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冬の能登&氷見・高岡旅行【後編】
前回の続きです。
第2日
起床。
一日中雨予報のはずだったが、海に面した大きな窓からは青空が見渡せた。ただ、綿もちぎったような雲がたくさん流れてきて、時に分厚い暗雲が空を覆うこともあった。刻一刻と表情が変わっていく。福井に住んでいる友人は「北陸って感じの天気やなあ」と言っていた。
実際、この日は一日中、曇り→雨かみぞれ→晴れ→曇り→雨かみぞれ→晴れ→…のローテーションだった。ころころと変わる天候はまったく先が読めなかった。北陸の言葉に「弁当忘れても傘忘れるな」というものがある。まさに教科書通りの北陸の天気だった。名所や名物だけじゃく、天候まで体感できて充実の観光だった。
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昨夜は氷見の総湯でお風呂に入ったので、ホテルのウリの貸切風呂をまだ味わっていなかった。チェックアウトまでに時間があったので、朝風呂をすることにした。内湯と露天風呂が別々の部屋になっているが、どちらもオーシャンビューで最高の眺めだった。ただ、ぼくが露天風呂に入った時はあられが激しく降っており、気温も四捨五入して0度だった。外に出てからお湯に浸かるまでが自分との戦いだった。
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氷見はすごい
今朝まで11時チェックアウトだと思っていたら、スタンダード客室の宿泊者は10時チェックアウトだった。あわてて支度を済ませてホテルを出て、大雨のなか氷見市街を目指した。
次の予定まで時間があったので、氷見漁港魚市場食堂という、氷見漁港の建物内にある海鮮メインの定食屋に行くことにした。昨晩のぶり三昧で、すっかり氷見の寒ぶりの魅力に取り憑かれてしまった。
この食堂、なんと開店時間が朝6時半!早すぎる。ぼくたちは10時過ぎに到着し、まあちょっと並んだら入れるやろくらいの気持ちでいた。ところが自動の受付機から出てきた受付票をみて唖然とした。260分待ちだった。約4時間半。氷見の海鮮の人気っぷりを知らなかったことに後悔した。
すぐ近くにあるひみの海探検館という建物の中に姉妹店・氷見岸壁市場があるらしいので、そっちへ行ってみた。しかし、こちらも30分待ちとのことで次の予定に間に合わないため諦めることとなった。
代わりに少しの時間、館内の富山湾の漁に関する展示を見ることにした。ちょうとガイドさんの手が空いているということで、案内をしてもらえることになった。
「天然のいけす」と呼ばれる富山湾は奇跡的に良い地理的条件が重なっており、日本海側で獲れる魚の約6割が生息しているらしい。氷見では特にぶりが有名で、一番おいしくなった時期に北海道から南下してきたぶりを、伝統的な定置網という漁法でストレスを与えずに捕獲している。だから氷見のぶりはおいしいのだそうだ。
ちなみに定置網の張り替えには1年で1億円かかる。そしてぶりは1キログラムあたり1万円する。おいしいは高い。世の真理にふれた。
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観光列車で高岡へ
氷見から高岡まではJR氷見線というローカル線が通っている。2015年の北陸新幹線延伸後、北陸旅行キャンペーンの一環で「ベル・モンターニュ・エ・メール(通称・べるもんた)」という観光列車が運行を開始した。
古いキハ40という車両一両で運転されている。高岡まで往復利用したが、行き帰りどちらも満席だった。かなり成功している観光列車だと思う。ローカル線が賑わっていると鉄オタとしてとてもうれしい。
鉄オタによる独り言:
氷見線は電車ではありません電気ではなく軽油で動くディーゼル気動車ですしかしいちいちそれを指摘するとなんだこいつと思われるので踏み絵をするような思いで人前では電車と言うようにしていますでもどうしても譲れない時は列車と言っていますがベルモンターニュの場合一両編成のため列を成していないのでどう表現していいのかとても難しいですね。
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ベルモンターニュの車内では、なんとお寿司と日本酒を堪能できる。事前に注文していた富山湾寿司セットと富山の地酒飲み比べセットをいただいた。寿司の味が抜群なのはもちろんのこと、地酒もとてもおいしかった。昨日の灘やで飲んだ富山のお酒もそうだったが、サラッとしていて飲みやすい。良い意味で大変危険なお酒だ。
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ぼくたちは氷見駅から高岡駅までの行き帰りで乗車した。
ベルモンターニュには現地のボランティアガイドさんが添乗しており、沿線の紹介をしてくださった。クイズ大会や氷見にちなんだ歌も歌ってくれて盛り上がった。
