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野良翻訳:南方人物週刊による胡錫進インタビュー①

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2011年6月、中国のリベラル系メディア「南方人物週刊」が、「保守・愛国・ナショナリズム」をウリとするメディアの代表格とされる「環球時報」の編集長・胡錫進を特集し、大きな話題を呼んだ。この時期(=胡錦涛時代)の中国は、自国の政治体制やナショナリズムを批判的に論じたり、海外の民主主義価値観を持ち上げる知識人が「公共知識分子」と呼ばれ人気を集めるなど、比較的リベラルな価値観がSNSを中心に広がりつつあり、「環球時報」は特にリベラル陣営から嫌悪される対象だった。本記事は南方人物週刊による胡錫進編集長のインタビューを紹介する。

人物週刊:「環球時報」は百万にのぼる読者を獲得した一方、様々な物議をかもしています。あなたが新聞を経営する上での理念を詳しく教えて頂けますか?

胡錫進:"中国は複雑な国家である"、これが私が中国に対する最も主要な判断であり、私が伝えるべき実情だ。「環球時報」は毎日たくさんの文章を発表してきたが、それらをまとめて一本の文章とみなすならば、「複雑な中国と複雑な世界」というタイトルを付けるだろう。

中国は世界にとって、すでに尋常でない存在になっている。特に中国国家が歩む道については、世界の未来と他国国民の福祉を影響するまでに至っている。

外国の中国に対する理解は不完全だと思う。中国をよく理解できない原因として、彼らは往々にして自身の利益を出発点とし、まず中国に対して価値判断を下し、その後に中国で起きた具体的な事柄を解釈しているように思う。それに対して我々が伝えたいのは、中国は複雑であり、天国ではないし、地獄でもない、ということだ。人口が多く、極めて特殊な発展段階にあり、発展速度も極めて速い。全世界が二百年かけて得た成果を数十年に詰め込んだ結果、数百年分の問題も数十年に集約されているのだ。中国はとても難しい道を歩んでいるのだよ。

人物週刊:あなたは世論の批判をどのように受け止めていますか?

胡錫進:いま、愛国主義が物議をかもしているようだね。一部の人は、政府に対する批判こそまっとうな批判だと考え、西側に対して中国の国家利益を追求することを正当でないと考えているようだ。一方で我々は"健康的な"愛国主義を主張している。かつて中国は脆かった。愛してやらなければ、守ってやらなければ、容易に崩れてしまう。このような民族感情は、比較的弱い国家や民族なら自然に生まれてくるもので、至って正常なものだ。だが今中国はますます強大になるにつれて、愛国主義の内容も過去に比べて変化してきている。「環球時報」はこの変化の参加者と推進者なのだ。

今多くの人は、民族主義(ナショナリズム)と愛国主義を混同し、「愛国主義」という単語までネガティブなイメージがついてしまっている。中国人に自信が不足している表れだが、西側が中国にレッテルを貼り続けた結果なんだよ。「民族主義」という単語は、本来の由来はさておき、今日において使用する際は"価値判断"が多分に含まれている。どの国家も自らの立場から、ほかの国が「民族主義」だと考えているわけだが、現状では西側世論の力が大きく、ソフトパワーも強いゆえに、中国に「民族主義」のレッテルを押し付ければ、一部の意志が脆く、独立的な思考能力が欠けた中国人は、西側について行ってしまうのだ。だってその方が簡単だろう。何の心理的負担もなく、自由とか民主とか平等とか、聞き心地が良い単語を唱えておけばいいのだから。社会もそんなことで君を虐めたりはしないし、気楽なもんだ!

考えてみればいい、中国社会のリーダーたちは本当に分からないと思うかい?誰だって自由で民主なほうが良いとわかっているし、中国は一歩ずつ前に進んでいるのだ。多くのリベラル派はいつも今日の中国をアメリカと比べたがるが、そう簡単に比べられるものだろうか?アメリカで飛行機を降りれば、高速道路はこんなに広いとか、レンタカー場はこんなに大きいとか、中国とアメリカは本当に比べようがないのだ。アメリカの基準を今日の中国に当てはめようとするのは、勘違いも甚だしい。

