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オーネストゲーム

序章:真実の扉



登場人物
斉藤翔(30歳)
平凡な会社員。責任感は強いが、自信を持てず、心の奥底に罪悪感を抱えている。穏やかだが感情を抑え込むタイプ。
山本奈々(28歳)
翔の恋人。社交的で明るい性格の女性。しかし、心の中には後ろめたさを隠しており、その笑顔は時折ぎこちなくなる。
高橋真理(28歳)
奈々の親友。冷静で知的な女性だが、本心を他人に隠す癖がある。実は奈々の恋人である翔に密かに恋心を抱いている。
斉藤隆(55歳)
翔の父親。家庭には冷淡だが、会社では面倒見の良い上司として知られる。部下である美和に特別な感情を抱いている。
石田美和(32歳)
隆の部下。優秀なキャリアウーマンだが、過去の失敗や罪を抱え、心の中で自分を責め続けている。


物語の始まり
暗闇の中、鈍い金属の音が響いた。目を覚ました斉藤翔は、重たい頭を抱えながら薄暗い天井を見上げる。冷たく硬い床の感触が、ここが見知らぬ場所であることを教えていた。
「…ここはどこだ?」
起き上がりながら周囲を見回すと、同じく床に倒れている4人の姿が目に入る。その中には、彼が愛している恋人、山本奈々の顔もあった。乱れた髪に驚きの表情を浮かべる彼女を見て、翔は慌てて駆け寄った。
「奈々、大丈夫か?」
奈々は目をしばたたき、恐怖に震えた声で答える。
「翔…何が起きたの?どうしてこんなところに…?」
翔はその言葉に答えられなかった。自分にも分からない。混乱する頭を抱えたまま、周囲を再び見渡す。そこには、奈々の親友である高橋真理の姿があった。普段はどこか余裕を感じさせる彼女の顔には、珍しく不安の色が浮かんでいる。
「奈々、翔。」
真理は冷静を装うように声をかけたが、その声はかすかに震えていた。「何が起きたのか分からないけど、ここからどうやって出るかを考えたほうがいい。」
翔は真理に目を向けた。彼女の長いストレートの髪は乱れ、知的な印象を与えるスーツも埃をかぶっている。それでも彼女の目は鋭く、状況を冷静に分析しようとしているように見えた。
しかし、その視線が一瞬、奈々ではなく自分に向けられたのを翔は見逃さなかった。その目には、不思議な感情が混じっているように感じた。


部屋の隅から低い声が響いた。
「こんなふざけたこと、一体誰が仕組んだんだ。」
声の主は、翔の父親である斉藤隆だった。短く刈り込まれた白髪の頭、紺色のスーツを着こなし、無駄のない動きで腕のデバイスを確認している。普段の職場での威厳ある態度がそのまま現れているかのようだったが、その額に浮かぶ汗が彼の動揺を物語っていた。
「父さん…?」
翔は隆の存在に驚き、思わず声をかけた。父親とは距離を感じていた翔だが、この異常な状況で父親がいるという事実が、彼にわずかな安心感を与えたのも事実だった。
隆はちらりと息子に視線を向け、短く言った。
「お前に心当たりがあるのか?」
翔は首を振るしかなかった。


その横で、隆の部下である石田美和が起き上がった。普段は自信に満ちた態度を見せる彼女だが、今は動揺を隠せない。彼女の整った顔立ちに浮かぶ不安の色が、彼女が抱える重い心の影を垣間見せている。
「斉藤部長、これは何かの冗談なんでしょうか…?」
美和が隆に向けて問いかけた。声には震えがあった。
隆は一瞬言葉を詰まらせ、彼女の顔を見たが、すぐに視線をそらした。
「こんなことを仕掛ける冗談好きはいないだろう。冷静になれ。」
美和は小さく頷き、部屋全体を見渡した。


突然、天井から機械的な音が鳴り響き、5人はその音に反応して一斉に見上げた。薄暗い空間の中央に設置されたスピーカーから、不気味に落ち着いた声が響く。
「ようこそ、皆さん。“真実の裁判”へ。」


