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口腔内細菌が乱れると病気になる? 〜寄生と共生〜

前回の記事で見たとおり、口腔内細菌の形成に影響を与える因子はいくつかある。

歯磨き習慣、食生活、ストレス、喫煙、薬の服用、全身の疾患状態などがそれにあたるが、影響を与えるということはいい意味も悪い意味もある。
歯磨きを怠ったり、甘いものばかり食べていると、むし歯や歯周病になりやすいことが知られている。

※本記事は続き記事です。最初から通して読むと理解が深まります。(毎週火曜日更新)
1, 口の中にはどんな細菌がいるのか
2, 口腔内細菌の「タイプ」とは
3, 赤ちゃんの口腔内細菌 〜口腔内細菌の成長と加齢〜
4, 口腔内細菌が乱れると病気になる? ←本記事
5, 腸内細菌と口腔内細菌は深く関係している


・本文中のカッコ付き番号は、記事下部の参考文献の番号を表しています。
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食べ物とむし歯

皆さんは、どうしてむし歯が起こると思いますか?

私は、「何かが歯にはさがっていると(挟まっていると)、細菌の餌になってそこに細菌が増えて、その細菌が歯を溶かす悪い液体を出すからだ」と思っていた。さらにそのはさがっているものが甘いものだと、細菌の増えるスピードが早くなるのでより悪いと。

つまり、寝る前に歯磨きをしたあとであっても、歯にはさがらないものや、甘くないものであれば、食べてもむし歯にならないと思っていた。
この話を歯科医の息子である夫に話すと、鼻で笑われた。
歯というものははさがっていないようで、はさがっているらしい。

むし歯菌として悪名高いのは「ミュータンス菌」と呼ばれる細菌だけれど、この細菌が見つからないのにむし歯になることもある。

1万年ほど前までは、私たちの祖先は木の実や釣った魚、捕らえた動物の肉などを食べて暮らしていた。
それが、農業が発明されると同時に、私たちのカロリー摂取は穀物に大きく偏ることになった。
化石にむし歯などの歯の病気が増え始めるのも、この時期と一致しているらしい。

さらに200年ほど前から、白いお米、白い小麦、白い砂糖など、いわゆる「精白された」食べ物が好まれるようになった。
こういった変化は間違いなくヒトの口腔内細菌に影響しただろう(1)。

口の中に糖が多くなれば、糖を分解して酸を産生する細菌が増える。
その結果、酸に強い細菌が生き残っていく。
私たちが食べるものによって、口腔内細菌たちは「選択」される。

そうはいっても、白い食べ物を美味しいと感じる人は多い。

もし、食べたいものを自分の口腔内細菌に操られているとしたら?
これはなにも、私の勝手な妄想というわけではない。

ClostridiaやPrevotellaなどの口腔内細菌が私たちの甘いもの好き、塩辛いもの好き、酸っぱいもの好きなどの嗜好を決めているという可能性を示した研究(2)もあるのだ。

考えてみれば、菌たちもせっかく見つけた住み家だもの、そこで自分たちが生き残っていくために必要な栄養分を宿主に摂らせようとする戦略はありえる話だ。
私たちは、ヒトという遺伝子からできた生きものと、その何十倍、何百倍もの細菌などをはじめとした微生物たちの遺伝子からできた生きものが合体して生きている、いわば生きものキメラみたいな存在なのだ。
体という「環境」は、みんなで居心地のいいように作っているのだろう。

けれど、むし歯菌などのちょっと困った菌たちにだけ居心地のいい環境を作らされているとしたら、ちょっと生活習慣を変えたほうがいいのかもしれない。

歯周病と全身疾患

もうひとつ、どうして歯周病は起こるのだろう?
歯周病菌として有名なのは「ポルフィロモナス・ジンジバリス」という細菌だが、この細菌を無菌マウスに投与しても歯周病にはならない。
さまざまな実験の結果、以下のようなことがわかった。

  • この細菌がいると口腔内細菌のバランスが乱れやすくなる

  • ちょっとした傷などからバランスの崩れた細菌が血中に入る

  • 免疫細胞たちが総動員でその細菌たちをやっつけようとするときに炎症が起こる

  • 細菌そのものや炎症物質が血流を通って全身に巡り、臓器を傷つけたりホルモンバランスを乱す

以上のような流れを「血行性伝播」といい、歯周病が口以外のさまざまな全身疾患を引き起こす原因ではないかと考えられている。

歯周病は、すでにわかっているだけでも糖尿病や動脈硬化、誤嚥性肺炎、心内膜炎、アルツハイマー型認知症、リウマチのような関節疾患、妊婦さんの場合には早産・低体重児出産などに影響を及ぼすと言われていて、けっして侮れない病気だ。

