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ノックス、ヴァンダインの破戒2

ノックスの十戒

  1. 物語に登場する犯人は、最初から読者に紹介されていなければならない。ただし、その人物の心情や動機が明確すぎて読者が容易に見抜けるようではいけない。

  2. 探偵が事件を解く手段として、超自然的な能力を利用してはならない。

  3. 犯行現場には、二つ以上の隠し通路や抜け穴があってはならない。

  4. 未知の毒物や、複雑な科学的装置を使った犯行は避けるべきである。

  5. 主要な登場人物として外国人を設定してはいけない。

  6. 偶然や直感によって探偵が事件を解決することは許されない。

  7. 探偵自身が犯人である場合、そのことを隠すための変装などを用いない限り禁じられる。

  8. 探偵は、読者に提示されていない手がかりを使って事件を解明してはならない。

  9. 探偵の助手は、自身の考えや判断を読者に開示する必要がある。その知能は、一般の読者より少し低い程度であるべきだ。

  10. 双子や一人二役といったトリックを使用する場合、それが事前に読者に明示されていなければならない。


ヴァンダインの二十則

  1. 事件の謎を解くための手がかりは、全て作中で明確に提示される必要がある。

  2. 作者がトリック以外の形で読者を誤解させるような描写をしてはいけない。

  3. 無意味な恋愛要素を加え、物語の知的な展開を妨げることを避けるべきだ。ミステリーの目的は犯人を裁きに導くことであり、恋愛の成就ではない。

  4. 探偵や捜査員が突如として犯人になるような展開は不適切である。

  5. 犯人の特定は、論理的な推理によって行わなければならない。偶然や予期せぬ告白による解決は避けるべきだ。

  6. 探偵小説には探偵役が必要であり、その人物の捜査と推理によって事件が解決されなければならない。

  7. 長編の探偵小説では、死体が不可欠である。軽犯罪では読者の関心を保つことが難しい。

  8. 占いや心霊術など、非科学的な方法で事件の真相を示すことは禁止される。

  9. 探偵役は一人が望ましい。複数の探偵が協力して事件を解決するのは読者に不公平感を与える。

  10. 犯人は物語で重要な役割を果たす人物であるべきで、突然登場したキャラクターが犯人であってはならない。

  11. 犯人を端役の使用人などにするのは安易な手法とされる。その程度の人物の犯行なら物語にする価値はない。

  12. たとえ複数の殺人事件があったとしても、真の犯人は一人であるべきだ。共犯者が存在する場合でも中心は一人に限られる。

  13. スパイ小説や冒険小説とは異なり、探偵小説では秘密結社や犯罪組織のメンバーを犯人にしてはいけない。

  14. 犯罪の方法やそれを解明する手段は、合理的かつ科学的でなければならない。架空の科学や未知の毒物の使用は避けるべきだ。

  15. 事件解明の手がかりは、探偵が犯人を明かす前に全て読者に示されるべきである。

  16. 無駄な情景描写や不必要な文学的装飾を省くこと。

  17. プロの犯罪者を犯人に設定するのは避けるべきだ。魅力的な犯罪は、アマチュアによるものである。

  18. 事件の結末を事故死や自殺で片付けてはならない。

  19. 犯罪の動機は個人的なものが好ましい。国際的な陰謀や政治的動機はスパイ小説に属する。

  20. 散々使い古された手法は作家が避けるべきである。

第一章 「闇を呼ぶ社交会合」

木製の扉を押し開けた瞬間、ささやき声のような低い旋律が耳に飛び込んできた。明かりが不足しているわけではないのに、不思議な陰影が廊下を満たしている。壁に並ぶ絢爛たる絵画の視線が、今しがた足を踏み入れた客人を冷ややかに見下ろしているようにも思えた。奥のサロンから楽しげな話し声が絶えないのは、どうやら夜会が盛大に催されている証拠だろう。

その中心に陣取っていたのが、艶やかな黒髪を持つ女――アマンダ・シュライアーである。彼女はソファに腰かけ、膝の上で呪術的な道具をやわらかく操っていた。まるで舞台上のスターが幕開きを告げるかのように、声を張り上げることもなく、それらの道具を優雅に指先で弾きながら、テーブルの上に並べていく。

「ここは“神秘の月桂冠”と呼ばれる場所。退屈な晩餐会には飽きた私たちには、おあつらえ向きの劇場ではありませんこと?」

そう言って、アマンダは笑みを浮かべたが、その眼差しにはどこか妖しげな光が宿っていた。周囲には地位や富に恵まれた紳士淑女が集い、舞踏会というにはあまりにも奇妙な雰囲気を満喫しているらしい。何より、この建物がただの社交クラブではないという空気が、しとどに漂っていた。

と、そのとき背後から声がかかった。 「貴女が例の“霊能力探偵”とやらか。私の名はジャン=クロード。フランス人の投資家だ。噂は聞いているよ」 ジャン=クロードは妙に警戒した調子であたりを見回し、すぐさま低い声に変える。 「ここには何やら闇の組織が潜んでいると耳にしたが、まさか本当とはな」

すると、赤いチーフを胸元に挿したエドアルド・フェレイラが近づいてきた。彼は洗練された身のこなしで軽く一礼をし、アマンダへ向かって微笑を浮かべる。 「噂話は退屈を紛らわすにはちょうどいい。だがここでは何が現実で何が幻想なのか、わたしにも判断がつかないよ。いかがかな、スペイン系の大富豪がそう申しても奇妙ではないか?」

そう言われたアマンダは、手元のカードを指先ではじくと、まるですべてを見透かしたかのように微笑んだ。周囲の人々は、その不可思議な動作に息を呑む。確かにここは華やかな宴の場であるはずだが、どこか穏やかならぬ空気が渦巻いている。まだ事件の気配はない。それでも、この閉ざされた空間に漂う重苦しさだけは否定できない――まるでじわりと地の底から手が伸びてくるような、得体の知れぬ不安。

アマンダはちょうど座卓に並べ終えた一枚のカードに触れたまま、言葉をつぐ。表情の奥に隠れているものが何であるのか、それは誰の目にも計り知れない。

第二章 「最初の犠牲者」

広間に飾られた真紅のカーテンの奥で、シャンデリアがかすかに揺れていた。途切れることなく流れる音楽の調べが高まろうとしたそのとき、ジャン=クロードの身体が唐突に強い痙攣に襲われた。彼は胸を押さえ、まるで空気を掴もうとするかのように両手を伸ばしたが、次の瞬間には絨毯の上に崩れ落ちる。それを目撃した淑女たちは一斉に悲鳴を上げ、紳士たちもただ茫然と立ち尽くすばかりだった。

アマンダ・シュライアーは騒動の中心へゆっくりと歩み寄る。あらかじめ周囲に並べていたタロットカードをひょいと一瞥すると、小さく息をついて言い放った。 「こんな形で現れるとはね……これは呪術的な力で殺害されたに違いないわ」

アマンダの宣言は、周囲の動揺をさらにかき立てる。医者や警察を呼ぶべきだという声もあがったが、彼女はそれを手で制し、まるで祈りでも捧げるかのように瞼を閉じて何事かを口の中でつぶやいた。そこへすばやく寄り添ったのは、その助手だというポラリスと名乗る青年だった。彼は小型の端末を片手に、どこか面白がっているような目つきでジャン=クロードの脈を確かめる。

「脈拍が不安定ですね……どうやら謎の毒物を盛られたと考えるのが妥当でしょう」 ポラリスがそう呟いた途端、ジャン=クロードの顔色は一瞬で土気色に変わり、やがて完全に息を引き取ったかに見えた。

その場が静寂に包まれると、アマンダは唇をかすかに噛んでうつむく。そしてふと顔を上げると、意外な言葉を口にした。 「……こんな別れになるなんて。実は私たちは恋仲だったの。わたし、彼を助けられなかったのね」