仮面の男の登場
天井に降りてきたスクリーンには、仮面をつけた男が映し出された。その声は無機質でありながら、5人の心を冷たく突き刺した。
「あなた方がここに集められたのは偶然ではありません。それぞれに語るべき真実があり、それを試されるべき時が来たのです。」
奈々が恐怖に震えながら叫ぶ。
「どういうこと!?私たちをここから出して!」
仮面の男は微笑むような仕草を見せた。
「この部屋から出る方法は一つだけ。自分の“最も隠したい真実”を語り、ルールに従うことです。嘘をつけば即脱落――その覚悟をお持ちください。」
翔は憤怒を抑えられず、声を張り上げた。
「ふざけるな!俺たちをこんなところに閉じ込めて、何の真似だ!」
「怒りは理解します。しかし、この“裁判”では怒りは何の役にも立ちません。ただ、真実を語ることでのみ進むことができます。」
仮面の男が冷たく告げたその瞬間、部屋全体が冷え込むような静寂に包まれる。
「さあ、最初の課題です――自分が最も隠したい真実を語りなさい。」
5人は顔を見合わせ、心の中に秘めた闇を誰にも見せたくないという恐怖に駆られる。その一方で、これがただの冗談や夢ではないことを痛感していた。
 
第一章:最初の秘密
部屋全体に冷たい空気が流れた。仮面の男が「最も隠したい真実を語れ」と命じてから、沈黙が続いている。誰もが視線をそらし、言葉を発しようとしない。
「時間は有限です。」
仮面の男の冷たく無機質な声が響き渡り、5人の中に小さな焦りを生じさせた。


1. 斉藤翔の告白
翔は顔を俯けたまま、膝の上で握った拳を強く握りしめていた。額にはうっすらと汗が滲み、何度も喉を鳴らして言葉を飲み込む。
「…俺から言う。」
翔は低い声で呟き、ゆっくりと顔を上げた。その表情には、覚悟と恐れが入り混じっていた。
「大学時代の話だ。」
声が震え、翔は一度言葉を切った。視線が足元に戻り、言葉を絞り出すように続ける。
「俺は…親友を裏切った。実験の結果が失敗したとき、それを全部、彼のせいにしたんだ。教授に密告したのは俺だった。」
翔の声は徐々に小さくなり、苦しそうに喉を鳴らした。
「そのせいで彼は退学した。俺が助けを求めてきたのに、俺は…自分の将来を守るために彼を犠牲にしたんだ。」
部屋が一瞬静まり返る。翔の声には明らかな後悔が滲んでいた。
奈々が口を開いた。
「翔…そんなことをしてたの?」
彼女の声は震えていた。驚きと失望が入り混じった表情が、翔に突き刺さる。
翔は奈々に視線を向けることができなかった。自分の行為が彼女にどれほどの影響を与えるかを分かりながら、それに耐えるしかなかった。


2. 山本奈々の告白
奈々は手を胸の前で組み、唇を噛んでいた。翔の告白を聞いた衝撃がまだ抜けないようだったが、次は自分が話す番だという緊張が、彼女を一層追い詰めていた。
「私も…言わなきゃいけないんだよね。」
彼女の声は震え、視線は床をさまよっている。
翔が奈々の方を見た。彼女の顔色が青ざめているのを見て、胸の奥がざわつく。
奈々は意を決したように深く息を吸い、視線を翔に向けた。
「翔に隠していたけど、実は…あなたの親友だった隼人と、一度だけ関係を持った。」
言葉が部屋に響いた瞬間、翔の顔から血の気が引いた。
「何を…?」
奈々は涙を浮かべながら声を震わせた。
「本当に一度だけ…彼に頼まれて飲みに行ったとき、私が…断れなくて。でも、私はその後ずっと後悔してる…!」
翔は呆然とした表情で奈々を見つめていた。
「どうして…そんなことを?」
彼の声はかすれていた。
奈々は唇を噛みしめ、視線を逸らす。彼女の背中が小さく震えていた。


3. 高橋真理の告白
真理は腕を組み、目を閉じたまま天井を仰いでいた。奈々と翔のやり取りを聞いている間、その表情にはかすかな苦悩が浮かんでいたが、今はそれを押し隠しているように見えた。
「私が話すわ。」
真理はそう言うとゆっくりと目を開き、奈々をまっすぐ見つめた。
「私は、翔に恋している。」
奈々が息を呑む音が聞こえる。真理は一瞬だけ奈々の反応に目を向けたが、すぐに翔に視線を戻した。
「奈々に応援するふりをしていたけど、本当は彼を奪いたいと思ってた。」
真理の声は冷静だったが、唇の端がかすかに震えている。
奈々の瞳には、驚きと怒りが混ざった色が浮かんでいた。
「どうしてそんなことを…?」
真理は短く息を吐き、視線を奈々からそらした。
「自分でも分からない。けど、そう思ってた。」


