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孤島の洋館殺人事件 〜招かれざる客〜

第1章:孤島の招待状

その島は、地図には「黒影島」と記されていた。外界から隔絶された孤島であり、周囲は荒々しい断崖絶壁と潮の速い暗い海に囲まれている。その姿は、海に浮かぶ巨大な墓標のようだった。

洋館が建つ場所は島の中心部の丘の上だ。古めかしいながらも圧倒的な存在感を放つその建物は、かつて時代の名残を取り込んだ西洋建築であり、瓦屋根と鉄の門扉が風雨に耐えて佇んでいる。
黒川輝之――この館の主――が鷺宮慎一郎に手紙を送ったのは、わずか三日前のことだ。そこには簡潔に「ぜひお越し願いたい。あなたの知恵を借りる時が来た」とだけ書かれていた。

「何か面白いことが起きそうですね、鷺宮先生」

船のデッキで助手の遠藤が興奮気味に言った。海はすでに荒れ始め、空は灰色の雲に覆われていた。風が吹くたび、船体がギシギシと悲鳴を上げる。
一方、鷺宮慎一郎は落ち着き払って黒光りするステッキを握り、ただじっと島を見つめていた。その表情には、何の感情も浮かんでいない。

「風が出てきましたね」
「嵐の前兆です。あれが黒影島の姿だ、慎一郎先生」

鷺宮の目に飛び込んできたのは、島と、島を飲み込むような波。そして、その中心にそびえ立つ陰鬱な館の姿だった。


玄関ホールは想像以上に広かった。重厚な扉が音を立てて閉まると、耳が痛くなるほどの静寂が館内を支配した。正面のシャンデリアは古びた金色の枠に覆われ、わずかな光をこぼしている。埃の匂いと、ほのかな湿気が漂う。

「皆様、こちらへどうぞ」

執事の古賀が抑揚のない声で案内する。細身の老人だが、背筋はぴんと伸びており、その動きには機械仕掛けのような無駄のなさがあった。鷺宮が奥の広間へ進むと、すでに数名の客人が揃っていた。


「お待ちしておりましたよ、鷺宮先生」

ひときわ目を引く老人が立ち上がった。黒川輝之――この館の主だ。六十代後半、だがその鋭い眼光は年齢を感じさせない。疲れ切った表情の中に、どこか人を試すような笑みが浮かんでいる。

「よくぞお越しくださいました。私は――退屈な日々に飽き飽きしているのです」

鷺宮は老人の言葉に無言で頷いた。その背後で他の客人たちが視線を交わし始める。


鷺宮は一人ずつ客人たちの様子を観察していった。

若い男がひとり、彼の前に立つ。物静かな印象だが、目にはわずかな光が灯っている。
「青山陸と申します。祖父からこの島の話を聞いてはいましたが、まさか自分が来ることになるとは……」
陸の言葉は礼儀正しいが、その声にはどこかしら含みが感じられた。

続いて、黒川の秘書らしき若い女性が鷺宮に近づく。彼女は長い髪をまとめ上げ、白いブラウスがどこまでも冷たい印象を与える。
「白井彩花と申します。お役に立てることがあれば、どうぞお申し付けください」
彩花の声は抑揚がなく、何かしらを隠しているようにすら見える。

さらに太った中年の男が、重い椅子に体を沈めたまま、笑いもせずに鷺宮を見上げた。
「山田一郎です。黒川さんが私を呼びつけるなんて、何か重大な話があるんでしょうな」

最後に、婦人服を着た五十代の女性が、震える手で小さなハンカチを握りしめている。
「鈴木花子と申します。……ここには来たくなかったんです。でも……断れなくて……」

彼らの言葉には何気ない挨拶の中に、それぞれの事情や秘密が隠されているかのようだった。


その夜、嵐がやってきた。

夕食の席では、静かな時間が流れていた。テーブルには豪勢な料理が並べられているが、誰もが食事に集中していない。黒川が唐突に口を開く。

「今夜は皆さんに、ちょっとした試練を味わっていただこうと思っています」

試練――その不気味な一言に、客人たちは思わず顔を上げた。だが黒川はそれ以上何も言わず、不敵な笑みを浮かべるのみだった。

その瞬間、遠くから風の唸り声が響き渡り、窓ガラスがカタカタと震えた。

「嵐が……」
鈴木が小さな声で呟く。雷鳴が館を震わせるたび、シャンデリアがチカチカと揺れ、古賀が申し訳なさそうに呟いた。
「申し訳ございません。古い配線でして、どうしてもこうなりますな」

