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病院内でいきなりミニコンサートをさせてもらった話 前編
母の入院の話。辛気臭いとか言わずにまあつきあってやって。
●緩和ケア病棟はこんなところ
デイルームには電子ピアノがある
緩和ケア病棟のデイルームに電子ピアノがあって、自由に弾けるようになっていた、という話の続き。
デイルームというのは、リビングルームみたいなものですね。病棟の真ん中、入口近くにあって、多目的に使われます。
患者がテレビをみたり新聞を読んだりしていることもあるし、医師と家族が面談していることもあります。(面談室は別にありますが、カジュアルな話は密室でなくてもいいので。)
危篤状態になった患者さんのご家族が集合しているってこともありました。
共同の台所が隣接しているので、見舞客や家族がお茶や食事をしていることもあります。
飲み物のベンディングマシンも置いてあります。
とても眺めがよいので、窓に向かったソファで夕日を眺めるのもオツなもの。
そこにPCと並んで電子ピアノが置いてあって、ちょっと楽譜なんかもある、という風でした。
たぶん音楽療法士の訪問などがあると、そのスペースを使うんじゃないかな。「でもこの頃音楽の先生来てません」という話もきいていました。
リクリエイションは、老人ホームなどと違って、定期的なスケジュールでは動いていないのかもしれません。
見舞い中に弟がピアノを弾いたあと、ちょっとした変化があり、空き時間にピアノを弾く人たちが現れました。
あたしが見かけたのはリュックを背負った男性で、頻繁にお見舞いに来ていたと思います。ポピュラーな曲を静かにきちんと弾いていました。その他にも弾き始めた人がいたそうです。
病院は基本、静かな場所ですが、誰かが楽器を弾いたことで、「そうか、ホントに自由に弾いてもいいんだ」って雰囲気が出来たんだと思います。
それまでは小学校とか幼稚園に設置してある楽器みたいに、「勝手に触ってはいけません」みたいな?なんかバリアがあるように見えちゃってたのかも。
先鞭を切って、いいことをしました。
そのデイルームになら、ベッドごとキャスターでごろごろ運んできて、そこで音楽を聴くことができます。母にとってもっとも手軽な、負担の少ない気晴らしになるだろうとおもわれました。
弟とあたしとで、適当な日取りを決めて、病棟の誰が聴いてもいいことにして、あまり食事などの時間にかからないように3時頃にしようか、といって、コンサートを計画しました。
練習をしていても聴いている人がいる
打ち合わせのため、夜、2度ぐらい、うんとピアノの音をしぼって、声も蚊の鳴くような(笑)小さな声で歌って、曲目やキイやテンポを決めました。
練習の時でも、看護師さんや医師や、お見舞いの人たちが誰かしらそばで聴いていました。自然に人が集まってくるのです。音楽というのはとても力が強いものなんだなあと思いました。
弟がプロの女性ヴォーカリストのコンサートの伴奏の仕事で、カーペンターズやキャロル・キングを弾いているのを知ってましたから、出し物はそこから選んで、「短く、15、6分で終わるようにしよう」とか、「『It's too late』 はいくらなんでも縁起が悪いからやめておこう」とか、相談しました。
『Close to you』と『You've got a fiend』あたりかと。
洋楽はあたしたちきょうだいの好みですが、そのあと、母のために『早稲田の栄光』という、ワセダの人しか知らないというか、ワセダの人でもちゃんと歌えないかもしれない難しい曲もやることにしました。
ワセダの最初の女子学生であった母には思い入れがあるらしいからです。芥川也寸志作曲です。
「あたしはワセダじゃないし、歌った事もないよ」と言ったけど、弟は楽譜を書いてきて、「まあ適当でいいから」といいました。
最後は『赤とんぼ』のような美しい曲をピアノのインストゥルメンタルでやって〆るってことで、プログラムが決まりました。
問題は、母が入院して以来、あたしは2か月近く、まったく歌う余裕がなかったということでした。
時間というより気持ちが落ちつかないし、病院にしかいませんから、声を出していないのです。
考えてみたらそんなに声を出さないなんて何十年もなかったかもしれません。“蚊の鳴くような声”で「打ち合わせ」をしながら、「やばい。腹に力が入らんし、声帯が開かん」と思いました。
でもまあ前日にでもお風呂で発声練習をしたりすればイケるんじゃないか?
9月まで舞台やってたんだし。(SYNDIはこれでもお金もらって歌ったりしたこともある人なのよ。嘘じゃないのよ。家族もいまいちよくわかってないみたいだが)
いや待てよ、前日に風呂入りに家に帰れるのか?などなどいろいろと考えたけど考えてもどうにもならんことが多いのです。
「また今度」というのがもうないかもしれないのが、病院での時間でした。
どうにもならんかも、と思った予感は的中しました。
母の病状にムラがあって、安心できない状態になっていたのです。
コンサートは急遽繰り上げになったのだった
予定していたコンサートの日の前日の朝、看護師さんが言いました。
「今の様子をみていますと、明日、今日のように体調がいいかどうかわかりません。せっかくのコンサートですから、体調のいい時にやりたいと思いますが、どうでしょう?」
それであたしたちは急遽その日に決行することにしたのです。弟は間もなく病院に到着する予定でしたから、不可能ではありませんでした。
そもそも彼は百戦錬磨のプロだから全然困らない。(困るのはあたしだけ)前日あたしは泊まり込んでいたので、取らぬ狸の前日の発声練習はなし。
でも母は機嫌がよく、顔色もいい日でした。
母はたぶん、コンサートがいきなり「前倒しになる」ことはいぶかるでしょうから、あたしは「ママ、リハーサルをやるから、聴きに来てね。ベッドを動かしてもらうよ」といいました。
お見舞いの友人たちにも明日だと伝えてあったのですが、優先するべきは母の体調でした。
で。いつもお台所で一緒になるとお話が止まらなくなるご婦人の部屋にも行って、「予定変更でこれからやりまーす」などとにわか告知をして、もうほんとにいきなりそれは始まったのです。
第一声を発した時にあたしが思ったのは、「あーこりゃ寝起きの声だな」ということでした。ステージってものは言い訳の効かない場所ですから、それに聴く人にとってはそんなことどうでもいいことですから、1秒後には開き直っておりましたが、自分としても聞きなれない珍しいお声でございました。マイクがないからフルヴォイスで歌いたかったんだがな。
でもやってよかったと思っています。
つづく。
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