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道を歩き、道を見つける。―サンティアゴ巡礼がくれた人生の羅針盤
この文章は、私が『宣伝会議 第45期 編集・ライター養成講座』の卒業制作で執筆した作品です。(写真は、取材を受けていただいた玉置侑里子さんのブログから一部抜粋しています。)
In the path and in life one never lose. You either win or you learn. ―あなたがたどる道や人生において、決して失う(負ける)ことはありません。あなたは勝つか学ぶかのどちらかです。
「この言葉に出会うために、サンティアゴ巡礼をしていたのかもしれない。」
そう語ってくれたのは、現在名古屋でラジオパーソナリティを務める玉置侑里子さん(通称たまゆり)。
たまゆりさんは、これまでに3度、サンティアゴ巡礼の旅を経験している。今では、ラジオの仕事以外にも、巡礼を経験した仲間や巡礼に興味のある人を集めた交流会の開催や、三重県御浜町(みはまちょう)の地域おこし協力隊として熊野古道のツアーガイドをおこなっている。
巡礼の経験を活かして、さまざまな分野に挑戦している彼女は、キラキラしていて輝いて見えるが、実は決して順風満帆な人生を過ごしてきたわけではなかったようだ。
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サンティアゴ巡礼とは?
巡礼の目的地である大聖堂が建てられたスペイン北部の都市『サンティアゴ・デ・コンポステーラ』は、ローマやエルサレムと並び、キリスト教の三大巡礼地のひとつである。
1993年に、フランスの4都市を起点とするサンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂までの道が「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路:カミオ・フランセスとスペイン北部巡礼路」として世界遺産に登録された。
現在は、国籍や人種の枠を超えて、年間30万人以上の巡礼者が、徒歩はもちろん自転車でも巡礼を楽しんでいる。
きっかけは過去の清算
「巡礼に行く前は、自分に合う仕事が見つけられず、私にできることは何もないと思っていました。」
たまゆりさんは高校を卒業後、自分のしたい仕事がわからず、定職に就くことなく転々としながら、大好きな旅を続けていた。しかし、時が経つにつれて、将来への不安がどんどん大きくなる。当たり前のように仕事に就き、当たり前のように続けている友人の様子がうらやましく、そんな当たり前ができない自分を責め続けていた。
悶々とした日々を過ごしていた23歳のとき、ついにひと筋の光のような本と出合う。
『TRANSIT 第3号 美しき太陽追いかけて』だ。
この雑誌で初めてサンティアゴ巡礼を知ったたまゆりさんは、巡礼路に広がる景色や人々が歩く理由に一目惚れした。もっと知りたいと他の書物や実際に歩いた人のブログを読み進めていくうちに、「私もここへ行きたい!もし最終地点の大聖堂まで行くことができたら、自分も変われるはず!」と考えるように。
これまでの自分を変える道を見つけたのだった。
3日目に知った自分の歩幅
もともと飽き性で、なんでも三日坊主になりがちだったというたまゆりさんにとって、サンティアゴ巡礼でも3日目がターニングポイントになる。
『フランス人の道』と呼ばれる巡礼ルートの出発地フランスのサン・ジャン・ピエド・ポーを発ってからすぐ、ピレネー山脈越えを経験したものの、憧れの地に来た高揚感もあいまって、ノルマにしていた1日20km以上の道のりを難なくクリア。
このまま順調に進めそうだと思っていた3日目の朝、急に足の痛みを感じる。2日目までに出会った巡礼者は、まだまだ元気で楽しそうに歩いているのに、自分はまたしても取り残されてしまうのかと思うと、自然と涙が流れた。
みんなに追いつこうと焦燥感に駆られるが、足が痛くて思うように進まない。やっぱり自分にはできない挑戦だったのかと意気消沈しながらも、なんとか次の町・パンプローナの巡礼宿(以下、アルベルゲ)に着く。
明日はもう歩きたくないなとネガティブな気持ちで、一人ぽつんと隅っこで座っていると、ふとスイス人の年配の男性が声を掛けてきた。
「僕は巡礼路を歩いて、サンティアゴまで行くのを楽しみにしていたけれど、もう足が痛いから明日帰ろうと思うんだ。でも、諦めるんじゃないよ。足が治ったら、またこの場所から再チャレンジするつもりだ。」
男性と話して、たまゆりさんの気持ちがスッと軽くなった。
「ようやく大事なことに気付きました。みんなと同じペースじゃなくても、毎日同じ距離を歩かなくてもいいんだって。大聖堂に到着することばかり考えていたけれど、自分が楽しいと思えるペースで進めばいいんだと。」