鷺宮はその時、黒川の背後の扉に目を向けた。書斎だろうか。そこに黒川がゆっくりと立ち上がり、懐から小さな鍵を取り出す。

「大事な書類があるものでね。少し書斎に篭るとしましょう」

鍵が黒川の指の間で小さくカチャリと音を立てた。

食事が終わると、青山が一瞬、書斎の扉の前で立ち止まった。彼は手をポケットに突っ込んだまま、その扉をじっと見つめていたが、何事もなかったかのように踵を返した。

その後、鈴木が誰かに怯えるように小声で呟く声が聞こえる。
「この館には……秘密があるんです……。誰も知らない……通路が……」

雷鳴がその言葉を掻き消し、鷺宮は微かに眉をひそめた。

この館には違和感が漂っている。そして黒川輝之が言った「試練」とは一体何を意味するのだろうか――。

探偵・鷺宮慎一郎はステッキを軽く握りしめ、嵐の夜が幕を開けるのを静かに待った。

(第1章 終)

第2章:密室の殺人

夜は、まるで漆黒の海のように、島全体を覆い尽くしていた。窓の外では狂ったように風が吠え、時折、雷光が館内に白い閃光を落とした。黒影島は完全に嵐に飲み込まれ、陸の孤立が確定した瞬間、館には得体の知れない不安が漂い始めた。


鷺宮慎一郎は一室に用意された客間の椅子に腰掛け、静かに時を過ごしていた。ステッキを手にし、まるでこの嵐が何事もなく通り過ぎるのを待っているかのように、どこか無関心にも見える。

しかしその静寂は、夜半に突然破られた。

「ぎゃああああっ!」

女の悲鳴が、廊下の向こうから響き渡った。

鷺宮は即座に立ち上がり、ステッキを手に部屋を出た。暗闇の廊下にはすでに数名の人影が集まっている。顔面蒼白の鈴木花子が両手で口を押さえ、今にも崩れ落ちそうだった。

「どうしたんですか!」
青山陸が駆け寄り、鈴木の肩を掴んだが、彼女はうわ言のように繰り返すだけだった。

「黒川さんが……書斎で……! 早く……! 早く見て……!」


執事の古賀が鍵を手に、重厚な書斎の扉の前に立っていた。何度も扉を叩きながらも、返事はない。

「鍵は?」
鷺宮が冷静に尋ねると、古賀は眉を寄せた。
「施錠されています。内側から……」

扉に手を当て、鷺宮は扉の下を覗き込んだ。隙間からは一筋の光も漏れていない。中で何が起きているのか、外からは一切うかがい知ることができない。

「仕方ありません、扉を破りましょう」
青山が言うや否や、山田一郎が力任せに扉を叩き始めた。数回の激しい衝撃の後、古い扉の蝶番が悲鳴を上げ、ゆっくりと開かれた。


書斎の中には、異様な光景が広がっていた。

重厚な机の向こう、黒川輝之が椅子に背を預けたまま座っていた。だが、その胸元には深々と突き立てられた一本のナイフ。目を見開いたまま、彼は既に絶命している。血は白いシャツを染め、机の下へと滴り落ちていた。

部屋には他に人影はなく、窓も固く閉ざされている。床には乱れた形跡すら見当たらなかった。

「……密室だ」
誰かが息を飲むように呟いた。

鷺宮はステッキを軽く突き立て、部屋を見渡した。内側から施錠された扉と無傷の窓。典型的な密室状態――いや、あまりにも見事すぎるほどの密室だった。


「これは……自殺ではないのか?」
山田一郎が眉をひそめながら呟いたが、白井彩花がすかさず反論した。
「自殺? そんなはずありません。黒川様が自ら命を絶つなんて、考えられないわ」

