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FMTを安全にするためのドナー検査の考え方

腸の微生物生態系(腸内フローラ)の多様性の低下や構成バランスが崩れて病気につながっている場合、その乱れを整えることで健康を取り戻せる可能性がある。

健康な人の腸内マイクロバイオームを移植することでそれを実現しようというのが、FMT(Fecal Microbiota Transplantation, 糞便微生物移植)だ。

FMTは、再発性クロストリジオイデス・ディフィシル腸炎(rCDI)など特定の難治性疾患の新しい治療選択肢として、世界中で研究が進んでいる。

そこで問題となるのは、FMTの安全性だ。
微生物の中には、細菌やウイルスも多く含まれる。
ドナーが感染症にかかっていて、その細菌やウイルスがもし提供された糞便に含まれていたら、患者は危険にさらされてしまう。

ここでは、現在世界中で応用が広まっているFMTについて、ドナーの選定におけるリスクマネジメントについての最新情報をお伝えする。


・本文中のカッコ付き番号は、記事下部の参考文献の番号を表しています。
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ヨーロッパにおけるドナーバンク運営マニュアル

2019年、ヨーロッパ、北アメリカ、オーストラリアの専門家たちが集った国際会議において、FMTを安全に行うためのドナー便の取扱いについて合意(1)がなされた。

このうち15名(全体の約4割)を含めた31名のヨーロッパの専門家が、2021年にUnited European Gastroenterologyのワーキンググループとして、FMTのための便バンク標準運営マニュアル(2)を策定した。
この中で、ドナー選定時の問診や血液・便検査についての方針が細かく示されているので紹介したい。

ドナー選定の問診項目

ドナーには、まずはじめに以下の問診項目を行うことが推奨されている。

●感染症関連項目

  • 慢性活動性の感染症の病歴または曝露歴:HIV、B型肝炎ウイルス(HBV)またはC型肝炎ウイルス(HCV)

  • ヘリコバクター・ピロリ除去、梅毒、マラリア、トリパノソーマ症、結核、シャーガス病の治療歴

  • 糞線虫症

  • 現在罹患しているの感染症または過去6か月以内の関連する感染症

  • 過去8週間以内の生ワクチン接種

  • 生まれた国

●リスク行動

  • 現在または過去の静脈注射薬の使用

  • 過去6か月以内の継続的でハイリスクな性的行動

  • 過去6か月以内の高リスクな外国への旅行

  • 現在の職業が潜在的な病原体の獲得を助長する環境にあるか(例:獣医、動物の世話人、猟場管理人、刑務所労働者)

  • 過去6か月以内のタトゥー、ピアスまたは鍼治療

  • 過去6か月以内の大手術

  • 過去6か月以内のヒトの血液との接触(例:事故、針刺し傷)

  • 服役歴

  • 組織・臓器移植の経験

  • 過去6か月以内の血液製剤の輸血(例:赤血球濃厚液、血漿、血小板、免疫グロブリン)

●病歴

  • 慢性疾患

  • クロイツフェルト・ヤコブ病のリスク

  • アレルギーまたはアトピー(例:食物または薬物アレルギー、喘息)

  • 過去4か月以内の入院歴

  • 妊娠の有無

  • 過去3か月以内に予定または受けた抗菌薬治療

  • 定期的な薬物または栄養補助食品の使用

  • BMI(受け入れ範囲は20以上25以下のkg/m²)

  • 年齢(受け入れ範囲は18歳以上60歳以下)

●腸の健康

  • 過去または予定された胃腸手術(虫垂切除を除く)

  • 過去3か月以内の胃腸症状(例:下痢、便秘、血便、嘔吐、腹痛)、または除去された腺腫性ポリープまたは有茎性鋸歯状病変

  • 過去3か月以内のその他の関連する臨床徴候または症状(例:発熱または発疹)

ドナーへの血液検査、便検査(標準時)

問診項目に問題がないと判断された場合、上記問診項目のうちの感染症に関わる項目について、血液と便の検査を行う。

ドナーへの血液検査、便検査(患者が重度の免疫抑制状態の場合)

患者が免疫抑制剤を服用しているなど、免疫抑制状態の場合は注意が必要だ。
ガイドラインでは、患者が重度の免疫抑制状態の場合には、ドナーに下記追加の検査を行うことを定めている。

便検査

腸管病原菌:

  • 志賀毒素産生大腸菌(STEC) stx1/stx2

  • シゲラ属菌

  • カンピロバクター・ジェジュニおよびカンピロバクター・コリ

  • サルモネラ属菌

  • エルシニア・エンテロコリチカ

  • クロストリディオイデス・ディフィシル(すべてPCR)