4. 斉藤隆の告白
翔は父親が告白する番になると、反射的にその顔を見た。隆は厳格な表情を崩さないまま、一歩前に出た。
「…私は家族を愛しているふりをしてきた。」
彼の言葉が、部屋全体に冷たく響く。翔の眉がひそまる。
「本当は、石田さんに特別な感情を抱いている。」
翔は衝撃を受けた顔をした。
「そんなことで家庭を壊すのか?」
隆は息子を見つめたが、言葉を返さなかった。その代わりに視線を落とし、わずかに肩を落とした。


5. 石田美和の告白
最後に残った美和は、隆の言葉に何かを感じたのか、目を伏せたまま言葉を探しているようだった。
「私は…過去に恋人を裏切りました。」
彼女の声は震えていたが、彼女は視線を上げ、全員を見渡した。
「その結果、彼は自殺しました。私は…それを一生背負って生きるしかない。」
隆がわずかに前に出たが、美和は彼を見ないように視線を逸らした。


真実の判定
仮面の男の声が再び響く。
「全員の告白は真実と判定されました。」
全員が安堵するどころか、重苦しい沈黙に包まれる。それぞれの告白が生み出した亀裂が、確実に人間関係を蝕んでいた。
翔は奈々を見つめたが、言葉を失ったまま俯く。奈々も彼に視線を送るが、口を開くことができない。
隆は美和に声をかけようとするが、美和はその視線を避けるように背を向けた。
人間関係が壊れ始めた瞬間だった。


第二章:信じるか否か


部屋には不気味な静けさが漂い、仮面の男の声がその沈黙を切り裂いた。
「次の課題は“信じる力”を試すものです。他者の語った真実が、本当に真実かどうかを選択してください。信じた上でそれが嘘だった場合、選択した者が罰を受けます。信じなかった場合、それが真実であれば、その結果もあなたに影響します。」
壁際のスクリーンが点滅し、最初の対戦ペアが映し出される。
「斉藤翔 vs. 山本奈々。」


翔 vs. 奈々
翔はゆっくりと椅子から立ち上がり、奈々と向き合った。彼の表情には、迷いと怒りが混じり合った複雑な感情が浮かんでいる。奈々は一歩後ずさるように立ち上がり、涙を浮かべた目で翔を見つめた。
「翔、私の話を聞いて。」
奈々の声は震えていた。彼女は両手を胸の前で握りしめ、必死に気持ちを伝えようとしている。
翔は苦しそうに眉を寄せ、視線を逸らした。彼女の言葉を信じたい気持ちと、裏切られたという怒りが胸の中で渦巻いていた。
「隼人のこと、本当に後悔してるの。あのときは私が弱かったの。でも、それは一時的なものだったのよ。私は翔を愛してる。これからも一緒にいたい。やり直せるわ、きっと…!」
奈々の言葉は真剣だった。その瞳には後悔と必死さが宿っていたが、翔は首を横に振る。
「やり直す?それが簡単にできるなら、なんでこんな気持ちにさせたんだよ…!」
声を荒げた翔は、一歩引いて奈々から距離を取った。
奈々の顔が一層蒼白になる。彼女は足を一歩踏み出し、手を伸ばした。
「お願い、信じて…!」
翔はその言葉に耳を貸さず、低い声で告げた。
「俺は信じられない。」
奈々の手が虚しく宙を彷徨い、次の瞬間、仮面の男の声が冷たく響いた。
「判定。」
壁に映し出された嘘発見器の波形が穏やかに動き、奈々の言葉が真実であったことを示していた。
「斉藤翔、あなたの選択は間違いです。」
翔は肩を落とし、顔を覆った。奈々の真実を信じられなかったことへの後悔が、胸を締め付けていた。


