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人情噺「祟り長屋」

一、長屋の暮らしと事件の発端

(噺家、舞台に登場。軽く頭を下げて)

噺家(語り口)
「えぇ、舞台は江戸の町、長屋でございます。なんたって江戸の庶民がギュッと詰まった、笑いと涙の巣窟。ところが最近、この長屋でちょいと“妙な噂”が立っておりまして……。さぁ、登場するはおなじみ八っつぁんと、大家さんでございます。」


(場面:長屋の一室。八五郎が扇子を箸代わりに、飯を食っている)

大家
「八っつぁん! 八っつぁん! 大変だ、大変だ!」

八五郎
「なんだい、大家の旦那。お前さんが慌てて走ると、地震と間違われるぜ。」

大家
「バカ言え! それどころじゃねぇんだ。七つ目の部屋だよ!」

八五郎
「あァ、あそこか。天井はカタカタ、隙間風が七つも八つも吹いてる部屋だろ? どうした、とうとう屋根が飛んだか?」

大家
「違う! 最初に住んでた男が病気で死んだんだ。」

八五郎
「へぇ、そりゃ気の毒だな……で?」

大家
「次に住んだ男はな、天井板が突然落ちて頭を打って大怪我だ。逃げ出すように出て行った。」

八五郎
「……ふむ。なるほど、“命短縮部屋”か。」

大家
「笑いごとじゃねぇ! それで三人目の男が昨日、部屋を見に来たんだが……そいつがな、部屋に入ったとたん青い顔してこう言いやがった。『こ、ここは祟り部屋だ!』って、逃げ出しちまったんだよ!」

八五郎
「おォ、三人目は“見ただけで逃げた”ってわけだな? そりゃ祟りだ幽霊だって噂にもなるわなぁ。」

大家
「そんなこと言われちゃ、こっちはたまったもんじゃねぇよ! 『七つ目の部屋は幽霊が出る』なんて噂が広がっちまったら、借り手がつかねぇ!」

八五郎
「なんだい大家の旦那、客寄せにゃいいじゃねぇか。『幽霊付き、家賃半額、住んだら命がけ!』ってな。」

大家
「ふざけるな! お前、なんとかしろよ!」

八五郎
「なんとかって、俺にどうしろってんだ?」

大家
「お前が七つ目の部屋に泊まって、祟りがあるかどうか確かめてくれ!」

八五郎
「おいおいおい、冗談じゃねぇ! なんで俺が幽霊の相手しなきゃならねぇんだ!」

大家
「そしたら家賃を三ヶ月免除だ!」

八五郎
「……三ヶ月ねぇ……(扇子で頭を掻きながら)幽霊相手に命を張るには、ちょいと安い気もするが。」

大家
「じゃあ半年だ!」

八五郎
「……安い命だな! でもな、大家の旦那、幽霊だの祟りだのは気のせいだ。最初の男が病気で死んだのも、次の男が天井板で怪我したのも、ただの偶然――って、誰かがそう証明しなきゃいけねぇんだな?」

大家
「そうだよ! それをお前がやるんだ!」

八五郎
「いいだろう! 俺がその祟りってぇのを、しっかり見極めてやらぁ!」

大家
「そう言ってくれると思った!」

八五郎
「でもな、大家の旦那。一つだけ頼んどくぞ?」

大家
「なんだ?」

八五郎
「俺が幽霊にやられたら、家賃免除の半年分、ちゃんとあの世まで届けてくれや。」

大家
「バカ言ってねぇで、とっとと行け!」

(八五郎、しぶしぶ立ち上がり、道具を持って部屋に向かう)


噺家(戻って語り口)
「てなわけで、八っつぁんが七つ目の部屋に乗り込むことになりました。幽霊が出るか、出ねぇか、真相は一体なんなのか――。人間の欲と騒ぎが織りなす長屋騒動、ここからが見どころでございます!」

二、事件の謎と探偵役・八五郎

(噺家、客席を見回して語り始める)

