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ライターズ倶楽部課題テーマ:これぞ職人

誰かにとっては最優秀賞の寿司職人

「いい仕事をするためにはいい道具を使わなくてはいけない」
寿司屋入ってから、耳にタコができるほど言われた言葉である。
マグロを捌くときに、私のお店では‘ギロチン’などと物騒な名前で呼ばれる道具を使っていた。
長い刃がすこしだけ反っていて、刃の両側に持ち手がついている。その持ち手を両方とも持って、まさにギロチンのようにマグロを上から真っ二つにするように使う。鋼が焼き付けてあるため丈夫で、尚且つ日本刀のように切れ味鋭い。見ただけで刃物のことがわからない人でも、一目でいい道具だとわかるものだ。

ギロチンだけではなく、店の職人が持っている道具である包丁も、一級品であることは、その光り方でわかる。包丁の奥底から浮かび上がるように光り、吸い込まれるような錯覚を起こす。
ドラゴンクエスト世代の私にとって、‘勇者の剣’とよぶに相応しい印象だった。
切れ味鋭い包丁からは、どんな食材も美しく見せることができる魔法がかけられていた。
魚などの薄造りを可能にするのは、こうした一級品の道具と職人のコラボレーションによって行われる。機械にさえできないほどの、薄さを実現するのだ。
昔、テレビ番組で、米に文字を書くという技術を見たことがあったが、あのような技術も‘一級品の筆’を使うことで可能となることがわかる。道具によって、自分の腕前以上の技術を習得することができるのだ。

元メジャーリーガーのイチローさんも、現役の頃は試合が終わる度にロッカールームでグローブを磨いていたと聞く。
道具を大切にすることの大切さを、イチローさんも「道具を大切にすることは野球が上手くなりたいという気持ちに通じる」と言っている。

毎日の手入れを通じて、自分の思いを乗せていく中で、一緒に育つということを考えてみると、少し納得する。
イチローさんの言葉を借りるなら、寿司が上手くなりたい、料理が上手くなりたいという気持ちを包丁に託して、毎日研いでいる。研いでいる最中、静かに、情熱的に「もっと、もっと……」という気持ちを包丁の中に刷り込んでいる。魂を入れているような気持ちに近い。
「思いというものを包丁に込めていくことでしか、包丁研ぎが上手くなることはない」
親方にいつも言われていたことを思い出しながら、必死に包丁を研いでいた。

「道具っていうのはな、自分と一緒に育っていくもんだ」
店では断トツの腕を持つ酒井さんから言われた言葉を思い出してみると、イチローさんが道具を通じて願う気持ちを表現した言葉も、より深みを増してくる。
個人的には、道具が育っていく実感はないものの、道具に愛着が湧いてくる実感なら、ありすぎるくらいある。こうした気持ちは、包丁などの道具に限ったことではなく、長く愛用しているものには総じて湧いてくる感情なのかもしれない。
使うものの気持ちが投影されるものが、道具なのかもしれない。

イチローさんは2023年1月のインスタライブ『イチ問一答』の中で道具について語っている。
「最終的にはいい道具を持ってほしい。それはどの世界も同じ。自分の実力と道具のレベルがマッチしていない状態だと、おそらく上達している感触を得られないと思うんですよね」
イチローさんも、道具については、最初からいいものを持たなくてもいい、むしろ、最初は自分の実力にマッチした道具を持つべきだと提案されている。
「手の届くところで、自分の力に見合ったもので、徐々にレベルが上がっていく。それは感じられていいと思う。やはり徐々にがいいですね。人間って、手応え、達成感とか満足感、あればあるほどいい。それが1番いい道具を買いました、それで満足は違うと思う。自分の技術が底に追いついてくることで満足感を味わってほしい」
いい道具を持っているだけの満足感は、少し違っていると発言され、自分の技術と、道具の相乗効果を楽しんでほしいと実感されている。