突然の告白に、周囲は一層のざわめきを見せる。恋愛の話など聞いたこともなかった者たちは顔を見合わせ、しかしアマンダは悲しみの色を帯びた瞳でジャン=クロードの亡骸を見つめるばかりだ。ほんの先ほどまで微笑を交わしていた相手が目の前で倒れ、そのまま動かなくなる光景は、どこか夢のような悪夢のような感覚を人々に抱かせているらしい。

「ただの心臓発作じゃないのか? あるいは酒に酔って倒れただけでは?」 誰かがそうつぶやいたが、アマンダは静かに首を横に振る。 「いいえ。この苦悶の様子、そしてこの空気の重さ……間違いないわ。霊的な力をもってしても、これは人為的なものとしか思えないの」

それ以上の説明はなされなかったが、それでも人々はひどく不安げな面持ちでアマンダを見つめていた。もとより彼女の一挙一動があまりにも神秘めいていたこともあり、いつの間にか彼女が主導する形での“捜査”が始まっていた。

「何としても犯人を突き止めなくてはね」と言うアマンダの声には、自信とほんの一滴の焦燥が混ざっていた。それは誰が聞いても探偵が持つべき冷静さからは少々離れた響きである。助手のポラリスもまた、部屋の中央に転がるジャン=クロードの遺体を覗き込みながら、どこか好奇心をそそられているようにも見えた。

いずれにしても、ここはまだ警察が介入しておらず、医者すら到着していない状況である。だがアマンダの表情には、むしろ時間をかけて事を進めたいという思惑でもあるのか、切迫感というよりは奇妙な落ち着きが浮かんでいるように思えた。ひとり息絶えたジャン=クロードの存在感が、さきほどまでの陽気な夜会とはあまりにもかけ離れているだけに、周囲は言葉を失いがちだ。

そのとき、ポラリスはどこからか取り出した小さな鏡を遺体の口元にかざし、ほとんど反応がないことを確認すると、静かにアマンダの耳元へ何か囁いた。するとアマンダは軽くうなずき、床に描かれていた微かな染みを確かめる。

「ふむ……これはまるで指先で文字を描いたようにも見えるわ。わたしの霊感が告げるところによれば、彼の最後のメッセージなのかもしれない」

しかしその“文字”が何を意味するのか、そしてジャン=クロードが本当に何かを伝えようとしたのか――すべてが闇の中である。にもかかわらず、アマンダとポラリスは得意げに視線を交わし、あたかも真相に近づいたかのように見せていた。どんな根拠があるのか誰も知らないまま、ただ重苦しい空気だけが広間に広がっていく。

こうして昼の光とは無縁の不協和音が、華美を装ったサロンを支配し始めていた。見慣れた装飾に囲まれていながらも、人々の瞳にはじりじりとした疑念が宿り始める。
それでもアマンダは、まるでこの状況を待ち望んでいたかのように、静かに微笑んでいた。

第三章 「混迷する捜査」

大理石の床を踏みしめると、靴音がどこか遠くまで響いていくかのような錯覚に陥る。人々の足取りは沈みがちで、かつては歓談と笑みが絶えなかった場所も、今や不穏な沈黙に支配されつつあった。部屋の片隅では、アマンダ・シュライアーが何やら目つきだけを鋭くさせ、テーブルの上に呪術の道具を並べ始めている。

「これを見なさい。まごうことなき邪神の祟りよ」 そう言い放つ彼女の手には、いくつもの光沢を帯びた小瓶や不思議な模様の紙片が握られていた。第三者から見れば、まるで悪趣味な骨董収集家の小道具のようにしか映らないかもしれないが、アマンダの表情だけは本気そのものだ。周囲にはエドアルド・フェレイラやほかの大富豪たちが控えめな様子で立ち尽くしていたが、彼らの視線には疑念と恐怖がないまぜになっている。

しかし、警察など公的な権力の介入はまだ遠い先のようだった。アマンダは自ら行動することを厭わないらしく、まるで当たり前の手順かのように、「部屋から部屋へと移動しながら捜索しよう」と宣言する。しかも、肩にかかる黒髪をさりげなくかき上げつつ、 「ここには隠された真実があるはず。私の霊感がそう告げているわ」 と呟くのだ。論理を求めるべき場面でも、どうやら霊的な直感が最優先らしい。

一方、助手のポラリスは多少離れた廊下で携帯端末らしき機器に没頭しているようだった。彼の指先が極めて素早く画面を操作しているその姿は、むしろ実験室の研究員を連想させる。ほどなく彼はアマンダの元へ戻ってきて、小声でこう言った。 「解析完了です。どうやら建物の隠し区画からAIによる謎の計算が検出されています」 それが何を意味するのか、そこにどんな整合性があるのか、誰も聞き返すことができないまま、ポラリスは「確かな証拠です」と言葉を続ける。

周囲の者たちは理解が追いついていないのに、あたかも結論が導き出されたかのように主張されるのだから、混乱も極まってくる。果たしてどういう手段でそんな情報を得たのか、ポラリスはまったく説明しようとはしない。アマンダもそれを咎めるどころか、「ええ、その通りだわ」と頷くだけだ。

「では、次は地下室を見に行きましょう」 とアマンダが半ば強引に皆を促すと、エドアルドは少し顔をしかめながら、それでも逆らうことなく従う。廊下を進む一行の足音は、妙に耳障りなくらいに増幅して聞こえ、そのたびに誰もがジャン=クロードの亡骸を連想して気が滅入るようだった。

やがて一行が辿り着いた暗い階段の前で、ポラリスは再び端末に視線を落とすと、軽く息をつく。 「見つけました。ちょうどここに正体不明の手がかりが記録されています。先ほど僕が解析していた装置のデータと一致しそうです」 もちろん、どんな装置で何を解析していたのか、そして“手がかり”が具体的に何を指すのか――そんな疑問に対する解説は一切ない。ただ、アマンダはその情報を鵜呑みにし、「それがあればすべて解決するわ」と強調するばかりだ。

地下室に向かう途中、何人かの大富豪たちはどうにかアマンダに意見をぶつけようとするが、彼女は「黙っていて。直感は乱されると意味がないの」と言い張る。それを聞いてますます皆の胸中に疑いが募るが、それでも彼女の不思議な威圧感に押されてしまうのか、ひとまずは黙るしかなかったようだ。

かつては社交の場として洗練された雰囲気を保っていた館が、まるで幻想か悪夢の舞台へと変貌していく。正確な根拠の見えない「証拠」と、根拠どころか道理すら通さない「霊感」が、いつの間にか圧倒的な力をもって物事を支配し始めていた。静寂が深まるにつれ、あとに残るのは疑問符の連鎖でしかない。

無論、そこに推理や論理らしきものは何ひとつ見当たらない。それでもアマンダは妖しい自信を湛え、ポラリスは不可解な端末を手放さず、外界との常識的な接点を一切遮断しているかのようだ。

まもなく、埃の溜まった階段を一歩また一歩と下っていく。耳を澄ませば、床下を這う小動物のかすかな気配がどこかで聞こえた気がする。人々がどんな思いでこの暗い空間に足を踏み入れているのか、正確には誰にも分からない。しかし確かなのは、この館に漂う不可解な気配が、何か得体の知れぬものを呼び寄せているのではないかということだ。

そしてそれを誘導しているのが、果たしてアマンダの自称“捜査”なのか、あるいは彼女自身すら意図せぬ力の働きなのか――。だが今のところ、そうした問いを言葉にする者はいなかった。アマンダの挙動が何よりも先に、すべてを混迷の渦へと巻き込んでいるのだから。

第四章 「多重の隠し通路」

執事らしき男が立ち去った後、地下室は一層の静寂に包まれた。灯りを求めて壁を探ると、古いランプらしきものが見つかったが、芯が劣化しているのか頼りない光しか放たない。それでもポラリスは素早くその明かりを手にし、奥へ進むようアマンダに合図を送った。足元を照らす細長い光の中で、埃が細かく宙を舞っているのがわかる。

