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異世界拒否物語

第1章:勇者召喚、まず拒否する

目を覚ますと、そこはやたらと煌びやかな大広間だった。

俺、神谷廉(かみや れん)は、大学の課題に追われて徹夜し、そのまま机に突っ伏して寝ていたはずなのに――なんで今、見たこともない金ぴかの宮殿みたいな場所に立たされているんだ?しかも、俺の周囲には鎧を着た兵士、長い髭を生やした王様っぽい爺さん、そしてドレスを着た金髪の少女までいる。

「おお、勇者よ!ついにお目覚めになられましたか!」

正面に鎮座する老人が立ち上がり、俺に向かって両腕を広げた。その白いヒゲと豪奢な服装、そして「勇者」なんて言葉。見た目はまるっきりファンタジーの王様そのものだ。

「え、えっと……勇者って、俺のことですか?」

「その通り!我が名はアルバート王、このレメシア王国を治める者。異世界より召喚された勇者様!あなたこそ、この世界を救う唯一の希望なのです!」

――あ、これ、知ってる。

テンプレ中のテンプレじゃないか。「勇者召喚→異世界で大冒険→魔王討伐→世界救済」みたいな、よくあるラノベのアレ。さすがに寝ぼけて夢でも見ているんだろう……と思いたかったが、頬をつねっても痛いし、景色は妙にリアルだ。

「……はあああ?」

だが次の瞬間、俺は深く息を吐きながら思いっきり頭を抱えた。なんでこんな非現実的な場所に飛ばされなきゃいけないんだ?勇者召喚?世界を救え?寝言は寝てから言え。

「ちょっと待て。それ、なんで俺なんですか?」

「なぜ……? そ、それは……勇者様であるあなたが――」

「だからその“勇者様”っていう呼び方やめてください! そもそも俺、魔王なんて知らねーし、この世界に来た覚えもないし!」

叫ぶ俺に対し、王様と周囲の兵士たちはまるで録音テープのように同じ表情を浮かべた。「困惑」でもなく「怒り」でもなく――ただの『固定された表情』。

「我が王国は魔王による脅威にさらされておるのです。ですから――」

「だから、それがなんで俺なんだって聞いてんだよ! いきなり知らない世界に引っ張ってきて、世界を救え? それ、どう考えても理不尽だろ!」

俺の怒号に、王の言葉が詰まる。周囲の兵士や側近たちも一斉に俺を見つめるが、誰も反論しない。なんだこれ、マジで気持ち悪い。

「おい……あんたたち、本当に俺を呼んだのか? それともただの役者か?」

俺は周囲を見渡す。そこには異様な光景が広がっていた。王様、姫、兵士たち――誰もが「それっぽいポジション」にいるだけで、まるで『人間らしさ』が欠けている。まるでNPCみたいだ。

「あ、あの……勇者様?」

すると、俺の隣にいた金髪の少女――明らかにヒロイン枠っぽいドレスの女が、おそるおそる口を開いた。

「どうか……魔王を倒してくださいませ。我が国の平和のために……」

美しい顔立ちと、可憐な声。でも、そこには何かが足りない。

「……平和のため?じゃあ、魔王ってどこにいるんだ?」

「えっ……えっと、それは……東の彼方の『闇の大地』にいると――」

「じゃあ、その闇の大地って具体的にどこだ?地図はあるのか?どうやって行けばいいんだ?」

「そ、それは……」

少女の顔が青ざめ、言葉に詰まる。俺は確信した――こいつら、俺を異世界に連れてきておきながら、中身が薄っぺらい。

「結論――これは作り物の世界だ。」

俺は声に出してそう言った瞬間、誰もがぴたりと動きを止めた。その静寂がやけに耳に痛い。だが、それでも俺の中に湧き上がるのは怒りと呆れだ。

「おい、アルバート王とか言う爺さん。アンタら、俺に何をさせたいんだ?その魔王ってのが本当に存在するかどうか、ちゃんと確かめたのか?」

「な、何を申されるか勇者よ! 魔王はこの世界の災厄で――」

「災厄?根拠は?証拠は?そんなに危険ならアンタらで何とかしろ!」

俺は机を叩く勢いで立ち上がり、周囲を見渡す。

「俺はただの大学生だ! 魔法も剣も使えねーし、他人の世界の都合で生きるつもりはねえ!」

誰もが無言だ。ただ俺の声だけが大広間に響く。この世界の『違和感』が、嫌というほど俺の胸にまとわりついてくる。

――これは本当に、現実なのか?