私は初め、包丁を研ぐことはおろか、仕事の全てが未熟だった。
そのため、包丁も一級品ではなく、安物の包丁を買って、それで何もかもを練習していたのだ。包丁の研ぎ方、魚の捌き方、3枚のおろし方、刺身の切り方など、多くのことを安物の包丁から学んだのだ。
育っていく実感を感じなかったのは、安物の包丁だったからなのかもしれない。
あるいは、育っていくことを実感することすら難しいほどの、技術力しかなかったのかもしれない。
イチローさんの言う通り、職人としてのレベルが、安物の包丁がぴったりだったという証明になることだろう。それと同時に小学5年生まではボロボロのグローブを使い捨てていたそうで、そのころのイチローさんと現在の自分が重なる。小学6年生のころ、初めていいグラブを買ってもらったときに、初めて道具を大切にする気持ちが強く芽生えたという部分においても、そろそろ新しい包丁がほしいという思いも芽生えていた。

寿司屋になって5年ほどした頃、寒い10月のある晩に1人のお客様が来た。
いかにもサラリーマンといった、典型的な出立のその男性は、店に入るなり玉子を注文した。へい! と返事をしたものの、よく見ると、スーツはしばらくクリーニングしていないようなシワが寄っていて、清潔感もない。頭髪は薄く、一見すると50代に見えるが、実際はもっと若いのかもしれない。
ちょうど、店のほとんどの人間は買い出しに行っていて、店には私しかいない。
5年しか経っていないが、店に1人しかいないことは、初めてではなかった。
15時半なんて、中途半端な時間に訪れる人こそ、珍しい。
店は16時からだ。しかし仕込みも終わっていて、開店時間を待つばかりのため、このお客様を受け入れた。
男性に、丁寧に玉子を握ると、それを眉毛の一つも動かさずに食べた。
「じゃあ……アジ」
ぼそっと、注文する。今は開店前のため、人がいない店内は無音状態だから聞こえているが、開店後の賑わっている状態では、きっと聞こえないだろう。
アジを食べる時も、顎の筋肉以外の部分は全く使わずに食べている。美味しそうではない。美味しくないのだろうか。
いや、そんなはずはない。この玉子だって、イワシだって、今朝魚市場で仕入れてきたものだ。鮮度はお墨付きである。
「……紋甲イカ」
やはり丁寧に握って出すと、やはり美味しくなさそうに食べている。
「美味しくないでしょうか」と聞こうとした瞬間、相手の目から雫が落ちた。
泣いている。
男性は、私に向かってこう言った。
「僕はウィルス性の顔面神経麻痺によって、味覚障害になり、味がわかりません。大好きだったお寿司も、味がしないんです」
男性は無表情だったわけではなく、表情ができなかったのだ。
「でも、美味しかったです」
そう言った男性は、笑顔だった。
そんなことを言っても、味覚障害なら味なんてしないはずだろう、美味しかったと思いたいのかもしれない。それとも気休めなのか、それともお世辞なのか、わからなかったが、「ありがとうございます」とお礼と共に、励ましの意味も込めて、こちらからも、精一杯の笑顔で見送った。
男性が帰ると、入れ違いで、買い出しに行っていた親方一行が帰ってきた。
「あれ? さっき来てた人、佐藤さんだよね?」
兄弟子の一人が私に尋ねる。
「あ、名前を聞いてませんでした。なんでもご病気だそうで……」
と顔面麻痺と味覚障害の話をすると、兄弟子の一人がこう言った。
「佐藤さんは、二年くらい前まで、ウチの常連だったんだよ。最近見ないと思っていたら、そんなことになっていたんだな……」
なんでも、その頃は、毎日のように来ていたらしい。
一流証券会社に勤務していて、羽振も良かったようだ。

身なりからして、おそらく仕事も辞められたのだろう。
私の店には、もう二度と来ないかもしれない。
そう思った。

それからまもなくして、
『全国寿司技術コンクール大会』
が開催された。
名前の通り、全国各地から、寿司の技術を競うために精鋭が東京へと集まってくる。
『巻き寿司披露』『握り寿司披露』『関西江戸盛披露』と、さん種類の技術を披露し、審査されれる。
シャリ炊き三年、合わせ五年、握り一生。
三年かけだし、七年片腕、十年旅立ちと、最低でも十年は必要な寿司の職人の頂点を目指すことは、甲子園大会よりも重みのある大会だと感じている寿司職人がほとんどだと思う。
私の店からは、兄弟子である酒井さんが出ることになった。
酒井さんは、まさに入門十年目の脂が乗り切った若手のホープだった。
腕はそれこそ、親方と肩を並べるほどの実力があり、スピードも技術も申し分ない。
非の打ち所がないというのは、このことを言うのだと思った。

