#夢日記 ハーレムの中
ここはハーレムの中
かつてうんと若い時に関係のあった男の職場を訪問している。そこは美大のようなところで、みんなが思い思いに作業をしていた。
とすると、彼はここで教職に就いているんだろうか?
顔をみると全く印象が変わっていなくて、学生とは違うけど、いい年の大人には見えない。かつてそうだったようによくしゃべる。冗談が常に混じっていて、トリッキーな、油断ができない話し方をする。才能が目の光に宿っている。壮年期の男のカリスマ性と、若い男の色気が同居している。
自分は時間が経っても彼のことを一番よくわかっているような気がしているのだったが、彼もきっとそう思っているだろう、などと考える。ただ、自分はかつての自分とは違って、人生経験を積んで来ているのだ。
昔の話をするでもなく、彼の雰囲気に触れているだけで、会っていなかった長い時間が消え去ったように感じられ、ずっと一緒にいたかのような錯覚が始まる。一緒にエレベーターに乗ったが、混んでいたので彼があたしを守るように肩に腕を回し、その体温が伝わってくる。その感覚も、全く今までずっと自分のものであったような気がしてくる。
若い女たちが彼の話をしているのが耳に入る。彼女たちは彼が自分の恋人であるかのように話している。複数の女がお互いにそうしている。まるでロックスターのファンの集団みたいに。いや、グルーピーだろうか?恋をしている女が好きな人の話をするときの顔つきを思い出す。
色の白い背の高い女が広いアトリエの床に布地を広げて裁断しているのが目に入る。彼女は彼の服を作っているのだった。服飾科の学生なんだろうか?作業台を使っていないことで、なにか特別な呪術でも行っているような雰囲気が漂っている。
「これは私にしかできない仕事だから」と彼女は誇らしげに言った。しかし、他の学生はそれぞれ学校の課題に取り組んでいるんじゃないのだろうか?学業よりも大事なことをしているのだという確信をにじませて、彼女は鮮やかな手付きで作業を続ける。
この根拠のない確信も恋をしている女の特徴だ。自分もかつてそうだったことを思い出す。
こんなことをしている場合じゃない
してみるとここはハーレムではないか。みんなが彼に向かっている。あたしはまっすぐ彼の顔をみた。彼は当たり前のようにあたしを抱きしめてキスをした。周りの女たちはそれを気にすることもない。ここでは彼はみんなのもので、だれのものでもないのだろう。だれもが自分だけが特別だと信じていられるのだろう。いったいどういう魔法だろうか?
「あたしはこんなことしている場合じゃないよね?」と彼に問うと、彼は、「そうだ。おまえはこんなことしている場合じゃない」と答えるのだった。おまえのためにならない、という意味だと思った。かつても彼は「俺はおまえにはよくない男だ」と言っていた気がする。
彼はここで安定しており、とりたててあたしなどを必要としているわけでもないのだ。そしてあたしにはあたしの仕事がある。たとえば彼の服を縫うよりも意味があるはずのことが。
「あなたは元気そうにみえる。本当に元気なの?」と問うと、「先日医者に行ったら問題がたくさんあることがわかった。治療がはじまったらきっと歩けなくなるだろう、と言われた」と言うのだった。
治療がはじまったら歩けなくなる、というのだったら、治療をしなくても歩けなくなるのではないか?でもきっと彼は見つかった問題を全部無視して成り行きに任せるのだろうな、と思った。そういう人だから。
自分だけが特別だ
いつの間にか私達の話を聴いていた若い学生の二人組のひとりが、「歩けなくなったらラブに問題が出るね」と言って笑った。
「ああ、ラブには問題があるね」と彼も言って笑った。
ラブ、というのはセックスのことだろう。つまりこれらの女達はみんな彼と肉体関係があるってことだ。だけどそれに問題が出ても笑っていられるようなことなんだろう、きっと。というか、彼の健康を心配する向きはないのだろうか?ゆっくりと終末に向かってゆく、そういう自堕落ごと、彼の世界なんだろうか?
たとえ寝たきりになっても、だれかしら世話をする女はいるに違いないにせよ。
「治療はしたほうがいいよ」と彼に言い、あたしはもう出てゆくことにした。他の女たちは意外そうにしていた。おそらくあたしは、ちっとも彼女たちと変わらないように見えるんだろう。大勢の中にいて、自分だけは彼の特別だと信じていられることも含めて。
「彼と寝たことがある?」とまた別の若い女が来てあたしに訊いた。うっすら笑っている。皆自分の”ラブ”が特別だと思っているから、あれは余裕の笑みなのだろう。
昔そういうことはあったが、たいしたことじゃなかった。その時にも彼には他の女がいた。今やセックスそのものがめんどくさい。本当にどうでもいいことだと思ったが、そんなことを話す義務もない。
「ないよ」とあたしは答えた。「昔から彼を知っているけど」
あたしに話しかけた女は驚いた。
いっそ「キスもしたことがない」とでも言ってやろうかと思った。さっき見られていたら、嘘だとバレるけど。
その時にあたしは、結局自分は「自分こそが彼にとって特別なのだ」と言いたいだけなのだ、と気がついた。それを示したい。この、特別でも何でもない女たちに対して。
つまり自分だってハーレムの中にいるんじゃないか。自分が特別だと信じさせてくれる魔法にかかりながら。そしてその魔法ごと、あたしは出てゆくのだ。
このnoteは下記の展覧会と連動しています。
おひねりをもらって暮らす夢は遠く、自己投資という名のハイリスクローリターンの”投資”に突入。なんなんだこの浮遊感。読んでいただくことが元気の素です。よろしくお願いいたします。