それとも誰かが作り上げた、都合のいい『幻想』なのか?

「俺は帰る。勇者召喚、断固拒否だ。

俺がそう宣言した時、少女――金髪の姫は小さく「え……」と呟いた。王様も兵士も、動かない。いや、動けないのか?

――こうして、異世界に連れてこられた俺の『異世界拒否物語』が幕を開けた。

第2章:異世界の不自然さを暴く

「勇者様、待ってください!」

背後で聞こえる金髪姫――エリスの声を完全に無視して、俺は王宮の大広間を飛び出した。もう、あのテンプレ集団と話しても時間の無駄だ。

重厚な扉を開けた先には、これまた「いかにも」な光景が広がっていた。青空と白い雲、遠くに見える城壁と街並み、そして――芝居がかったほどに整った石畳の通路。

異世界観、満載。

ただし、それが余計に「偽物」にしか見えない。

「はあ……」

ため息を吐きながら城下町へと足を踏み入れる。きっとそこには住民がいて、俺を見て「勇者様だ!」とか叫んで崇めるんだろう。わかりきっている――そんなシナリオはゴメンだ。

だが。

「お、おや、今日も良い天気ですね!」

「困ったものですなあ、魔王が……」

「勇者様が来てくれたら、きっと平和になりますとも!」

通りを歩く住民たちの声に、俺はすぐに足を止めた。

「……は?」

目の前でパンを売っている中年のオヤジが、まるでカセットテープでも巻き戻したように同じ言葉を繰り返し続けている。その隣の老婆も、さらにその向こうの少年までもが、口々に同じセリフを喋るだけだ。

「お、おい、あんたら……それ、何回目だよ」

俺が声をかけても、住民たちは表情一つ変えず、何事もなかったかのように「勇者様が平和をもたらしてくれる」とリピートする。まるで壊れたAIだ。

「……マジかよ」

冷や汗が背中を伝う。この異世界、どう考えてもおかしい。

一軒の食堂に入ってみても、状況は変わらなかった。笑顔を張り付けた店主が、「おや、勇者様ですね!当店自慢のシチューはいかがでしょう!」と、やけに流暢に話しかけてくる。

「いくらだ?」

「勇者様には特別、無料でございます!」

「……ふざけんな、経営破綻だろそれ」

俺のツッコミにも反応せず、店主は満面の笑みでシチューをよそう。「無料だ」「特別だ」といったセリフが繰り返されるたびに、何かが胸の奥に引っかかる。

王国の経済はどうなってんだ? 商売をしているはずなのに、金を取らない理由は何だ? 住民はどうやって生活しているんだ?

だが、その問いに答えてくれる者はいない。ただ――「勇者様が来たら、平和になる」の一点張り。

俺はテーブルをバンッと叩いた。

「ちょっと待て、そもそも魔王ってなんだよ? どこにいるんだ? その魔王を見たことある奴、いるのか?」

隣の席にいた老人がふっと俺を見て、ゆっくり口を開く。

「魔王は東の『闇の大地』にいるのじゃ……」

「ああ、それ聞いた。具体的にどこだよ? 地図あるのか?」

「闇の大地に……いるのじゃ……」

繰り返されるセリフ、焦点の合わない目。

俺は椅子から立ち上がり、食堂を飛び出した。


城下町を歩き回り、ありとあらゆる人間に質問した。農民、衛兵、果ては教会にいる神父まで――だが返ってくる言葉はどれも同じだ。

「魔王がいる」

「勇者様が救ってくれる」

「闇の大地に……」

まるで「都合のいい設定」で止まっているかのようだ。詳細は曖昧で、説明が必要になるとNPCみたいに誤魔化す。

「……そうか。これ、全部設定でしかねえんだ」

――不自然すぎる。どうしてこの世界はこうも「中身」がない?

