【夢日記】ピアノとトイレのあるマシン
これは完璧な人の生活を表しているんだろうか?
合宿のような非日常的なところにおり、普段とは違った文化の中で生活している夢だった。
あたしは親しい人の部屋に遊びに行って、彼女がピアノを弾くのを聴いていた。
便意があって、トイレを借りようということになったのだが、彼女の部屋に普通のトイレはないのだった。
「ちょっと待って」と彼女は言い、座っているグランドピアノに何か操作を加えると、なぜだかピアノはトランスフォームして、水洗便器になった。
彼女は旅から旅の生活をしているらしいのだが、どこに行ってもピアノとトイレと水道があれば暮らしていけるので、これはそれらを全部兼ね備えた装置なのだ、と言った。
私の用が済むと、マシンをまたピアノに戻して演奏を始めた。ちいさいけれども立派なグランドピアノであり、ふたを開けるとそこからファイルされた楽譜がたくさん出てくる。楽譜はジャバラのように開いて、いろんなジャンルの曲のところで開くことができ、それは彼女の広いレパートリーに応じているんだろうなと思った。
その蛇口からは無限に水がとれる
彼女が言うには、このマシンに取り入れられた糞尿は問題なく分解され、水分になるので、ピアノの横についている蛇口から無限に使うことができるのだそうだ。
さらに演奏のエネルギーも水を作る結果になる。だからこのマシンはタンクなどで貯水をしているわけではないそうだ。その代わり、自分が死ねば水は作られなくなる。
「こういうシステムを前から気に入っていたの。だから昔からこれにしている」と彼女は言いながら、蛇口からコップに水を汲んで飲み干した。「この水は体にもいいのよ」と言った。
「昔から?」あたしはあんぐり口をあけてそれを聞く。そんな技術が昔からあったのか、自分が知らなかっただけなのか、と思ったからだ。
そのマシンは彼女の心や技術から採れる音楽も、彼女の体から採れるものも両方飲み込んで、水に変えては、また彼女の体に取り込まれるのだった。この土地を離れる時には彼女を乗せるバイクのような乗り物にもなるのだそうだ。
あたしには彼女が完全に自分に必要なものを過不足なく知っていてそれを持っている、完璧な、万能の人のように見えた。
ピアノを弾いていたけれども
「あなたピアノを弾いていてもいいわよ」と彼女は言って、少しの間出かけることにしたようだ。
あたしはこのマシンで用を足したし、ピアノを弾けもするから問題なくマシンを操れるだろう、と彼女は思ったようだ。
実際あたしはピアノなんか弾けはしない。まったく音楽らしいものにならない。なんとなく音を鳴らしていることならできるけれども、なんというか、そんな風に自分の全体としてピアノをとらえることなんかできないような気がしていた。
しかしだとしたら、あたしがこのようなシンプルな生活ができるようになるためには、何が使えるのだろう?
あたしは考え込みながら、彼女がピアノを選んだように何かを選ぶことが自分にはできるんだろうか?と自問していた。
そこにもうひとり客が入ってきて、その人も彼女と親しい人のようだったが、「トイレを借りたい」と言った。
あたしが慌ててピアノの椅子から立ち上がり、彼女がやっていたように「どうぞ」と言ったら、それが呪文であったかのように、ピアノはまたパタパタと小さく畳まれでもするようにコンパクトになり、便器の姿になった。
もとのピアノに戻らない
その客は慣れているらしく、そこで用を足したけれども、考えてみたら人前でトイレを使うことになるわけで、とても奇妙なものだ。
終わると当然のようにマシンがピアノに戻るのを待っていたのだが、さて、それは自然には戻らないのだった。
「あら?」
あたしは困惑して、便器の蓋に手を触れてみた。するとマシンは動き始めて確かに元のピアノの形を目指してトランスフォームを始めたのだが、何かが不完全で、スムーズに行かないのだった。
困ったな。
どうしたらよいかわからず、さらに変身中のマシンに触ったら、鍵盤が現れ、ピアノの蓋が大きくあいた。しかし、そこからたくさんの楽譜があふれ出して収集がつかなくなってしまった。ピアノの蓋は閉まろうとするのだが、楽譜のファイルの蛇腹がはみ出して来て、閉まることができないのだった。
あたしにはその様子が、マシンが結局あたしの演奏には納得していなかったからに違いないとしか思えず、そのまま楽譜をふたでつぶしたような、元には完全には戻っていないピアノと一緒に彼女の帰りを待つしかなかった。
あたしにはピアノさえあればどこにでも行けるというような、大胆な覚悟もイメージも音楽表現もないのだという事実をつきつけられたような気分だった。
別に彼女が特に優れたピアノの弾き手であるという意味ではない。そういうことじゃないんだ、というのが本能的にわかった。
結局このマシンの仕組みは新技術などではなく、魔法のようなものであり、魔法は人を試すし、資格を問われるものなのだ、とあたしは結論したのだった。
戻ってきた彼女は平然としていた
彼女は間もなく戻ってきて、ああ、よくあることよ、誤作動は、と全く平気そうに言った。
生き物のようなそのマシンは、彼女が戻ってくると、元通りの楽器の姿になった。脇腹に蛇口がついている魔法のピアノに。
つづく。