奈々の脱落
仮面の男の声が続く。
「山本奈々、あなたの“隠していることはもうない”という発言を判定します。」
奈々の顔に恐怖が広がる。嘘発見器が再び作動し、大きな波形がスクリーンに映し出された。仮面の男は冷徹に告げる。
「判定結果:嘘です。山本奈々、あなたは脱落です。」
奈々は目を見開き、声を震わせながら叫ぶ。
「違う!そんなはずはない!」
その瞬間、奈々の足元で金属的な音が響き、床がゆっくりと開いていった。彼女は驚きの声を上げ、必死に翔を見つめる。
「翔!助けて!」
翔はその場に釘付けになり、何もできずにただ手を伸ばす。
奈々の体が床下へと落ちていく。暗闇に飲み込まれる直前、彼女の瞳が絶望を映したまま翔を見つめていた。次の瞬間、床が閉じ、彼女の姿は完全に消えた。
翔はその場に崩れ落ち、拳を固く握った。
「奈々…」
仮面の男の声が、静けさを切り裂くように響いた。
「奈々が隠していた真実は、隼人への未練でした。それを語らなかったことで、彼女はこのゲームから排除されました。」
翔は怒りと悲しみに耐えながら、拳を床に叩きつけた。だが、その後も何の音も返ってこなかった。
「斉藤翔、あなたは彼女を信じなかった。その選択により、次の課題でペナルティを受けます。ただし、あなたが“信じなかった”選択自体はゲームのルールを破るものではありません。」
翔はその言葉に目を見開いた。自分が間違った選択をしたのに脱落しない理由を、男が淡々と説明していく。
「このゲームでは“間違い”を犯した者に罰を与えますが、それがゲーム放棄や嘘でなければ脱落には至りません。」
翔は深くうなだれたまま動けなかった。


真理 vs. 美和
奈々の脱落を目の当たりにした後の部屋は、冷たい緊張感で満ちていた。仮面の男が次のペアを告げる。
「高橋真理 vs. 石田美和。」
真理は唇を引き結び、静かに美和を見つめた。美和は目を伏せながら小さく息を吐く。
「私は…自分が人を信じられるか分からない。」
美和の声はかすかに震えていた。
真理はしばらく黙ったまま彼女を見つめていたが、やがて静かに頷いた。
「あなたの言葉は本当だと思う。」
仮面の男の判定が下る。
「石田美和の言葉は真実です。高橋真理の選択は正解です。」
真理と美和の間には、短いながらも理解の光が見えた。


隆 vs. 美和
次のペアは斉藤隆と石田美和だった。隆は真剣な目で美和を見つめた。
「石田さん。私は、君を思って行動してきた。それは真実だ。」
美和は彼の視線を避け、低い声で答えた。
「…信じられません。」
嘘発見器の判定が下される。
「斉藤隆の言葉は真実です。」
美和は困惑した表情を浮かべ、隆を直視できなかった。


章の終わり
仮面の男の声が全体に響いた。
「山本奈々が脱落しました。残りは4名です。次の課題に進みます。」
奈々の消失によって、部屋の空気はさらに重苦しくなっていた。それぞれが互いを見つめる目には、不信感と疑念が色濃く浮かび上がっていた。
 
第三章:真実を暴け


ペナルティの告知
部屋の空気は奈々の脱落によって一層重苦しいものになっていた。翔は俯いたまま何も言わず、美和と隆はお互いに視線を避けている。真理だけが壁に寄りかかり、浅い呼吸を繰り返していた。
その沈黙を破ったのは、仮面の男の冷たい声だった。
「次の課題は“真実を暴く”ことです。他者の最も隠したい真実を暴き、その代わりに自らの新たな真実を語らなければなりません。隠し通せば脱落です。」
だが、次のペアを告げる前に、仮面の男が冷酷に続ける。
「その前に、前回の課題で間違いを犯した者に対するペナルティを課します。」
翔と美和が一斉に顔を上げた。仮面の男は二人をじっと見つめるようにスクリーン越しに告げる。


翔へのペナルティ
「斉藤翔、あなたは奈々の真実を信じなかった。その選択に対する代償を払ってもらいます。」
翔は喉を鳴らしながら椅子の縁を掴んだ。ペナルティがどんなものか分からない恐怖が、彼の体を硬直させていた。
突如として天井から、映像が映し出される。それは、奈々が床下に消えていく瞬間だった。
「彼女の最後の姿を永遠に記憶に刻みなさい。」
翔は目を見開き、映像から目を背けようとしたが、頭を固定されるような感覚があり、視線を逸らせなかった。
映像が何度もループされる。奈々の絶望的な叫び声が耳に響き、翔の顔から血の気が引いていく。
「十分だ。」
仮面の男が映像を止めたとき、翔は息を切らしながら椅子に崩れ落ちた。額には汗が滲み、目には動揺が浮かんでいる。