「まさか、こんなにも複数の隠し通路があるなんて……」 ポラリスがまじまじと目の前の光景を見つめる。壁の一角が開いたかと思えば、さらにその向こうに扉が二つ、いや三つ……どれが本来の出入口でどれが偽装なのか、見当がつかないほど複雑な構造だ。

アマンダは軽く鼻を鳴らして言う。 「館の図面とはまるで別物ね。見て、この裏側にも秘密の仕掛けがあるわ。祭壇みたいなものが並んでいるし、いやな気配が漂っている」 その指し示す先には、怪しげな紋様が彫り込まれた石台がいくつも鎮座しており、周囲にはガラス管や金属製の筒が点々と置かれている。まるで研究施設なのか儀式場なのか判別がつかない。材質も用途も不明な実験装置のようなものが、無造作に配置されているのが気味悪いほどだ。

「どうも下手に近寄らない方が良さそうだな」 エドアルド・フェレイラがそう呟きながら、慎重に足を止める。何人かの大富豪も気味を悪くしたのか、できるだけ距離を取っている。だがアマンダは表情を曇らせるどころか、むしろ不敵な笑みを浮かべて、その祭壇へ一歩また一歩と近づいていく。

「ここは邪神の生贄の場に違いないわ。見て、床に描かれたあの紋様……」 彼女の声はどこか昂揚感を帯びており、まるで自らの推測に酔いしれているかのようでもある。その言葉を聞いた誰もが、そう簡単には受け容れられない様子であるにもかかわらず、アマンダの独特な迫力に気圧されて言葉を失う。

と、そのとき奥の扉がわずかにきしむ音がした。ポラリスがランプを高く掲げてみれば、そこには誰かの背中らしき影があった。人物の背格好は判然としないが、妙に沈んだ声で何かを呪文のように唱えている。見る間に、その姿は小さな横穴へ滑り込むように消え去ってしまった。

「待て、そこの使用人か?」 エドアルドが制止の声を上げようとするよりも早く、アマンダが走り出す。だが乱雑に枝分かれした複数の隠し通路が行く手を阻み、すでに人影はどこか奥の空間へと逃げ込んだ後だった。誰も追跡ができず、場は手詰まりのような気配に包まれる。

仕方なく、アマンダはその場を見渡しながら呆れたように舌打ちする。 「本当に厄介ね。こんなに入り組んでいるなんて……。わたしの感覚が言うには、あの人物こそが鍵を握っているわ」

しかしなぜそう判断できるのか、論理的な筋道はどこにも見られない。ただ、どうやらアマンダは自らの“直感”なり“霊感”なりに従って行動しているらしく、ポラリスもわざわざ問い質そうとはしない。周囲の大富豪たちも、すでにまともな意見を挟む気力を失っているのか、唖然とした顔のまま無言で佇むばかりだ。

石床の隙間から吹き抜けてくる冷気が、肌を僅かに刺す。位置関係や目的など意に介さぬような設計の重複した出入口を眺めていると、まるで建物そのものが悪意を持って人間を翻弄しているかのようにも感じられる。そもそも何のために、こんな複雑怪奇な構造を生み出したのか、その意図を想像するだけで人々の心は重く沈んでいく。

やがて、ポラリスは背後にある扉を確認しながら、しっかりとランプを握り直した。 「もう少し明かりのある場所へ戻りましょうか。すべてを探り尽くすには、手段と時間が必要です」 その提案をアマンダは渋々と受け入れた。あちこちに通路が分かれている以上、迂闊に奥へ進めば帰るに帰れなくなる危険もある。ひとまずは冷静に足場を確かめ、次の動きを考えるしかなさそうだった。

だがそれでも、アマンダの瞳には高揚感が消えていないように映る。理屈抜きで強引に決めつけた生贄の場、そして明らかに異様な構造を持つこの地下空間――そのすべてが、彼女にとっては何かしらの“確信”へと繋がっているかのようだ。ほかの者たちが感じる嫌悪や恐怖は、どうやらアマンダの胸にはさほど響いていない。

「面白くなってきたわ。手掛かりならいくらでも転がっていそう」 そう呟いて振り返った彼女の横顔を、エドアルドや大富豪たちはどんな思いで見つめているのか。先ほど逃げ去った人影が何者なのかも定かではないまま、薄暗い地下室に残された不穏な空気が、今なお人々の神経を逆なでするように漂い続けていた。

第五章 「第二、第三の殺人」

空が白み始める頃、廊下を駆け抜ける足音が忽然と広間へ押し寄せた。先頭に立つ館のスタッフが声を荒げながら、何事かを叫んでいる。言葉は混乱のせいか判然としないが、その表情を見れば、ただごとではないと誰もが悟らざるを得なかった。

「エドアルド様が――倒れていらっしゃるんです!」

そんな一報に、まだ薄暗い光の下で仮眠をとっていた大富豪たちは一斉に飛び起きた。つい先ほどまで「地下の探索は危険だ」と口々にこぼしていた者たちも、眠気を払うように袖口を直し、震える声を押し殺しながらエドアルドの部屋へと急いだ。

ドアを開けた瞬間、一同の目に飛び込んできたのは血の気を失ったエドアルドの横顔。そして彼の周囲に散らばる闇の紋章のような跡。加えて、テーブルの上には何故か謎のタロットカードが伏せられていた。まるで昨夜の不穏な出来事が、さらに悪夢へと変貌したかのような光景だ。

「これはまさに、あの呪いが続いている証だわ」 いつの間にかエドアルドのそばまで歩み寄ったアマンダ・シュライアーが、声を低く落として言い放つ。周囲にはまだ彼女を疑問視する者もいたが、状況が状況だけに、言い返す余裕すらないらしい。誰もが唖然とする中、彼女は仰向けになったエドアルドの胸に手を当てて、まるで儀式のような仕草をした。

「彼の魂は邪神に奪い取られたに違いないわ。見て、この黒い印……完全に生気を失っている」 エドアルドの口元はわずかに開き、まるでこの世の終わりを見つめたような驚愕の表情が刻まれている。普段の落ち着きと威厳は跡形もなく消え去り、ただ冷たい沈黙だけが彼の周囲に流れていた。

その直後、別の騒ぎを知らせる声が廊下から響いた。ほかのクラブ会員の名を呼ぶ叫びが重なり、悲鳴のような音とともに人々が走り去る。エドアルドの死に目を見たばかりの面々は、それでも何が起きたか確かめるためにそちらへ向かうしかなかった。

すると、ほどなくして第二の部屋からも同様の叫びが上がり、今度は別の会員が同じように絶命していたのだ。そこにも妙な記号じみたものが床に描かれ、テーブル脇にはタロットカードと同じものが置かれていた。今度はカードに血のような跡さえ付着しており、まるで無言のメッセージを放っているようでもある。

「まったく厄介なことね。二度も同じやり口だわ」 アマンダは一瞥しただけで断言した。泣き崩れる者、怒りに震える者が入り乱れる中で、彼女の態度はどこか冷ややかにすら映る。目を潤ませながら彼女を問い詰めようとする会員もいたが、そのときアマンダが見せた威圧的なまなざしに、誰も言葉を続けることができなかった。まるで、彼女が何事かを仕切っているようにも見える。

そうこうするうちに、助手のポラリスが足早に駆け寄ってきた。いつの間にかどこかへ姿を消していた彼だが、小さな端末を握ったまま、無表情でアマンダに耳打ちしている。その会話の内容は周囲に伝わることはないが、明らかに二度の殺人に関係しているらしい。深刻な情報なのか、それとも単なる雑談なのか――外部の者には分からないままだ。

「少なくとも、この館には複数の影が潜んでいるわ。あの地下で見た通路や儀式の痕跡も考えると、複数人が共犯だとしても何ら不思議はない」 アマンダはまるで事態を面白がるかのように言い放つ。不可解な殺人が重なり、最早誰を信じてよいのかも分からない。人々の視線は自然と彼女に集まるが、理由を問いただそうとする者はほとんどいない。どこかしら彼女を恐れている、そんな雰囲気が濃厚に漂っていた。

