ラブホテル〜色彩を取り戻すまで

 7月初旬、今日の夜勤明けに昼飲みしようと後輩に伝えた。後輩は3つ下の女の子。真面目で頭が良くて、大人しくて、でもプライベートでは結構口が悪くて軽くて、ぼくには心を開いてくれているんだってわかる。数年前に初めて飲みにいって以来、特別可愛がっている後輩の1人だ。
 ぼくたちはお互いそんなにお酒に強くなくて、2.3杯飲んだ頃には酔いが回って頭が痛くなってくる。すぐにお酒に疲れてしまったが、店を出て解散するには早すぎる時間だと感じた。お腹も膨れたし、これからどうしよう。多分ぼくは酔っておかしくなってしまっていた。もしくは元々頭のネジがぶっ飛んでいたのか。「ラブホテル巡りしてみない。」と彼女に伝えた。「いいですね、一回行ってみましょうか。」思いの外あっさりと返事をくれた。
 先にこの日の結末を言ってしまうと、ぼくたちはなんだかんだで一緒にお風呂に入り、そのあと身体を重ねた。どうして一緒にホテルにいってくれたのか、どうして身体を許してくれたのかの答えを聞けたのはこの日から5ヶ月先になる。
 お互いラブホテル初心者すぎたせいで、まず入り方がわからなかった。後ろから来たカップルの邪魔になっていたので、先にどうぞと譲ったものの、そもそも全ての部屋が埋まっていて、システムすら理解してないことがバレて大恥をかいた。何軒かホテルを梯子して、ようやく空いている部屋を見つけた。ちょっと高い部屋だけど、今日だけだろうし、非日常を味わうんだし、何よりもう部屋を探すのに疲れたし、「ここにしよう。」ついにぼくたちはラブホテルの部屋に入った。
 まぁそこからはなかなか進まなかった。一緒にAVを見ようが、野球拳の動画を見ようが、自分たちが画面の中の男女と同じ行為をするにはなかなか至らなかった。正直この子がなんでこんな場所に着いてきてくれたのかもよくわからなかった。彼氏もいるし、めっちゃ真面目だし、正直そういうことをしているイメージが全くわかないし。ここまで来たところで、この先輩には私に手を出す度胸はないと思われているのか。本当にラブホテルの内装見学に来ただけのつもりだったのか。そもそもぼくすら本当にホテルの内装に興味があるだけのやつだと思われていて、全く警戒されていなかったのか。
 とりあえずこのまま帰るのもなんだから、ホテルのお風呂に入ってみたいと伝えた。でも1人で入るの恥ずかしいから、一緒に入ろうって言ってみた。「そんなことしていいんですかね、倫理的に。一線越えた感じがしないですか。」と彼女は言った。こんなところに2人でいる時点でとっくに一線越えてるし倫理的に終わってるでしょ。ぼく結婚してるし。あなたは長いこと付き合ってる彼氏がいるんでしょ。まぁ夜勤明けだし、酔ってるし、ハイになっている事にしてお風呂に入ろうってもっかい伝えたら、お互いコンタクト外して裸眼になった状態で入りましょうって謎の条件付きで一緒に入ってくれることになった。ぼくはコンタクトを外すと視力は0.1以下になる。それでもここまで近くにいると、彼女の身体は細くて、肌は綺麗で、脱毛しているって理由で毛は全部剃ってるってわかった。
 お風呂の中では、本当にたわいのない話をした。職場なら誰の顔が一番好きかとか。職場内で全員が誰か1人と付き合わなければいけないとしたら、誰と誰がくっついて、誰が余るのかとか。ぼくたちは余らないように、もしそんなことになったらお互いを選ぼうねだとか。
 お風呂から上がって、2人でベッドに行った。「私、彼氏とは1年以上身体の関係がなくて、普通のカップルってどんな流れで行為が始まるんですかね。」ぼくが知るわけがなかった。まともな恋愛なんかした事ないし。ぼくも奥さんと3年くらい何もしてない。とりあえず彼女の身体に手を伸ばしてみた。思ったより抵抗もされず、スムーズにそういう流れになった。
 正直なところ、彼女との身体の相性はそれほど良いとは思えなかった。相手の力が入りすぎているからか動きづらいし、そもそもお互い久しぶりすぎて動き方を忘れてしまっていたのかもしれないし、きっとお互いにこんなことをしてるということにまだ抵抗もあったんだとも思う。こんなとこまで来といて、ここまでして、まだ抵抗があるのかと自分でも馬鹿馬鹿しくなって笑ってしまった。
 こんなことするのは今日で最後にしとこうね。ぼくたちはお互いに、今日で最後にできる自信も、明日から職場で顔を合わせてもぎこちない感じにならない自信もあった。一度身体を重ねたくらいでは何も変わらなかった。変わったのは、もう一人の後輩と3人でホテルに行ってしまった日からだ。でも、あの日は行くしかなかったんだ。自分の精神を保つために必要な通過儀礼だったんだ。
 季節は冬。今は別の後輩とそういう関係になってしまったぼくと、いつのまにか全く関わりがなくなっていた彼女とカラオケに来た。ぼくたちは、お互いの今の現状、お互いがお互いに対してどう思っているのかといった話を夜通しした。
 話の流れとしてはこうだ。先輩が部下と不倫をして、ショックを受けたぼくが2人の後輩を連れてラブホテルにいってそのショックを打ち明けた。その後ホテルの中で3人で身体の関係になりそうになり、気まずくなって泣き出した彼女とその後疎遠状態になっていた。そして満を持して予定が合い、話し合いをする機会に恵まれたというわけだ。
