かゆい話なんか読みたくないだろうけど
冬になるとかゆい皮膚について
あたくしは皮膚が弱い。デフォルトとしてどっかしらの皮膚に問題があるので問題に対して鈍感でもある。
首のところと目の周りににずうっとかゆいところがあって、一年ぐらいも続いていてまるっきり治らないので、なんて不思議なんでしょう?と思って久しぶりに皮膚科に行ったら、「早く来なさいよ」と言われた。やっぱり。
久しぶりにみた受付の女性が太って、見かけが変わっていた。少し驚いた。
お医者さんにはなるべく行きたくない。どうしても行かねばならないものを除いてはなるべく行かずに、かゆい皮膚が劇的にぱぱっと治ることなど夢想しながらやりすごそうとするのだけれども、皮膚はそんな夢想なんかどうでもないという様子で、本当にしつこくそこに丘上の湿疹を居座らせている。
でも夢想ってものも頭に居座っていて、けっこう変わらないものなのだ。あたしは「病は気からというではないか。治ると念じればいつの間に消えるのではないか?」などとまるで人生が未発達な子供のように繰り返し夢想するのだ。
自分の体やら顔やらは通常見えないので、かゆみが引いている時には十分それは「なかったこと」になる。しかし毎日かゆみは現れ、夢想は何度もかゆみに負けるのだ。
かゆいところは常に複数ある。正確にはもっとあるが、今回医者にしぶしぶみせるのは2カ所だけにしておこうと決めた。
左の瞼の上と下、これはアトピー性皮膚炎に見える。でもよくわからない。これもよくなったり悪くなったりしながら1年以上居座っているのだ。
首のやつは右側で、斜めに鎖骨にむかってお菓子のリーフパイぐらいの大きさになってくっついている。
そういえば高校生の時に、首の後ろに同じようなものがあった。あれはどんな風に治ったのだっけ?夢想によって消えたのではなかったかしら?ちがったかしら?
あの時あたしは16歳だったと思う。顔にもやっぱりかゆいところがあった。それは別の湿疹だった気もする。にきびのように見えるくちのまわりのそれを、からかっていた男の子たちを思い出す。
言われるうちが華なのよ
からかわれるのはべつに辛くはなかった。思春期の女の子にしてみたら、顔に目立つ湿疹があることに比べたら、男の子になんか言われるのなんかたいしたことじゃない。男の子はどんなネタでもなんか言うものだからだ。
髪を切っても、太っても、痩せても、ジーンズが短すぎてもTシャツが似あわなくてもなにかしら言われた。
そうだ。言われているうちが華だとも思う。
さらにあの湿疹が悪化して、首の後ろの色が変わって来たときには、もう誰もそれを言わなくなったのだった。
それはもうあまりにも気の毒で、からかいの種にはならなくなった、あたしの醜さが一線を越えたことのサインだったと思う。同時に、どんなことでも何かしらからかいの種にする男の子たちが、意地悪なのではなく、同情や気遣いを持っているって証拠でもあった。
あの子たちはあたしに嫌がらせをしていたのではなかった。
Tシャツや持ち物の趣味にあれこれ口を出されるのも、もしももう絶望的に変なものを着る女なら経験しないことだったかもしれない。
彼らはあたしの彼氏とかではなかったし、彼氏になるポテンシャルがあったわけでもない。
そういえばあたしは、全くあたしのことをからかったりしない彼氏を持っていたっけ。いや、あの時にはまだ彼氏じゃなかったかもしれない。湿疹が治っている時に付き合い始めたのだったかしら?
っていうか、あの彼氏について、あの男の子たちがなんにも意見せず、からかいもしなかったのはなぜだろう?(深く考えないようにしよう)
記憶より、痒さのほうが根性がある
ともあれ今回の皮膚科で診断がついて、あたしは2種類の薬の処方箋をもらった。瞼の湿疹と首の湿疹はやはり種類がちがうもので、首のやつは「ビダール苔癬」という名前なのだと教えてもらった。
この皮膚科は何がいいといって、医学書のページをめくって該当の場所を見せてくれるのだ。欲しいと言えばコピーもくれる。
「苔癬」という文字列をみて、「うげー。かゆそう!」と思ったが、実際かゆいのだよ。
「しつこく治らないんですけど」と言ったら、「そうなんですよ、これしつこいんです」と医者は言い、見せてくれた本にも慢性化する、と書いてあった。
ビダール苔癬って、覚えやすい名前だな、と根拠もなく思ったので今回はコピーをもらわずにいたが、エレベーターを降りて調剤薬局についたころには病名を忘れていた。
薬局の人に薬をもらう時に、確かめようと思って言おうと思ったら出てこなかった。
かゆいのはしつこく治らず首に居座っているくせに、記憶というのはなんて粘り腰が足りない奴なんだろう。もう少ししつこくてもよさそうなものに。
「ええとええと。この薬は、なんだっけ、ジェラール苔癬?の薬でしたっけ?」と薬局のおにいちゃんに問うと、おにいちゃんは「ビダール苔癬だと思います。思いますが間違っていたらごめんなさい」と答えた。
優しい人だ。ぜってージェラールじゃねえよ!と思っていただろうに。
なんでエレベーターを降りる間にビダールがジェラールになったんだろう?まるで「団子どっこいしょ」みたいだな、と思いながら、あたしは手帳に「ビダール苔せん」とメモした。
癬の字は思い出せなかった。
ああ嫌になる。短期記憶も長期記憶ももうあかん。ガキ並みの夢想家であり続けても、もはやガキのようには物事を覚えられないし、発達もしないのだ。衰えてゆくばかりなのだ。
このメモだって、時間がたったら、「なんじゃ?ビダールって?なんで苔なの?どうしてこんなところに書いてあるんだ?」とかってなるのだ。そうに違いない。
せいぜいもらった薬を取り違えないようにしなければ。どっちもステロイド軟膏だけど、目のまわりには弱いものを使うのらしい。
塗るのは忘れてないけど、今日もまだかゆい。