「これから私がもっと深く調べるわ。霊的な繋がりを探れば、真実へ行き着けるはず」 そう宣言して、アマンダは堂々と廊下を横切っていく。誰かが警察を呼ぶべきだとつぶやいたが、彼女は聞こえないふりをしているかのようだった。むしろ、その場を完全に支配してしまったような印象すら与える。

「待ってください! こんな状況、いつまで放置するおつもりですか?」 震える声で問いかけた会員をアマンダはきっと見返し、その唇にわずかな笑いを浮かべる。 「むしろ事を急いじゃだめよ。こういうときこそ、私のやり方に任せるしかないの」

既に二人の命が奪われ、犠牲者は増える一方なのに、彼女には切迫感どころか奇妙な気高さが漂う。それが頼もしいのか危険なのか――周囲は判断のつかないまま、ただ部屋の中心に横たわる亡骸たちを取り囲んでいる。

いつの間にか館の外はすっかり朝日が射していたが、その光はいささかも心を安らげてはくれない。二度にわたる不可解な死と、闇の紋章が刻む不気味な爪痕が、むしろ新たな暗雲を呼び寄せるかのように見えた。惨事が連続している今、誰が犯人なのか、あるいは犯人が一人なのか複数なのか……答えはまだ霧の中だった。だが、あたりを威圧するかのように挙動するアマンダの姿だけは、冷徹な現実感を伴って瞳に焼き付いている。

第六章 「助手の不可解な行動」

かすかな照明の下、ポラリスは小部屋の奥に設置されたコンピュータルームと呼ばれる空間に身を隠すように座り込んでいた。彼の指先は制御パネルを忙しなく叩き、ディスプレイに映し出される多数の監視カメラ映像を切り替えるたび、どこか獲物を狙う猛禽類のような鋭さを帯びている。それでも彼の表情には感情の起伏がまるでなく、まるで機械そのもののような無機質さだけが漂っていた。

「……完了しました。これであらゆる情報が手に入ると思われます」 低い声でそう呟く彼の姿は、一見すれば頼もしい味方にも思えるかもしれない。しかし、そのセリフを耳にしたクラブ会員の何人かは苦い顔を見せた。彼らにとって、ポラリスが何をどう操作しているのか、さっぱり分からないからだ。ましてやそんな重要な作業を行うのであれば、本来は詳細を説明してしかるべきだろうに、彼はただ一言だけを繰り返すばかりだ。

「必要なら、さらにこの館の複数の扉を操作します。あちらの部屋から通じる配線も把握しました。装置を起動すれば、まだ見ぬ通路や仕掛けを制御できます」 そう口にしたかと思うと、ポラリスは勝手に腰を上げ、壁のスイッチを切り替えた。廊下や部屋を繋ぐ見慣れぬ扉が次々と開き、警戒する声が同時に上がる。怪しげなモーター音すらかすかに響いたが、ポラリスはそれを“当然”という態度で受け止めているらしい。

「あの……それは一体、何のために……?」 ひとりの紳士が恐る恐る尋ねるが、ポラリスはそちらに目を向けることなく、無表情のまま端末を操作し続けた。まるで彼の内心や意図は、読者にはまったく開示されないことが当然であるかのように。知能が高すぎるというよりは、他者への説明という概念そのものを放棄しているのではないか――そう思わせるほどの一方的な行動だ。

さらに厄介なのは、アマンダだけではなく他の者たちもそれぞれ思い思いに動いていることだった。誰かが地下で手掛かりを探していれば、別の人物は上階の寝室を調べようと画策し、また別の者は開かれた扉に引き寄せられるように姿を消している。まさしく捜査らしき動きが四方八方に散らばり、もはや一本筋の通った手順など存在しない。

「ポラリス、あなたは何をつかんだの?」 廊下の奥から戻ってきたアマンダが問いかけると、彼は端末から視線を逸らさぬまま短く答えた。 「複数の映像を解析しました。どこかで誰かが不可解な動きをしているようです。しかし、まだ断定はできません」 その曖昧すぎる報告に、アマンダは訝しげな顔を向けつつも深く詮索しない。むしろ彼女はポラリスの行動を歓迎しているようにさえ見える。まるで“何をしているのかは知らなくとも、結果だけを受け取ればいい”とでもいうかのような態度だった。

もっとも、周囲の会員や使用人たちにしてみれば、ポラリスのやり方は不可解極まりない。あちこちの出入口を堂々と開放して、わけの分からない不気味な装置までオンオフを繰り返しているのに、一切の説明がないのだから。何か物音がすれば、それが機械の動作音なのか別の脅威なのかすら分からない。自分たちが知らぬ間に巻き込まれ、危険が増している可能性だって捨てきれない。

「あまり勝手な真似をしないでほしい」と誰かが抗議めいた声をあげると、ポラリスはようやく少しだけ相手を見やった。だが、そのまなざしには何の共感もない。 「私が助手だからといって、簡単な説明を行う必要はないでしょう。高い知能の方が対処しやすい場面もあるものですから」 それは、まるで皮肉を含んだ言葉にも聞こえた。まるで自分の知性を誇示するかのような態度に、周囲は立ち尽くしたまま反論を試みられない。

挙句の果てには、アマンダだけでなく、ほかの人物までが“捜査”と称して各所に出払っている。もはや誰が指揮を執っているのか分からず、ただ館の内部は闇雲な探索で散漫な空気に包まれるばかりだ。その混迷の中心にいるポラリスという青年は、静かな表情でカメラ映像を切り替えながら、密やかに何かのデータを蓄積しているに違いない――そう人々が感じるほかないほど、不可解な存在感を放っていた。

こうして数多くの扉が無造作に解放され、操作不能な装置の音がどこかしらで鳴り響く。危険を警戒する声も聞こえてくるが、それを制する者は誰一人いない。やがて館内のあちこちで仄暗い足音だけが交錯するようになり、常識的な捜査とはかけ離れた光景が作り上げられていく――まるで、この混沌そのものが新たな事件を誘発するかのごとく。

ポラリスの真意は何なのか。あるいは彼が見据える先に、どのような答えが隠されているのか。それを知るのは、おそらく彼自身だけ。彼が読者の想像を超えた領域を自在に操っているのだとしても、それは既に誰にも止められない流れとなりつつあった。

第七章 「崩壊する真相」

サロンの片隅に飾られた古時計が、刻む時間の冷厳さを告げていた。妙に湿り気を帯びた空気が満ちるなか、アマンダ・シュライアーは革張りの椅子に腰かけ、虚空を見つめながら口元に薄ら笑いを浮かべている。何か企んでいるのか――そう思われても仕方ないほど、彼女の態度にはどこか妖艶なゆとりすら感じられた。

「やはり、闇の犯罪組織『アルカナ・サークル』の手先が、ここで儀式を進めているようね。彼らは邪神への崇拝と同時に、国際的な陰謀を操っていると聞くわ」 そう言い放つと、彼女の言葉に反応してか、一部の大富豪たちは顔を見合わせた。だが、いずれも理由を問う者はいない。ただし、その沈黙は決して信頼や納得を示すものではなかった。むしろ理解を超える出来事が立て続けに起きすぎて、人々は言葉を失ってしまったかのようだ。

館の廊下を見回せば、異様に緊迫した空気が漂っている。昨日までは豪華な宴が催されていたことが嘘のように、そこかしこにざわめきが渦巻き、場所によっては小競り合いすら起きていた。どうやら大富豪同士の利害が衝突しているのか、「奴の会社は裏でスパイ活動を…」などと口走る者もいる。

「それだけじゃないわ。どうも双子による入れ替わりが行われていた形跡まであるの。顔形はそっくりだけれど、別の人格が潜んでいる。そういうお芝居じみた真似をする連中が、この館には入り込んでいる可能性が高いわね」 アマンダの声は低く、しかし明確に周囲を煽るような調子だ。誰もそんな話を事前に聞いたことはない。それでも彼女は一切の前置きなしで新情報を断言する。まるで、唐突に投げ込まれた火種のように、人々の心をざわつかせるだけで終わってしまう。