歩き疲れた俺は、城下町の隅に腰を下ろし、頭を抱えた。この世界はどこまでも“それっぽい”だけだ。背景は完璧、キャラもいかにもな役割を持っている。でも、根幹が空っぽ。

遠くから賑やかな鐘の音が聞こえてくる。夕方だというのに、街の住民たちは依然として同じ会話を繰り返していた。

その時、金髪姫――エリスが走ってくるのが見えた。

「勇者様! どうして逃げるんですか!」

「お前、気づかねえのか?」

「……え?」

「この世界が、まるで作り物だってことだよ」

エリスは戸惑った顔で立ち止まった。まるで「そんなはずない」と言いたげな表情だが、その目の奥に微かな迷いが浮かんでいる。

「エリス、お前に聞く。魔王って本当に存在するのか?」

「それは……」

「なあ、この王国が本当に危機に瀕しているなら、どうして住民はこんなに呑気なんだ? 経済も政治も機能してねえ。魔王に怯えるどころか、全員“魔王の話”しかしてねえ」

「……」

エリスは何も言えなかった。彼女自身、その違和感に気づき始めているのかもしれない。

俺は立ち上がり、空を見上げる。夕陽がやけに不自然な色をしていた。

「これは――誰かの都合で作られた“舞台”だ」

そして俺はこの世界の真実を暴くために、行動を開始することを決意した。

第3章:テンプレヒロインの覚醒

エリスは、ついてくるつもりなのだろうか。

王宮から出て城下町を徘徊している間、金髪ドレスの姫――エリスは俺の少し後ろを黙って歩いている。昼間の喧騒が嘘のように静まり返った夜の街。住民たちは当然のように「勇者様が魔王を倒す」と繰り返しているが、もうそれを聞く気にもなれない。