途中雨晴海岸という有名な絶景スポットを通る。観光サイトの記事やツイッターでバズる写真で、よく冠雪の立山連峰をバックに氷見線が走るシーンを見かける。しかし、冬場の天候の移ろいやすさから実際に立山を望めるタイミングは限られているそうだ。
往路は曇天が広がるばかりだったが(それでも海はきれい!)、帰りの便では立山連峰にかかる雲が少しずつ流れていき、山の下方が姿を現した。ガイドさんも「めずらしいですよ!」とまくし立てていた。一部分ではあったが、堂々としたたたずまいに目をうばわれた。
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氷見の名物はぶりだけではない。富山県最大の肉牛産地でもある氷見では、氷見牛の名前で牛肉がブランド化されている。寒ぶりしか知らなったので、意外な伏兵だった。
高岡駅の地下街に氷見牛の専門店「牛屋・鐵(てつ)」でいわゆる焼肉ランチをしてから、高岡のお寺をいくつか周る予定だった。しかし、気温が低い中で雨がかなり降っていて観光するには厳しい状況だったので、昼からしっかりと焼肉飲みをすることになった。
まずは「氷見牛三昧御膳」で文字通り氷見牛三昧した後、ユッケ、氷見牛の握り、肉茶漬け(異次元の味だった)など、罪悪感を抱くほどおいしいお肉をたくさんいただいた。
氷見牛は脂までおいしい。甘くてさらっとしている。牛のように胃袋が4つあったらまだまだ食べられたが、人の身ではもう限界だった。お財布的にもまあ、限界だった。
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瑞龍寺
お店を出ると雨は去っており、晴れ間がのぞいていた。帰りのベルモンターニュの発車時刻まで50分ほどあったので、高岡随一の名所・瑞龍寺を参拝することにした。
瑞龍寺は広い境内に国宝と重要文化財を擁する由緒ある伽藍だ。灯篭の並ぶ立派な参道を抜け、受付で拝観券を購入。するとお坊さんが裏手から出てきて、「ご案内いたします」と先導を申し出てくださった。
瑞龍寺の構造はとても明快で美しい。長方形の敷地の東側にある総門から入り、西へ向かってまっすぐ伸びる通路を進むと、山門、仏殿、法堂という順番に境内の奥に行き着く。左右のバランスよく設計されており、どっしりと安定感のある造りになっているとお坊さんが説明してくださった。
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瑞龍寺の本尊はお釈迦さまだが、他にも諸仏尊を安置している。その中に、烏枢沙摩明王(ウスサマミョウオウ)という聞き慣れない尊格がいる。簡単に言うと、トイレの神様だ。不浄を清める力があるそうで、それが転じてトイレを守る役を担ったらしい。
おみやげ売り場にはお守りと一緒に烏枢沙摩明王のお札が並んでいた。トイレに貼ることでご利益があるとのことだ。果たして効果があるかわからないけど、ぼくはお腹が弱いのでこのお札を購入し、トイレに貼ることにした。わりと本気の健康祈願だ。今のところ効果を感じられている。
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高岡駅に戻り、氷見行きのベルモンターニュに乗り込んだ。帰りの便ではさすがにお酒も寿司も頼まずのんびりとすごした。今回もボランティアガイドさんが乗ってガイドをしてくださったが、行きと全く同じ内容のクイズが出された。友人2人は初見のふりをして正解を答え、当たった人だけに配られるポストカードをもらっていた。強くてニューゲームをリアルでやる人を初めて見た。
そのポストカードの中に、ぶりの形をした雪割り瓦という富山特有の屋根の装飾の写真があった。2尾のぶりがしっぽを上にして並んでいる意匠で、ぶりがまるっとしていてかわいらしい。終電の氷見駅の屋根にもぶりの瓦が使われている。実物を見たらけっこうたくさん並んでいて、ちょっと怖かった。
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高岡大仏
氷見から再び高岡へ南下。車で金沢へ向かう途中に、高岡の城下町を見守る高岡大仏(大佛寺、本尊は阿弥陀如来)を参拝した。大仏はぎっしりと建物の敷き詰められた街中に突如姿を表す。「えっ?ここに!?」とびっくりした。
高岡大仏の歴史は古く、鎌倉時代に遡る。他の木造構造物の受難の例に漏れず、歴代の大仏は何度も消失している。現在の青銅製の大仏は20世紀になって建立されたものだ。
仏像は正面だけでなく斜め下からのアオリで顔をアップにして撮るべし!かっこいいし、仏像は上から見守りの眼差しを向ける表情になっているので、より自然な姿に見える。
と考えながら写真を撮っていると、大仏正面にある賽銭箱のところに、何かの木の端材と欠けた御影石っぽいもので作られた「スマホ台(ゆるい手書き文字)」が置いてあるのを見つけた。ゆるさもいいし、何より自撮りという新しめの文化に寛容なのもよかった。仏様の器の大きさを感じた。