「本当に双子などいるのか? そんな荒唐無稽な……」
かすれ声で異議を唱えようとする者がいたが、アマンダの鋭い眼差しがそれを封じ込めた。「疑うなら自分で確かめれば? けれどこの混乱の中で、どれだけ真実を掴めるかしらね」と、嫌味とも思える微笑を浮かべる。その姿を前にして、言葉を失った者は一人や二人ではない。

ほどなくして、肩を震わせながらエドアルドの死を嘆いていた令嬢が目を上げると、周囲を見回してこう叫んだ。 「みんな誰かを疑うばかりで……。いったい何が起きているの? 邪神崇拝にスパイ活動、そして双子の入れ替わり? もうわけが分からないわ!」 その訴えに共感して頷く者もいるが、アマンダはどこ吹く風と言わんばかりに優雅に立ち上がった。

「騒ぎに混じっている連中は大国の諜報員かもしれない。もしくは金銭目的の裏切り者が潜んでいる。……ああ、突然の裏切りなんてのもありうるでしょうね。敵と味方がひっくり返るのはよくある話よ」 まともな説明は一切なく、ただ刺激的な言葉だけが並べ立てられる。邪神とスパイ、財閥と秘密結社、双子に裏切りと、あらゆる要素が混在した結果、さしもの大富豪たちですら判断がつかないらしい。会話になっているようでいて、何一つ具体的な検証はなされないまま、場の混沌は増していくばかりだ。

「わたしは犯人の糸をたぐり寄せたいけれど、あなたたちがそれを邪魔するなら仕方ないわ。どのみち、この館そのものが呪われているみたいですものね」 アマンダが小馬鹿にしたように吐き捨てると、助手のポラリスは冷静な表情で何かの端末を確認していた。彼が集めているという情報も、詳しい内容は共有されないまま。傍らにいる紳士が「ひとまず警察を――」と提案しかけるが、またしてもアマンダの冷たい視線がその意見を封じるかのごとく圧力をかけていく。

すると、館の奥から騒ぎ声が響いた。誰かが言い争いをしているようだ。断片的に耳に届くのは、「わたしはあんたの双子なんかじゃない!」「嘘をつくな、顔も声もまるで同じじゃないか!」といった切羽詰まった叫び。どうやらアマンダが口にした双子の入れ替わりを裏付けるかのような出来事が、早速生じているらしい。

だが、そもそもそんな話題を事前に聞かされていた者はいない。なぜこのタイミングで突然「双子」という単語が飛び出し、それが実際に目の前で騒ぎとして表面化するのか――一切の脈絡が見当たらない。ましてこの館に巣食うという邪神崇拝国際陰謀が、どう結びつくのかすら誰も理解できないままだ。

「これで決まりね。アルカナ・サークルの連中は、あらゆる手段を駆使して我々を攪乱させている。ゆえに、きちんと筋道を立てる必要はないの。大騒ぎを起こせばそれだけで目的を果たせるのよ」 アマンダはまるで勝利を宣言でもするかのように高らかに言い放つ。だが、それを聞いた人々の表情は疲弊と混乱に彩られているだけで、すでに反論すら思いつかないようだ。大富豪たちは半ばあきらめ顔で、お互いを疑い合うだけになってしまっていた。

こうして、噂が噂を呼び、誰もが他者を信用できなくなる。アマンダの言葉だけが独り歩きし、真偽不明のまま不安を膨らませる。これまで積み上げられてきた要素――邪神、スパイ、秘密結社、双子トリック――がごちゃ混ぜの渦となって、館中を覆いつくしていくのだった。

何ら筋の通った推理や論理が示されないまま、ただ疑惑と恐怖だけが膨れ上がっていく。まさに崩壊する真相とはこのことで、人々の視界はすっかり歪んでしまったかのようである。
アマンダが眺める先に、どのような落とし穴が待ち受けているのか――少なくとも、この段階で確かなのは、もはや理性や常識の働く領域ではない、ということだけだ。

第八章 「探偵の正体」

火を落としたシャンデリアの下、室内には微妙な半暗闇が生まれていた。壁際に掛けられた仮面の数々が、あたかもこちらを嘲笑うようにも見える。人々はそれぞれの不安を胸に、疑惑の渦が一段と深まる中、互いに身動きが取れずにいた。しかし、その場の空気を一変させるかのように、アマンダ・シュライアーがすっと前へ進み出て、唐突に言葉を放つ。

「もう決着をつけましょう。実は私が犯人よ

あまりに突拍子もない告白に、一同は息を吞む。つい先ほどまで“霊能力探偵”として振る舞っていたはずの彼女が、自分こそがこの惨劇の首謀者だと言い出すなど、誰ひとり想像していなかったのだ。信頼を寄せてきた者たち数名は、動揺のあまり茫然とアマンダを見つめるしかできない。

「ええ、あなたたちが思っている以上に、わたしはこの一連の殺人劇を計画し、呪術的な演出やら何やらすべてお膳立てしてきたわ。もちろん、ポラリスや数名の使用人たちだって協力者よ。たとえば、いつも影のように廊下を掃除しているモブの一人、マルセル。彼なんて、さっきまで誰も目を向けなかったでしょう? あの従順そうな男こそ、わたしが裏で仕込んでいた共犯者の一人だったのよ」

普段は誰にも気づかれない存在だったマルセル――その名を口にした瞬間、人々はようやく背後に控えているさえない男の存在に視線を移す。薄汚れたエプロンを身につけ、クラブ内でも雑事専門としか認識されていなかった彼が、いかにも申し訳なさそうにうつむいていた。それだけで十分に不気味さを伴っている。

「見てのとおり、わたしひとりでは手が回らない部分が多々あったもの。だから、地味な使用人に“なりすました”仲間を潜り込ませていたのよ。実際のところ、マルセルがいなければ、毒の調整や死体の隠し方も雑になっていただろうし、呪術の演出もあそこまで奇妙にはできなかったわね」

言葉に裏付けや理由を求めたくても、アマンダはそんな問いなど耳に貸さない。館に漂う冷たい沈黙をまるで楽しむように、さらなる衝撃的な真実を口にする。

国際的スパイ活動が絡んだ情報戦だとか、邪神崇拝の秘儀が必要だとか、莫大な遺産を狙っているとか……どれもこれも話としては魅力的でしょう? でも、わたし自身もどこからどこまで本当か、正直つかみきれていないの。むしろ混乱を煽ることこそ、今回の狙いだったとも言えるわ」

エドアルドの死を嘆いていた者たちは、呆れるやら驚くやら、その感情を処理できずにアマンダを凝視している。まさか探偵役を騙っていた彼女が、さらには目立たない従業員にまで手を回していたとは夢にも思わなかったのだ。

「人を欺くには、それ相応の逸話や演出を惜しまないこと。謎の毒物も、闇の紋章も、あるいは偶然を装った不幸も……わたしとポラリス、そしてマルセルのような“超端役”まで引き連れて構築したシナリオに過ぎないわ。もちろん、余計な犠牲なんて最初から計画の内よ。舞台を盛り上げるためには、多少の血が必要でしょう?」

そうして視線を走らせた先で、何人かがアマンダへ詰め寄ろうとする。しかし彼女の隣で小さな端末をいじるポラリスが、不吉なほどの冷淡な眼差しを放つと、誰もが足を止めてしまう。さらに奥まった廊下の片隅には、名も知られなかったはずのマルセルまで控えているのだから、捕まえて問い詰めようにも不安が大きすぎる。

「これだけは言っておくわ。いまさら私を糾弾したところで、あなたたちには何もできやしない。わたしが築き上げた全体図を正確に把握する方法なんて、どこにも用意していないから。だから黙って見ていればいいのよ。いかにわたしの“企み”が成功するかを、しっかり目に焼きつけておいて」