噺家(語り口)
「さてさて、七つ目の部屋の祟り騒ぎ。最初の住人が死んじまったってぇ噂から、次の住人は天井板が落ちて逃げ出した。三人目は部屋を見ただけで腰を抜かして出て行っちまった。そこで登場するのが、我らが八っつぁん。果たして真相やいかに……探偵八五郎の推理が始まります。」


(場面:夜の七つ目の部屋。八五郎、布団の上で震えている)

八五郎
「ふぅー、しっかし静かだな……静かすぎて逆に怖ぇわ! ……幽霊さんよ、出るなら出てこいってんだ! 出なきゃ出ねぇで寝るぞ!」

(障子がカタカタ揺れる音)

八五郎
「ひぃっ! ……お、落ち着け! 風だ、風! いいか八五郎、幽霊なんかいるわけねぇんだ。天井だって、押し入れだって、ただのボロ部屋だ……。」

(天井を見上げると、少し浮いている板に気づく)

八五郎
「ん? ……なんだ、天井板が浮いてるじゃねぇか。おいおい、まさか天井に誰か隠れてるんじゃねぇだろうな……? (板を叩いてみる)おっ! 軽いぞ、これ。」

(少し板がズレる音)

八五郎
「ひゃぁっ! ……お、落ち着け! 落ち着け! ……けどな、こりゃただの老朽化じゃねぇな。誰かが天井や押し入れに細工して、住んだヤツを脅かしてやがるんじゃねぇのか?」


(場面:翌朝、長屋の井戸端。八五郎が聞き込みをしている)

八五郎
「おい、おかみさんよ。ちょいと聞かせてくれ。この七つ目の部屋、最初に住んでた男ってどんなヤツだったんだい?」

おかみさん
「あァ、あれは気味の悪い男だったねぇ。病気で寝込んで、そのまま死んじまったんだよ。」

八五郎
「ほぉ、病気でねぇ……で、その男、何か言い残したりしなかったのか?」

おかみさん
「それが、最期にねぇ……寝言みたいに『七つ目の部屋に……七つ目の……』なんて呟いてたってさ。」

八五郎
「七つ目の部屋に? そりゃ何かありそうだな! ……で、何だって噂されてんだ?」

おかみさん
「知らないよ。でも噂じゃ、その男、金を隠してたんじゃねぇかって話だよ。」

八五郎
「金だってぇ!?」

おかみさん
「あァ。死ぬ前に借金取りから逃げて、どこかに金をしまい込んでたって噂さ。それが“七つ目の部屋”じゃねぇかってねぇ……。」


(場面:八五郎、長屋の路地で考え込んでいる)

八五郎
「なるほどねぇ……金か。最初の男が金を隠して死んじまった――その噂が広がって、誰かがそれを探してやがる。だから天井や押し入れを細工して、住んだヤツを脅かして追い出そうってぇ魂胆だな!」

(そこへ大家がやってくる)

大家
「おぅ、八っつぁん! 七つ目の部屋の様子はどうだ?」

八五郎
「おォ、大家の旦那。幽霊なんざ出やしねぇよ。ただな、俺ァ見つけちまったんだ――祟りの正体をよ。」

大家
「なんだって!?」

八五郎
「旦那、あの部屋はただのボロ部屋じゃねぇ! 誰かが金を探して天井や押し入れをひっくり返してやがるんだ!」

大家
「なんだと!? ……で、そいつは誰なんだ?」

八五郎
「そりゃ今晩、もう一度泊まってみりゃわかるだろうよ! その探し人が、また天井に細工しに来るかもしれねぇからな!」

大家
「お前、大丈夫か?」

八五郎
「幽霊より怖ぇのは――人間だってことよ! もし俺が戻って来なかったら……大家の旦那、あの世まで家賃取り立てに来てくれや!」

(八五郎、勇ましく部屋に向かうが、足が震えている)


噺家(語り口)
「さてさて、七つ目の部屋の“祟り”の正体が、いよいよ見えてまいりました。幽霊なんざ出やしねぇ、人間の欲が生んだ騒ぎでございます。果たして八っつぁん、今度は真犯人を捕まえられるのか――次がクライマックスでございます!」

三、真犯人と事件の真相

(噺家、観客に向かって語る)