  • ヘリコバクター・ピロリ(便抗原)

  • ビブリオ属菌(過去6か月以内に熱帯国を訪問または居住した場合;培養)

薬剤耐性菌:

  • 広域スペクトラムβ-ラクタマーゼ産生菌(ESBL)/多剤耐性グラム陰性菌(MRGN)、カルバペネマーゼ産生腸内細菌を含む

  • バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)

  • メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA;すべて培養)

ウイルス:

  • ノロウイルス、ロタウイルス(すべてPCR)

  • SARS-CoV-2 b

寄生虫:

  • クリプトスポリジウム属

  • ジアルジア・ランブリア

  • 線虫

  • 赤痢アメーバ

  • ディエンタモエバ・フラジリス

  • 糞線虫(PCR)

  • サイクロスポラおよびイソスポラ

  • ブラストシスティス・ホミニス d(PCR、抗原(可能であれば)または顕微鏡検査)

血液検査

一般的な検査:

  • CRP

  • クレアチニン

  • ALT

  • ビリルビン

  • 血球数

ウイルス:

  • A型肝炎(IgM)

  • B型肝炎(HbsAg)

  • C型肝炎(抗HCV)

  • HIV 1および2(HIV抗原/抗体併用テスト)

  • E型肝炎(HEV)血清学

  • SARS-CoV-2 b

このほか、国によって追加の検査が推奨される場合もある。

検査頻度

マニュアルによると、これらの検査は三ヶ月を超えない範囲で繰り返されるべきであり、便の提供期間を挟む前後(後の血液検査は提供から4週間後)の検査に合格するまでは、提供便はFMT治療には使用せずに保管することとある。

また、便の提供ごとの検査は必須ではないとされているが、国によっては規制がある場合があると記載されている。

アメリカFDAの考え方

米国食品医薬品局(FDA)は、2013年5月にFMTを治験薬として位置づけ、同年7月にはrCDIを対象とする場合には治験として実施しなくともよいという指針を示している。

アメリカではOpenbiomeという非営利の便バンク組織が早期から立ち上がり、FMTの治療機会を人々に提供してきた。
しかしその後、重大な有害事象が相次ぎ、FDAはFMT実施における警告を出す事態となった。以下、独立行政法人医薬品医療機器総合機構からの「マイクロバイオーム研究に基づいた細菌製剤に関する報告書」に基づき、簡単に記載する。

米国では、2019 年に2 名(1 名死亡・1名回復)の重大な有害事象が報告されている。

2019年3月にマサチューセッツ総合病院(MGH)で、院内において作製された同一ドナー由来のFMT 経口カプセルを投与された2 名の患者がESBL(Extended spectrum β-lactamases)産生菌に感染し、うち1名が死亡するという重大な有害事象が発生した。
FDA は速やかにアラートを発し、全国でFMT の提供を停止させました。
原因究明が行われた結果、MGHではFDA ガイドラインで求められているESBL 検査を行っておらず、ドナー便がESBL 産生菌に汚染されていたことが判明したため、アラート後3 ヶ月でESBL 検査を徹底する勧告を出してFMT を用いた治験が再開されている。
Important Safety Alert Regarding Use of Fecal Microbiota for Transplantation and Risk of Serious Adverse Reactions Due to Transmission of Multi-Drug Resistant Organisms | FDA

さらに、2020 年には、6 名(全員回復)の重大な有害事象が報告されている。FDAは、本事象を、ドナー便に基因する腸管病原性大腸菌と志賀毒素産生性大腸菌による有害事象として、アラートを発している。
Safety Alert Regarding Use of Fecal Microbiota for Transplantation and Risk of Serious Adverse Events Likely Due to Transmission of Pathogenic Organisms | FDA

こういった事態から、米国食品医薬品局(FDA)は、FMTドナーのスクリーニングにおいて、特に多剤耐性菌(MDROs)の定着リスクに関する質問票と、拡張スペクトラムβ-ラクタマーゼ(ESBL)産生腸内細菌、バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)、カルバペネム耐性腸内細菌(CRE)およびメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)を含むMDROsの便検査を最低限含めるよう推奨している。
Information Pertaining to Additional Safety Protections Regarding Use of Fecal Microbiota for Transplantation – Screening and Testing of Stool Donors for Multi-drug Resistant Organisms | FDA

さらに2022年、FDAはいわゆる第三者組織としての便バンクからの便の共有を許容しない考えを示し、世界最大の便バンクであったOpenbiomeでも、ドナーの募集を停止している。(便の提供はミネソタ大学と連携して継続)
Enforcement Policy Regarding Investigational New Drug Requirements for Use of Fecal Microbiota for Transplantation to Treat Clostridium difficile Infection Not Responsive to Standard Therapies | FDA