「しかし、この状況では……」
青山が言いかけたところで、鷺宮が机の上に目を留めた。

「内側から鍵がかかっていた、と言いましたね」
古賀が静かに頷く。
「ええ。間違いございません。書斎の鍵は……ほら、ここにあります」

古賀が手に持っていたのは、館の鍵の中でもひときわ古びた、金色の鍵だった。それは部屋に唯一出入りできる扉のものであり、密室であることをさらに証明する形となった。

「つまり、扉は内側から施錠され、鍵は中にあった。そして、彼の胸にはナイフ――」

鷺宮はステッキを床に軽く突き、視線を落とした。足元には、落ちた黒川の懐中時計が静かに転がっている。

「ふむ……」

彼は懐中時計を拾い上げ、じっと観察した。

「止まっていますね。午後十時十五分を指している。おそらくこの時計が落ちた時に、動かなくなったのでしょう」

鷺宮はそのまま青山陸に目を向けた。
「青山さん。あなた、書斎の前で何かをしていましたね?」

青山の顔色が僅かに変わった。
「な、何を言うんですか。私は――」

「立ち止まっていた。それだけで十分です」

その時、再び雷鳴が轟き、部屋の電灯が不気味にチカチカと揺れた。古賀がハッと息を飲む。
「申し訳ございません。古い配線ですので、こういうことが……」

「そうですか」

鷺宮は静かに返し、もう一度部屋全体を見渡した。違和感がある。
誰もが緊張に顔を強張らせる中、鷺宮は机の隅に置かれた一冊の分厚い本に手を伸ばした。――その下から、小さな金属片が転がり落ちた。

「これは……?」

古賀が訝しげにそれを見つめる。青山も鈴木も、言葉を飲み込んだまま硬直している。鷺宮はそれを軽く握りしめ、唇に微かな笑みを浮かべた。

「なるほど。これはまだ仮説の域を出ませんが、事件の核に近いものです」

彼は机に視線を戻し、突き立てられたナイフを見つめる。

「しかし、これだけでは答えには辿り着けませんね。もう少し話を聞かせていただきましょう」

書斎の扉が重々しく閉じられた。密室殺人――それはまるで館全体を呑み込むような恐怖の序章に過ぎない。

(第2章 終)

第3章:招かれざる客

書斎での密室殺人が館内を支配したあの夜から、数時間が経った。外では依然として嵐が吹き荒れ、窓に打ちつける風の音が、まるで何者かの怒りの咆哮のように館全体を震わせていた。

探偵・鷺宮慎一郎は館の居間に集められた客人たちを前に、静かに口を開いた。揺れるランプの明かりが彼の影を長く引き伸ばし、その表情には微かな緊張と探るような視線が浮かんでいる。


「黒川輝之氏が亡くなった時、皆さんは何をしていましたか?」

鋭い鷺宮の問いかけに、居間の空気がさらに重苦しく沈んだ。客人たちはそれぞれ互いを探るように視線を交わし、やがて鈴木花子が小さな声で口を開いた。

「私は、自分の部屋にいました……外は嵐でしたし、怖くて……」

「何か物音や気になることは?」
鷺宮が重ねて尋ねると、鈴木は首を小さく振った。

「ただ、雷が鳴った時に……あの……何かが落ちるような音が聞こえたような気がしました。でも、それだけです」

「ふむ……」
鷺宮はその言葉を胸に刻み、次に青山陸に目を向けた。

「青山さん、あなたは?」

青山は椅子に深く座り直し、顔を僅かに引きつらせながらも冷静を装って答えた。
「私は自分の部屋で本を読んでいました。黒川さんの部屋の前で立ち止まったことは……ええ、あります。何か気になったわけではありません。ただ……なんとなく、です」

