髪の切れ目が、ロックダウンの切れ目
伸びた前髪が、実るほど頭を垂れる稲穂かな、とばかりに額に落ち、それを私は2,3分おきに片手ですくい上げる。
せっかく稲穂のはなしをしたので、昔ベトナム旅行をした時の写真。
ちなみに、この「実るほど…」ということわざ、有名な人によるお言葉では無いようで、いわば「詠み人知らず」だそう。ふーん。
それでも万有引力の存在を主張するかのごとく、前髪はすぐ元の位置に落ちてくる。
く、うざいぜ。
「じゃあさっさと美容院なりバーバーショップなりに行って、バサッと切ってくりゃいいじゃん、髪切るヒマもなくてさ…とかカッコつけてるの、もしかして?」
と問う方にオレは言いたい。
「開いてねーんだよ、それが」
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シドニーは6月末からロックダウンが続いている。デルタ株の脅威に怯えるNSW幕府は様々な禁令を出し、この異国の株を打ち払おうとしておる。「異国船打払令」ならぬ「コロナ株打払令」だ。その禁令の一部は以下のごとく。
壱)住んでいる村より出ることを禁ず。やむを得ず出る場合は最大五里のみ。
弐)不要不急の商店の営業は、これを禁ず。すうぱあまあけっと、ふぁあましい、などのみ営業を許可す。居酒屋などは以ての外なり。
参)城への参上は最小限にとどめ、極力自宅で任務を遂行すべし。
これに反する不届き者には罰金、入牢等相応の罪過を課す。
調子に乗って書いていたら、ちっ、江戸時代のお触れと変わらないじゃないの。
そのような状況下、もちろん髪結い…あ、まだ頭が江戸時代モードになっているが、美容院、理髪店も営業停止となっている。
ここで豪州政府のために弁護しておくと、それなりの補償は施しておるので、下々の民は飢えて死屍累々…というわけではない。まあ大変だけど。
確かに、髪を切らないことで命を落とした、という事例は寡聞にして知らない。
しかし…鬱陶しいということには変わりはない。
幸か不幸か、わたしは髪の量が多い。
これは本当に思いやりのない発言なのだが、周囲にいる、はげ…もとい、薄毛の方々を見るにつけ、「ふ、オレは髪の量なら負けねーぜ」と上から目線で優越感を感じていた。
(そして「薄毛の方」が多いんだ、特に西欧人は…)
が、現況下に於いてはこの毛髪量は仇となる。薄毛の人はまだまだ猶予期間がある人が多いし、そもそも髪を切るという心配をしなくていい人だっている。「薄毛で良かったね!」なんて言ったら殴られそうだけど、今この時点に限ればそれはゆるぎのない事実だ。
そして女性。中年シングルなので女性のことはよく分からないのだが、髪は乙女の命…だかなんだか知らないけど、大事なんです…よね?
だから美容院に行けないのは死活問題なのかもしれないけど、まあいいじゃないですか、どうせおしゃれして外出なんてできないんだし、Zoomミーティングならどうにでもごまかせるのではないでしょうか?
そして、女性なら髪をまとめる道具(よく分からんがヘアピンとかヘアバンドとか)は家にひとつやふたつあるだろうから、生活に支障がない程度にまとめることもできると思う。
というわけで、散髪問題に直面しているわたしは、そういえば髪の毛に関しては苦労とまでは言わないけど、色々あったなあ、と思い返した。
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私の髪というのは、とにかく真っ直ぐかつ太いのである。寝癖なんぞついた日にゃあ、もう一度洗髪をしない限りハネた髪は戻らない。口の悪い理容師に、「お客さんの髪だと、ハサミがすり減るね~」と言われたことは30年ほどたった今でも覚えている。
そしてオレが摂取した栄養分のかなりの量が髪に行ってるのでは、という疑惑を抱かせるほど伸びるのも早く、一月にいっぺんほどの頻度で髪を切らないと、あっという間に制御不可能な状態に陥る。
また豪州に渡ってからは、このような髪質はこの地ではかなり珍しい、ということに気付かされた。
「あなたの髪は、porcupineみたいね!」と言われたことがあった。ほめられたんだかディスられたのか知らんが、そもそもporcupineってなんだっけ?なんかの動物だったとは覚えているが…。
ハリネズミのことか…
デッキブラシみたい、とも言われたなあ、そういえば。
そんな珍しい髪質のせいか、豪州の髪結いの亭主にとってこの異国の髪は手に負えなかったようで、その当時の写真を見ると髪型がどうもヘンなものばかりだ。見ていて恥ずかしい。
その昔だって、この地にも日本人の理容師は少しはいたのだが、「オレは豪州にいるんだから、わざわざ日本人に髪を切ってもらわなくても…」と頑なにあがらっていたのだった。
それでも近年はローカルの腕の良い髪結いの亭主を見つけ、それなりにこざっぱりとしたアタマ(当社比)を保つことが可能であったのだが…。
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6月の下旬、「そろそろ髪切らなきゃ…でもま、来週行けばいっか」と呑気に構えていたところのロックダウン。
来週はどうだ、来月にはなんとかなるだろ、という期待を裏切りつつ、これが現在まで続いており、髪を切れない日が続いている。散髪限度超過日数は、60日を超えておる。
しかしこれも幸か不幸か、半世紀生きてきたおかげで流石にわたしの髪もやや力を失ったようで、若い頃ほど爆発的に容量が増加、という状態にはなっておらず、危うくまとまっている…ようには見える。助かっているとも言えるが、一抹の寂しさも感じる。
それにしても白髪が増え、頭のサイドはかなりグレーがかってきている。ここ5年ほどで増えて来てはいたのだが、去年からのごたごたのせいで増加速度が加速したのかもしれぬ。
ちなみに、英語で白髪交じりのダンディな男性のことをシルバーフォックスという。
これまでは往生際悪く白髪に抵抗し、ジェットブラックに染めてもらっていたのだが、もちろんずっと染められていないので、毛によっては先っぽは黒いけど、根本は白髪、というやつも増えてきた。いや、根本というより、白髪部分は順調に伸びてきてるので、もう半々くらいだ。
なんだかもうどうでも良くなってきたので、これからはシルバーフォックスに方向転換すべきなのかもしれない。しかしシルバーフォックスになるには財力が必要とちゃうやろか…。
それとも、ミッドライフ・クライシスを実践し、もっとファンキーな色にでもしてやろうか。さすがにホテルマンだからこの案は即座に却下。
ロックダウンがいつ終わることやら見当もつかんが、まず最初にしたいことが散髪ということは間違いない。
ロックダウンの切れ目が、髪の切れ目!と歓喜しつつ大量の髪とオサラバできるの日が来るまでは、死ぬに死ねない!
(でも同じことを考えている人は多いだろうから、混むだろうなあ…)