先生はギターを弾かない
まず初めに、先生はギターの先生ですが、ここでは一切ギターを弾きません。
理由は弾いてもモテないからです。同時に、お前らが弾けるようになってもモテるようになるとは到底思えないからです。
最早 ギターのモテる神は死んだ と言っても過言ではないでしょう。
例えば今週のオリコンチャートを見てみると、TOP10ぽいものに入っているギターを擁するバンドはあっちゃんくらいのもんです。
バクチクって結成何周年のバンドだよ!!! とツッコミを入れたくなるくらい、まずオリコンチャートそのものがまったく今どきのモテる指針として機能していないことが分かるのですが、じゃあ最近のトレンドを表してくれるっぽいyoutubeの再生回数を見てみましょう。
これまた、ギターっぽい楽曲については、米津玄師かラドなんとかくらいしかガッツリ再生回数を稼いでいません。なんてこった。
まぁ、セカイのなんとかとか、ワンオクなんとかとか、まぁそういうのもいるんですが、絶対数が少ない。
翻って先生がギターを一生懸命練習していた頃なぞを思い出せば、国内だけ見てもエックスがいて、LUNA SEAがいて、ラルクがいて、えっとGLAYがいて、みんなCDを何百万枚と売って、ライブをやれば余裕でウン万人と動員できてました。要するにロックバンドの層が厚いっていうか、ギターを持ってればクソでもモテた時代です。ギグバッグを背負う男を見かけた女子高生が全員濡れていたのは間違いないです。
てかまぁ、マスが消滅したのもデカイです。若い人の間ではテレビよりネットに割く時間が増えたので、共通の人気者という概念の規模がなんかちょっと小さくなりました。当たり前なんですが。
それとまぁ単純に、ロック自体の人気がないです。最早ロック(笑)といった感じで、ギターはほんとマニアックな趣味になってしまいました。
思い起こせば、ロックはその昔反骨精神溢れる音楽でした。ロックをやるのは不良っていうかヤンキーしかいなかったのです。ヤンキーか、ちょっとシャレオツなパンクスっぽいやつしかいませんでした。あとはなんかまぁ、こじらせた陰キャみたいな奴か。とにかく、ドロップ・アウトしたやつ。
それが今となってはヤンキーが死語となって、音楽をやるのに反骨精神なぞは必要なくなったのです。
今どき日本で、お父さんお母さんに「ギターをやりたい」言っても誰も怒られないと思います。
「お! じゃあパパにちょっと聞かせてくれよ!」
みたいなビバリーヒルズ高校白書的なヌルい風景しか思い浮かびません。
先生が育った時代は、ギターの「ギ」を発音した辺りでリアルに裏拳でぶっ飛ばされました。「ギターを弾くなんてとんでもない! 不良だ!」と言った感じです。
それでもギターに手を伸ばす選ばれし者しかギターを弾けなかったのです。ですがそれゆえに、そのような不条理を乗り越えた傾奇者しか持ち得ぬアイテムとして、ギターがモテはやされたのです。
しかしまぁ、だからなんだ、という感じもします。
時代によってカルチャーの有り様が変わったからなんだと。
だって俺らがギターを弾いてたのって、
「音楽の素晴らしさをゴミ共に分からせてやるぜ!」
的なスタンスが少なからずあって、そういったムーブメントがなんつーか実を結んで、今在るお父さんの「やぁ! ギターやるのかい素晴らしいな!」みたいな態度に結びついてるんですから。
冷静に考えれば「あ、俺完全勝利したわ今」という感じにしかなり得ません。
しかしながらとにかく、ギターを弾いてもモテなくなったのは間違いないんですが。
今どき速弾きをしても、早食いとか、或いはちょっと器用にチャリンコを乗りこなせる兄ちゃんと同等程度にしかリスペクトされません。
「ほーん、すげぇじゃん」
って感じです。次の週には忘れられてます。そうなってくると、毎日10時間にも及ぶような地獄の特訓を乗り越えて1フレーズを弾きこなすといった行為は、最早めちゃくちゃコスパが悪くなったと言わざるを得ません。
だって誰も驚かねぇんだから。
寂しい限りです。
ほいでまぁ寂しさは置いておきつつ、このようにギターを弾かない理由について考えてみると、2つの疑問が浮かび上がっても来ます。
1.今モテはやされる音楽は何か
2.20年代のキッズは何をすればモテはやされるのか
以上のような点について考えてみたいのですが、今日はもう時間がないので次回にします。
次回がいつになるか、まぁ分かんないんですが。