「なんとなく?」

その言葉に疑念を抱いた者もいるのか、山田一郎が青山を鋭く睨みつけた。
「ふざけるなよ、青山さん。お前、何か隠してるんじゃないのか?」

「落ち着いてください、山田さん」
鷺宮が静かな声で制し、今度は白井彩花に視線を移した。

「白井さん、あなたは?」

「私はキッチンにいました。古賀さんと少し夕食の片付けを……。書斎の鍵が掛かっていることは知りませんでした。ただ、黒川様が……」

そこで彼女は言い淀み、僅かに目を伏せる。

「黒川様が何かを企んでいるように見えたんです。あの方、何か言いかけてやめることがよくありましたから……」


鷺宮慎一郎はそれぞれの証言を聞き、整理するように静かにステッキを床に軽く突いた。

「皆さんの証言をまとめるに――」

だがその言葉の続きを口にしようとしたその時だった。

突然、玄関の扉が大きな音を立てて開かれ、凄まじい風が居間に吹き込んだ。嵐の中、誰もが驚いて振り返った先に、一人の男がずぶ濡れの姿で立っていた。


「どうもー! みなさん、お待たせしました!」

突如現れたその男は、黒いパーカーにジーンズ、そして派手な色のスニーカーを履いた、あまりにも場違いな風貌だった。口元には笑みが浮かび、鞄から何やら書類の束を取り出しながら、楽しげに館内を見回している。

「……お前は誰だ?」
山田一郎が声を荒げたが、その男はまったく気にした風もなく、笑顔のまま名乗った。

「どうも、田中太郎です! えーと、作者の友人なんですけど、ちょっと我慢できなくなって乱入しました!」

「作者の……友人?」
鈴木花子が呆然とした声を漏らす。

「そうそう! いやあ、これ、どうせ最後まで読んだら分かることだし、僕がちょっと言っちゃいますね!」

鷺宮慎一郎がステッキを軽く握り、冷ややかな視線を田中に向けた。
「何を言っているのですか。ここは事件現場です。あなたが――」

「ええ、ええ、そういうのいいんで! あ、ちなみに犯人は青山陸さんです!」

田中の明るい声が、居間にいた全員の時間を止めた。

「……何?」
青山の顔色が、みるみるうちに蒼白になった。

「いやー、あの密室トリック、時限式の鍵ですよ。書斎の鍵穴に細工して、時間が経ったら勝手に鍵が閉まる仕組みです! すごいですよね!」

「……そんなバカな」
鷺宮が呆然と呟いたが、田中は続けざまに笑顔で手を打ち鳴らした。

「あと次に死ぬのは白井さんね! 彼女、青山さんの共犯に見せかけられますけど、実は青山単独犯なんですよ。もう全部お見通し!」

「おい、待て! 何を言っているんだ!」
青山が椅子から立ち上がり、田中に詰め寄った。

「ちょっと待って! なんでそんなこと知ってるんだ!?」

「んー、だって作者の友人だからね。次の展開、全部知ってるんですよ。」

田中がケラケラと笑い、鞄から一冊の分厚いノートを取り出す。そこには、どうやらこの物語の全展開が書かれているらしい。


「なんだこれは……一体何が起きている?」
鷺宮慎一郎は一度も見せたことのないほど険しい顔で田中を見つめた。居間には、まるで現実が崩壊するかのような緊張感と困惑が漂う。

青山陸は顔面蒼白になり、白井彩花は意味も分からず涙を浮かべていた。山田は頭を抱え、鈴木は小さな悲鳴を上げる。

そして――名探偵としての威厳を保っていた鷺宮は、唇を噛み締めながら叫んだ。

「ふざけるな! これは私の推理劇だ! 余計な口を挟むな!」

だが田中太郎はまるで聞く耳を持たず、楽しげに笑うばかりだった。

「大丈夫ですって! 皆さん、次はもっと盛り上がる展開が待ってますから! さあ、楽しんでいきましょう!」

(第3章 終)

第4章:連続ネタバレ殺人事件

嵐の音が、まるで狂ったオーケストラのように館を包み込んでいた。風は窓ガラスを揺らし、時折、鋭い雷光が屋敷の暗がりを切り裂く。その光の中で、居間に集まった一同の顔は恐怖と混乱に歪んでいた。

