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FMT(便移植)の有害事象まとめと、より安全に行うための考察

FMT(糞便微生物移植)は、便に含まれるドナー由来の細菌やウイルスを患者の腸に移し替える方法である。

足りない微生物を補うことのメリットは十分にあるし、一般的な臓器移植などに比べてリスクも少ない。しかし、そのリスクは完全にゼロというわけではない。
患者さんの状態によっては、リスクが上昇する場合もあるようだ。
今日は、そういうお話。


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有害事象とは

どんな薬にも副作用がつきものだけれど、新しい治療法の場合にはもっと大きな枠組みで「有害事象」という概念がある。

これは、新しい治療法との関連性や因果関係が明らかではなくとも、治療を行ったあとに患者さんの体調に異変があれば有害事象と呼ぼうというものだ。
特定臨床研究において生命を脅かすような重篤な有害事象が発生した場合は、厚生労働省への報告義務がある。(有害事象・疾病等の定義/AMED

こうすることで、どのような場合に有害事象が起きやすいのか、どうすれば有害事象が減らせるのか、そのうち副作用はどれなのか、それは治療の効果と天秤にかけて許容できる範囲のものか、といったことがだんだんと明らかになってくる。

こうして、新しい治療法や新薬が普及する頃には、副作用はあっても多くの人にとって安全であることが確認されているのだ。

FMTで起きている有害事象の内容と程度

現在行われているFMTの多くは、クロストリジオイデス・ディフィシル感染症(CDI)という疾患を対象としている。
それに次いで、IBD(炎症性腸疾患)やIBS(過敏性腸症候群)、ASD(自閉スペクトラム症)やメタボリックシンドロームなどが研究対象として選ばれている。

現在行われているFMTでは、有害事象はどれくらい発生しているのだろうか?
論文の中でもエビデンスレベルの高いシステマティック・レビュー、ランダム化比較試験(RCT)のメタアナリシスを通して、現時点でのFMTの安全度を俯瞰してみたい。

1)高品質な9の研究まとめ

まず最初に、2014年から2019年8月までに出版された論文のうち高品質な9つの研究を取り出して重点的に解析した研究(1)を紹介する。
これらの研究は、前向きランダム化比較試験であり、4週間以上の追跡があり、有害事象について明記されているなどの条件を満たしている。

9つの研究のうち5つはヨーロッパ、1つがオーストラリア、2つがカナダ、1つがアメリカで実施されたもので、患者数は合わせて388名だった。
対象疾患はrCDI(再発性CDI)が3件、潰瘍性大腸炎(UC)が3件、過敏性腸症候群(IBS)が2件、多剤耐性菌感染症が1件だった。

全体として、有害事象(AE)は39.3%の割合で発生しているが、統計学的にはかなりばらつきのあるデータであるために、本当は19%から64%の間のどこかだろうという信頼性の低い数字になっている。

一方で、重篤な有害事象(SAE)は全体として5.3%の割合で発生しており、こちらの数字は比較的信頼できそうだ。
けれど、これらの数字はどちらも「FMTとは因果関係がない」と思われる有害事象も含まれている。

同じ研究の中で、筆者らはSAEのリスク因子を明らかにするため、ケースレポートや小児への実施、英語以外の文献なども含めた60の研究に解析範囲を広げて解析した。

すると、FMTにおける移植懸濁液(菌液)の投与ルートにSAE発生率の違いがあることがわかった。具体的には、カプセルや上部消化管経由のFMTにはAEの発生率が高かった。

著者らは、それぞれの研究によってドナー便の準備方法が違って比較できないなどの制限はあるものの、FMTの有害事象は総じて短期間で終わるものが多く、重篤な症状になりにくい安全な方法であると結論付けている。

2)20年間の129の研究まとめ

続くシステマティック・レビュー(2)はかなり大規模なものだ。

著者らは、2000年から2020年4月15日までの20年間のデータを対象に解析を行った。解析対象は英語、中国語の文献を含む129件だ。これらは(1)の文献に含まれる研究とダブりが少なく、違った視点から有害事象(AE)の現状を眺めることができる。

全部で4241名の患者を含む129の研究で、FMTと因果関係があると思われるAE発生率は19%だった。
具体的な症状で多かったのは、下痢(10%)、腹部不快感・腹痛・腹部痙攣(7%)、吐き気や嘔吐(3%)など。

そのうち重篤な有害事象(SAE)は1.4%で、病原体に由来するものは0.99%だった。それ以外のSAEは投与方法に由来しており、特に上部消化管経由のものが多かった。
特筆すべきは、FMTに関連して死亡した5名のうち4名が上部消化管経由のFMTを実施していたということだ。

これらのことから、投与ルートはSAEの発生有無を決める重要な要因であると言えそうだ。中国で開発されたColonic TET(Colonic transendoscopic enteral tubing)という方法(3)は有害事象の少ない有力な候補になりつつある。

さらに著者らは、SAEの起こった患者の全員が腸粘膜バリアに炎症があったことに注目している。

結論として、FMTに関連するAEは概ね軽度のもので1ヶ月以内に発生する場合が多く、FMTは安全であると言ってよいと著者らは考えている。

3)CDIに限った61の研究まとめ

最後に、対象疾患をクロストリジオイデス・ディフィシル感染症(CDI)に限った有害事象のメタアナリシス論文(4)を見てみよう。
この論文では、2015年1月1日から2021年1月までの6年間に出版された論文を対象としている。

