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記号創発スタディノート#1 なぜ、いま記号創発システム論なのか? ~生成AI時代の「意味」の新学理へ~

はじめまして、記号創発アウトリーチチームです。本連載記事「記号創発スタディノート」は、記号創発システム論の魅力と概要を知るための勉強ノートです。

記号創発システム論は、京都大学の谷口忠大(通称:たにちゅー)教授を中心に、過去10年以上にわたり構想・展開されてきた学際的な分野。本連載では、その可能性と意義、中心的な手法、そして今後の展望についてコンパクトに解説し、多くの方がこの分野に入門し、言葉を共有して語り合える土台をつくれればと考えています。

大きく以下の3つのパートに分けて、全10回(予定)の短い記事を公開していきます。

  • Part 1. モチベーションと世界観

  • Part 2. コアな手法と仮説

  • Part 3. 主な研究成果と展望

Part1の初回となる今回のテーマは、「なぜ、いま記号創発システム論なのか?」。この生成AIの時代に記号創発システム論を学ぶ意義について見ていきましょう。

大規模言語モデル、すごいのは言語そのもの?

大規模言語モデルの登場によって、2020年代は生成AIの時代となりました。「音声データから内容を要約してください」とか「記事のタイトルを5つ考えてください」とAIに頼めば、あたかもその指示を理解しているかのように、的確に答えてくれます。こんなことは少し前では考えられませんでした。人間のような知能を作ることを目指してきたAI(人工知能)研究にとって、大きな進歩だといえます。

これらを可能にしたのが、2010年代に発展した深層ニューラルネットワーク、そして2010年代後半に登場した、深層ニューラルネットワークの特定の構造であるTransformerアーキテクチャだと言われます。Transformerにより、膨大な言語データから効果的な学習が可能になりました。

大規模言語モデルは、言語データの統計的な性質を学習し、出力すべき次の単語(より正確にはトークン)を予測します。基本的にはそれだけしかしていないのに、人間にとって「知的」に見える応答ができるのです。しかも、自然な文章を出力できるだけでなく、Chain-of-thoughtと呼ばれるように、長い文字列を出力させることで、AIに「深く考えさせる」ことができるということもわかってきました。

多くのAI研究者にとって、言語データの学習だけから、ここまでのことができるというのは驚きでした。大規模言語モデルの成功が意味するのは、次の単語を予測するためにAIが用いた情報、つまり学習された言語そのものの中に、人間の「知識」や「思考」を再現する潜在力があったということです。
大規模言語モデルの仕組みやアルゴリズムがブレイクスルーをもたらしたことは間違いありませんが、言語そのものが持っていた力を大規模言語モデルが解き放ったのだとみることもできるのです(『記号創発システム論』p.i)。

言葉の力の源泉としての「意味」をめぐる謎

「言語そのものが持つ力」とは何でしょうか? その一つの答えは、言葉が「意味を持つこと」だといえるでしょう。私たちは言葉に意味を込め、意味を読み取ることができるからこそ、それをコミュニケーションに使ったり、考えを深めるのに使うことができます。AIの出力する文字列も、それが私たち人間にとって「意味」を帯びているからこそ、価値があります。

この「意味」とは何でしょうか。言葉を表す音や文字が初めから意味をもっていたわけではありません。「リンゴ」という音の並びや「林檎」という二つの漢字が、赤い果物としてのりんごを表す必然性はないのです。
言葉が意味を持つことは当たり前ではない——その視点に立つと、いくつかの疑問が浮かびます。

  • そもそも、言葉はいつ「意味」を獲得するのだろうか?

  • 子どもは言葉の意味をどうやって学ぶのか?

  • 言葉を使ったコミュニケーションはどのように可能になるのか?

意外なことに、私たちの学問はまだ十分にこれらの問いに対する答えを持っていません。そこで、言語(を含む記号)が持つ「意味」に目を向け、その出所を問うのが記号創発システム論なのです。今のAIが「言葉の意味の力」に頼っている以上、言葉の意味を問う視点は「大規模言語モデルにどこまでのことができるのか?」を考えるうえで欠かせないものだといえます。

さらに、記号創発システム論は、AIが社会に浸透することの影響を考えることにもつながります。なぜなら、AIは「すでに意味があるデータ」を使うだけでなく、「新しい意味を生み出す」可能性も持っているからです。AIが話したり書いたりすることができるようになることで、人間とAI、またAIとAIとの間に言語的にやりとりが生まれます。こうしたやり取りを通して、これから新しい「意味」が生まれることが考えられます。そのことは、言語、ひいては社会をどう変えていくのでしょうか。記号創発システム論は、生成AIが社会に浸透することのインパクトを考えるツールを与えてくれると期待できます。

「意味」の出どころと行方を問う、生成AI時代の新しい学問

以上見てきたように、「すでに意味がある言語データ」から意味を自在に操るマシンを作るのが生成AIの研究開発だとすると、言語の意味そのものの起源と、生成AIが社会に与える影響の両方を考える視点を与えてくれるのが記号創発システム論です。いわば生成AIの開発の「前」と「後」を丸ごと扱う記号創発システム論は、生成AIの威力を理解し、生成AIと付き合っていく私たちに求められている「もう半分」の学問だといえるのではないでしょうか。

もちろん、記号の意味の問題を扱う学問はこれまでにもありました。哲学、言語学、認知科学、情報科学などの諸分野では、記号の意味の問題に様々な角度から取り組んできた歴史があります。記号創発システム論はそうした過去の分野の蓄積のうえにあります。しかし記号創発システム論の特徴は、単に「言葉の意味とは何か?」といった問いへの仮説を言葉で提示するだけではなく、確率的生成モデルという数学的な方法や、そのロボットへの実装を通して「実際につくることで分かろう」とする構成論的アプローチを試みる点にあります。それらの数学的、実証的な道具立てを駆使して、学際融合的に意味の学理を打ち立てようというのが、記号創発システム論の野心的なビジョンです。

次回は「記号」という概念を掘り下げながら、記号創発システム論の中心的な問いである、記号創発問題について考えていきます。

【さらに学ぶための参考文献】
◆岡野原大輔
『大規模言語モデルは新たな知能か』(岩波書店、2023)…大規模言語モデルの仕組みを理解するのに好適な一冊。
谷口忠大(編)『記号創発システム論』(新曜社、2024)…各分野の一線の研究者が、記号創発システム論に関係するコンセプトを解説。スタディノートで関心を持っていただいた方は、ぜひ本書のご一読をお勧めします。


監修:谷口忠大教授
執筆:丸山隆一(記号創発アウトリーチチーム)
謝辞:R-GIRO記号創発システム科学創成PJの皆様

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