先ほどまでの推理劇は、田中太郎の突如の登場と無責任な暴露により、完全に崩壊していた。探偵・鷺宮慎一郎はステッキを強く握り、田中に対して鋭い視線を向けるが、田中はどこ吹く風といった様子でソファにふんぞり返っている。


「……で、次はどうなるんだ?」
沈黙を破ったのは、山田一郎だった。苛立ちを隠せない様子で田中に詰め寄る。

田中はにっこりと笑い、まるでニュースの天気予報を告げるかのようにあっさり言い放った。
「次に死ぬのは、白井彩花さんだよ!」

「は?」
白井が呆然と立ち尽くし、その場の全員が言葉を失った。

「冗談じゃないわ!」
白井が叫んだが、田中はお構いなしに続けた。
「いやいや、冗談じゃないって。本当に次は白井さん。青山さんが犯人に見せかけてるけど、実際は青山さんが全部一人でやってるんだよねー。白井さん、次の犠牲者確定って感じ?」

「やめろ!」
青山が声を張り上げた。顔は青ざめ、こめかみには冷や汗が浮かんでいる。
「ふざけるのもいい加減にしろ! そんなことが……」

「待ってください」
鷺宮が低い声で割り込み、冷たい眼差しで田中を睨みつけた。
「あなたの言うことは、ただの戯言では済まされない。ここで二人目の犠牲者が出るなどということは……」

「ううん、出るんですよー」
田中は軽い調子で指を鳴らし、「これ、決定事項だから」と軽口を叩いた。


その時――突然、館内の照明が一斉に消えた。

暗闇が全てを包み、風の音だけが響く。誰かが悲鳴を上げ、椅子が倒れる音がした。

「誰だ! 何が起きた!」
山田の怒鳴り声が闇に響く。

「白井さん! 白井さんはどこですか!」
青山の焦燥した声も聞こえるが、その答えを待つまでもなく――

再び、雷光が館を照らした一瞬、誰もが息を飲んだ。

白井彩花が倒れていた。


「白井さんが……!」
鈴木花子が悲鳴を上げる。白井は床に崩れ落ち、その胸元には小さなナイフが突き立てられていた。あまりに早く、あまりに予告通りの死だった。

鷺宮はすぐに白井に駆け寄ったが、その肌は既に冷え切っている。

「死んでいる……」
彼の低い声が、部屋の中に響く。

「どういうことだ、これは!」
青山が怒りに震えながら田中を指差した。
「お前が犯人だろ! こんなこと、あんたが仕組んだに違いない!」

「え? いやいや、僕は犯人じゃないですよ」
田中は両手を挙げ、無邪気な笑みを浮かべた。
「僕、物語の外側の人間だからね。現場に手を出すとか、そういうこと無理なんで。あ、せっかくの機会なんで、ハッシュタグ付きでXに投稿しなきゃ。『今、第二の犠牲者が出ちゃいました。 さあ大変。 #黒影島 #孤島 #洋館 』っと。拡散されてバズらせて、トレンドに乗せよっと。そうそう、予告するけど、この小説だと青山さんはこの後「ふざけるな! !」と激昂するよ。」