解析したのは全部で61の研究、患者数は5099名に及び、全員がCDIである。
この論文ではそれぞれの研究において下記の項目で一覧表を作ってくれていて、とてもわかりやすい。

  • 研究の種類(RCTかどうか)

  • 患者数

  • 患者の平均年齢

  • 男女比

  • 免疫抑制状態の比率

  • 総FMT回数

  • 投与ルート(上からか下からか)

  • 重篤な有害事象(SAE)の発生率(移植ごと、患者ごと)

  • SAEの詳細

結果は、FMTに関連して発生したSAEは全患者の1%未満であり、大半の有害事象は軽度なものであった。この事実はCDIの他の治療法の効果の低さを鑑みると、FMTを積極的に選択する後押しになりうる。

さらに、研究に含まれる患者には免疫抑制状態の患者が少なからずいたため、対象患者を限定すればFMTはさらに安全な方法となりうるだろう。

3つの研究まとめ

これらの研究で得られた知見をまとめておく。

  • 重篤な有害事象(SAE)発生率には、投与ルートが関わっている可能性があり、特に上部消化管経由の投与にはリスクがありそうだ。

  • SAE発生の背景には、患者の腸粘膜バリアの炎症がありそうだ。

  • 軽度な有害事象の多くは、下痢や腹痛、吐き気などの消化器症状が多く、大半は移植後2週間〜1ヶ月以内に発生して短期間で消滅する。

  • 総じて、FMTで発生する有害事象は程度が軽く、FMTは安全な方法であると結論付けてよさそうだ。

注意すべき患者側の状態

ドナーの便に病原菌がいないかどうかを十分に検査することは大事だけれど、レシピエント(患者)によってFMTのリスクが増減することもわかってきた。

上述した研究(2)では、患者の腸粘膜バリアに炎症が起こっているとSAEにつながるリスクがあるということが浮かび上がってきた。
このことから、著者らは別の論文(5)で「FMTは患者の腸粘膜バリアが非炎症状態になるのを待ってから行うのがよい」という可能性に触れている。

具体的には、腸粘膜バリアが炎症状態にある患者の腸内では、エンテロバクター科の細菌が幅を利かせている場合が多い。これらの細菌は腸粘膜をさらに炎症させ、悪循環に陥っている。
こういった環境にドナー由来の微生物を移植しても、患者の腸内では望ましくない形で細菌などが増えてしまい、良い結果にならないばかりか有害事象につながる可能性もある。

例えば炎症性腸疾患(IBD)の場合などは、FMTの前に標準療法などで腸の炎症を鎮めてから移植を行うほうが、ドナー由来の抗炎症細菌(Faecalibacterium prausnitziiやRoseburia intestinalisなど)がしっかり定着して活躍してくれるのではないかと筆者らは考えている。

その他、FMTにはこれといった禁忌は特にないものの、免疫抑制状態の患者や妊婦、重度のアレルギーなど、免疫が弱い/暴走する可能性のある患者には注意が必要だと思われる。

長期的な安全確認のための各国の施策

FMTの安全性を完全なものにしようとするなら、短期的な有害事象の発生のみで判断するのは早計だ。

細菌が個人の神経系にまで影響を及ぼすことが知られてきた現在、ドナー由来の細菌が患者の心身の健康に長期的にどのような影響を及ぼしうるのかを追跡することはとても重要なことだろう。

これに対し、各国はそれぞれに対応策を打ち出している。

アメリカ消化器学会(AGA)は、FMT and Other Gut Microbial Therapies National Registryというシステムで、FMTの長期追跡を行っている。設立当時は「4,000人規模で10年間の追跡を目指す」と銘打ち、現在はその目標は2,200人に縮小されているものの、重要な取り組みだ。

この他、中国のCMTS(China Microbiota Transplantation System)や、フィンランドのFINFMT(The Finnish Faecal Microbiota Transplantation Study)など、各国が独自にシステムを構築している。

日本ではまだFMTの長期的な安全性を追跡する仕組みはないが、一般財団法人腸内フローラ移植臨床研究会では有害事象を定期的に報告しており、可能な場合は数年にわたって長期追跡を実施している。

※FMTに関する記事へのリンクをまとめた記事はこちら


1. Michailidis L, Currier AC, Le M, Flomenhoft DR. Adverse events of fecal microbiota transplantation: a meta-analysis of high-quality studies. Ann Gastroenterol. 2021;34(6):802-814. doi:10.20524/aog.2021.0655
2. Marcella C, Cui B, Kelly CR, Ianiro G, Cammarota G, Zhang F. Systematic review: the global incidence of faecal microbiota transplantation-related adverse events from 2000 to 2020. Aliment Pharmacol Ther. 2021;53(1):33-42. doi:10.1111/apt.16148
3. Peng Z, Xiang J, He Z, et al. Colonic transendoscopic enteral tubing: A novel way of transplanting fecal microbiota. Endosc Int Open. 2016;4(6):E610-613. doi:10.1055/s-0042-105205
4. Rapoport EA, Baig M, Puli SR. Adverse events in fecal microbiota transplantation: a systematic review and meta-analysis. Ann Gastroenterol. 2022;35(2):150-163. doi:10.20524/aog.2022.0695
5. Porcari S, Benech N, Valles-Colomer M, et al. Key determinants of success in fecal microbiota transplantation: From microbiome to clinic. Cell Host Microbe. 2023;31(5):712-733. doi:10.1016/j.chom.2023.03.020


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