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「キツネ狩りの歌」 中島みゆき <あの名曲を歌ってみる>


これは、中島みゆきの7作目「生きていてもいいですか」に収録されている。

このアルバムは、「うらみ・ます」からはじまって、「蕎麦屋」「船を出すのなら九月」「エレーン」など、中島みゆきのディープな世界が展開されている。たぶん中島みゆきは暗い、というイメージを印象付けた作品ではないか。

3曲目の「キツネ狩りの歌」は、アレゴリカルな内容の歌詞で、このアルバムのなかでは明るい曲調といえる。

一説では、イギリス伝統のキツネ狩りを歌っているという指摘もあるけれど、キツネを「弓で射る」とはっきり歌っているのだから、それは違うと思う。

「きみ」は、「友」といっしょに、颯爽とキツネ狩りに行く。よく晴れて、風も上々。「きみ」は、見事にキツネを仕留めて、意気揚々と「友」と乾杯する。しかし、「きみ」が射たのは、キツネではなく、じつは「友」だった。そういう歌だ。もちろん故意に「友」を射たのではない。キツネが「友」に変化し、「友」がキツネに変化した。キツネに化かされたのだ。

いわゆるキツネが人間を化かすという、日本の民間伝承をもとにしている。じゃあ、タヌキでもいいのか?となるけれど、どうもタヌキでは歌にならない。ここはやはりキツネだろう。けれど歌から思い浮かべる映像は外国風、狩猟服を着ているイメージだ。イギリスを連想するのも頷ける。もちろん具体的な事実を歌っているのではないから、日本的イメージと西欧的イメージが交錯して何も問題はない。

歌の核心は、キツネだと誤認して、あるいはキツネに騙されて、「友」を射てしまうというというところだ。言葉どおり実際に「友」を射殺してしまうなら、怖い話になってしまう。けれども、もちろん、これは比喩である。弓で射るというのは、たとえば精神的に傷付けてしまうことではないか。それとは知らないうちに、「友」の心を傷つけてしまう。まさに人間社会の縮図といってもいいだろう。

学校や職場あるいは監獄などの閉鎖空間では、敵意をもって意識的に他者を傷つける、そういうことがおうおうにして起こる。いわゆる「イジメ」である。けれども、開かれた社会空間なら、逃げ場があるはずだ。故意に敵意を向けて来るようなヤツとは付き合わなければいいからだ。

むしろ、やっかいなのは、友達同士あるいは親族同士など、お互いに仲良くしているのだけれども、水面下であるいは無意識のうちに他者を傷つけてしまうという場面だろう。キツネに化かされるという設定は、イメージを鮮烈にして、歌を成立させるためのフックだろうが、ふつうはキツネなど介在していないけれど、知らぬ間に人が人を射て(傷つけて)しまうということは、だれでもが多かれ少なかれ体験することではないかと思う。

中島みゆきの歌には、「わたし」は「あなた」を好きだけれど、「あなた」は「わたし」の愛を受け入れてくれないというシチュエーションが繰り返し現れてくる。表面的には男に振られた女の恨み節なので、未練がましくって嫌だと感じる女性も多いようだ。

たしかに、中島みゆきの歌を象徴するものとして、その強烈な個性の在り方として、振られた女の恨み節というのは分かりやすいカタチではある。けれども、もうすこし普遍的に考えてみることもできるのではないだろうか。人と人が関係するさまざまな場面で演じられる感情の行き違いや齟齬のようなもの、人間ならだれしもが抱えている誤解や勘違い、そういうものがもたらす不幸な心の傷、それらを歌っているのだ、そういうふうに捉えれば、ただの恨み節ではない風景が見えてくるだろう。

じじつ彼女の歌う多くの歌には、必ずしも振られ女が登場するわけではなく、無意識のうちに世界と格闘し、知らず知らず悪戦苦闘させられているナイーブな精神の軌跡に焦点が当てられている。

わたしたちは、「友達だね」「仲間だね」そう思って共に行動しているうちに、いつしか“それ”と自覚すらしていないうちに、すっかり「友」を傷付けてしまっている可能性がある。見事にキツネを仕留めて、英雄気取りになっているときこそ、そういうことに気を付けなければいけない。相互に共感し、仲間意識をもち、昂揚感をともなって、目的に向かって団結するようなことは、とても素敵なことなのだけれど、それに一生懸命になっていると、冷静にものごとを見る目が曇ってしまう。うっかり「友」を射てしまっても、それに気づかない。だから、「キツネ狩りに行くなら、気を付けておゆきよ、キツネ狩りは素敵さ ただ生きて戻れたら」ということなのだ。

「キツネ狩りの歌」 中島みゆき

キツネ狩りにゆくなら ララ気を付けておゆきよ
ねえ キツネ狩りは素敵さ ただ生きて戻れたら
ねえ 空は晴れた 風はおあつらえ
ねえ あとはきみの その腕しだい

もしも見事 射止めたら
きみは今夜の英雄
さあ走れ 夢を走れ

キツネ狩りにゆくなら ララ気を付けておゆきよ
ねえ キツネ狩りは素敵さ ただ生きて戻れたら ねえ

キツネ狩りにゆくなら 酒の支度も忘れず
ねえ 見事手柄たてたら 乾杯もしたくなる
ねえ 空は晴れた 風はおあつらえ
ねえ 仲間たちと グラスあけたら

そいつの顔を見て見ろ
妙に耳が長くないか
妙にひげは長くないか

キツネ狩りにゆくなら ララ気を付けておゆきよ
グラスあげているのが キツネだったりするから
ねえ きみと駆けた きみの仲間は
ねえ きみの弓で 倒れてたりするから

キツネ狩りにゆくなら ララ気を付けておゆきよ
ねえ キツネ狩りは素敵さ ただ生きて戻れたら ねえ

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