「なあ、お前さ……疲れねえの?」

振り向いて問いかけると、エリスは少し目を見開いて俺を見た。

「……疲れる?」

「そうだよ。お前、ずっと俺にくっついてきて。お姫様らしい顔しておいて、なんでそこまで律儀なんだ?」

「それは……だって、勇者様が……」

「ほら、それだ」

言葉を遮ると、エリスの唇がピタリと止まる。

「勇者様だから。魔王を倒す人だから。お前らってそれしか言わねえよな。なんで王様の命令だって思い込んでんだ? 誰に言われたんだ?」

「そ、それは……」

エリスは困惑した顔を浮かべる。

「王様が……この国の人々が、ずっとそう言っていたから……」

「だから何? じゃあお前自身の意志は? 誰かの言葉じゃなくて、自分で考えたことって何かあるのか?」

一瞬、エリスの顔に戸惑いが走った。だが、それはすぐに消え、いつもの「テンプレお姫様」の顔に戻る。

「勇者様は、この世界の希望です。だから、私も……勇者様と共に……」

「だから、それが誰かの台本通りのセリフだって言ってんだよ!」

俺は声を荒げた。街灯の光が、エリスの不安げな顔を照らしている。無意識に拳を握りしめながら、俺は言葉を続けた。

「お前、自分でその言葉が本当に正しいと思ってんのか? 魔王だの勇者だのっていう設定がさ、いつからお前らの中にあった? 誰が最初に魔王を生み出したんだ?」

「……っ!」

エリスの目が揺れる。彼女の金髪が風に揺れて、城下町の静けさに溶けていく。

「俺にはわかんねえんだよ。お前らが、まるで生きてる人間みたいに見えねえ理由が」

エリスは俯き、その場で立ち尽くした。


沈黙がしばらく続いた後、エリスが小さく声を出す。

「……私は、生きていないのでしょうか?」

「……は?」

「勇者様のおっしゃる通り……私は、誰かに作られたのですか?」

震える声に、俺は言葉を失った。彼女の目は、これまでの“テンプレヒロイン”そのものの明るさから一転、まるで初めて自分自身の足元を見つめる子供のようだ。

「王宮で生まれ育ったと、ずっと教えられてきました。私はこの国の姫で、勇者様をお迎えして、共に魔王を討つ運命だと……。でも、それは誰が決めたのでしょう?」

エリスは胸元のペンダントを強く握りしめる。その細い肩が、かすかに震えている。

「――私は、私自身で何をしたいのか……何も考えたことがありませんでした」

「……」

ここにきて、彼女は初めて"自我"の萌芽を見せた。誰かに決められた役割ではなく、「自分」という存在を疑い始めたのだ。

――だが、それが余計に苦しいことも、俺にはわかる。

「お前だって、生きてるだろ」

気づけば、俺は呟くように言っていた。

「もしお前が誰かの都合で生まれた存在でも、今こうして自分のことを考え始めてんなら……それはお前自身が生きてるって証拠だ」

「……でも」

「でもじゃねえよ」

俺はエリスの頭にぽんと手を置いた。彼女は目を丸くして俺を見上げる。

「誰かのためじゃなく、自分のために考えろ。魔王がどうとか、勇者がどうとかじゃねえ。お前自身が何をしたいのか、どんな風に生きたいのかを」

「……!」

エリスの瞳に、一筋の光が宿る。


その後、エリスは俺に城下町の「図書館」へ案内した。石造りの建物の中には、古ぼけた本が山積みになっている。

「ここには、この世界の記録が残されていると……王様は仰っていました」

俺は一冊の本を手に取り、パラパラとめくる。だが――

「……中身、空っぽじゃねえか」

書物には、タイトルだけが立派に書かれているのに、本文がまるで書き込まれていない。まるで「存在している体裁」だけの本。

「エリス。お前、この国の歴史、知ってるか?」

「……歴史……?」

彼女は固まったまま答えられない。

「ああ、そういうことだよ」

この世界は、徹底的に“設定”だけで成り立っている。魔王という敵、勇者という役割、姫というヒロイン――それぞれは綺麗に配置されているのに、その背景や歴史は白紙のまま。

「俺はこの世界の作り物を暴く。そして、お前自身がどう生きるのか――それも一緒に見つけてやる」

エリスは驚いたように俺を見つめ、やがて、わずかに笑った。

「……ありがとうございます、勇者様」

その笑顔は、初めて「作り物」ではないように見えた。

第4章:賢者との対決 ~世界の真実~

夜明け前、城下町の広場に薄紫の空が広がる。静まり返った街並みは、まるで時間が止まったかのように微動だにしない。誰もが眠り、街の景色すら作り物めいた静寂に包まれている。

「ここに来れば、答えが得られるはずです……」

エリスの声が響く。俺たちが向かっているのは、王国の東にある「賢者の塔」だ。

――賢者ルイス。

この世界の真理を知る唯一の存在であり、王国において「全てを知る者」とされる、いかにもなキャラクターだ。だが、これまでの経験からして、その「賢者」という称号もご都合主義の設定でしかない気がしてならない。