我々に「民族主義」傾向があるといった批判は気にしていない。我々は耐えられるし、私の同僚にも耐えてほしいと伝えている。微博(Weibo)でもよく批判する人がいるが、我々が正しいと信じてやっていることだから、やりきるべきだと思っている。大多数の人は我々を支持しているんだ。我々は中国の主流的な考え方に基づいてやっているのだから。

人物週刊:あなたは多くの場で、「環球時報」は中国の本当の声、中国民間の声を伝えていると主張しています。しかし、本当の中国を伝えると言うなら、なぜ国内のネガティブなニュースを伝えないのか?という疑問をもつ人もいます。

胡錫進:この質問をする人は何もわかっていない。大まかなイメージしか持っていない。「環球時報」は国内のニュースを報道する新聞ではなく、国際ニュースを扱う新聞で、戦略的な側面から中国と世界の交流を報道するのが主な仕事である。中国の世界における”座標”を報道するとも言えるだろう。

人物週刊:あなた達の発言は制約が比較的緩く、主管部門からある種の黙認や特権を得ているのではないかと言われていますが?

訳注:胡錫進はほかの国内メディアでは報道自体が禁じられるような敏感な話題にしれっと論評を発表することがあり、言論の特権を与えられているのではないかと言われていた。「肝心な時に敏感な話題に触れる勇気があるのは我々だけだ(意訳)」という、特権自慢とも取れる発言もしており、大いに反感を買っていた。

胡錫進:外国の記者がこのような質問をするのは分かるが、たまに中国の記者にも聞かれるんだよね。特権免許を持った記者を見たことがあるのかい?政府は誰にも特権免許を与えたりはしない。我々の発言はどれもリスクを覚悟して発信したものなんだ。もし本当のことを言って、社会に良い影響を与えれば、それでいい。もし過激な事を言ってしまい、社会に迷惑をかければ、自分にも迷惑がかかることになる。なので、このような発言をするには真摯さ、勇敢さと知恵が必要なのだ。

2008年オリンピックの、フランスでの聖火リレーの出来事に対する報道を挙げると、まず当時の夜11時に、聖火がリレーの途中で数回消えたと国外メディアが伝えた。この時、原稿はどう書くか、見出しはどうするか決めるのに、どれだけプレッシャーが大きかったか。最終的に私が決断して、「フランスは聖火を守れず。状況を掌握する能力に欠けたフランス警察」という見出しにした。

一方で、公式(新華社)が直後に発表した報道は、関係閣僚が「聖火リレーは成功した」と伝える内容だったんだ。とんでもないプレッシャーを感じたよ。家に帰っても一睡もできず、翌日出社すると、人民日報社の知り合いは皆出会い頭に「胡さん、あれはやりすぎだよ!中仏関係に影響してしまうじゃないか」と言ってきたんだ。でもしばらくするとすべての中国メディアも私たちの方向性で報道するようになって、フランスの駐華大使は繰り返し「環球時報」の悪口を言いふらしてたね。結局我々に迷惑が起こることも無かったよ。我々は本当のことを言ったのだから。

人物週刊:あなたは「環球時報」の理念は事実を伝えることだと繰り返し強調しますが、あなたたちが伝える中国は真実でないと、強烈に反発する人もいます。何故だと思いますか?

胡錫進:世論の分断が原因だと思う。西側諸国が我々を「客観的でない」と断じるのは想定内のことだ。我々の報道は彼らの利益に背いているのだから。(彼らにとっては)自分たちを味方して、肩を持つ報道こそが「真実」なのだろうね。国内の一部の人は西洋化されて、彼らと同じ価値観に染まってしまっている。これが主な原因なのだろう。

もちろん他にも小さな原因がある。たとえば、「環球時報」は国際報道がメインなので、国家戦略、国家間の衝突や摩擦、中国国家の道筋、思想レベルの側面から報道するのが仕事。薬家鑫(訳注:当時話題になった凶悪殺人犯)のような日常レベルの出来事は取り扱わない。

「環球時報」は大きな影響力を持つから、その影響力を使って国内の出来事に関与するべきだと考える人もいるが、さすがにいち新聞紙にこのような方向転換を求めるのは無理がある。これは新聞紙市場の問題。このタイプの報道をするメディアはすでにたくさん存在するし、「環球時報」がやらない所で問題ないだろう。

我々は我々の戦略レベルに基づいて発言することが求められる。ある種のバランス感覚とも言えるだろう。しかし一部の人は他人が違う観点を持つことを許さない。彼らにとっては、自分が思いつき、理解でき、好きになれる話こそが真実で、嫌いな話は真実じゃない。異なる意見の表明を許さないのは独善的な考えであって、彼らが喧伝する民主の理念に背くのではないだろうか。

人物週刊:「『参考消息』:世界中が中国を称賛している。『環球時報』:世界中が中国を嫉妬している」というジョークがありますが、聞いた事はありますか?

