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腸内細菌と口腔内細菌は深く関係している

ここまで、口腔内細菌を腸内細菌の特徴と比べたり、口腔内細菌の一部が腸に届くことで全身の健康状態に影響するという話を書いてきた。

口腔内細菌は胃酸で全部死ぬのかどうかという見解については前の記事のほうで少し触れたけれど、実は胃酸はいつでもpH1〜2の強酸状態というわけではない。
一日三度の食事後(と、私の場合は一日二回のおやつ)には、胃酸は薄れて中性に近づく。
そのとき、口の細菌は腸まで「生きて」届きやすくなっているのだ。

私に腸内細菌のことを教えてくれた上司は、仕事中の8割くらい口をもぐもぐしていた私によく言ったものだ。

「ちぃちゃん、のべつまくなしに食べるのはやめて、空腹時間を作りなさい。腸内細菌が疲れるから」

ふん、ストレスの多い仕事なんですよと思って聞き流していたけれど、あれは口腔内細菌が本来そうあるべき以上に腸まで届いてしまうよという意味だったのだ。
(腸内細菌が食べ物の代謝以外のことをする時間を与えよという意味もあったらしい)

私ほどおやつを食べない人であっても、最近は胃酸抑制タイプの胃薬を飲んでいる人が多いらしく、口腔内細菌が前よりも腸で見つかりやすくなっているらしい。
あと、消化機能の落ちたお年寄りも、腸内細菌に口腔内細菌がたくさん混じっている

ここで、次のような問いが浮かんでくる。
口腔内細菌と腸内細菌はどれくらい似ているのだろう? また、似ているべきなのだろう?

※本記事は続き記事です。最初から通して読むと理解が深まります。(毎週火曜日更新)
1, 口の中にはどんな細菌がいるのか
2, 口腔内細菌の「タイプ」とは
3, 赤ちゃんの口腔内細菌 〜口腔内細菌の成長と加齢〜
4, 口腔内細菌が乱れると病気になる?
5, 腸内細菌と口腔内細菌は深く関係している ←本記事


・本文中のカッコ付き番号は、記事下部の参考文献の番号を表しています。
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口腔内細菌と腸内細菌はどれくらい似ているか?

前の記事で、こんなことを書いた。

さて、口腔内細菌の700種という数は多いのだろうか?
腸内細菌の種類が4000種類くらいだということを考えると、少ないのかもしれない。
けれど表面積比でみると口腔内細菌の種数は多いと言えるだろうし、生物学的階級でみるとまた見方は変わってくる。生物学的階級というのはつまり、ざっくり分類するか細かく分類するかの違いだ。
腸内細菌の場合は、ざっくり分類した場合(門レベル)の種類は少ない。9割の細菌がバクテロイデス門かファーミキュテス門のいずれかに属する。これには、嫌気性であることやpHがほぼ一定であることなど、腸内環境の特殊性による選択圧の高さがものを言っている。
一方、口腔内細菌の場合はサンプリングする場所によって門レベルでいくつも種類が異なり、α多様性指数という多様性の度合いも腸より大きかった。

これをまとめると、ざっくりした分け方では口腔内細菌のほうが多様性が高く、細かい分類で見ると腸内細菌のほうが多様性が高くなるということだ。
では、口腔内細菌の種数の円と腸内細菌の種数の円はどれほど重なっているのか?

ごく最近まで、両者はかなり隔たった生態系的特徴を持つと思われていた。
ところが、2021年にカリフォルニア大学のYvonne L. Kapla氏らが「口腔内細菌と腸内細菌両方に触れている」10の論文を徹底的に調べ上げた。

その結果、種レベルで見ると40%の細菌が口腔内と腸内双方に登場しており、特にPrevotellaは口腔内と腸内でかなり似通っていることがわかった。
口腔内はサンプリング部位によってかなり顔ぶれが変わるが、中でも唾液中の口腔内細菌が、腸内細菌に大きな影響を与えるらしい。(私たちは一日1〜1.5Lくらいの唾液を飲んでいる)

一点注意が必要なのは、ここでいう腸内細菌は「うんちの中の細菌」だということ。
口腔内細菌がサンプリング部位によって全然違ったように、腸内細菌も本当はもっと多種多様な種がいろんなところで活躍しているのかもしれない。

そうなると、ここで話した口腔内細菌と腸内細菌の比較の話は、まったく別の次元で仕切り直しとなる。
今の時点では、腸のさまざまな場所でサンプリングをするのは、口ほど容易ではない。

口腔内細菌が腸内環境を乱す

口腔内細菌が「血行性伝播」を通して全身の健康状態を左右することはすでに述べた通りだ。

ところが、血行性伝播だけでは説明のつかない歯周病と全身疾患の関係もあった。近年になって、そこに腸が一枚噛んでいることがわかってきた。
これを「消化管性伝播」と呼ぶ。