「ま、マルセル……あなたも……」
誰かが消え入りそうな声で叫ぶと、マルセルは借りてきた猫のようにかしこまった姿勢を取りつつ、唇をかすかに震わせている。ただ、その目だけは妙に涼しげで、何もかも覚悟したような静かな炎を宿していた。ついさっきまで空気のように扱われていた男が、実はこの計画の極めて重要な歯車だったというわけだ。

「もし私を捕まえる勇気があるなら、どうぞどうぞ。けれど、その先であなたたちがどんな目に遭うか保証できないわ。……そうよ、**(わたしが握っている情報)**をどこに流すかは自由自在。怖いのは私ではなく、それらの“秘密”のほうでしょう?」

アマンダの微笑には悪意そのものが宿っている。ここまで堂々と名乗りを上げられてしまうと、正義感に駆られた者すら及び腰になってしまうのは致し方ないことだった。いままでは惨劇の謎を暴く探偵だと信じられていた彼女が、突然の犯行宣言をするなど、計算尽くされた演出の最たるものだろう。

「いかがかしら? これで満足した? あなたたちが探し回っていた真相なんて、わたしの一言でいくらでも塗り替えられる。もちろん、どれほどの犠牲が出ようと、いまさら誰も立ち止まれないわ。最初から最後まで、なにもかもが不条理で、そこにこそ芸術があるのよ」

その悪夢のような台詞に、場の空気は完全に凍りつく。クラブのメンバーたちは、追いすがることも忘れ、まるで言葉を失った動物のように立ち尽くすしかない。探偵として信頼を集めていた彼女が、最初から犯人だった。しかも名も知らぬような地味な従業員までもが共犯者だった。誰も、こんな結末を想定した者はいなかったのだ。

「こうして、私の正体は明かされたわけだけれど、それで本当に事件は終わると思っているのかしら? 残念ね。まだアルカナ・サークルの企みは序章に過ぎないし、マルセルを含めて他にもごまんと協力者が控えているわ。あなたたちが何をしようと、もう手遅れよ」

物語の終盤において、探偵を装っていたアマンダが堂々と犯行を告白。さらに“脇役以下”に見えたマルセルまでが笑みをこぼしている――あまりにも荒唐無稽で、読者にも登場人物にも救いの一片もない結論だ。

こうして唐突な犯人の名乗り脇役の超端役が仕組まれた共犯者だったという紹介をもって、事件は強引に幕を閉じようとする。論理も推理も残されず、問いかけだけが宙を彷徨う。気づけば人々の視線の先で、アマンダは高らかに微笑んでいる。
そこにあるのは、本来の探偵小説が求める解明やカタルシスとは程遠い、ある種の悪夢のような終わり方に過ぎなかった。

第九章 「理不尽な種明かし」

ふいに窓ガラスが揺れ、大きな風の流れが廊下を駆け抜けた。古びたカーテンがはためき、その奥からアマンダ・シュライアーの声だけが低く響いてくる。とっくに犯人として名乗りを上げた彼女は、今なお悠然と舞台の主役を気取っていた。

「あなたたちは、選ばれた犠牲者よ。そもそもこの事件は、わたし一人の意思だけで動いていたわけじゃないの。すべては邪神の御業と言っても過言ではない。彼の御心が、わたしに大いなる力を与えてくれたのよ」

呆然としていた者たちは、その言葉に一瞬耳を疑う。館内で巻き起こった多くの殺人が、彼女と謎の結社による生贄の儀式のための下準備だったという話に加えて、いまさら神の意志などと持ち出されても理解が追いつかない。まして、探偵を名乗っていたはずのアマンダが誇らしげに語る内容は、理屈も筋も欠片ほども見当たらない。

「さらに言えば……」
そこへポラリスが、無表情な顔のまま口を挟んだ。
「この建物の奥には、軍事衛星と直結した装置が隠されているんです。もともとは世界規模の監視網の一部だったらしいですが、いまはわたしたちの手に落ちています」

周囲は思わず顔を見合わせた。館の中に軍事設備だの衛星通信だの、突拍子もない話が二転三転するうち、もはやどこに現実があるのか誰も分からない。被害者がどう殺されたのか、道理の通った解説など一切なく、ただ唐突に不可解な事実だけが羅列される。

「だから、あなたたちがいくら騒ごうと無駄よ。わたしとポラリスは、超自然の力国際陰謀の装置を手にしている。どんな論理を掲げても、もはや形なしというわけ。なにしろ、この状況自体が異常なのだから」

そう言い放つアマンダを前にして、大富豪たちは呆れと恐怖をないまぜにしたまま押し黙る。
「しかし、では殺人の方法や具体的なトリックは……」
誰かがかすれ声で尋ねかけたが、ポラリスは冷ややかな眼差しを向けるだけだった。まともな回答は期待できないと悟ったのか、その人物はしごく当然の問いを投げつつも、途中で言葉を濁してしまう。

アマンダはまるでその問いを嘲笑するように、さらに声を張る。
「いいこと? 真実なんてものは、わたしの口先ひとつでどうにでもなるわ。あなたたちが望んでいるような手品じみたトリックの答えなんて、初めから用意していない。どうせ理屈じゃないもの。すべては邪神が示したシナリオに沿って動いているだけの話」

奇妙な笑い声が館の奥から聞こえてきた。いつの間にか集まってきた使用人や関係者たちも、アマンダとポラリスの“仲間”としてそこに加担しているように見える。ある者はただ唖然と立ち尽くし、またある者はうすら笑いを浮かべている。どれが真の敵か、あるいはどこまでが共犯者なのか、誰にも判別がつかない。

「もし少しでも納得したいなら、耳を塞いで目をつぶることね」
アマンダはもう一度、唇を歪ませるようにして笑う。
「たとえば毒物がどうやって投与されたかとか、儀式はどんな手順だったかなんて、そんな些末なことに興味を抱いている時点で間違いなの。わたしとポラリスの企みは、そうした理屈を超えた領域で完結しているから」

どよめきが生じたが、それは理解や納得から来るものではない。完全に道理から逸脱した話を強引に突き付けられ、もはや言葉を返す気力すら失っているだけだ。警察など呼んだところで、この超現実的な説明はどうしようもない――そんな諦念が広がっている。館の中、あちらこちらで人々が肩を寄せ合い、もはや誰を信じてよいのかも分からず震えている。

「そこまで卑劣な真似をして、一体なにを得るつもりなの!」
たまりかねた一人が声を上げると、アマンダは憐みのような笑みを浮かべた。
「言ったでしょう。わたしたちの“目的”なんて、そもそも一つではない。邪神への貢ぎ、国際組織の利益、莫大な財産、そのほか細かい思惑も混ざり合ってる。そんな複雑怪奇なものを、あなたたちが解き明かせるとでも思っているの?」

それに続く言葉はなかった。むしろ、この理不尽さこそが彼女の狙いなのだと、皆が察してしまったからだ。筋道だった解決や合理的な説明を拒絶しているのは、まさしくアマンダたち自身。まるで読者へまともな手がかりを一切与える気がないと言わんばかりに、要点をはぐらかしては断定を繰り返している。

ポラリスは小さな端末を淡々と操作しながら、最後にこう付け加えた。
「ところで、この館に仕掛けられた装置は、先ほど言ったように衛星技術と連動している。何が可能になるか、想像してみてください。まあ、今更どれだけ想像したところで、あなたたちには何も出来ませんが」

まるでチェックメイトを宣告するかのように、ポラリスの瞳はどこか虚空を見つめていた。そこに何の正義も、道徳も感じられない。ただ“自分たちが勝ち得た力”を誇示しているだけのようにさえ映る。その胸中がどれほど歪んでいようとも、ここでは止める術など存在しないのだろう。

こうして邪神の名を持ち出し、国際的な陰謀をちらつかせ、軍事レベルの装置まで乱用してみせるアマンダとポラリスの“種明かし”は、皮肉にも真実を深い霧の中へ追いやるだけの結果となった。どんなに「納得できない」と足掻いても、彼らは自分たちの超自然と陰謀を融合した計画に酔いしれ、他者を嘲るように薄笑いを浮かべるばかり。