訳注:「参考消息」は、基本自ら記事を書かず、国外メディアの報道や論評のダイジェストを掲載することに特化した新華社系日刊紙。改革開放以前は国外報道に関するほぼ唯一の情報源として、その名の通り共産党幹部の「内部参考」用の、読者が制限されたメディアだったが、後に一般向けに発売されるようになっている。

聞いた事はあるが、一笑に付すだけだ。ジョークは所詮単純化した事しか言えない。中国も世界もきわめて複雑で、こんな風に単純化して言い切れるわけないだろう?これは中国人の間で流行っている揶揄の仕方なのだろう。でも「環球」が「世界中が我々を嫉妬している」と喧伝しているかどうかは、適当にある日の新聞を読んでみれば違うと分かることだ。たぶん150万部の部数ではまだ足りないから、デマがまかり通り易いのだろうが(笑)。彼らを黙らせるには、発行部数を千万部まで上げる必要があるかもしれないね。

人物週刊:あなたはメディアの客観公正さをどのように理解していますか?

胡錫進:すべてのメディア業界が真剣に追い求めなければならないものだと思っている。そのためには、いかなる報道も事前に立場を設定せず、自らのいわゆる「政治陣営」に基づかず、自らの価値観を記事のテンプレートにしないことが求められる。一部の新聞業界の人はその通りにしていないのではないか。

人物週刊:あなたは微博で、「西側」に警戒心を持て、彼らは我々の「良からぬ意図を持つ先生」かもしれない、と言いました。この考えは陰謀論や階級闘争論に基づくものだと言う人もいます。これはあなたの本当の考えでしょうか?

胡錫進:これは複雑な問題だ。我々はあらゆる角度からこの問題を論じた社説を発表したことがあるが、微博では文字数制限のせいで、表現の正確さが損なわれた部分もあった。そんな微博の中からさらに一部だけを切り取ると、なおさら過激な意見に見えてしまうのだろう。ただし基本的に、西側諸国は間違いなく”わがまま”である。いかなる国家もわがままな面を持っている。中国が西側諸国と競争関係にない時期は、西側諸国は我々により真摯に、善良になりやすいだろう。これが競争関係になってくると、心情もだんだん変化が起きてくるのだ。我々が今受けている人権の非難は70,80年代よりも遥かに多い。しかし常識から考えれば、我々の人権状況はあの時代と比べたら明らかに良くなっているはずだろう。80年代は人道主義すら議論できなかったのだから。今日の中国の自由さは70,80年代とは比べ物にならない。ただ当時の中国は反ソ連において彼らの盟友だったから、中国を非難することは稀だったのだ。

いまの西側諸国の非難の一部は、彼らの信仰や価値観から来ている、つまり本心でそう考えているものだ。もう一部は、彼らの私利私欲から来ている。我々は彼らが言うことをしっかり分析するべきだが、言われた通りにする必要はない。逆に、本来すべきことなのに、西側諸国にもそうするべきと言われたからと言って、その逆を張るのも間違いだ。自らの首を締めるだけになる。

中国は独立的な思考を持ち、何をすべきか、何をすべきでないか、自ら判断すべきだ。私が「環球時報」社説で書いたように、中国の政治と経済の「水門」は、我々自身が鍵を握っていなければならない。アメリカに合鍵を渡してはならない。アメリカは中国のような、敵でも友でもない存在に慣れる必要がある。全部アメリカの言いなりになって、やれと言われたことをやる、そのようなリスクは負いきれない。個人はこれでも良いかもしれないが、国家はこれで良いわけがないだろう。自国の政治の道筋を、自国の利益や体力を考慮せずに運営しろ、全部アメリカの言うとおりにしろ、というのは無責任な考えでしかない。

(つづく)

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