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口腔内細菌の「タイプ」とは 〜細菌たちの食べもの〜

何か複雑に見えるものをタイプ分けしたがるのは、ヒトの常だ。
口腔内細菌もその例にもれず、様々なタイプ分けが試みられている。

場所によって、棲んでいる菌たちは違うのか?
あなたとわたしで、口腔内細菌はどれほど違っているのだろう?
空腹状態で待ち合わせた人と、まったく同じランチを食べた後は?
キスをしたら、唾液や舌の口腔内細菌はよく似てくるのだろうか?

疑問は尽きないが、ここではいくつかの限られた数の研究を紹介したい。

※本記事は続き記事です。最初から通して読むと理解が深まります。(毎週火曜日更新)
1, 口の中にはどんな細菌がいるのか
2, 口腔内細菌の「タイプ」とは ←本記事
3, 赤ちゃんの口腔内細菌 〜口腔内細菌の成長と加齢〜
4, 口腔内細菌が乱れると病気になる?
5, 腸内細菌と口腔内細菌は深く関係している


・本文中のカッコ付き番号は、記事下部の参考文献の番号を表しています。
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サンプリング部位によるタイプ分け

腸内細菌の場合は、非侵襲的に(痛くなく手間もかからない方法で)サンプルを採取できる場所はうんちの中だけだ。
一方で口腔内は、歯や舌、唾液などさまざまな部位でサンプルを採取することができる。
その部位によって口腔内細菌はタイプ分けできるのだろうか?

その試みのもっとも最初の研究は、ハーバード大学のSegata氏らのもの(1)だ。彼らはアメリカのヒトマイクロバイオームプロジェクトで採取されたデータを使い、口腔内細菌は門レベルで見て3つのカテゴリにわけられると結論付けた。


(左の図)歯肉縁上、歯肉縁下の歯垢
(真ん中の図)頬の内側、角化歯肉、硬口蓋
(右の図)咽喉、口蓋扁桃、舌背面、唾液

難しい専門用語はよくわからないが、部位によって棲んでいる菌たちが違うこと、腸内細菌よりも門レベルで多様性が高いことはよくわかる。(腸内細菌は緑のBacteroides門と赤のFirmicutes門を合わせると9割を超えるので)

あなたとわたしの口腔内細菌の違い

一方で、口腔内細菌の個人差についても研究されている。

口腔内細菌のタイプ分けに関しては、アメリカのヒトマイクロバイオームプロジェクトのデータを利用した研究(2)や、イタリアでの161名を対象とした研究(3)、オランダでの268名を対象とした研究(4)などが発表されているが、 ここではまずオランダの研究を紹介したい。

この研究には、全身的健康状態が良好で、明らかな虫歯や歯周病がない268人(男性150人、女性118人、平均年齢22.6歳、標準偏差2.6、範囲18〜32歳)が参加した。
彼らは夜間絶食後に採取した唾液をもとに、細菌叢によって5つにグループ分けされた。(それぞれMIC1.1、MIC1.2、MIC1.3、MIC2、MIC3と呼ぶ)

この研究では同時にメタボローム(代謝)解析も行われており、それは4つのグループに分けられ、5つの細菌叢とも正負のさまざまな興味深い関連がみられた。

あまり難しい言葉を使いたくないので話を簡単にすると、メタボローム解析ではMIC1.2やMIC2のグループで「サッカロリティック」の特徴が、MIC1.1やMIC1.3、MIC3では「プロテオリティック」の特徴が見られた。

サッカロリステック?
全然話が簡単ではないので、その言葉を調べることにする。

【プロテオリティックとサッカロリティック】
プロテオリティックとサッカロリティックは、微生物が異なる栄養源を利用する能力や戦略を指す用語。

  1. プロテオリティック(Proteolytic):

    • 栄養源: タンパク質およびタンパク質由来の化合物

    • 代謝: タンパク質を分解し、アミノ酸やペプチドなどのタンパク質の分解産物を利用してエネルギーを得る

    • 特徴: タンパク質分解の酵素(プロテアーゼ)を産生することが一般的である。これにより、タンパク質を効率的に分解し、成長および増殖することが可能となる。

    • 例: ClostridiumやBacteroidesなどの腸内細菌はプロテオリティックな性質を示すことがある。

  2. サッカロリティック(Saccharolytic):