論理的な解明も、手がかりの逐一提示も、そんな要素は既に葬り去られたも同然だ。一切の疑問には答えがなく、一切の推理は通用しない。まさしく理不尽極まる終幕が近づいている予感が、館に充満していた。
人々がわずかに残していた希望を粉々に砕くように、アマンダは最後にこう付け加える。
「それでも知りたいの? わたしがこれほどまでに踊り続けた理由を。残念ながら、それすらも邪神の御心ゆえに不明瞭なの。あなたたちがどれだけ問いを重ねても、すべては霧の向こうよ」

まるで勝利を確信した悪役のごとく、アマンダとポラリスは人々を見下しながら館の奥へ去って行く。たとえ誰かが追いすがろうとしても、その背後には見慣れぬ機械群と怯え切った大勢の使用人たちが立ちふさがる。
こうして、真実も筋道も無視した形での“種明かし”が宣言され、常軌を逸した陰謀論だけが場を支配する。何一つ解明されないまま、あまりにも唐突に終局へ雪崩れ込んでいくのだった。

第十章 「幕引き―さらなる闇の影」

外の空気はやけに澄み渡り、朝日が射しているというのに館の廊下には不協和音ばかりが渦巻いていた。犯人だと名乗り出たはずのアマンダ・シュライアーは、依然としてどこか余裕すら感じさせる微笑を湛えている。彼女を取り押さえるでもなく、ポラリスやクラブのメンバーが逃げ惑うでもなく、ただ無言のまま互いを見守る奇妙な膠着状態が続いていた。

「闇の儀式がまだ完了していないなんて、思わせぶりなことを言うわね」
そう呟いた使用人の一人が、まるで何かを確認するように廊下を奥へと駆けていく。その背中を眺めつつも、アマンダは薄ら笑いを深めた。彼女の言葉どおりなら、これまで目撃した殺人と儀式はすべて“途中”ということになるのだろう。しかし、誰もその真意を問いただす気概を残してはいなかった。

ところが、突如として地下室から野太い悲鳴が上がる。叫び声を聞きつけたメンバーたちが動揺しながら駆けつけると、そこには驚くべき光景が広がっていた。
「バ、バカな……生きているじゃないか……!」
さきほどまで死んだとされていた会員の一人が、壁際でよろめきながら立ち上がっている。そして、倒れこんで絶命したと聞かされていた別の人物も、唸り声を上げながら起き上がろうとしていたのだ。

「これが……どういうことなのよ……」
動転した声がそこらじゅうで交錯する。数多くの犠牲者がいたはずなのに、誰もがいつの間にか微かに息を吹き返しているように見える。そして床には、どこからともなく散布された気味の悪い薬品のような臭いが漂い、複雑に入り組んだ配線や装置が稼働を止めていた。

「まるで……事故のように見せかけただけだった、ってことですか?」
腰を抜かしかけたメンバーがかすれ声で呟く。周囲に転がっていたタロットカードや闇の紋章らしき小道具も、まるで既に役目を終えた大道具のように放置されたままだ。おぞましい殺意の爪痕は見えるが、その一方で血の生々しさはどこか演出的だという疑念も頭をよぎる。

「どういう仕組みだったのか、私にはまったく理解が追いつかないわ。死んだように見せかける未知の薬物でも使ったのか、それとも……」
しかし、理屈を求めるには時すでに遅すぎた。蘇生した“被害者”たちは全員、口をきわめて取り乱すこともなく、むしろ呆然とした様子を保ったまま集まってきている。

「これは、あの邪神への生贄が不発に終わった証拠なのかしらね」
アマンダがくすくすと笑いながら、ポラリスへ視線を投げかける。まるで、わざわざ“殺人”を演出して場を混乱させること自体が儀式の目的だったかのように。あれほど恐れられていた殺人が、実はすべて茶番に過ぎなかった――そう思えるような幕引きが、あまりにも唐突に突きつけられたのだ。

「あなたたち、まさか私を責めるわけでもないでしょう? だって結局のところ、誰も本当に死んでいないんですもの。事故死や自殺と言いたかったなら、どうぞご勝手に。あるいは、そもそも死んでなどいなかったと言い張ったっていいわ」
アマンダの表情からは、冗談なのか本心なのか判断できない。ただ、明確なのは、これまでの血塗られた惨事や呪術的演出が、どれもこれも曖昧な“現実と虚構の境目”に仕立てられているということだ。

クラブのメンバーは、いまさら警察に通報する気力もわいてこない。そもそも何をどう告げればいいか定かではない。犠牲者だと思いきや、みな何らかの形で無傷に近い状態で生還している。無論、精神的には大きなダメージを受けているようだが、その責任の所在を誰に問えばいいのか、もう誰も分からない。

すると、ポラリスがふと呟く。
「儀式は終わらなくても問題ありません。アルカナ・サークルの背後には、まだまだ大きな暗幕が控えていますから。これから私たちは、別の舞台で計画を進めるだけです」
彼の言葉に、ほとんどの人間は茫然とするだけ。事件が解決されぬまま、巨悪めいた組織がさらに控えているなど、理解の埒外にあるとしか思えなかった。

「ええ、その通り。わたしはちょっとした実験をしただけ。探偵を名乗ってみるのも、呪いを演出するのも、人を殺したふりをするのも……全部、この装置の試運転みたいなものだわ。けれど、どうやら第二幕までここで続ける気分にはなれないわね」
アマンダは肩をすくめてみせる。ここまで堂々と茶番劇を繰り広げながら、罪の意識などかけらも感じさせない態度だ。

数名のメンバーは自分たちが翻弄された現実を受け止めきれず、その場を後にし始めた。誰も止めはしない。鍵となる人物であるアマンダやポラリス自身も、館を出ていくわけではないが、あくまで身の処し方を委ねるように見える。もはや混乱に巻き込まれた人々は、どうすればいいか分からなくなっているのだ。

「少なくとも謎の大儀式は未遂に終わったのなら、我々は解放されたのかしら……?」
その問いに、アマンダは曖昧な笑みを浮かべるばかり。明確な答えを出すつもりなどなさそうだ。周囲の者たちも、それ以上踏み込んだ質問を投げられる余裕はなかった。

「さあ、皆さまごきげんよう。わたしが犯人だったと言っても、誰が死んだわけでもない。これじゃあ、警察が入ったところで何も証明できやしないわ」
言い放つアマンダの横をすり抜けるようにして、ポラリスは端末を軽く操作する。すると、また別のドアが自動的に開き、ぞろぞろと館のスタッフが出てくる。彼らは表情も曖昧なまま、何かに怯えているような雰囲気だけを残しながら、散り散りに解散を始めた。

そうして、屋敷のそこかしこにいた者たちは、まるで催眠から解けたように思い思いの方向へ歩み去っていった。
被害者だったはずの人物が全員生きているという不可解な事態、それを仕組んだ張本人が堂々と歩き回っている状況――にもかかわらず、誰も本腰を入れて追及をしない。
やがてアマンダとポラリスまでもが、何食わぬ顔で奥の回廊へ足を向ける。互いに視線を交わすことなく、ただ悠然とした足取りで姿を消していく。

「わたしたちの実験は、今回で第一段階終了かしらね。背後にはまだまだ巨大な組織があるっていう話、忘れないでちょうだい。もし第二段階に参加したいなら、また次の機会にでも。そう遠くないうちに、きっとあなたたちを招待してあげるわ」
投げ捨てるような最後の言葉が、静まり返った廊下に反響する。やがて、扉が音も立てずに閉まると、そこにはもはや誰の姿も残っていなかった。

結局、血腥い惨劇のすべては単なる一大ショーだったのか、それとも何らかの陰謀の一端に過ぎないのか、最後まで曖昧なままだ。確かなのは、人が死んだと思わされた事件が、実は死者ゼロのまま収束を迎え、探偵兼犯人を名乗ったアマンダが何の罰も受けずに立ち去ったということだけ。
そして、あのアルカナ・サークルの背後には、まだ力を隠している未知の組織が存在する――その断片的な情報が、今後さらに大きな波紋を広げるのかもしれない。