美和へのペナルティ
次に、仮面の男が美和に向き直る。
「石田美和、あなたは隆の真実を信じなかった。罰として、あなたの隠したい記憶を再び思い起こさせます。」
美和は怯えた表情で頭を振る。
「やめて…それだけは…!」
だが、天井から映し出されたのは、彼女の過去の映像。恋人が彼女に裏切られたことを知り、自ら命を絶とうとする直前の姿だった。
「あなたが何も言わずに見過ごした瞬間を、二度と忘れないように。」
美和の目から涙がこぼれ落ちる。彼女は顔を手で覆い、震えながらすすり泣いた。


高橋真理 vs. 斉藤隆
仮面の男が冷静に次のペアを告げる。
「高橋真理 vs. 斉藤隆。」
真理は一瞬息を呑んだが、すぐに背筋を伸ばし、隆の方を向いた。隆もまた、冷ややかな目で彼女を見つめ返す。二人の間に張り詰めた空気が漂う。
真理の目が鋭く光った。
「隆さん、本当に家族を愛していると言えますか?」
言葉は冷静だが、その声には鋭い刺が混じっている。
隆は眉をひそめ、声を低くして答えた。
「当然だ。私は家族を愛している。それに疑問の余地などない。」
真理はその言葉を冷たく切り捨てるように続けた。
「でも、本当は美和さんを優先しているんじゃないですか?家族よりも。」
隆の顔が歪む。
「それは違う!」
声を荒げた隆は、一歩前に出た。その態度には威圧感があったが、嘘発見器が反応を始めた瞬間、彼の威厳は音を立てて崩れた。
スクリーンに映し出される波形が隆の動揺を示していた。仮面の男の声が冷たく響く。
「判定:嘘です。」
隆は顔を引き攣らせ、拳を強く握りしめた。その拳が震えている。
「違う…そんなことはない…私は…。」
仮面の男は容赦なく告げた。
「斉藤隆、あなたは真実を語ることができなかった。脱落です。」


隆の脱落
隆はその場に崩れ落ち、顔を覆った。彼が何かを言おうとするが、その声は消え入りそうだった。美和に向けて手を伸ばしたが、彼女は視線を合わせようとしなかった。
突然、隆の椅子の下から床が開き、彼の体がゆっくりと吸い込まれるように下へ落ちていく。
「石田さん…すまない…。」
彼の最後の言葉は、虚しく部屋の空気に溶けた。
床が閉じ、隆の姿は完全に消えた。翔と真理、美和はその場に立ち尽くし、ただ呆然と床を見つめていた。


石田美和 vs. 斉藤翔
仮面の男が冷静な声で次のペアを告げる。
「石田美和 vs. 斉藤翔。」
翔は顔を上げ、美和と向き合った。美和は無表情のまま彼を見つめるが、その目の奥には不安が垣間見えた。
「翔さん。」
美和が口を開く。その声は低く、感情を抑えたものだった。
「あなたが友人を裏切った理由は、嫉妬だったんじゃないですか?」
翔はその言葉に一瞬言葉を失った。心の奥にしまい込んでいた記憶が蘇り、彼の心臓が速く脈打つ。
「…その通りだ。」
彼は深い息を吐き、重い声で続けた。
「彼が成功するのが怖かった。俺よりもずっと才能があって、評価されてて…そのせいで、俺は嫉妬に駆られて、彼を追い落とした。」
彼の告白には、どこか自嘲的な響きがあった。仮面の男の声が響く。
「判定:真実です。」
美和は一瞬だけ彼を見つめたが、すぐに視線を逸らした。翔もまた、何も言わずに目を伏せた。


真理のリタイア
仮面の男が告げた次のペアに、真理は立ち上がるどころか椅子にしがみついた。彼女の顔は青ざめ、瞳には恐怖と苦悩が浮かんでいる。
「私は…もう無理。これ以上できない…!」
彼女の声は震えていた。奈々の脱落を目の当たりにしたことで、彼女の精神は限界に達していた。
翔が声をかける。
「真理…しっかりしてくれ。」
だが、その言葉は真理をさらに追い詰めた。
「奈々を裏切ったのは私よ!私がずっと翔に恋してたせいで、彼女に正直に向き合えなかった…もう…これ以上耐えられない!」
彼女の体が震え、椅子から転げ落ちた。仮面の男の声が冷たく響く。
「高橋真理、あなたのリタイアを受け入れます。これにより脱落です。」
床が音を立てて開き、真理の体がその中へ吸い込まれるように消えていった。翔は手を伸ばしたが、彼女を助ける術はなかった。