次の日は、まず5㎞先の次の町まで行こうと決めた。すると、これまで見落としていた道中のきれいな草花に目を引かれ、歩くのを止めてカメラのシャッターを押すようになった。また、小休憩中に別の巡礼者から声を掛けられ、つい夢中になって1時間以上話すことも。いつしか足の痛みは静まり、歩くのが楽しくなったそう。
「自分のペースで歩いていると、自然と自分に合った人に出会えるんですね。仕事でも人生でも同じだと思います。」
結局5㎞先を目標にしていた4日目は、18時まで歩いて30㎞以上も進んでいた。
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巡礼だからできた自分と向き合う時間
「巡礼をひと言で表すと、無駄なモノが体から削ぎ落ちていく感覚です。朝起きて食事を終えたら、歩く準備をする。日中はひらすら歩き続けて、アルベルゲに着くと体を休める。それを毎日続けていると、一定のリズムが生まれて、歩くことだけに集中できるようになります。どんどん頭の中がクリアになり、多くの悩みから解放されていくようでした。」
歩いているときは意外と暇だという。というのも、電車での移動だと本を読んだり、日記を書いたりすることができるが、歩いていると音楽を聞く程度で、いわゆる「ながら」行動はあまりできない。道中、たまゆりさんがしていた娯楽は、過去の自分の記憶を思い出す作業だった。
「誰もいない場所を歩いているときは、よく歌を口ずさんでいました。すると、両親が昔歌っていた曲や小学生時に好きだった曲などが思い浮かんで、当時の記憶がよみがえってくるんです。普段の生活で机に向かって考えるのではなく、自然の景色に囲まれて、歩きながら思い出に浸ることのできる贅沢な時間でしたね。」
周りに支えられながらたどり着いたサンティアゴ・デ・コンポステーラ
1ヶ月以上歩き続けていると、今日は調子が良いなと思う日もあれば、やっぱり上手くいかないなと落ち込む日もある。でも、そのくり返しがまさにこれまでの人生そのものだったと気付き、後悔するのではなく受け入れられるようになったという。
「日々の仕事や予定に追われていると気付きませんでしたが、これまでの一つ一つにきちんと意味があったんだなと思うようになりました。」
過去のすべてを受け入れて、今をどのように進んでいこうかと考えるようになったたまゆりさんを、周りの巡礼者は何度も手を差し伸べてくれた。道の途中で休憩していると果物をくれたり、着いた町で食事に誘ってくれたりした。
到着したアルベルゲが人気で、ベッドが埋まっていたときは、後から来たのにも関わらず、「君はベッドを使って、ゆっくり休んだ方がいいよ。僕は寝袋があるから大丈夫!」と言って、ベッドを譲ってくれることもあった。
そんな巡礼者同士の支え合いは、まさに人生の林間学校のようだ。日中歩いている間は、自分自身を見つめ自問自答をくり返し、夜はアルベルゲに集まって自分の考えをアウトプットし、みんなで話し合う。話題の中心はそれぞれの人生観だそう。
「巡礼の最終地点サンティアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂では、巡礼者のためのミサと、巨大なボタフメイロと呼ばれる大香炉が炊かれる儀式に参加します。なんだかその儀式が卒業式のように思えて、みんなと目が合っていました。だから最後に受け取った巡礼証明書は、卒業証書ですね!」
初めて挑戦したサンティアゴ巡礼の費用は約315,000円(当時のレート換算)。決して安くはないが、最後まで到達できた経験と出会った人々から得た価値観は、たまゆりさんにとって大きな財産となる。
旅を発信する仕事がしたい
「帰国後、チャレンジしたいことは、まずなんでもやってみようと思いました。巡礼の魅力を伝えるため、巡礼者と興味のある人を集めて京都と東京で交流会をしたり、巡礼者同士のコミュニティを作るため、ゲストハウスの運営を試みたり。なかでも、一番力を入れたのは旅に関わる情報を発信する仕事でした。」
サンティアゴ巡礼に行く前からブログを始めていたたまゆりさんは、巡礼中はもちろん帰国後も多くの人に読まれ、メッセージをもらっていた。情報を発信することで、それを必要としている人がいる。人の役に立っているのがとにかく嬉しいと思い、旅を仕事にするため情報発信を続けた。
しかし、インフルエンサーとして、常に新しい情報を定期的に発信し続けるというプレッシャーが、たまゆりさんを襲う。
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2、3回目のサンティアゴ巡礼
前回のサンティアゴ巡礼から3年後、新しい情報を発信するため、2度目の巡礼は『北の道』ルートに挑戦することにした。この巡礼が想像以上に過酷だった。