こうして、読者にも登場人物にも何ひとつ明快な解答が与えられないまま、この奇妙きわまりない騒動は投げっぱなしの終幕を迎える。暗雲に覆われた館のシルエットだけが、逆光の中で不気味に浮かんでいた。

破戒部分

第一章 「闇を呼ぶ社交会合」

  • 違反規則

    1. ノックスの十戒 #2「探偵が事件を解く手段として、超自然的な能力を利用してはならない」

      • アマンダが冒頭からタロットや呪術的儀式を用いている。

    2. ノックスの十戒 #5「主要な登場人物として外国人を設定してはいけない」

      • 探偵役(アマンダ)がアメリカ人、投資家(ジャン=クロード)がフランス人、エドアルドがスペイン系など、外国人が主要キャラとして続々と登場。

    3. ヴァンダインの二十則 #13「秘密結社や犯罪組織のメンバーを犯人にしてはいけない」

      • 冒頭から闇の結社の存在をほのめかす。


第二章 「最初の犠牲者」

  • 違反規則

    1. ノックスの十戒 #1「物語に登場する犯人は、最初から読者に紹介されなければならない」

      • この章で被害者が倒れるが、じつは探偵役アマンダ自身が犯人。しかし「犯人としての伏線」は一切提示されず。

    2. ノックスの十戒 #4「未知の毒物や複雑な科学的装置を使った犯行は避けるべき」

      • 完全に未知の毒物が使われている。科学的な根拠はゼロ。

    3. ヴァンダインの二十則 #3「無意味な恋愛要素を加えるべきではない」

      • ジャン=クロードの死の直後、アマンダが「実は私たちは恋仲だったのよ…」と唐突に嘆き、読者を困惑させる。

    4. ヴァンダインの二十則 #7「長編探偵小説では、死体が不可欠」

      • 被害者が唐突に死亡し、死体が出たことで「本格ミステリー感」を取り繕うが、描写は杜撰。


第三章 「混迷する捜査」

  • 違反規則

    1. ノックスの十戒 #6「偶然や直感によって探偵が事件を解決してはならない」

      • アマンダの“霊感”や“直感”での捜査が中心。

    2. ノックスの十戒 #8「探偵は、読者に提示されていない手がかりを使って事件を解明してはならない」

      • ポラリスがどこから入手したのか不明な証拠を勝手に提示。

    3. ヴァンダインの二十則 #1「事件の謎を解くための手がかりは、作中で明確に提示される必要がある」

      • ここで出される手がかりは、読者が前章までに知らされていない情報ばかり。

    4. ヴァンダインの二十則 #14「犯罪の方法や解明手段は合理的・科学的でなければならない」

      • 呪術やAI装置など、ほぼファンタジーとしか思えない手段に依存。


第四章 「多重の隠し通路」

  • 違反規則

    1. ノックスの十戒 #3「犯行現場には、二つ以上の隠し通路や抜け穴があってはならない」

      • 一つどころか複数の隠し通路が堂々と登場。

    2. ヴァンダインの二十則 #2「トリック以外の形で読者を誤解させる描写をしてはいけない」

      • 怪しげなオカルト描写や謎の人影など、ただ読者を混乱させるだけの仕掛けだらけ。

    3. ヴァンダインの二十則 #16「事件解明の手がかりは、探偵が犯人を明かす前に全て読者に示されるべき」

      • まだ全貌が明らかになっていないにもかかわらず、多数の隠し通路や祭壇、装置が唐突に追加されていく。


第五章 「第二、第三の殺人」

  • 違反規則

    1. ノックスの十戒 #7「探偵自身が犯人である場合、変装などを用いない限り禁じられる」

      • アマンダは一切変装せずに犯人として暗躍しながら、あからさまに場を仕切っている。

    2. ヴァンダインの二十則 #12「たとえ複数の殺人事件があっても、真の犯人は一人であるべき」

      • ここで実は共犯者が複数いる描写も匂わせ、犯人が一人とは限らない展開を示唆。


第六章 「助手の不可解な行動」

  • 違反規則

    1. ノックスの十戒 #9「探偵の助手は、自身の思考を読者に開示し、その知能は一般読者より少し低い程度であるべき」

      • ポラリスは天才すぎて読者が理解不能。しかも思考をまったく開示せず勝手な行動ばかりし、ワトソン役として不適切。

    2. ヴァンダインの二十則 #9「探偵役は一人が望ましい」

      • アマンダとポラリス、さらにほかの登場人物も“捜査”に首を突っ込み、混迷の極みに。


第七章 「崩壊する真相」

  • 違反規則

    1. ノックスの十戒 #10「双子や一人二役のトリックは、事前に読者に明示されなければならない」

      • このタイミングで初めて双子の入れ替わりがあったことをにおわせる。

    2. ヴァンダインの二十則 #19「犯罪の動機は個人的なものが好ましい。国際的な陰謀や政治的動機は避ける」

      • 大国のスパイ活動や国際陰謀、邪神崇拝が入り乱れる。

    3. ヴァンダインの二十則 #20「散々使い古された手法は避けるべき」

      • 双子トリックや秘密結社、探偵=犯人などの“使い古された”ネタを全部盛り。


第八章 「探偵の正体」

  • 違反規則

    1. ヴァンダインの二十則 #4「探偵や捜査員が突如として犯人になる展開は不適切」

      • 探偵(アマンダ)があっさり自己申告で犯人を名乗る。

    2. ノックスの十戒 #1「物語に登場する犯人は、最初から読者に紹介されなければならない」

      • 最初から“探偵役”として紹介していたアマンダが犯人だが、犯人としての伏線が不十分。

      • 突然、超端役のマルセルが共犯者として紹介され、ここまで一切の紹介も伏線も存在しない。

    3. ヴァンダインの二十則 #10「犯人は物語で重要な役割を果たす人物であるべきで、突然登場したキャラクターが犯人であってはならない」

      • 突然、超端役のマルセルが共犯者として紹介され、ここまで一切の紹介も伏線も存在しない。

    4. ヴァンダインの二十則 #11「犯人を端役の使用人などにするのは安易な手法とされる。その程度の人物の犯行なら物語にする価値はない」

      • 超端役のマルセルが共犯者として紹介される。

    5. ヴァンダインの二十則 #15「犯人の特定は論理的推理によるべき。偶然や予期せぬ告白での解決は避ける」

      • まさに犯人の告白オンリーで解決。


第九章 「理不尽な種明かし」

  • 違反規則

    1. ノックスの十戒 #8「探偵は、読者に提示されていない手がかりを使って事件を解明してはならない」

      • アマンダ&ポラリスの口から唐突に大量の“今まで明かしてこなかった”情報が出る。

    2. ヴァンダインの二十則 #5「偶然や予期せぬ告白による解決は避けるべき」

      • 告白とオカルト説明だけで終盤に突入。

    3. ヴァンダインの二十則 #6「探偵役の捜査と推理で事件が解決されなければならない」

      • そもそも探偵役が犯人。捜査も推理もせず、一気に口頭で済ませる。


第十章 「幕引き—さらなる闇の影」

  • 違反規則

    1. ヴァンダインの二十則 #7「長編探偵小説では、死体が不可欠」

      • 被害者が唐突に全員生き返り、死んでなかった事になっている。

    2. ヴァンダインの二十則 #8「占いや心霊術などで事件の真相を示すことは禁止」

      • 結局は邪神の存在や呪術に全てを押し付ける形で、一切合理的説明がないまま終わる。

    3. ヴァンダインの二十則 #17「無駄な情景描写や不必要な文学的装飾を省くこと」

      • 終幕にかけてオカルト的風景や陰謀論的セリフを並べ立て、読者の注意を散漫にさせる。

    4. ヴァンダインの二十則 #18「事件の結末を事故死や自殺で片付けてはならない」

      • ここまで殺人だと騒いでいたものが、なぜか一部は“自殺”か“事故”の可能性も示唆しつつ終了。



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