめとけ!」
ボク「覚悟……」
(OFF)車が近付いてくる音
センパイ「ん? おい、新入り、何かでっかい乗り物がこっちに走って来てるぞ?」
ボク「え?」
センパイ「おい、このままだとあの人間達に ぶつかるんじゃねえか?」
ボク「ほ、本当だ。危ない。止めなくちゃ」
正樹(OFF)「やーい! 花梨やーい!」
花梨(OFF)「やめてよ正樹君、何で嫌な ことばっかしてくるの?」
(OFF)車が近付いてくる音
ボク「こんなに近付いてるのに何で気付かないんだよ!」
センパイ「蝉の鳴き声でかき消されてるんだ」
ボク「そんな……僕達のせい……」
ボクMO「僕達のせいで、あの子が、あの子が死んじゃう……そんなの嫌だ!」
ボク「助けなきゃ! 僕行きます!」
センパイ「お、おい、待て新入り!」
蝉の飛ぶ音
蝉の強い鳴き声
花梨「きゃあ! 蝉さん!」
正樹「うわ! 蝉! ちけえ! え、車⁈」
花梨と正樹の逃げ惑う靴音
車が勢いよく通り過ぎる音
蝉が地面に落ちる音
ボクMO「あれ? 僕……今、鳴けた? あれ? ここ、どこだ? あ、地面……あの子は? 花梨ちゃんは無事かなあ?」
花梨「……危なかったあ」
ボクMO「あ、良かった。花梨ちゃん。生きてる。そっか。僕は鳴くことができたんだ」
お父さんの走る靴音近付いてくる
お父さん(OFF)「花梨! 大丈夫か!」
花梨「お父さーん!」
正樹「げ、花梨のお父さんかよ! 怒られる ……逃げろお!」
正樹の駆け出していく靴音
花梨「ちょっと正樹君! 逃げるなあ!」
お父さん「花梨大丈夫だったか? 花梨の叫び声が聞こえた気がして慌てて出てきたよ」
花梨「うん大丈夫……あ、蝉さん……地面に寝っ転がっちゃてるよ?」
お父さん「ああ。この蝉はもう、死んでるね」
花梨「そうなの?」
お父さん「うん。足が閉じちゃってる。死んでしまった証拠だよ」
花梨「蝉さん、可哀想……この蝉さん、もしかして……助けてくれたのかなあ?」
お父さん「え?」
花梨「んーん。何でもない。帰ろうお父さん」
お父さん「ああ帰ろう」
花梨とお父さんの靴音遠ざかっていく
蝉の飛ぶ音近付いてくる
センパイ「おい新入り……生まれ変わったら、人間になれるといいなあ」
了