章の終わり
部屋には翔と美和だけが残った。仮面の男が無感情な声で告げる。
「残りは二人です。次の課題に進みます。」
奈々、隆、そして真理がいなくなった部屋の中で、翔と美和は互いに何も言葉を交わさなかった。消えた者たちの重さが、彼らの胸に深くのしかかっていた。
 
最終章:最後の選択
部屋に残ったのは翔と美和だけだった。暗い空間に漂う静けさが、これまでの全ての告白と脱落者たちの存在を否応なく思い起こさせた。
仮面の男の冷たい声が響く。
「最終課題です。あなた方は自らの全ての真実を語り、相手の真実を信じるかどうかを選択しなければなりません。」
スクリーンが明るくなり、二人の顔を照らした。お互いに向き合う椅子に座らされ、互いの目をまっすぐに見据える。


翔の告白
翔は深い息を吐き、両手を膝の上で握りしめた。顔には迷いや不安が浮かんでいるが、彼の目にはどこか覚悟のような光が宿っていた。
「俺は…自分が他人を妬む人間だと認めたくなかった。」
美和がわずかに目を見開く。
「ずっと自分は正しいと思ってた。だけど、友人が自分より評価されるのが怖かったんだ。だから嘘を重ねた。裏切ったのは、俺が弱くて、情けなくて、自分を守ることしか考えられなかったからだ。」
彼の声は震えていたが、次第に力強さを帯びていった。
「でも、もう嘘をつきたくない。こんな俺でも、変わりたいと思ってるんだ。」
言葉を終えた翔は、美和の顔をじっと見つめた。彼女の反応を待ちながら、唇をかみ締める。


美和の告白
美和は少しの間沈黙した後、翔の視線を受け止めるようにゆっくりと口を開いた。
「私は…彼の死を避けられたかもしれない。」
声は低く、震えていた。
「彼が私を信じてくれてたのに、私は自分が責められるのが怖くて、何もできなかった。私の選択が彼を追い詰めた…。」
彼女の瞳には涙が浮かんでいる。
「それでも、私は自分の罪を隠して、楽になりたいと思った。それが本音。」
美和は深く息を吸い、涙を拭うこともせずに続けた。
「でも、今はその罪と向き合いたいと思ってる。逃げないで…正直になりたい。」
彼女の言葉には、悲しみと共にかすかな希望が込められていた。


最終選択
仮面の男の声が響く。
「斉藤翔、石田美和。お互いの真実を信じるか否かを選択してください。」
翔は目を閉じ、深い呼吸をした。美和の言葉を思い返す。彼女の後悔、彼女の苦しみ――全てが自分の中に響いていた。
やがて、彼はゆっくりと目を開き、美和を見つめながら宣言した。
「俺は信じる。」
仮面の男が告げる。
「判定:真実。」
美和の顔に驚きが浮かび、次第にその表情は安堵へと変わっていった。彼女もまた翔に向かい、言葉を紡ぐ。
「私も…あなたを信じる。」
スクリーンに表示される波形が二人の言葉を真実と判定する。仮面の男が静かに告げた。
「ゲーム終了。勝者は…斉藤翔と石田美和。」


気がつくと、翔は柔らかいベッドの上に横たわっていた。白い天井が目に入り、窓からは温かな陽光が差し込んでいる。まるで何事もなかったかのような静けさだった。
翔は身を起こし、周囲を見渡した。すると、奈々、真理、隆、美和もそれぞれ椅子やベッドに座っていた。全員が無事だった。あの暗い部屋や恐怖のゲームが幻だったかのように、今ここには何の傷も残されていない。
奈々が先に目を覚ました。彼女の目は驚きと混乱で揺れていた。
「翔…ここは…?」
翔は答えられなかった。ただ、全員が生きていることを確認し、胸に何か温かいものがこみ上げてきた。