「勇者様、本当にお確かめになるのですか?」

「そりゃあな。賢者なんて大層な肩書を持ってる奴が、世界の正体を知っているなら、きっちり聞いてやるさ」

エリスは複雑そうな顔をしている。彼女自身、自分の存在に疑問を抱き始めたものの、それでもこの世界を「幻想」と言い切る勇気はまだないのだろう。


賢者の塔は王都から少し離れた丘の上に建っていた。

それはまさにファンタジーな異世界に相応しい、ねじれた形の石造りの塔。頂上には謎の光が揺れていて、いかにも「賢者がいます」感を醸し出している。

「入ろうぜ」

俺はため息をつきながら扉を押し開ける。ギィィィ……と重い音が響いた。中は意外にも広く、中央の階段を囲むように、壁一面に本棚が並んでいる。

「来たか……勇者よ」

重厚な声が広間に響く。階段の上から、長いローブをまとった白髪の老人がこちらを見下ろしていた。

――賢者ルイス。

長い白髪、杖、知恵を持つ老人キャラ。もう見慣れたテンプレだ。

「貴様がこの世界の勇者か……」

「お前が賢者ルイスだな」

「そうだ。この世界の理を知る唯一の賢者……私は、世界の全てを見通す者だ」

老人は階段をゆっくりと下りながら、意味ありげに目を細めた。その姿はまさに「それっぽい」。だが今の俺には、そういう見た目に騙される余地はない。

「なら、答えろよ。お前、この世界がどうなっているか知ってるんだろ?」

「何を知りたいのかね? 勇者よ」

「全部だ。この世界はどうしてこうも薄っぺらい? 住民は同じ言葉を繰り返し、経済も政治も成り立っていない。そして“魔王”が存在する理由も曖昧だ」

俺が畳みかけるように言うと、賢者は一瞬だけ表情を曇らせた。

「……お前の役目は、魔王を倒し、この世界を救うことだ。それだけだ」

「それだけ? ふざけるな」

バンッと床を踏み鳴らし、俺は怒りを込めて賢者を睨む。

「なんでだ? なんで魔王を倒すことが前提なんだよ? そもそも、魔王って本当にいるのか?」

「魔王は……この世界の災厄だ」

「だから、その“災厄”ってなんだよ? 誰が決めた? どんな理由で生まれた? どうして俺が倒さないといけないんだ?」

賢者は口をつぐむ。まるで何かを隠しているかのように目を伏せた。

「答えろ、ルイス。お前が賢者なら、この世界の真実を知ってるんだろ?」

長い沈黙の後、賢者は杖をつき、疲れたように椅子に座り込んだ。

「……そうだ。お前の言う通り、この世界は……幻想だ

「――何だと?」

エリスが驚いた声を上げる。

「この世界は、本来存在しない。誰かが望んだ結果、生み出された“逃避”の産物だ」

「逃避……?」

「ああ。現実から目を背け、楽に生きたいと願った者たちが作り上げた世界だ。魔王も勇者も、ただの“システム”にすぎん。誰かが必要だと望んだから、存在する」

ルイスの声が、広間に響く。

「魔王という“絶対的な悪”を生み出し、それに立ち向かう勇者という“希望”を用意することで、彼らは自分を保とうとした。そうすれば、辛い現実を忘れ、ここに安住できるからな」

「……ふざけんな」

俺は奥歯を噛みしめる。

「じゃあ、お前もこの世界の住人じゃねえのか?」

「そうだ。私はこの世界の一部――設定として与えられた“賢者”だ。だが、私には世界の理を知るという役割がある。だからお前に言おう。この世界はお前が考えるようなリアルではない」

「……」

「お前はこの世界を壊そうとしているな? だが、それは多くの者にとって“現実”を失うということだ」

「それで?」

俺は賢者を睨みつける。

「だから何だって言うんだよ。偽物の世界にしがみついて、現実から逃げて、それで生きた気になるってのか?」

「お前には理解できまい。現実の残酷さを知った者の心の拠り所が、この世界なのだ」

「知らねえよ、そんなの。俺は現実に戻る。それに――こんな世界でも、今ここにいる“エリス”みたいに自分で考えようとしてる奴だっているんだよ!」

「……勇者様……」

エリスが小さく呟いた。ルイスは俺とエリスを見つめ、静かに目を閉じる。

「……お前がどうするかは自由だ。ただし、お前がこの世界を壊すなら――“魔王”が必ずお前の前に立ちはだかる」

「それでいいさ」

俺は賢者に背を向け、エリスの手を引いて歩き出す。

「……勇者様。私、どうすればいいのでしょう?」

「自分で考えろよ。お前は“設定”じゃないんだから」

賢者の塔を出ると、空が少しだけ白み始めていた。冷たい風が吹き、俺は胸の中に確かな決意を抱く。

この世界の嘘を暴いて、絶対に真実を見つけ出す。

第5章:魔王討伐、しない

――その先に待つものが、真実ならば。

目の前に広がるのは「闇の大地」。黒雲が空を覆い、枯れ果てた大地に裂け目のような溝が走る。遠くには不気味にそびえ立つ漆黒の城。そのシルエットは、いかにも「魔王の居城」と言った風情だ。

俺はその光景を冷めた目で見つめ、ため息を吐いた。

「……見事に“それっぽい”な」

隣でエリスが心配そうに俺を見つめている。彼女の手は微かに震えているが、もうかつての「テンプレヒロイン」ではない。自分の意志でここまで来た。その瞳には迷いがありながらも、確かな覚悟が見えた。

「勇者様、本当に行かれるのですね?」

「ああ。魔王に直接会ってやる。そして――決着をつける」

「魔王を……討つのですか?」

俺は首を横に振る。

「違う。討つわけじゃない。――茶番を終わらせるんだ」

エリスは息を飲んだ。彼女の目にはまだ理解しきれない不安が浮かんでいるが、それでも俺の言葉を信じているようだ。

「行こう」

俺たちは「魔王の城」へと足を踏み入れた。


城内は驚くほど静かだった。

大広間に進むまでの道には、誰一人として敵はいない。罠もなければ魔物の姿すら見当たらない。まるで「俺たちがここに来ること」を待ち構えていたかのように、道は一直線に“ボス部屋”へと続いていた。

