「封印された校舎 ―― 旧白銀学園の呪い」⑩
第10話「潜む影」
全校集会が終わり、夕暮れの空が学園を包み込み始めていた。生徒たちが三々五々帰路につく中、琴音は校舎の裏手で受け取ったメッセージを何度も確認していた。
「オメガ計画は終わっていない。真の試練はこれからだ」
その文面を見つめるたびに、琴音の胸に不安が広がる。ようやく全てが解決したと思った矢先のこの展開に、彼女は戸惑いを隠せなかった。
「琴音、どうしたの?」
声をかけてきたのは健太だった。琴音の表情の変化を察したのだろう。
「ねえ、これ...」琴音は躊躇いながらもスマートフォンの画面を健太に見せた。
健太は眉をひそめて画面を見つめた。「まだ終わってないって...どういうことだろう。誰が送ってきたんだ?」
「分からない...でも、もしかして、まだ何か仕掛けが...」
琴音の言葉を遮るように、千代子が近づいてきた。
「お二人とも、お疲れさま。今日のことは本当に素晴らしかったわ。学園の新しい一歩を...」千代子の言葉が途切れる。二人の表情の暗さに気づいたのだ。「どうしたの?何かあった?」
琴音と健太は顔を見合わせ、ためらいながらもメッセージのことを説明した。千代子の表情が曇る。
「やはり...ね」千代子がため息をつく。「実は私も、気になることがあったの」
「え?」二人が同時に声を上げる。
千代子は周りを見回してから、小声で続けた。「オメガ計画に関わっていた研究者たちの中に、まだ行方不明の人がいるの。その人が、まだ何か企んでいる可能性があるわ」
「行方不明...?」琴音が不安そうに尋ねる。
千代子は頷いた。「高橋博士という人物よ。オメガ計画の中心人物の一人だった。でも、計画が頓挫した後、姿を消してしまって...」
「その人が、このメッセージを?」健太が推測する。
「可能性は高いわね。でも、確証はないの。ただ...」
その時、校門の方から騒がしい声が聞こえてきた。三人は顔を見合わせ、急いで駆け寄った。
校門には見知らぬ男性が立っていた。50代くらいで、疲れた表情をしているが、その目は鋭く光っている。男性は警備員と言い争っているようだった。
「あれは...まさか!」千代子が息を呑む。
「や...やめてください!関係者以外は入れません!」校門の警備員が男性を制止しようとしている。
琴音が思わず一歩前に出る。「あの、どちら様...」
男性は琴音を見るなり、にやりと笑った。「やあ、君が噂の...ついに会えたね。藤原琴音さん」
琴音は思わず後ずさりした。自分の名前を知っているこの男性に、直感的な危険を感じたのだ。
健太が琴音の前に立ちはだかる。「あなたは誰だ?どうして琴音の名前を?」
男性は深々とお辞儀をした。その仕草には、どこか皮肉めいたものが感じられた。
「失礼、自己紹介が遅れました。私は高橋博士。オメガ計画の...創始者の一人です」
琴音たちはその言葉に凍りつく。千代子が恐れていた人物が、まさに目の前に現れたのだ。
高橋博士は続けた。「君たちが我々の計画を台無しにしたようだね。素晴らしい。本当に...素晴らしい」
その言葉には称賛の色が混じっているようにも聞こえた。しかし、その目には危険な光が宿っている。
「どういう意味ですか?」健太が問い詰める。「オメガ計画は終わったはずです。もう...」
「終わった?」高橋博士が不敵な笑みを浮かべた。「いやいや、むしろこれからが本番さ。君たち二人こそ、オメガ計画の最高傑作なんだよ。その力...もっと引き出さなければ」
「何を言って...」
琴音の言葉が途切れた。高橋博士のポケットから、奇妙な装置が飛び出したのだ。それは手のひらサイズの球体で、表面には複雑な模様が刻まれている。
「さあ、最後の実験の始まりだ」
高橋博士がその言葉と共に装置を掲げた瞬間、まばゆい光が琴音と健太を包み込んだ。
「琴音!健太!」千代子が叫ぶ。
しかし、その声はもう二人には届かない。光が収まると、そこには琴音と健太の姿はなかった。残されたのは、地面に落ちた琴音のスマートフォンだけだった。
「な...何をした!?」千代子が高橋博士に詰め寄る。
高橋博士は落ち着き払って答えた。「心配しなくていい。あの二人なら、きっと乗り越えられるさ。そして、真の力に目覚める」
「どこへやった!二人を返せ!」健太の親友である田中が叫ぶ。集会後、友人たちを探しに来たのだろう。
高橋博士は微笑んだ。「返す?いや、彼らが自力で戻ってくるさ。それが...できればの話だがね」
その言葉と共に、高橋博士の姿も光に包まれ、消えてしまった。
校庭に残されたのは、困惑と恐怖に包まれた生徒たちと教師たち。そして、琴音のスマートフォン。
千代子が震える手でそれを拾い上げると、画面に新しいメッセージが表示されていた。
「真の試練が始まる。生き残れるか?」
「これは...」千代子の顔が青ざめる。
その時、校長と吉田副学長が駆けつけてきた。
「一体何が起きたんだ?」校長が動揺した様子で尋ねる。
千代子は事態を簡潔に説明した。吉田副学長の顔が歪む。
「まさか、高橋が...」吉田が呟く。「あいつはどこまで行くつもりだ...」
「吉田先生、あなたは高橋博士のことを?」千代子が尋ねる。
吉田は重い口調で答えた。「ああ...かつての同僚だ。しかし、彼の研究は常識の域を超えていた。危険すぎると判断し、私たちは彼を計画から外したんだ。まさか、一人で研究を続けていたとは...」
「でも、琴音ちゃんと健太くんは?」美咲が泣きそうな顔で聞く。「二人はどうなっちゃったの?」
誰も明確な答えを持ち合わせていなかった。しかし、このまま何もしないわけにはいかない。
校長が決意を込めて言った。「緊急対策会議を開こう。生徒会も交えて、できることを考えるんだ」
吉田が付け加えた。「私から、かつてのオメガ計画の関係者にも連絡を取ってみよう。何か手がかりがあるかもしれない」
人々が動き始める中、千代子は空を見上げた。
「琴音...健太...必ず助け出すからね」
その言葉が、夕暮れの空に吸い込まれていった。
一方、琴音と健太が送り込まれた場所は...
真っ白な空間。どこまでも続く白い世界に、二人は途方に暮れていた。
「ここは...どこ?」琴音が周りを見回す。
「分からない...でも、どこかで見たような...」健太が呟く。
その時、二人の耳に声が聞こえてきた。
「よく来たね、琴音さん、健太君」
振り返ると、そこには...学生服を着た少女が立っていた。その姿は、どこか懐かしい。
「まさか...」琴音が息を呑む。
「君は...」健太も驚きの表情を浮かべる。
少女は微笑んだ。「私は...50年前の白銀学園の意識よ。あなたたちに、最後の試練を与えるために呼び寄せたの」
琴音と健太は言葉を失った。彼らの前に広がるのは、想像もしなかった世界。そして、予想もしなかった試練の始まりだった。
(第10話 終)
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