「ふざけるな! !」
青山が田中の予告通りに叫んでしまった事に、とまどいつつ続けた。

「貴様、これ以上俺たちをおちょくるのもいい加減にしろ!」
青山が今にも田中に掴みかかろうとした瞬間、鷺宮が鋭く声を発した。

「待ちなさい!」

青山の手がピタリと止まる。鷺宮は立ち上がり、田中を睨みつけた。

「外側の人間、だと? まるで、この事件が誰かに操られているかのような口ぶりだ」

「ま、そういうことですよねー」
田中は笑いながらソファに座り直し、手持ち無沙汰に何枚かの紙をパラパラとめくる。

「青山さん、あなたが犯人なんですよ。でもまだ、もうちょっとやること残ってるから頑張ってね。次の展開、期待してます!」

「何を言っている……?」
青山はうろたえ、鷺宮は静かに唇を引き結んだ。田中の言動には無茶苦茶さがあるが、先ほどの白井の死は確かに「予言通り」だったのだ。

「君の正体はなんだ。なぜ次に起こることが分かる?」
鷺宮が改めて田中に問いかける。

田中は肩をすくめ、ひどく軽い口調で答えた。
「だから言ったじゃないですか。僕、外側の人間なんですよ。作者の友人ですからねー。小説の発表を間近に控えた所で私にネタバレされて、今頃あいつは頭抱えているだろうけど気にしない ! 先が気になって、ついネタバレサイト見たくなる事をあるもんね。最近の子って軽々しくネタバレするしね。僕は、読者の知る権利を行使してあげてるのよ。」


田中の言葉をどう受け止めればいいのか。鷺宮でさえも、この現実離れした状況には思考を巡らせるのがやっとだった。客人たちも皆、混乱と恐怖に支配されている。

そんな中、青山が再び田中に食ってかかった。
「そんなもの、誰が信じるか! もし本当にすべてを知っているというのなら――次に死ぬのは誰だ!?」

田中は青山の顔を覗き込み、にやりと笑った。
「さて、次はどうなるかな?」

そう言って、彼は意味ありげに天井を見上げた。その言葉は、不気味な予告にしか聞こえなかった。


外では嵐がますます激しさを増している。館内には再び重い沈黙が流れ、今や誰もが何を信じていいのか分からなくなっていた。

鷺宮慎一郎は田中の言動に明確な不快感を示しながらも、彼の口から発せられる「次の予言」が再び現実となるのではないかという不安を拭い去れずにいた。

――その夜、館にはさらに暗い影が忍び寄っていた。

(第4章 終)

第5章:名探偵の降板

館内には重い沈黙が垂れ込めていた。白井彩花の死から数時間が経過したものの、嵐はますます勢いを増し、屋敷は孤立したままだ。客人たちはそれぞれ疲労と混乱に顔を曇らせ、事件の展開が予測不可能であることに怯えていた。

鷺宮慎一郎は居間の中央に立ち、今にも爆発しそうなほどの怒りを堪えながら、深く息を吐いた。彼の眼差しは、無邪気に笑う田中太郎に向けられている。

「田中太郎、貴様――!」
鷺宮はステッキを床に突き立て、声を震わせた。
「ここは事件現場だ! 真実を解き明かし、犯人を見つけることが私の役割のはずだ。それなのに貴様は――!」

田中は膝に肘をつき、顎を撫でながら楽しそうに言葉を挟む。
「いやいや、鷺宮先生。もう犯人分かっちゃってるじゃないですか。青山陸さんでしょ?」

「ふざけるな! そんなことは私が自らの推理で明らかにすべきだ!」
鷺宮は苛立ちを隠せない。名探偵としての威厳を踏みにじられたことが、彼にとって何よりも耐えがたい屈辱だった。

「じゃあさ、やってみます?」
田中は笑みを浮かべたまま椅子の背にもたれかかり、手招きするように言った。
「僕が黙ってる間に、鷺宮先生の名推理を披露してくださいよ。……まあ、全部外れるとは思いますけどねー」

その瞬間、鷺宮の中で何かがプツリと切れた。

「もう結構だ!」
彼は静かに、だがはっきりと声を上げた。その目には探偵としての光が完全に消えている。

「こんな茶番にはついていけない! 私はもう、降りる!」


客人たちが驚愕の声を上げる中、鷺宮慎一郎はステッキを軽く放り投げ、背を向けて扉に向かって歩き出した。

「ちょっと待ってください、鷺宮先生!」
青山陸が狼狽したように呼び止めたが、鷺宮は足を止めない。

「探偵とは、緻密な論理の中で真実を解き明かす者だ。だがこの場にいる田中太郎――貴様のような男が全てを先回りし、物語を滅茶苦茶にするのなら、私の出番はない!」

「鷺宮先生……」
鈴木花子が泣きそうな顔で呟いたが、鷺宮は冷たい表情で一瞥するだけだった。

「私は帰る。こんな馬鹿げた事件に付き合っていられるか!」


だが、帰る先はなかった。玄関の扉を開けると、嵐の風が吹き込み、鷺宮のマントが激しく揺れた。彼は目を細めて外を見つめるが、行く手にはただ暗黒の海が唸り、波しぶきが岩を打ちつける音が響いている。