    • 栄養源: 糖類(炭水化物)および糖類由来の化合物

    • 代謝: 糖類を分解し、単糖や他の糖代謝産物を生成し、これらを利用してエネルギーを得る

    • 特徴: 糖類を分解する酵素(グリコシダーゼ、ヘキソキナーゼなど)を持っている。これにより、多糖類を単糖に変換して利用することができる。

    • 例: StreptococcusやLactobacillusなどの口腔内や消化管内の微生物は、サッカロリティックな性質を示すことがある。

それぞれの概要がわかったところで、改めて5つのグループのなかで特に変わった代謝の特徴を持つグループと、その主要な細菌たちを見ていこう。

MIC1.2にはStreptococcus salivariusやStreptococcus vestibularisなどの細菌が有意に多く、唾液が酸性に傾きがちで、細菌の多様性も低い。唾液が酸性に傾くと酸に敏感な細菌が追い出されてしまい、酸に強い細菌ばかりが残る。彼らは糖の代謝が得意なので、口に入ってきた糖は次々に酸の状態まで代謝され、むし歯につながってしまう。このグループは現在はむし歯はなくとも、むし歯予備軍と呼べるのではないかと筆者たちは提案している。

一方で、プロテオリティックな代謝には、Prevotella、Megasphaera、Fusobacterium、Eubacterium、Veillonellaなどの細菌が多く見られた。中でもMIC1.2と反対に位置するMIC3は、MIC1.2とは逆にpHが高く(酸性度合いが低く)、ジペプチドやアルブミンといった成分が多かった。これはそれぞれ、歯周病や歯肉炎になるリスクが高いことを示す。このことから、筆者らはMIC3グループは炎症の初期段階にあり、このまま細菌のバランスが崩れていってしまう一歩手前の状態だと指摘している。

ひとつおもしろいのは、オランダの研究では既知のむし歯菌(ミュータンス菌)や歯周病菌(ポルフィロモナス・ジンジバリス)は含まれておらず、これらの細菌が原因ではなく結果である可能性が示されたということだ。

他方、イタリアの研究ではNeisseria-Fusobacterium、Prevotella、Streptococcus-Gemellaの3つのグループに分けられたというから、口腔内細菌は住んでいる国によって違うようだ。(アメリカの研究では細かな構成まで触れられていない)

となると、日本人の口腔内細菌はどうなのか? ということが気になってくる。

日本の研究としては、九州大学が特定の地域に住む2,343人を対象とした大規模な研究(5)を行っている。ただしここでは、口腔内細菌のタイプ分けは2種類にとどまり、疾患のリスクとの関連も不十分だ。
日本では他にも、東北メディカル・メガバンク機構など官学連携のプロジェクトが進行しており、口腔内細菌を網羅的かつ経時的に調べている。

歯科検診に口腔内細菌の検査が導入される日も近いのかもしれない。

1. Segata N, Haake SK, Mannon P, et al. Composition of the adult digestive tract bacterial microbiome based on seven mouth surfaces, tonsils, throat and stool samples. Genome Biol. 2012;13(6):R42. doi:10.1186/gb-2012-13-6-r42
2. Ding T, Schloss PD. Dynamics and associations of microbial community types across the human body. Nature. 2014;509(7500):357-360. doi:10.1038/nature13178
3. De Filippis F, Vannini L, La Storia A, et al. The Same Microbiota and a Potentially Discriminant Metabolome in the Saliva of Omnivore, Ovo-Lacto-Vegetarian and Vegan Individuals. PLoS ONE. 2014;9(11):e112373. doi:10.1371/journal.pone.0112373
4. Zaura E, Brandt BW, Prodan A, et al. On the ecosystemic network of saliva in healthy young adults. ISME J. 2017;11(5):1218. doi:10.1038/ismej.2016.199
5. Takeshita T, Kageyama S, Furuta M, et al. Bacterial diversity in saliva and oral health-related conditions: the Hisayama Study. Sci Rep. 2016;6:22164. doi:10.1038/srep22164



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