まず『北の道』ルートは、『フランス人の道』ルートと比べて、巡礼している人の数や宿泊できるアルベルゲの数が少ない。またスペイン北部の天候は、不安定で雨が多い。かなり難易度が上がる巡礼路だったが、前回はサンティアゴ・デ・コンポステーラまで到達した自信もあり、楽観視していた。
結果、いきなりの雨に見舞われて体調を崩したり、事前の計画が不十分で日程的に余裕がなかったりして、純粋に巡礼を楽しむことができなかった。今回の巡礼で新たに挑戦するつもりだったテント泊も、用意していたテントがうまく使えず、断念することに。なんとか最終地点のサンティアゴ大聖堂までたどり着いたが、課題が多く残る挑戦だった。
なんとしても満足のいく巡礼がしたいと焦る気持ちを抑えきれず、2度目の巡礼から約半年後、『マドリードの道』ルートに挑戦するも、スペインの秋の寒さに勝てず、途中でサンティアゴまで行くのを断念した。
「とにかく、やることなすことがうまくいかなかったですね。私の実力不足もありますが、もっと焦らず準備をして、体力アップに取り組んだり、事前に情報を得たりすれば、違ったものが得られたかもしれません。この経験をどう活かすかが、次の挑戦につながってくると思っています。」
3度の挑戦で得られた『縁』
それでも、サンティアゴ巡礼に3度挑戦した経験は、新たな『縁』を運んできてくれた。サンティアゴ巡礼と同じく、道が世界遺産になっている『熊野古道(登録名称:紀伊山地の霊場と参詣道)』を有する三重県御浜町の地域おこし協力隊に選ばれる。
さらに、旅の情報発信を仕事にしたいと周囲に話していたことがきっかけで、ラジオパーソナリティの試験に挑戦。みごと審査を通過し、週末の旅情報を伝える帯番組を担当することになった。
「学校を卒業して、社会に出て、仕事を続ける。当たり前のように進んでいる友人を見て、みんなと同じじゃないと怖かったんです。だから、正解の方はどっちなのか必死に選んでいましたが、結局それは遠回りだと理解できました。自分の気持ちに素直になって、やりたい道を選んだ結果、思いもよらない出会いがあったり、仕事が見つかったりしました。これもサンティアゴ巡礼が教えてくれたんでしょうね。道は歩き続ければ続いていくもので、今目の前にある楽しみを続けていれば、勝手に進んでいけるのを実感できました。」
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ふたたびサンティアゴ巡礼へ
「もちろん4度目も挑戦するつもりですよ!今までは他の巡礼者をはじめ、アルベルゲや町の人々に助けられて巡礼してきたので、今度は他の巡礼者をサポートできるようになりたいです。そのためにも、今目の前の仕事を楽しみながら、全力で取り組んでいきます。」
何度も挑戦し、何度も壁にぶつかりながらも、自分のペースでしっかりと前に進むたまゆりさんには、支えとなる言葉があった。
「アルベルゲに宿泊すると、日本の御朱印のように宿泊した証明のスタンプを押してくれます。ですが、最初の巡礼で訪れたあるアルベルゲは、まだ施設ができたところでスタンプがなく、手書きでメッセージを書いてくれました。
スペイン語だし、筆記体だし、なんて書いているのかわからず、帰国後、SNSなどを使って解読できる人を探していました。しばらくして、教えてもらった翻訳がこちら。
『In the path and in life one never lose. You either win or you learn. -あなたがたどる道や人生において、決して失う(負ける)ことはありません。あなたは勝つか学ぶかのどちらかです。』読んだとたん、自然と涙が流れて、ほっとしたような気分になりました。
そうか、私がサンティアゴ巡礼に求めていたことはこれだったんだなって。もし、今悩んでいたり、苦しんでいたりする人にはこう伝えたいです。人生に失敗はないよ。あなたのやりたいことをやれば大丈夫!きっと進むべき道ができていくから。」
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自分らしく生きる先にある答え
現代社会において、わずか数年でありとあらゆるものが生み出され、私たちの暮らしはますます便利になっている。その一方、数えきれないほどの情報があふれ、自分自身で取捨選択するのが難しく、見えない将来に不安や焦りを抱えている人は数多い。
もし、どうしようもなく立ち止まってしまいそうなときは、ぜひサンティアゴ巡礼のように、一度自分と向き合う時間を作ってみてほしい。
それがサンティアゴ巡礼ではなかったとしても、なにかに挑戦して途中で挫折することになったとしても、またやりたい時期に挑戦すればいいのだ。
だって人生は、「You either win or you learn.」なのだから。