口の中の細菌は胃酸で死ぬというのは間違いではないが、一部は生きたまま届く。

例えば歯周病菌が腸まで運ばれると、免疫細胞の一種であるヘルパーT細胞(Th17)が過剰な働きをして、それが歯周病を悪化させることがわかっている。
腸管免疫などの腸内環境が乱れると腸内細菌が乱れ、腸内細菌の乱れが全身の健康状態に大きな影響を及ぼすことは、このnoteの読者のみなさんならご存知のとおりだ。

(参考:腸内環境が歯周病悪化の引き金に!ヘルパーT細胞の意外な関与とは?【福岡歯科大学 田中教授】 - Wellulu

大腸がんとFusobacterium nucleatum

フソバクテリウム・ヌクレアタム(Fusobacterium nucleatum)という細菌がいる。
腸内細菌にちょっと詳しい人なら、顔をしかめるかもしれない。

なぜなら、この細菌はさまざまな疾患との関連性が示されているからだ。(※すべてで因果関係が明らかなわけではない)
最近かしこくなったChatGPTに聞いてみると、リファレンスとともにF. nucleatumの悪行を裁かんとばかりにずらりと並べ立ててくれる。
(※ChatGPTは平気で変な間違いをする。リファレンスのリンクも変だった。うのみにしないように。「挙げてくれた疾患名 F. nucleatum」で論文検索をして確かめたほうがいい。)

大腸がん(特に結腸直腸がん)、炎症性腸疾患(IBD)、動脈硬化や心臓病、早産や低出生体重児、呼吸器感染症…etc
いろんな診療科をまたいで、この細菌は顔を出す。

まるで、殺人現場に必ず居合わせる江戸川コナンのようだ。
2023年公開の劇場版名探偵コナン『黒鉄の魚影(サブマリン)』をご覧になっただろうか。
黒の組織の二人が「偶然」現場に居合わせたコナンを見て、互いにこうつぶやく。

「なぜここに」
「シルバーブレッド…!」(※コナンは黒の組織のある人物からこう呼ばれている)

私と夫「ほんまそれ」

では、殺人現場にいつも居合わせるコナンは、犯人の可能性がもっとも高いのではないだろうか?
とは、ならない。
これが、相関関係(関連性)と因果関係の注意すべきところだ。

一見因果関係らしく見えたとしても、それは本当の原因ではないこともある。
この細菌が病態から見つかって、それを別の個体に投与したら件の病気が発生したとして、たしかにそれはコッホの原則的には原因菌に見えるかもしれない。

でも、背景はもっと複雑かもしれない。
まあとにかく、私ならコナンに我が家に来てほしいとは思わない。殺人が起こりそうだからだ。
そういう理由で、F. nucleatumは嫌われているのかもしれない。

そしてこの細菌は、歯周病患者に増えている細菌でもある。
大腸がん患者のがん組織で見つかるF. nucleatumは、その人の唾液中で見つかるF. nucleatumと同じ菌株であるという報告(2)もある。(菌株とは、種のさらに細かい分類)
この細菌が、先に述べたように血行性伝播や消化管性伝播をとおして、大腸がんをはじめとした全身疾患につながっているのだろう。

炎症性腸疾患(IBD)とKlebsiella pneumoniae

クレブシエラ・ニューモニエ(Klebsiella pneumoniae)は、私たちの喉や腸に常在する普通の細菌だ。

ただしこの細菌には肺炎桿菌という和名がつけられていて、細菌のバランスが崩れて菌交代(特定の細菌が歪んだバランスで増えること)を引き起こし、呼吸器感染症や尿路感染症を起こすこともあるとして、あまり好かれていない。

優しい目をしたシカも、オオカミの絶滅で数が増えてしまって害獣扱いされてしまう、そんな切ない感じ。

慶應義塾大学医学部の本田賢也教授と早稲田大学理工学術院の服部正平教授らのグループは、この細菌が炎症性腸疾患(IBD)の増悪に関わっている可能性を示した(3)。

この研究の概要はこうだ。
【方法】
クローン病患者の唾液を無菌マウスに飲ませる

【結果】

  1. マウスの腸ではTh1という免疫細胞が顕著に増加(この免疫細胞は炎症を起こす)