新型コロナウイルスのパンデミック下でのFMT

新型コロナウイルス(COVID-19) は、便中からウイルスが検出されたことから、感染の原因になりうることがパンデミックの早い段階で指摘されていた。FDA は2020 年3 月に安全性アラートを発し、2019 年12 月1 日以降に取得した便を用いたFMT 便懸濁液の提供に際し、COVID-19 の感染防止対策(ドナーの感染検査とレシピエントの追加合意取得)を要請した。
Safety Alert Regarding Use of Fecal Microbiota for Transplantation and Additional Safety Protections Pertaining to SARS-CoV-2 and COVID-19 | FDA

その後、新型コロナウイルスをスクリーニングするためのプロトコルも公開されている。
SARS-COV-2 assay for screening stool donors for FMT protocols. | FDA

2020年9月にはイタリアの研究者らがパンデミック下でも安全にFMTを実施できることを示した論文(3)を発表している。台湾の便バンクでも、新型コロナウイルスパンデミック下でのドナースクリーニングの状況を報告(4)している。
今後も、重大な感染症流行があった場合には、同様の対応が採られると思われる。

検査はどこまで厳しくするべきか?

治療が普及するうえで、安全性の問題はとても重要だ。

感染症の可能性が少しでもあるなら、便の提供があるたびにドナーに対して可能性のある感染症関連の検査はすべて行うのが理想的かもしれない。

けれど、それではコストがあまりにもかかりすぎる。

献血を希望してできる人の割合よりも、FMTドナーの合格率がずっと低い。(2.5%〜32%と開きがあるが)
献血はできる頻度が少なく、1回の提供で救える人の数も少ない。
それを考慮にいれても、FMTドナーの検査は高くつきすぎているのだ(5)。

一方で、現在ではどのガイドラインにも定められていない「すべての便サンプルの検査」を実施した研究報告(6)もある。
この報告では、ドナー適格者から集めた便サンプルをすべて検査したところ、36%の便は廃棄処分となった。
その理由は主に、病原性大腸菌や寄生虫といった腸管病原菌が存在する可能性があるというものだった。

この徹底的な検査をくぐり抜けたドナー便からつくる移植用懸濁液は、「飲んでもいいくらい安全な」ものかもしれない。
免疫不全状態の患者にとっては、これくらい検査してほしいのが本音だろう。

しかし、100%の安全を取ることには、裏のコストもかかることを忘れてはいけない。
この有効な治療法を、誰もが安全に(許容できる程度の安全性で)受けられるようにするために、より詳細なドナー選定の指針が作られていくだろう。

ちなみに、日本国内の便バンクであるJapanbiomeの検査項目は、こちらのページに公開されている。
2023年の上半期にすべての便サンプルの検査を実施しようと試みたのだけれど、あまりにコストがかかり、断念した。

現在は、欧米のガイドラインよりは厳しい基準だけれど、すべての便を検査しているわけではないというところに落ち着いている。

※FMTに関する記事へのリンクをまとめた記事はこちら

1. Cammarota G, Ianiro G, Kelly CR, et al. International consensus conference on stool banking for faecal microbiota transplantation in clinical practice. Gut. 2019;68(12):2111-2121. doi:10.1136/gutjnl-2019-319548
2. Keller JJ, Ooijevaar RE, Hvas CL, et al. A standardised model for stool banking for faecal microbiota transplantation: a consensus report from a multidisciplinary UEG working group. United Eur Gastroenterol J. 2021;9(2):229-247. doi:10.1177/2050640620967898
3. Ianiro G, Bibbò S, Masucci L, et al. Maintaining standard volumes, efficacy and safety, of fecal microbiota transplantation for C. difficile infection during the COVID-19 pandemic: A prospective cohort study. Dig Liver Dis. 2020;52(12):1390-1395. doi:10.1016/j.dld.2020.09.004
4. Chang T, Lee K, Lee P, et al. Assuring safety of fecal microbiota transplantation in the COVID‐19 era: A single‐center experience. JGH Open Open Access J Gastroenterol Hepatol. 2023;7(11):765-771. doi:10.1002/jgh3.12979
5. Bénard MV, de Bruijn CMA, Fenneman AC, et al. Challenges and costs of donor screening for fecal microbiota transplantations. PLoS ONE. 2022;17(10):e0276323. doi:10.1371/journal.pone.0276323
6. Rondinella D, Quaranta G, Rozera T, et al. Donor screening for fecal microbiota transplantation with a direct stool testing-based strategy: a prospective cohort study. Microbes Infect. Published online April 26, 2024:105341. doi:10.1016/j.micinf.2024.105341


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