「……どうやら、帰れないらしいな」

鷺宮は再び扉を閉め、肩を落として居間に戻ってきた。田中は口元に笑みを浮かべながら、ひとことだけ呟いた。

「ね? 帰れないんですよ。だって舞台装置がそうなってるんで」

「……なんだと?」
鷺宮が睨みつけると、田中は飄々とした態度で立ち上がり、手を叩いた。

「じゃあ、ここで僕が話をまとめますね!」


「結論、犯人は青山陸さんでしたー!」

居間の全員が息を呑んだ。青山の顔色がまたしても真っ青になる。

「動機は遺産目当て。黒川輝之さんが遺言を修正しようとしていたのを知って、計画を実行したんですね。密室トリックについては簡単。書斎の鍵穴に細工を仕掛け、あらかじめ外から閉まるようにしておいた。それだけ!」

「違う……違う、そんなのは……!」
青山が声を絞り出すが、田中は聞く耳を持たず、楽しげに続ける。

「そして白井さんも殺害したのは青山さんね。でもさ、青山さん、殺人なんてやめなよ。この物語、もう破綻してるんだからさー」

「破綻……?」
山田一郎が震える声で田中に問いかけた。

「そう、破綻。だってこれ、推理小説としてもう成り立たないでしょ? 探偵は降板するし、僕が真相言っちゃうし。いやー、完全にグダグダだね!」

田中は大きく伸びをして、再びソファにどかっと腰を下ろした。

「さらにネタバレしちゃうけど、青山さんは、昨夜おなかを壊してトイレに駆け込んだけど、少し漏らしてる。他の人に臭いでバレてないか気になってる。」

「…貴様ぁぁぁ!」
掴みかかろうとした青山を、田中が制してさらにトドメのひと言をぶつけた。

「そんな事したら、さらにネタバレしちゃうよ。青山さんのスマートフォンはアダルトサイトからダウンロードしたエロ画像でストレージがパンパン。
好きなジャンルは50代熟女の温泉物…」

鈴木が「そうなの…?」という怪訝そうな顔で青山を見る。
「もう止めろぉぉ!それはネタバレじゃねえ、個人情報の侵害だ!!」
青山は悲鳴を上げた。

「あ、作者からLINEきた。『いい加減にしろ』って怒られました。でも僕、止まらないんで! こいつ、ウザイからブロックっと。」
飄々とした様子で田中は言った。


居間の空気は最悪だった。鷺宮慎一郎は田中を睨みつけるが、もはや何も言う気力は残っていない。青山陸は座り込み、ただ震えるばかりだ。鈴木花子は祈るように手を組み、山田一郎は頭を抱えている。

「もう終わりだ……」
青山が小さく呟いた。

その言葉は、この館と、ここに集まった者たち全員の心の底に、ずしりと沈んでいった。

(第5章 終)

エピローグ:台無しの孤島

嵐はすっかり収まり、黒影島を包んでいた暗雲は嘘のように晴れ渡っていた。荒れていた海も静まり、遠くからカモメの鳴き声が聞こえるほど穏やかだ。

館の居間には、どういうわけか全員が集まっていた。死人が出ているはずの事件現場は、すでに緊迫感を失い、テーブルには酒瓶や料理がずらりと並べられている。何がどうなったのか、全員が妙に打ち解け、和やかな空気が流れていた。


「それじゃ、乾杯ってことで!」
誰が言ったわけでもなく、全員が手にしたグラスを掲げた。

乾杯!