――そう。どこまでもご都合主義だ。

「なんだよこれ……まるで用意されたステージじゃねえか」

俺は呟くと、エリスが小さな声で答える。

「この場所も、魔王様も……誰かが“必要だ”と願ったから存在しているのでしょうか?」

「だろうな」

俺は足を止め、目の前の巨大な扉を見上げた。黒い鉄製の扉には意味ありげな文様が刻まれているが、もうそんな「それっぽさ」には何の感慨も湧かない。

「さっさと終わらせるぞ」

扉を押し開けた瞬間、冷たい風が吹き抜ける。大広間は広大で、天井すら見えないほどの暗闇が広がっていた。そして――その中央に、玉座があった。

そこに座るのは、一人の男。

漆黒の鎧をまとい、顔はマントの影で隠されている。いかにも「魔王」といった姿だ。

「来たか……勇者よ」

その声は低く、重々しく響く。俺は大股で玉座へ歩み寄り、魔王と向き合った。

「お前が魔王か?」

「そうだ……我こそは、この世界に災厄をもたらす存在……」

「それ、本当に自分で言ってるのか?」

俺の問いに、魔王は一瞬動きを止めた。

「……何?」

「お前さ、自分が何のために存在してるかわかってんのか? 災厄? 世界を脅かす者? それはお前自身の意志か?」

「……我は……」

魔王の声が微かに揺れる。

「違うだろ。お前は“必要だから”ここにいるだけだ。俺がこの世界に召喚されたように、お前も誰かが設定した“敵”にすぎない」

「貴様……何を言っている」

「お前の存在に意味なんてねえんだよ!」

俺の声が城内に響いた。その瞬間、暗闇が揺れ、玉座の周囲の空気が歪んでいく。

「魔王が存在する理由は、ただ一つ。誰かが“そういう役割が必要だ”と望んだからだ。お前自身の意志なんて、そこには欠片もねえ!」

「……違う……我は……」

魔王の声が次第に掠れ、玉座に座るその身体が小刻みに震え始める。

「お前が“災厄”だっていうなら、その根拠を示せよ。誰かを傷つけたか? 誰かの生活を奪ったか? 何もしてねえだろうが!」

闇の大地、魔王の城、勇者と魔王の対決――それらは全て作り物だ。そうでなければ、魔王自身が自分の存在意義を語れないことの説明がつかない。

「――お前はただのシステムだ。舞台装置だ。誰かの逃避のために必要とされた存在にすぎない」

魔王が何かを言おうとするが、その声はもう音にならなかった。暗闇が一層激しく揺れ、周囲の景色が崩れ始める。

「な、何が……起こっている……」

エリスが驚いた声を上げる。魔王の姿が、まるで砂のように崩れ落ちていく。

「この世界の虚構が暴かれたんだよ」

俺は呟き、目の前で消えゆく魔王を見つめた。

「お前に存在する理由はない。ここで終わりだ」

その言葉と共に、魔王は完全に崩れ落ち、闇の大広間が光に包まれた。


目を開けると、俺たちは闇の城ではなく、真っ白な空間に立っていた。

何もない。ただの「余白」のような空間。

「……ここは?」

エリスが呆然と周囲を見渡す。

「この世界の“終わり”だろうな」

「終わり……?」

「舞台装置の魔王が消えた。これで、この世界を成り立たせていたシステムは壊れたんだ」

虚構が露呈したこの異世界は、少しずつ崩壊を始めている。その証拠に、足元の地面すら徐々に薄れて消えていく。

「勇者様……私たちは……」

エリスが不安そうに俺を見つめる。俺は彼女の手を取って言った。

「ここからが始まりだろ。お前が、自分の人生を考え始めるのは」

エリスの瞳が大きく揺れる。そして、ゆっくりと小さく笑った。

「はい……」

その笑顔は、最初に出会った時とは違う。もはや設定や役割に縛られたものではなく、一人の「人間」としての笑みだ。

――こうして、俺は世界そのものを否定した。

だが、その先に待つものはまだわからない。

虚構の崩壊が進む中、俺たちは真っ白な世界の果てを目指して歩き出した。

第6章:終焉と帰還 ~現実は残酷だが美しい~

真っ白な空間がどこまでも広がっている。地面も空も存在せず、ただ無限の白が俺たちを飲み込んでいく。

「……これが、この世界の終わり?」

エリスの声が震えている。俺はゆっくりと前へ進み、もう何もない虚無を見つめた。

「ああ。そうだろうな」

魔王が消え、賢者が語った通り、異世界というシステムそのものが崩壊し始めた。作り物の王国、台本の住人たち、そして役割に縛られた世界は、役割を失った瞬間に瓦解した。