 まず、ぼくは彼女に謝った。あの時はごめん。彼女は本当に、ぼくと今ぼくと仲が良い後輩のことが大嫌いになっていたと言った。「こんなネジがぶっ飛んでる、住んでる世界が違うような人たちと一緒にいたくない。正直もう顔も見たくないと思ってました。でも、これからも仕事を続けていく上で2人のことを嫌いだと思いながら仕事をするのもやりづらいと感じて、もう気にしないことにしました。」と教えてくれた。だから、もう今は何とも思っていません、と。
 話題はぼくと彼女ともう一人の後輩と3人でホテルに行った時の話になった。「お風呂に入ってる時までは楽しかったんです。でもいざベッドに行くと気まずくて悲しくなりました。まず、私はやっぱり女の子とはそういう事はできないなって思いました。もう一つは、先輩とあの子がお互いのことを好きだって知ってたから、それなら私は要らないって感じて悲しくなりました。」と教えてくれた。ぼくにとっては二人とも大切な後輩で、二人に差なんて感じていなかったのだけど、きっと女性目線で思うところがあったのだろう。結果的にぼくはもう一人の後輩と身体の関係になってしまったし、彼女とは疎遠になってしまった。彼女の急な心変わりについていけなかった自分としては、急な心変わりの理由を聞けて本当によかった。「半端な覚悟で着いて行った私も悪かったんです。」その言葉だけは、彼女が自分にも非があるみたいな事を言うのだけはやめてほしかった。悪いのは自分と、もう一人の後輩だけで十分だった。
 話はもう少し遡り、7月初旬に2人でホテルに行った日。あの日はどうして行ってくれたのかを聞いてみた。まず、先輩に下心を全く感じなくて、本当に遊びに行くだけかもしれないという謎の安心感があったこと、自分も夜勤終わりで疲れていたし、お酒も飲んで酔っていて少しおかしくなっていたかもしれないということ、彼氏と1年以上身体の関係がなく、もうそういう流れになっても先輩とならできるかもしれないって思ってしまったことを教えてくれた。ぼくに、嫌々無理矢理されてたわけじゃないということがわかって本当に安心した。
 彼女はぼくにとって本当に良き理解者になってくれたと思う。ぼくという人間のことはもう全部わかってくれてるし、きっとまた何かあったらまず話をするのは彼女だろう。ぼくと彼女の関係はある程度修復されたとは思うけど、彼女ともう一人の後輩の仲は今はどうなっているのだろう。もう3人で遊びに行くことは叶わなくても、表面上だけでも仲良くやっていてほしい。できればまた3人で遊びに行ける日がくればいいなとも思う。「私だって、もしかしたら今後あの子の立場になるかもしれないですからね。」カラオケに行った日、最後に彼女が言ったあの言葉が本気だったのか、冗談だったのか、何でそんな事を言ったのか、今でもぼくにはよくわからない。
 それから数日後、彼女と遅番の出勤が被り、ご飯に誘ってみた。彼女は二つ返事で来てくれた。「最近あの子とはどうなんですか?」今ぼくがそういう関係になっている後輩と、どんなことをどれくらいの頻度でしているのかなど、ここ最近の近況を話した。そしてご飯を食べ終えたあと、彼女をホテルに誘ってみた。「私、まともな人間なんで、断ります。」そう言いながら着いてきてくれた。「私たち、風呂友ですね。」今更お互い恥ずかしがることもないのか、すぐに服を脱いで一緒にお風呂に入った。ぼくはあの日、自分の中の辛い感情を発散させるために3人でホテルに行ったけれど、3人では行かずに、最初に2人だけでホテルに行ったこの子だけにその感情をぶつければよかったんだと気がついた。この子は全てを受け入れてくれたのに、3人目を連れてきてしまったことで関係が崩れてしまった。「私はあの時から先輩とあの子のことがすごく嫌いになっていましたけど、それは悪いことではなくて、先輩が誰と何をしようとこれ以上嫌いになることがないんで、私たちは今、今までで一番良い関係を築くことができると思うんです。」なぜか温度調節が効かなくて、めちゃめちゃ熱いお風呂に一緒に入りながら彼女が言った。お風呂から上がって、帰る前に彼女を抱いてみようと思った。でも、全くできなかった。正直今となっては経験が全くないという言い訳はできなくなってしまっているぼくが、全く上手くできなかった。でも、それがたまらなく嬉しかった。この子とは、そういう関係にはなれないし、なる必要もないのだとわかったから。あの日ホテルに連れて行った2人のうち1人とそういう関係になってしまい、残されたもう1人がどんな気持ちなのか考えるだけで辛くて、これからどう接すればいいのかわからなくて、悲しかった。でも、身体の関係にはなれないと立証された今、そういう関係になる必要がないとわかった今、お互いがお互いを本当の意味で仲の良い先輩と後輩だと認識することができた。2人とも大切な後輩だけど、同じように関わる必要はなくて、それぞれに関わり方があって、その関わり方がハッキリしたことが最高に嬉しかった。彼女はもう1人の後輩の代わりにはなれないけれど、もう1人の後輩には絶対に到達できない地点に彼女はいる。ずっと一緒にいられる人と、ずっと一緒にいたい人、その違いが今の自分にはハッキリとわかるし、わかることが嬉しい。

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