人の人生を覗き見すると焦る
一部の流行りに乗ってエンジニアになった理由というのを書いた。
珍しくエンジニア垢のほうでそこそこリアクションがあり、RTやふぁぼのつながりで色々な人のそういった理由の記事を読んだ。
すごかった。皆さんすごかった。
それは意思や出来事や行動、何もかもがドラマチック。
すごすぎて、私の書いた記事や過去がとてもちっぽけに思えた。
自分の歴史を人の歴史と比べるなんてナンセンスだというのはわかっている。私の人生をスティーブ・ジョブズやジャスティンビーバーと比べてもどうしようもないですし。
けど書いているのはスティーブ・ジョブズでもジャスティンビーバーでもなく、もしかしたら隣の席で仕事をしているかもしれない普通の人なのだ。
だからこそ、特に人生の山も谷もない平坦な自分が書いたことに意味があるのかなあと思った。
ただ、自分はたまに書きたい衝動に駆られる。まさに今がそうだ。
からっぽの人生でも、日常でも、気が付けばキーボードをたたいて、下手な文章を世の中に垂れ流し続けてきた。一円にもならない、そんな文章を。
この書きたい衝動が何によってふつふつと湧き上がるかは知らない。
だけど気が付けば自分を曝け出して文章を書いている。
人の人生をのぞき見するとちょっと焦る。
だけどまだこうやって書けるネタがあるうちは、もしかしたら何もない人生ではないのかもしれないなあ。