脳が作り出すビジョン

  私は、約25年前に完全に視力を失いました。網膜色素変性症という眼病によるものです。
進行性の病で、現時点では、進行を止める手段も治療法もありません。
典型的には、夜盲に始まり、視力低下、視野狭窄がとても緩やかに進んでいきます。
眼球の瞳の部分を北極点あるいは南極点とすると、眼球の赤道部分の網膜が変性を起こし、視細胞が機能しなくなります。それが南北極点に広がっていきます。
それによって、最初は視野がドーナツ状に欠損し、それが内外、つまり中心視力の部分と、外側、つまり上下左右へと広がっていきます。
私の場合は、中心視力までなくなりましたが、病状がかなり進行しても、中心視力を残す方もいらっしゃいますし、症状が軽度な方もいらっしゃいます。
原因は遺伝と言われていますが、私の場合、4親等に及んでも同じ病を持つ人はいません。
しかし、同じ病の人が近親者にいる、という知人も何人かいます。
 私は小学校高学年の時、この病気であると診断されました。ただ、夜盲、視野狭窄はあったものの、視力は0.5あったため、黒板を診たり、ノートを撮ったりするのには困りませんでした。
夜盲のため、暗い場所が苦手だったり、視野狭窄のため、物に蹴躓いたり、人によくぶつかったり、球技が苦手だったりはしましたが。
それから20代前半まで、目立った進行はなかったのですが、20代後半になって、非常に歩きにくくなったのです。
視力検査をしてみると、なんと、左眼が非常に見づらくなっており、おまけに、両眼ともに視野狭窄が進んでいました。
それまでは、視野がかなり狭くなっているにも関わらず、互いの眼でそれを補い合っていたため、さほど歩行に困難を感じなかったのです。
ところが、片眼の視力がかなり落ちたことによって、歩きづらくなったのです。
その時から、白杖を使って歩行することとなりました。
その1年ほど前から、私はある視覚障碍者のリハビリ施設に通所で通い、職業訓練を受けていましたが、それまで白杖を使っての歩行はしていませんでした。
その後、一般企業に障碍者枠で、プログラマーとして修飾しました。その時の視力は左0、右0.1でした。
いずれはまったく見えなくなることを覚悟していましたが、後10年は大丈夫だろうと思っていました。
ところが、3年後、右眼の視力もゼロとなってしまいました。
それでも、わずかに残った視野で、光を感じることはできました。
 それから数年後のある日のことです。仕事を終え、帰宅し、居間のシーリングライトのスィッチを入れました。
食事の支度を済ませ、ラジオをオンにし、帰宅時に近所のコンビニで買ったビールを片手に食事をしました。
食事を終え、片づけを済ませ、シャワーを浴び、
そろそろ就寝時刻となったため、シーリングライトのスイッチを切ろうとすると、
なんと、スイッチはオフとなっているのです。
それに気付いた瞬間、辺りが真っ暗になりました。
帰宅後、スイッチをオンにしたと思っていたら、すおではなかった。多分、オンにしたつもりで何もしていなかったのかもしれません。
しかし、スイッチがオフであることに気付くまで、私の眼の前は、スイッチがオンであるはずの電灯によって、明るかったのです。
その時、既に、明暗をも明確に判別できなくなっていたということに気付きました。
また、その明暗を、私の場合は、脳が作り出しているということに気付きました。
一か月ほど前に、診断書が必要となり、眼科へ行きました。
その際、光覚検査をしましたが、全く光を感じませんでした。
非常に眩しい、太陽光ほどの光であれば感じることができる、と自分では思っていました。
なぜなら、朝、目が覚めた時、真東を向いているベランダの方を見ると、明るく感じるし、晴天の日は、あぁ、いい天気だな、と感じる。
夜、外を見ると暗いし、早朝や夕方は、眼前には薄ら明かりが広がっています。
でもこれらは、私の脳が作り出しているビジョンに過ぎなかったのです。
光だけではありません。これは脳が作り出しているビジョンであると自覚していることですが、
部屋の中では、ここにテーブルがあり、壁があり、窓があり、等、無意識のうちに映像をイメージしています。外を歩く際も同じです。
右側にこういう建物があり、左側にはマンションが建っていて、少し先に川にかかる橋があり・・・等。
意識してイメージすることもありますが、普段の日常生活では無意識のうちに行っています。
すべては脳で見ているのです。おそらく、これは私がかつては視力があり、物を見るということがどういうことかを知っているからできることかも知れません。
また、徐々に、非常に緩やかに見えなくなって行ったため、見えなくなった部分を、その都度脳が補っていたからだと思います。
ですから、私の眼前は真っ暗ではないのです。夜以外はですが。

#網膜色素変性症
#光覚

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