噺家(語り口)
「さてさて、七つ目の部屋に幽霊だの祟りだのと騒いでおりましたが、どうやら真相は人間の欲にある――と八っつぁんが気づいたところ。今夜はその大詰め、真犯人が姿を現す一夜でございます。さ、どうなりますやら……。」


(場面:夜の七つ目の部屋。八五郎が布団に座り、落ち着かない様子で辺りを見回している)

八五郎
「しっかし、やっぱり夜中のこの部屋はおっかねぇな……。幽霊でも、祟りでも、来るなら来やがれってんだ! ……いや、できれば来ないでほしいけどな……。」

(障子の外で小さな物音がする)

八五郎(怯えながら)
「ひっ! ……な、なんだ? ……風か? ……いや待て、こりゃ人間の足音だな。」

(障子が静かに開く音。黒い着物の男がそろりと部屋に忍び込んでくる)

八五郎(扇子を構えて)
「おい! 何者だ、お前! こんな夜中に何してやがる!」

男(低い声で)
「てめぇこそ誰だ。何でこの部屋にいる……?」

八五郎(強がりながら)
「俺か? 俺はこの部屋の新しい住人だ! それよりお前だ、お前! 夜中に泥棒みてぇに忍び込んで、何を探してやがる!」

男(動揺しつつ)
「……知るか! ……関係ねぇだろ!」

八五郎(じっと男を見つめて)
「……おい、お前さん、なんだか慣れた手つきでそこらを探してるな。さては、この部屋に何か隠されてるって知ってやがるな?」

男(ギクリとして)
「……そんなこと、知るか!」

八五郎(ニヤリと笑いながら)
「そうかそうか。知るか知らねぇか知らねぇが――まぁ聞いてみろよ、ちょっとした噂だ。この部屋で病気で死んじまった最初の男が、死ぬ間際にこう言ったそうだ――『七つ目の部屋に……』ってな。」

男(反応して)
「なっ……!」

八五郎(得意げに)
「おっ、やっぱり引っかかりやがったな! それでお前さん、ここに金があるって噂を聞きつけて忍び込んで探してやがるんだろ? ……兄貴か、親分か知らねぇが、死んじまった男の置き土産を探しに来たんじゃねぇのか?」

男(ついに観念して)
「……ちくしょう、バレちまったか。」


(障子がガタガタと開き、長屋の住人たちが大勢集まってくる。噺家がガヤガヤと声を演じ分ける)

住人たち
「なんだなんだ!」「泥棒か?」「幽霊じゃねぇぞ!」

(大家が慌てて走り込んでくる)

大家
「おい、八っつぁん! なんの騒ぎだ!」

八五郎(男の襟首を掴んで)
「大家の旦那! こいつだ、七つ目の部屋の祟り騒ぎの正体は! こいつが金を探して夜中に忍び込んでやがったんだ!」

大家
「なんだってぇ!?」

八五郎(得意げに)
「最初にこの部屋で死んだ男が、寝言で言った『七つ目の部屋に……』って言葉。こいつはそれを聞いて、金が隠してあると思い込んだんだ。」

大家
「おい、お前! それは本当か!」

男(しょんぼりと頭を下げて)
「……すまねぇ。兄貴が死ぬ前に言いやがったんだ。『七つ目の部屋に、俺の宝が……』って。それで、どうしても探したくて……。」

住人たち(ため息をつきながら)
「なんてこった、幽霊じゃなくて人間か。」「こりゃ騒ぎになるわけだ。」

八五郎(真面目な顔で)
「お前さん、兄貴の形見が欲しかったのは分かるがな、他人様を怖がらせていい理由にはならねぇよ!」


(大家がため息をつきながら)

大家
「まったく、人騒がせな野郎だ! おい、役人を呼んでくるぜ!」

(住人たちが引き上げ、大家と八五郎だけが残る)

大家
「八っつぁん、お前、よくやったなぁ!」

八五郎(得意げに)
「あァ、幽霊も祟りもありゃしねぇ。結局一番怖ぇのは――人間の欲だってことよ。」

大家(しみじみと)
「で、その金は結局どこに隠してあったんだ?」

八五郎(しれっと)
「さァ、そんなもん俺が知るわけねぇだろ。ただ――」

(八五郎、大家の顔を見ながらニヤリと笑って)