(参考:
細菌とともに生きる ~口腔内細菌と全身のかかわり~ ①細菌は悪くないの? | ナオミ通信 | 8020推進財団

他にも、歯周病菌の一種が食道がんのリスクファクターになるという東京医科歯科大学の研究(3)にもあるように、口腔内細菌のバランスが崩れるというのはかなり危険なことらしい。
(日本語版:https://www.tmd.ac.jp/archive-tmdu/kouhou/20201203-1.pdf)

口腔内細菌と胃がんは関連するのか

より新しい研究(4)では、胃がんの発生に口腔内細菌が関わるかもしれないという仮説をもとに、141名の胃がん患者の唾液、胃液、胃組織の細菌を調べた。

すると、例えばSchaalia odontolytica、Streptococcus cristatus、Peptostreptococcus stomatisといった口腔常在菌が、胃がんの進行とともに胃の内部でも見つかるようになり、口腔内と胃の細菌叢が似通ってきていたことがわかった。

細菌たちは、曖昧ではありながらそれぞれのテリトリーで独特の生態系を作っている。その境界線が崩れていくことは、病気の進行と何らかの相関関係があるのだと考えられる。

口腔マイクロバイオームから胃がん前段階の患者を特定?小規模での検討結果 - QLifePro 医療ニュース

ありがたい口腔内細菌の話 〜共生菌の恩恵〜

歯周病菌はそんなに悪いのか!?
しかも歯周病菌は複数いる!?
ええい、口の中の細菌なんて全部やっつけてしまえ!!

そういって熱湯で口ゆすぎをしたり、抗生物質をペーストにして歯磨きをする人はさすがにいないだろう。
けれど、殺菌成分の入った歯磨き粉を使っていたり、マウスウォッシュを日に何度もしている人はいるかもしれない。

たしかに、口の中の細菌数は減る。
けれど、決してゼロにはならない。
なぜなら、私たちの食べ物にも、歯ブラシにも、空気中にも細菌はいるからだ。

お母さんのお腹の中にいるときに口にチャックを縫い付けたって、口の中の細菌をゼロにすることはできないだろう。

そして、ゼロにする必要もない。むしろ、過度に細菌数を減らす行為は、口腔内細菌のバランスを崩して病気を寄せ付けてしまうだろう。

詳しい話を知りたい人のために少しだけ書いておくと、S sanguinisというレンサ球菌は口の病原菌をダイレクトにやっつけてくれる。
Streptococcus sanguinis, Streptococcus cristatus, S salivarius, S mitis, Actinomyces naeslundii, Haemophilus parainfluenzaeなどの細菌は、歯周病菌の代表選手であるポルフィロモナス・ジンジバリス(P gingivalis)の定着を妨げてくれる。
Streptococcus, Actinomyces, BifidobacteriumはP gingivalisの成長を阻害するし、Lactococcus lactisは口の中のがん遺伝子を減らす物質を出す。
S gordonii, S sanguinis, Lactobacillus caseiは口の中のpHバランス(酸性度合い)を正常に保ってくれる(1)。

みんなほんとすごい。
ありがとう。
一回だけむし歯になっちゃって、ほんとごめん。

1. Sedghi L, DiMassa V, Harrington A, Lynch SV, Kapila YL. The oral microbiome: Role of key organisms and complex networks in oral health and disease. Periodontol 2000. 2021;87(1):107-131. doi:10.1111/prd.12393
2. Cattaneo C, Gargari G, Koirala R, et al. New insights into the relationship between taste perception and oral microbiota composition. Sci Rep. 2019;9(1):3549. doi:10.1038/s41598-019-40374-3
3. Kawasaki M, Ikeda Y, Ikeda E, et al. Oral infectious bacteria in dental plaque and saliva as risk factors in patients with esophageal cancer. Cancer. 2021;127(4):512-519. doi:10.1002/cncr.33316
4. You HS, Park JY, Seo H, Kim BJ, Kim JG. Increasing correlation between oral and gastric microbiota during gastric carcinogenesis. Korean J Intern Med. Published online June 2024. doi:10.3904/kjim.2023.490


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