東京まで応援に行った。
「酒井さんなら、最優秀賞は間違いねえだろ」
そんな声も、内輪からは聞こえたものの、私も内心ドキドキしていた。
たった五年しかやっていない私は、何も任されず、ただただ応援するだけしかできなかったのに、甲子園に出た兄をお応援する弟のような気分だったのだ。

例年、猛者が集まることで知られている関西圏からの出場者には、昨年惜しくも最優秀賞を逃した緑寿司の佐伯さんがいる。
酒井さんのライバルは佐伯さんと見られている。
材料や桶は同じものを使うため、違いは腕と道具だ。
佐伯さんと酒井さんの腕は互角と見られていた。
佐伯さんは、関西の寿司屋では知らないものはいないほどの実力者である。その人と肩を並べていること自体、酒井さんはすごい。いや、親方と肩を並べている酒井さんと、互角の腕を持つ佐江さんがすごいのか。
とにかく両者共に異次元の存在なのだ。

『巻き寿司披露』の前に“笹切り”というものがある。
笹は初め、寿司の保存作用に優れていると採用されたが、寿司職人の包丁技術が加わって、“笹切り”として寿司の仕切りや飾りに用いられるようになった。
本来、巻き寿司がメインの競技であり、笹切りはあくまでも「できるかどうかを見る」ためのものだったが、ここで勝敗が決まったように見えた。
普段から、私の店では包丁に魂をこめることに余念がない。
そのような職人が集まる中で、酒井さんは別格の実力を持っていて、その包丁の手入れから、技術までが段違いの実力を持っている。
酒井さんが作った笹切りは、美しかった。
特別デザインが美しいわけではなく、単純なデザインでありながら無駄のない洗練された美しさだった。

想像通り巻物や握り、盛り付けに至っても、酒井さんと佐伯さんの実力は互角だった。
スピードも技術も互角であったが、唯一違ったのは包丁の切れ味と、その類いまれなる包丁技術だった。

最優秀賞には酒井さんが選ばれ、金賞には佐伯さんが選ばれた。
「やはり、酒井さんはすごい人だ」
そんな声が聞こえる中、観客席に1人の男性を見つけた。
佐藤さんだった。
佐藤さんは、私たちを応援に来てくれていた。
「おめでとうございます」
そう言う佐藤さんに向かい、酒井さんを呼んできますと言うと、佐藤さんは首を横に振った。
「いいえ、違うんです」
「?」クエスチョンマークが頭の中を踊りだす。
「今日はあなたに会いにきました」
そう言う佐藤さんは真っ直ぐに私を見ている。
「実は、新しい仕事は東京でして、こんな私でも使ってくれるという会社が、ありまして……。この様な大会があるとは知らず、初めて見に来ました。すごいですね」
そう言うと酒井さんは笑顔で私にこう続けた。
「ありがとうございました。先日、お寿司をごちそうになったとき、あなたの包丁を拝見しました。残念ながら味はわかりませんでしたが、あなたの包丁を見て、素晴らしい職人さんだと思いました。包丁から湧き出る想いを感じました」
だから、美味しかったと言ってくれたのだ。
私は確かに、包丁に思いを込めて手入れをしていたが、自分が特別優れているとは思っていなかった。
しかし、たった一度だけ会っただけの佐藤さんに、自分の思いが通じたことが何よりも嬉しかった。
「あなたは、酒井さんのようになれると思います。私の中では、あなたが最優秀賞です」
そう、笑顔で言ってくれた佐藤さんの目は、少し潤んでいたように見えた。

私は今日も丹念に包丁を手入れする。
佐藤さんからいただいた、最優秀賞に恥じない自分になるために、今日も頑張ろうと思った。

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尾崎コスモス/小説家新人賞の卵
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