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大仏の座る台の内部は回廊となっており、ぐるっと一周することができる。壁には仏画が並んでいて、一番奥には先代高岡大仏の奇跡的に焼け残った仏頭が安置されている。仏頭の前には、円形のフレームに吊り下げられたいくつものおりん(仏壇に置かれているお椀状の小さい鐘)がある。
これは音曼荼羅といって、高岡の神仏具メーカーの山口久乗が製作したもので、透き通るような清らかな響きを魅力的だった。音がよくて何度も鳴らしてしまった。大仏のお膝元だというのに欲が出てよくないが、それだけ何回も聴きたくなる音色だった。
なんと公式YouTubeで試聴ができるので、ぜひ聴いてみていただきたい。実際に現地で鳴らしてみて、あたりの空間を包み込むような音の広まりも体験できればよりすばらしいです。
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金沢へ
越中を後にして加賀国へ向かう。途中また激しい雨に降られたが、無事たどり着いた。北陸の天気は本当に先が読めない。
9月に金沢を訪れた時、石川の友人に第七ギョーザの店という餃子店を紹介してもらったが、まさかの1時間待ちという超人気っぷりに押されて入れず心残りだった。今回はリベンジマッチだ。夕食にはまだ少し早い時間に入店した。17時前だというのにほとんどの席が埋まっていたが、さいわいカウンターが少し空いていたので待ち時間なく通してもらえた。
焼き餃子、蒸し餃子、ホワイト餃子(揚げ餃子)一皿ずつ注文した。第七ギョーザの特徴は、まず形が丸いことだ。よく見る「🥟」ではなく、シュウマイに近い。皮はすこし厚みがあり、もっちりとしていて歯ごたえがある。一個が大きいのでかなりの満足感だ。
そして何といっても餡がおいしい!ふつうの餃子よりもあっさりとしていて、野菜の甘みが効いている。やさしい味わいなので、一つ一つのボリュームはあるが何個でも食べられる。
満場一致で蒸し餃子が一番おいしいかった。皮の食感と蒸し焼き製法が奇跡的にマッチしている。福井の友人はおみやげ用に一箱買って帰っていった。
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友人に金沢駅まで送ってもらい、おみやげを買い込んで新幹線に乗った。目を閉じると、眠気と旅の思い出がどっと押し寄せてきた。しかし、ゆっくり寝ている時間もなく終点敦賀駅に到着。とても不便な敦賀乗り換えをこなし、大阪までサンダーバードにゆられた。乗り換えは手間だけど、早く帰れるようになったことはありがたい。
先日、JR西日本が大阪→和倉温泉直通特急の復活を検討中という希望ある一報が届いた。JR西日本さん、なにとぞよろしくお願いします。
(前回も敦賀乗り換えの愚痴を書いてたな…)
おわりに
今回の旅でも、氷見をふくめた能登半島を満喫することなできた。友人がテキトーに予定を立てたせいで奥能登への冒険は叶わなかったが、おかげでのとじま水族館を訪ねることができた。そして、今まで完全にノーマークだった富山県の食と文化にふれられたのは大きな経験になった。
ふたたび能登をめぐって、いろんな人に「今の能登を見てほしい」と強く感じた。「街が活気を取り戻してから」ではなく、「今」。ぼくが七尾市街や和倉温泉で感じたのは、「街を元の姿に戻そう」というもの以上、その先へ向かうような大きなエネルギーだった。そして実際に、長い復旧作業を経て再開したのとじま水族館では、元々の生きものや研究の展示に加えて、職員さんたちが復旧に携わった時間とつながりを来館者に伝えている。
決して災害を美談にしてはならないし、感動の消費や押しつけのような形になってはいけない。
そうなってしまうことが怖いけど、ぼくはいろんな人に能登の方々の思いを知ってほしいし、そこからさらに思いを馳せてほしいと強く感じた。具体的に何を見てほしい、と言葉にすることは難しいけれど、とにかく今の、力強い能登を見てほしい。
現在、「今行ける能登」というキーワードで、石川県観光連盟やSNS上の有志の方々が今行くことのできる観光スポットを紹介している。12月に入り、ウェブ上で見られる観光マップも登場した。きっと能登観光の一助になるはずだ。
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「復興」は簡単に語れない。語ってはいけない。ぼくが感じ、ここまで書いてきたことは、ひとりの観光客としてのものにすぎない。
ただ、人とそのつながりの数だけ「復興」を形づくるものがあるとも思う。もしそこに加わることができるのであれば、能登の魅力を少しでも誰かに伝えていくことが、ぼくのできるただ一つのことだ。
まずは年末に、能登の日本酒を手みやげに帰省しようと思う。
長い記事を最後まで読んでくださってありがとうございました!
それでは次の旅行記か雑記事でお会いしましょう!
完
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