八五郎
「隠し金より怖ぇのは――大家の家賃取り立てだな!」

(大家、怒って扇子で八五郎を叩く)

大家
「バカ言え! いいから働け、バカ八!」

八五郎(頭をさすりながら)
「へいへい、幽霊より怖ぇ大家さんには勝てやしねぇ……。」


噺家(戻って語り口)
「てなわけで、七つ目の部屋の幽霊騒ぎは、ただの人間の欲――隠された金が生んだ大騒ぎでございました。金も幽霊もありゃしねぇ――でも、最後に笑うのは大家さんの家賃取り立て。これにて、お後がよろしいようで!」

(深々と頭を下げ、舞台を去る)


(舞台に噺家が戻ってくる。笑顔で客席を見渡しながら)

噺家(語り口)
「いやいや、どうもお後がよろしいようで……なんて言いながら戻ってきちまいました。『七つ目の部屋』の祟り騒動、あれで終わりかと思いきや、実はまだちょいと続きがございましてね。今日は特別に“金の真相”をお話しして、すっぱりとサゲをつけておきやしょう!」


(場面:後日談。長屋の一室。八五郎が大家と向き合っている)

大家
「八っつぁん、あれからどうだ? 七つ目の部屋の騒ぎも収まって、みんなホッとしてるぜ。」

八五郎
「そりゃそうだろ。祟りが解けたんだからな! ……けど、なんだよ、大家の旦那。あの部屋に金があるってぇのは、結局デマだったのかね?」

大家
「さぁな……。あんだけ探しても出てこねぇんだから、そんなもん、最初っからなかったんだろ。」

八五郎
「いやいや、俺ァどうも納得いかねぇな。そもそも、兄貴の金だって話だろ? 兄弟が命がけで探すくらいなんだから、絶対どっかに隠してあったはずだ……。」

(八五郎、ふと天井を見上げる)

八五郎
「あっ、待てよ……もしかして!」

大家
「なんだ、どうした!」

八五郎
「ほら、あの天井板が落ちたって話があったろ? ありゃ偶然じゃなくて、天井に金を隠してあったんじゃねぇか?」

(大家、ハッとして)

大家
「な、なるほど! そうか、天井に……! そりゃあ見落としてたぜ!」

(八五郎、すっと立ち上がり、天井を見上げるふりをする)

八五郎
「……でもな、旦那。金のありかはもうひとつ別のところにあったんだよ。」

大家
「別のところ? どこだ!?」

八五郎
「――ここだ!」

(自分の懐をポンと叩く)

大家
「お前、持ってたのかぁーっ!」

八五郎
「はっはっは! いやいや、冗談だよ冗談! ……だけどな、旦那、金はどこにもなかったって話にしといたほうが、長屋のみんなにとっちゃ一番の平和ってもんだ。」

大家
「……なるほどな。」

八五郎
「祟りの正体は“欲”だったが、それも人間の性(さが)ってやつよ。ま、こういうことを言うんだ――“隠し金より隠し事のほうが重てぇ”ってな。」

(大家、ため息をついて)

大家
「お前、たまにはいいこと言うじゃねぇか!」

(八五郎、ニヤリと笑いながら)

八五郎
「だろ? だからな、旦那――隠し金なんざ最初からなかったんだよ。そもそも、あの長屋で金が隠せるほど、天井に余裕はねぇんだから!」

(大家、思わず扇子で叩く)

大家
「お前の頭も、余裕がねぇんだよ!」

八五郎
「痛ぇな! まぁ、金も祟りもなかったってことで、これにてお後が――」

(ニッコリ笑って)

八五郎
“よろしいようで”!


(噺家、笑顔で深々と一礼)

噺家(締めの語り口)
「てなわけで、七つ目の部屋に隠された金は幻――人間の欲と騒ぎが生み出した“お噂”でございました。隠し金よりも隠し事が怖ぇってぇのは、今も昔も変わりゃしねぇってぇ話でございますな。さて、お後がよろしいようで!」

(軽く頭を下げ、退場)

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