  2. マウスの糞便では増えていた30種類くらいの細菌をそれぞれ無菌マウスに投与すると、K. pneumoniaeが顕著にTh1を増加させていた

  3. ある程度細菌のいるマウスにK. pneumoniaeを投与しても腸には定着しなかったが、無菌マウスに投与した場合は腸に定着し、Th1による炎症を誘導した

  4. 腸炎発症無菌マウスに無害の大腸菌を投与してもなんともなかったが、K. pneumoniaeを投与すると腸炎が悪化した

  5. クローン病患者の唾液のみならず、潰瘍性大腸炎の患者の唾液でも似たような感じだった

  6. 健常なヒトの唾液でさえ、K. pneumoniaeの定着とTh1細胞の増加が見られた

【結論】
健常なヒトでも、抗生物質などの服用が引き金になって腸にK. pneumoniaeが定着するかもしれんから、要注意。


というわけだ。
プレスリリースはこちら
口腔常在菌の中には、異所性に腸管に定着すると免疫を活性化するものがいる:[慶應義塾]

国内における腸内細菌研究の最高峰にいると言っても過言ではないお二人の所属するチームに、これだけ完璧な仕事をされてしまうと、私としてもK. pneumoniaeをかばうのは論理的にはなかなか厳しい。
「いたずらっ子ですけど、けっこうシャイなところもあって、まわりにいろんな人がたくさんいる限りは悪さしないんで!」程度が関の山だ。

リーキーガットと口腔カンジダ

北海道大学の長谷部氏らが研究している口腔カンジダと腸内細菌の関係も面白い。(常在菌叢 ~腸内細菌・口腔細菌と健康~ : HUSCAP)

著者らは口腔カンジダであるCandida albicansをマウスの胃上部に定着させ、2週間後の腸内細菌叢を調べた。
すると、通常のマウスでは通性嫌気性菌(酸素があっても生きられる細菌)の割合が5〜15%程度なのに対し、C. albicans定着マウスではLactobacillalesなどの通性嫌気性菌の割合が大幅に増加して55 %程度を占めた。

また、それらのマウスに腸炎を発症させると、C. albicansの定着したマウスで症状の増悪が見られた。
どうも、C. albicansはリーキーガットを誘発しているらしいと推測される。

健康な口腔内細菌を目指すには

口腔内細菌の状態が健やかな心身につながるなら、口腔内細菌をいい状態にしたい。
でも、具体的にどうやって?

なにかを食べるたびに歯を磨けばよいのだろうか?

腸内細菌と同じように、口腔内細菌の「健やかさの定義」もまた曖昧だ。
さらに、赤ちゃんの頃から形成されてきた口腔内細菌の生態系が、介入によってどの程度変わるのかもまだまだ研究途上で、明確な答えは出ていない。

歯ブラシの状態、歯磨き粉の種類、マウスウォッシュによる口腔衛生ケア、プロバイオティクスによる”善玉菌”の補充など、さまざまな方法が比較されているところだ。

大阪大学歯学部の南部隆之氏らは、舌ブラシによる清掃が特定の病原菌を減らす可能性があることに気がついた(4)。
これは、バランスが崩れかかった口腔内の状態を、ゆるくリセットするような役割があるのかもしれない。

南部氏らのチームは、被験者の飲食や生活習慣などの影響を除くため、口腔内での細菌叢構成を維持したまま培養可能な細菌叢培養モデルを構築し、一酸化窒素、光照射、糖、さまざまな生理活性物質が口腔内細菌叢をどのように変化させるのか調べている。

重大な感染症を除き、抗生物質の使用のデメリットがメリットを上回る可能性については、腸内細菌の項目で十分に検討してきた。
口腔ケアに関しても、抗菌剤入りの歯磨き粉やマウスウォッシュを使うことは、デメリットのほうが大きい可能性もある。

この分野では、まだまだ確かな事実はない。
私たちにできることは、いまのところ「できるだけ自然な素材の歯磨き粉を使うこと」「だらだら食べないこと」「食事のあとは口をゆすぐこと」くらいなのかもしれない。

1. Maki KA, Kazmi N, Barb JJ, Ames N. The Oral and Gut Bacterial Microbiomes: Similarities, Differences, and Connections. Biol Res Nurs. 2021;23(1):7-20. doi:10.1177/1099800420941606
2. Komiya Y, Shimomura Y, Higurashi T, et al. Patients with colorectal cancer have identical strains of Fusobacterium nucleatum in their colorectal cancer and oral cavity. Gut. 2019;68(7):1335-1337. doi:10.1136/gutjnl-2018-316661
3. Atarashi K, Suda W, Luo C, et al. Ectopic colonization of oral bacteria in the intestine drives TH1 cell induction and inflammation. Science. 2017;358(6361):359-365. doi:10.1126/science.aan4526
4. 南部隆之. 口腔細菌パターンを “健康型” へと変える試み. 日本歯科保存学雑誌. 2020;63(2):127-130. doi:10.11471/shikahozon.63.127


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