グラスが触れ合う音が、ありえないほど明るく館に響き渡る。ついさっきまで推理劇を繰り広げていた人々は、なぜか笑顔を浮かべている。


「おいおい、お前唐揚げに何してんだよ!」

山田一郎が叫んだのは、青山陸が一皿の唐揚げにレモンを豪快に搾りかけようとした瞬間だった。

「え? レモンかけた方が美味いだろ?」
「断り入れてからにしろ! 世の中にはレモンいらねぇ派だっているんだぞ!」

「細けぇな……」
青山は呆れ顔で手を止めるが、山田がしっかりと唐揚げの皿を自分の前に引き寄せた。


一方、鍋の前では、誰よりも落ち着いていた鷺宮慎一郎が仕切り始めていた。

「いいか、鍋は具材を入れる順番が命だ。まずは白菜だ。それから鶏肉だな……」

「うるせぇ! お前、探偵役降板したくせに鍋奉行だけは仕切るのかよ!」

山田が即座にツッコミを入れ、鈴木花子が笑いながら割って入る。
「もう、細かいこと言わずに食べましょうよ! せっかく鍋が美味しそうなのに!」

「まあまあ。ほら、飲もうぜ、飲もう!」
田中太郎が酒瓶を手に、全員のグラスを次々と満たしていく。


「ところで、鈴木さんってLINEやってます? よかったら交換しません?」
青山が酔いに任せて鈴木に声をかけた瞬間、空気が一瞬凍りつく。

「……はい?」
鈴木の目が細まり、近くにいた白井彩花が鼻で笑った。
「ナンパですか? この状況で?」
「白井さん? さっき殺されたはずじゃ…。」

「いやいや、これは社交的な交流ですよ!」
「お前、犯人扱いされてたくせにナンパする余裕あんのかよ!」
山田がすかさず突っ込み、青山が頭を掻きながらグラスを一気にあおる。


「ねぇ、見て見て! 古賀さん、めっちゃ飲んでる!」

執事の古賀が、驚くべきことに日本酒の一升瓶を抱え、淡々と飲み続けている。まったく表情を崩さないその姿に、一同は爆笑した。

「すげぇな……執事の鑑だ」
「黙って仕事をこなす男、それが古賀さんだな」

「今回の事で私は自信を無くした…。私はもう探偵業廃業だ。もう、料理研究家をめざしてYouTubeチャンネル解説する。」
泥酔してすっかり出来上がった鷺宮が、くだを巻き始めた。

「先生、しっかりして下さい。私なんてここまで出番がほとんどないんですから。」
同じく泥酔した助手の遠藤と傷のなめ合いを始めた。

「謎は全て解けた! ……と言いたかったのに…。犯人を名指しにしてトリックの解説をしたかったのに…。あれこそが推理小説における探偵の醍醐味なのに…。俺の楽しみを奪いやがって…、クソっ…!」
そう言いつつ、鷺宮がやけ飲みを始め、さらにろれつが回らなくなり意識が混濁していった。


こうして酒宴は加速し、時間の感覚も失われていった。テーブルの上は散らかり放題で、酒瓶は次々と空になり、食べ物は手付かずのものもあれば、争奪戦で消えていくものもあった。


「おい……ちょっと飲みすぎだ……」
山田が力なく床に転がり、鈴木が「あらまぁ」と笑いながらグラスを置いた。

「うぅ……もう食えない……」
青山が唐揚げの皿に顔を埋め、そのまま動かなくなる。

「誰か水……」
白井がふらつきながら言った直後、壁にもたれかかって崩れるように眠り込んだ。


その直後、部屋は完全に崩壊したかのような光景に変わっていた。誰もが酔い潰れ、椅子から転げ落ち、床には酒瓶と食べ物の残骸が散乱している。山田は机に突っ伏し、青山は唐揚げに顔を埋めたまま、古賀でさえ椅子に座ったまま静かに眠り込んでいた。

鷺宮慎一郎は最期の抵抗とばかりに立ち上がろうとしたが、酔いには勝てず、そのまま床に倒れた。


静かな嵐の後の館。
酒と料理にまみれた居間には、誰一人として起き上がる者はいない。

……そして、誰もいなくなった。

(エピローグ 終)

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