――これは、最初から「現実」なんかじゃなかった。

俺は唇を噛み締める。だが、そのことに怒りも悲しみも感じない。ただ、虚しさだけが残る。

「……ねえ、勇者様」

エリスが俺の袖を掴んだ。その目は不安げだが、どこかで覚悟を決めたようにも見える。

「この世界は、最初から“必要”だったのでしょうか?」

俺は静かに目を閉じる。確かに、この世界は必要だった――いや、必要とされた世界だった。

「――お前も気づいてるだろ」

エリスは小さく頷く。彼女は自分の胸元にぶら下がったペンダントを握りしめ、まるで自分自身に言い聞かせるように呟いた。

「きっと、この世界を望んだ人がいたのです。現実が辛くて、苦しくて、どうしようもなくなった人が……」

「そうだな」

俺は頭をかく。

「現実なんてのはクソみたいに厳しい。特に、今の日本はな」


思い出す。

俺が住んでいた現実――あの“斜陽の国”の姿を。

国民総貧乏、少子化で国際競争力は先細り。かつては世界を席巻した製造業は中国やアジア勢に追い抜かれ、栄光はとうの昔に失われた。

新しい時代の産業――IT、AI、バイオ技術――そのどれ一つでも日本は海外巨大企業に勝てない。日々ニュースで見るのは未来への絶望だけだ。

「夢を持て」なんて無責任な言葉を吐かれても、現実はどうだ? 生きるために働いて、ただ疲れて終わる。若者は希望なんて抱けねえ。

だから――異世界が生まれた。

「現実が辛くて逃げたい奴らが、夢を求めて作り上げたんだよ。こういう都合のいい世界をな」

魔王という「絶対悪」を作れば、誰もが手軽にヒーローになれる。姫は勇者に恋をし、世界は救われる――努力も痛みも必要ない、ただ選ばれた勇者が都合よく救うだけの世界。

「だから異世界ものは流行るんだよ。だが、それは結局、ただの“逃避”だ」

「逃避……」

エリスが小さく繰り返す。彼女はまだ「この世界」に生きる者として、その事実を受け止めきれないのかもしれない。

「でもな」

俺は彼女の肩に手を置いて、真っ直ぐ目を見る。

「それでも、逃げ続けたって何も変わらねえ。異世界がいくら都合よくても、それが俺たちの現実になるわけじゃない」

「……じゃあ、勇者様は……どうされるのですか?」

エリスの瞳には、真剣な問いが宿っていた。

俺は少しだけ笑って答えた。

「帰るよ、現実に」

「現実に……?」

「ああ。残酷だし、苦しいし、ムカつくことばっかりだけど、それが本当の世界だからな」

俺の言葉にエリスは何かを言おうとしたが、次の瞬間、白い世界が激しく揺れ始めた。

「――っ!」

エリスが息を飲み、俺は彼女の手を掴む。

「行くぞ」

崩壊する世界の中、俺たちは走る。足元が消えていき、遠くで光が揺れている。白い虚無の中にぽっかりと開いた「出口」のような光が。

「勇者様!」

「大丈夫だ、俺について来い!」

光が迫る。だが、俺は振り返ってエリスに言った。

「お前も、ここで終わりにするんだ」

「――はい!」

彼女は力強く頷いた。その瞬間、俺たちの視界が光に飲まれた。


目を覚ますと、そこは俺が最後に寝落ちした、自分の部屋だった。

机の上には開きっぱなしの教科書と、未完のレポート。窓の外には灰色の空と、見慣れたアパートの風景。

「……戻ってきた、か」

夢だったのか? そう考えそうになるが、俺の胸には確かな記憶と、あの異世界での時間が残っている。

「……勇者様」

ふと、俺の手元に小さなペンダントが残されていることに気づいた。それはエリスが大事そうに持っていたものだ。

「……お前も、自由になれたか?」

そう呟いて、俺はペンダントを握りしめる。

現実は変わらない。貧乏なままだし、社会の先行きは暗いままだ。でも――

「逃げねえよ」

俺は机に向かい、散らかったノートを開く。

「俺は、現実を生きる」

異世界は幻想だ。確かにあの場所には甘い夢があった。でも、夢で生きることはできない。

この世界で、苦しくても足掻いて、最後まで俺自身の人生を作る。それが、俺があの世界から学んだことだ。

「よし……やるか」

深呼吸してペンを握る。手元のレポートの続きを書き始めると、窓の外から静かな陽光が差し込んできた。

現実は残酷だ。でも――

それでも、美しい。

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