東武東上線各駅停車 1 下板橋
この駅を一番最初に取り上げるのは、この駅への敬意からである。鈍行列車しか停まらぬ池袋から二つ目の目立たない存在であるが、下板橋駅は東上線が池袋~田面沢間で開通した1914年5月1日に開業している。東上線で最も古い歴史を持つ駅の一つなのである。のみならず、池袋~下板橋間は軽便鉄道法に基づく連絡線との位置づけで開通しており、私設鉄道法上の始点は下板橋だったのである。そして長く貨物輸送の拠点でもあった。広い構内には移設されてきた「東上鉄道記念碑」が建つのである。現在八つもの駅がある池袋~成増間であるが、当初は唯一下板橋駅のみ存在したのであった。
下板橋、と称しているものの、駅施設は豊島区池袋本町に所在している。開業当時はかつて下板橋村と呼ばれた区域、1889年以降の板橋町大字下板橋にあった。現在の駅改札口をでたところに踏切があるが、この踏切の西側の谷端川(暗渠)の左岸側だったのだ。谷端川は池袋と板橋の境界であり、駅は下板橋区域の東端に位置していたことになる。その場所には今でも東上線の0㎞ポストがあり、前述のように東上線の始点が下板橋だとの証左でもある。なお谷端川は遊歩道として整備されており、都会の癒しの空間を担っていると言えよう。
筆者の伯母夫婦が、線路近くに在った古い都営アパートの四階に住んでいた。母に連れられてくると、必ず線路のよく見える窓枠にしゃがみ込み、眼下の電車を熱心に眺めていたことを思い出す。何本もある留置線には大抵オレンジとベージュのツートンカラーの車両が停まっていて、その傍らの本線をときどき電車が行き来するのであった。懐かしい思い出である。
懐かしいといえば、筆者が当時住んでいたのも古い都営アパートの四階だった。新宿から私鉄で二つ目、鈍行列車しか停まらぬ、相対式ホームがあって、上りホームの最後部に改札口が設けられた、下板橋と極めて似通った造りの駅が最寄りであった。そんなことからも下板橋駅やその周辺の生活風景にシンパシーを感じてしまう。
都内の、ターミナルに近い私鉄の駅にしては、駅の周りはことさら賑やかなわけではない。けれど駅からものの六分も歩けば車が激しく行き交う国道17号線にでる。そしてその辺りで中山道の旧道と斜めに交差する。この地はすでに、中山道の江戸から一つ目の宿場として大いに栄えていた板橋宿(下板橋宿)であり、商店街には「板橋宿」のアーチもある。また中山道から大山駅方面へは旧川越街道が分かれており、こちらの商店街も賑わっている。歴史散歩好きには見どころ満載の絶好ゾーンなのだ。
駅にも土地にも、それぞれに長い時間の物語がある、そんな下板橋である。