翔の再生
数日後、翔は大学時代の友人の家を訪れた。玄関の前で立ち尽くし、緊張から手のひらに汗をかいていた。ポケットから取り出した手紙には、彼がゲームの中で語った後悔の言葉が書かれていた。
「俺は…お前を裏切った。自分を守るために、お前を犠牲にした。」
意を決してインターホンを押すと、友人が出てきた。その表情には驚きが浮かんでいたが、翔は深く頭を下げた。
「俺はずっと逃げてた。でも、もう逃げたくない。謝りたいんだ…本当にすまなかった。」
友人はしばらく無言だったが、やがて小さく頷き、彼を家に招き入れた。
翔はその後も罪と向き合い続け、自分を赦すための旅を続けていくことを決意した。


奈々の決断
奈々は隼人への未練と向き合うため、彼の思い出が詰まった場所を訪れた。彼との思い出の写真を見返しながら、涙が止まらなかった。
「あのとき、私は彼を選んだ。でも、それは一時の迷いだった…。」
奈々は隼人への想いを整理し、翔に別れを告げることを決めた。彼女はカフェで翔と向き合い、穏やかな声で語り始めた。
「翔、私はあなたと一緒にいる資格がないのかもしれない。今は新しい一歩を踏み出すべきだと思うの。」
翔はその言葉に静かに頷いた。二人は涙を浮かべながらも、お互いの新しい人生を祝福した。
「ありがとう、奈々。」
「ありがとう、翔。」


真理の和解
真理は奈々と再び向き合う機会を得た。小さな公園のベンチに座り、彼女は握りしめていた手をそっと開くようにして、奈々に言葉を紡いだ。
「奈々、ずっと言えなかったことがあるの…翔のことが好きだった。」
奈々は驚きの表情を浮かべたが、すぐに小さく笑った。
「真理、それを話してくれてありがとう。正直言って、驚いたけど…私たちは友達よね。」
二人は少しずつ笑顔を取り戻し、友情を再構築するために新たな一歩を踏み出すことを誓った。


隆の再挑戦
隆は家族との関係を取り戻すため、まず妻に会いに行った。彼女は最初、冷ややかな態度を崩さなかったが、隆は深く頭を下げた。
「今まで家族をないがしろにしてきたことを謝りたい。これからは…家族と向き合いたい。」
妻はしばらく何も言わなかったが、やがて小さく頷いた。
また、隆は翔に向き合い、父親として不器用ながらも話しかけた。
「翔…私はお前にとっていい父親ではなかった。それを取り戻すことはできないかもしれないが、これからは少しでも父親らしいことをしたい。」
翔は驚きつつも、父の言葉に静かに頷いた。


美和の救済
美和は、亡くなった恋人の家族に会いに行くことを決意した。家の前で立ち尽くし、何度もインターホンを押す手を引っ込めたが、ついに覚悟を決めて押した。
出てきた恋人の母親は、彼女を見て一瞬驚いたが、すぐに涙を浮かべた。
「…あなたが、美和さん?」
美和は泣き崩れそうになりながらも、真実を語った。
「私のせいで、彼が…本当に申し訳ありません。」
母親はしばらく彼女を見つめていたが、やがて穏やかに微笑んだ。
「彼があなたを信じていたことは、本当だったんでしょうね。来てくれてありがとう。」
その言葉に美和は涙を流し、心に宿っていた重い影が少しずつ消えていくのを感じた。
 
気がついたら
翔が目を覚ますと、そこは穏やかな日常だった。柔らかいベッドの上で目をこすりながら、見慣れた天井と差し込む陽光に目を細めた。先ほどまでの異常な空間が夢だったかのように思える。しかし、胸に残る重い感覚は、あのゲームが現実だったことを否応なく告げていた。
リビングに向かうと、家族の姿がなかった。いつも朝食を用意してくれる母親も、忙しそうに準備をする妹の姿もない。テーブルには手をつけられていないパンと冷めたコーヒーが置かれているだけだった。
「母さん?芽衣?」
翔は不思議に思いながら家中を探したが、どこにも二人の姿が見当たらなかった。
電話をかけても繋がらない。翔の胸の中に、じわじわと不安が広がっていく。
「何か…おかしい。」
不安が胸を満たす中、テーブルの上に置かれたスマートフォンが震え、一通のメッセージが表示された。
「次はあなたの大切な人々の番です。」
翔はその言葉に目を見開き、全身に悪寒が走った。


一方、暗い密室では、母の恵子、妹の芽衣、隼人、そして恵子の過去の不倫相手と思われる中年の男が目を覚ましていた。
天井から響く無機質な声が告げる。
「ようこそ、“真実の裁判”へ。」
運命の輪は再び回り始めた。


――終わり――

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